先日、2026年のシルバーウィークを彩った北海道遠征。今回の原点は、遡ること1年前の秋にありました。
あの時の反省と経験があったからこそ、今年の旅へと繋がっている──。1年の時を経て、ここに2025年・初秋の11日間の遠征記を紐解くことにしたい。
【プロローグ】1年越しの記憶
日常の喧騒をバックミラーの彼方に置き去りにして、ただ愛車と一対一で対峙する時間。
2025年、初秋。私は相棒である「ホンダ S660」とともに、北海道を目指した。それは荒天の洗礼を受け、時に自然の猛威に震えながらも、かけがえのない記憶を刻んだ11日間の軌跡です。
あの旅の扉を、もう一度開けてみよう。
初日:令和7年9月19日(金) ── 境界線を越える夜
金曜の夕刻。街が週末の華やいだ空気に包まれ始める頃、私はあらかじめ荷物を滑り込ませておいたS660のタイトなコックピットへと身を沈めた。
静かにイグニッションを回す。低く心地よい排気音が鼓膜を揺さぶり、日常を振り切る準備が整う。助手席に鎮座するバックパックは、これから「日常から非日常への境界線」を越えるのだという静かな目印のようだった。
〈仙台港の低車高乗り場にて〉
週末の熱気が残る市街地をすり抜け、滑り込むようにたどり着いた仙台港。フェリーのタラップをゆっくりと這い上がるとき、私の胸の奥でもまた、旅という名のエンジンが静かに始動していた。
二日目:令和7年9月20日(土) ── 激しき雨音、小さなシェルター
苫小牧港に接岸し、船のハッチが開くと、北海道特有のひんやりと凛とした空気が肌を刺す。追分ICから道東自動車道へと進路を取った。
旅のささやかな儀式として帯広で一度高速を降り、お気に入りの「柳月」で土産を手配。そして「インデアン」の濃厚なカレーで腹を満たす。ここまではしっとりとした小雨に過ぎなかったが、再び道東道へ戻り本別を越えたあたりから、北の空はその表情を一変させた。
フロントガラスの撥水コーティングが雨粒を勢いよく弾き飛ばすため視界は保たれていたが、頭上わずか数センチメートルに位置する布製のロールトップを、まるでドラムのように叩きつける猛烈な雨音が車内に響き渡る。
突如、スマートフォンからけたたましく鳴り響く気象警報のアラーム。雨音と警戒音の重奏に、カーステレオの音楽は跡形もなく掻き消された。
軽量かつミッドシップのS660にとって、濡れた路面の深い「轍(わだち)」は油断のならない相手だ。左右どちらかのタイヤが深く水を含んだ轍を捉えるたび、ステアリングを握る両手に自ずと力がこもる。足元を掬われそうになりながらも懸命に前へ進む相棒を支え、なんとか釧路市内の宿へと滑り込んだ。
一息つき、楽しみにしていた地元の居酒屋へ向かおうとロビーを出た瞬間だった。猛烈な突風が吹き荒れ、下ろしたての傘の骨が無惨にも折れ曲がる。
骨の折れた傘を抱え、撥水効果の切れたウィンドブレーカーを濡らしながら辿り着いた目当ての店には、無情にも「本日、荒天のため休業いたします」の貼り紙。肩を落としながらホテル近くの馴染みの居酒屋へ逃げ込み、新鮮な魚介と温かいラーメンで心と体をほぐして帰路についた。
テレビの画面には、北海道で初となる「線状降水帯警報」発生の文字が躍る。よりによって、このタイミングで・・・夜半、枕元で不規則に鳴り響く緊急アラームを聴きながら、明日のルートに思いを巡らせていた。
三日目:令和7年9月21日(日) ── 暴風に抗う、鉄塔と出会い
朝を迎えると、猛威を振るった線状降水帯は過ぎ去っていた。しかし、路面はあちこちで冠水し、洪水警報は発令されたまま。
ホテルの朝食をキャンセルし、海風が香る「浜の焼き処」へ。香ばしく焼き上がった魚を味わいながらスマホの地図を広げる。ふとホテルの案内板で見かけた釧路市美術館?の「安彦良和イラスト展」に惹かれ、午前中はその熱い世界観に浸ることにした。幼少期にテレビにかじりついて観ていた記憶が蘇り、充実した時間調整となった。
〈入り口のなつかしき置物〉
昼前、いよいよリスタート。倒木や風雨に引きちぎられた枝葉が散乱する北太平洋シーサイドラインを慎重に走らせる。
〈お気に入りの場所と構図で〉
尻羽岬へのダート路は今回も断念。
来年はジムニーノマドが増車予定なので、悪路へのリベンジは次回の楽しみにとっておこう。
〈霧多布付近にて〉
厚岸の寿司屋で海の恵みを軽くつまみ、霧多布を経由して幻想的な景観をかすめ、茶内駅前A-coop の濃厚なソフトクリームで一息つく。
〈A-coopでのソフ活〉
そして、本日の密かなミッションである「道東の鉄塔登り」へ。茶内の国道沿いにある公園の鉄塔へ向かうも、今度は暴風警報の発令中。階段を上る途中で身体が吹き飛ばされそうになり、最上階は断念せざるを得なかった。中段で踏みとどまり、強風に煽られて落ちそうになるスマートフォンを必死に支えながら、その荒々しい景色をレンズに収める。
〈ブレブレの画像しかないので降りてからの写真で〉
続く別海の名もなき展望台(このエリアには根室を含め3本の鉄骨展望台が存在する)へも向かったが、さらに激しさを増す暴風に白旗を上げた。しかし、これほどの暴風下でも、地を這うように車高の低いS660は、幌をバタつかせながらも何食わぬ顔で走り抜けてくれる。実に頼もしい相棒だ。
〈二回目のソフ活(別海にて)〉
別海で再びソフトクリームを味わった後、今夜の宿がある中標津へ。道中のセイコーマートの駐車場で、偶然トナラーとなった地元のS660オーナーさんと出会う。「先日、鹿と衝突して中破してしまって……」という北海道ならではのリアルでスリリングな車談義。こうした思いがけない一期一会もまた、旅の妙味と言える。
〈偶然突然のS660オフ〉
四日目:令和7年9月22日(月) ── 邂逅、そして知床の守り神
目覚めると、昨日の狂風が嘘のように静まり返っていた。鉄塔リベンジは次の機会にお預けとし、まずは中標津の象徴「開陽台」へ。
〈開陽台前の直線路にて〉
学生時代、バイクのシートに跨がって初めてこの丘に立った時は、「ついにここまで来た」という震えるほどの達成感があった。しかし今、何度もここを訪れるようになり、ここは「これまでの自身の軌跡を確認する」ような、静かで温かい場所へと姿を変えつつある。
〈開陽台駐車場〉
続いて訪れたのは、何度もすぐ傍を通り過ぎていた場所──旧国鉄標津線「根室標津駅」の跡地である。
〈根室標津駅跡地にて〉
駅舎はすでに失われ、そこにあるのは手動の転車台とわずかなレール、そしてコンプレッサーの力で静かに息づくSL「C11」。モノクロ写真に残る昭和の駅舎風景は、訪れたことがないにもかかわらず胸の奥を締め付ける。動く姿を動画で見て以来気になっていたC11だが、この歴史遺産を守り続ける有志の方々の愛情と敬意が、鉄とオイルの匂いとともに静かに伝わってきた。
今宵の宿は清里町。あえて知床峠を経由する大回りルートを選び、右手に根室海峡のきらめきを眺めながら北上する。標津で給油を済ませ、羅臼の道の駅で海鮮風ラーメンの昼食。メニュー写真と少し具材が異なっていたのはご愛嬌だが、素朴な味わいが心に沁みる。
霧のベールに包まれた知床峠を快調に登っていくと、前方にかなりスローペースな先導車が現れた。観光地のワインディングではよくある光景だ。濃霧の時は先行車のテールランプがありがたい道標になるが、晴れ間が見えると少しもどかしい。
峠の頂上駐車場でひと休み。ウトロ側は晴れ渡っており、「オープンにしようか」と迷っていたところ、先ほどのペースカーが再び動き出すのが見えた。「後追いは避けよう」と、慌てて幌を半開状態まで閉め直し、ダウンヒルをスタートさせた。
知床公園線のワインディングを快調に進んでいると、前方のブラインドコーナーでハザードも焚かずに停車しているレンタカーのレヴォーグを発見する。「邪魔だな」とステアリングを切りかけた、その瞬間だった。
対向車線の奥から、大きな黒い影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
──
熊だ。しかも、親子の。
〈熊の親子、この距離だと小さく見えた・・・〉
前方のレヴォーグは撮影に夢中で道を塞いだまま。バックミラーに映る後続のバイクは悲鳴を上げてUターンしていく。だが、熊との距離は目と鼻の先。S660の最小回転半径をもってしても、この状況でのクイックなUターンは不可能に近い。まさに「詰んだ」状態だった。
鼓動が跳ね上がるのを感じながら、半開だったロールトップをきっちりと閉め、窓を全閉にし、カーステレオをオフにする。静寂に包まれたコックピットで、震える手でスマートフォンを構え、息をひそめてシャッターを切った。
〈またブレブレの写真だけど仕方ないよね♪〉
以前、小熊に遭遇した際はポルシェ911のバブリング音やS660のブローオフバルブ音で驚いて逃げていったが、今回の相手は格が違った。威風堂々たる大人の親熊。あの巨大な爪でS660の華奢なルーフにのしかかられたらひとたまりもない。座高が低く、熊を「見上げる」アングルになるS660からの視界は、恐怖そのもの。
そこへ知床財団のパトロールトラックが駆けつけ、拡声器で前のレヴォーグへ強烈な警告を与える。ようやく車は動き出したが、後で確認すると海外からの観光客だったようだ。これまで本州で2回、北海道で2回熊に出出会ってきたが、今回の個体は間違いなく人生最大の大きさだった。
それにしても、知床五湖の駐車場スタッフに「すぐそこに大きな熊がいました」と報告しても
、「ああ、そうですか」と淡々と返されたのには、現地の方々のタフな「日常」を感じずにはいられなかった。
すっかりスリルでお腹いっぱいになり、そのまま下山して清里町へ。宿のチェックインまで時間があったため山の中の「宇宙展望台」へ寄り道し、昨日暴風に阻まれた鉄塔の景色を埋めるように、夕暮れに赤く染まりゆく斜里岳を静かに眺めた。
〈天空に続く道〉
〈宇宙展望台〉
〈展望台からの斜里岳〉
〈日が暮れたので速攻で宿に入った〉
五日目:令和7年9月23日(火・祝) ── オホーツクブルーの誘惑と緊張感
今日はオホーツク海に沿って興部までひたすら北上するシーサイドドライブ。
途中、網走にて「旧国鉄の廃線跡を利用し、私有地に個人で手作りの鉄道を走らせている」という男のロマンを体現したようなスポットへ。あいにく管理人の方はご不在だったが、大切に手入れされた車両を静かに見学させていただいた。
続いて向かったのは大好きな「能取岬」。
どこまでも続く澄み切った青い空と海、凛と佇む白い灯台、そして足元に広がる緑の草原。そのまま新車のCMに使えそうなほど完璧な美しさがそこにあった。何があるわけでもない場所だが、その静寂を求めて今や多くの外国人観光客もこの地に惹き寄せられている。
〈能取岬にて〉
常呂町で小ぶりながら旨味が凝縮されたホタテフライ定食に舌鼓を打ち、さらに北を目指す。
〈ホタテフライ定食、オホーツク側はホタテだ〉
〈紋別のカニのオブジェ前にて〉
紋別のバイパスを気持ちよくクルージングしていると、レーダー探知機がにわかに警戒音を鳴らし始めた。アップダウンの続く国道の先、取締機の三脚が視界に入る。制限速度50km/hのところをメーター読み60km/h以下で静かに通過しようとした瞬間、パイプ椅子に座っていた警察官達が一斉に「スッ」と立ち上がった。
あの瞬間は、昨日の熊との遭遇以上に心臓が止まるかと思った。
何事もなかったかのように警官の方々はすぐに椅子に座り直されたが、ほんの僅かな速度域でもピリッとした緊張感が走るものだ。
興部の「富田牧場」で濃厚なソフトクリームを堪能。明日はガソリンスタンドのない無人地帯を長く走る予定があるため、西興部で早めに給油を済ませ、静かな宿へとチェックインした。
〈上記でのソフ活〉※自分の中のソフトクリームランク上位に入る。
六日目:令和7年9月24日(水) ── 歴史の影、そして旅の折り返し
西興部の静かな朝。宿の窓から、すぐ目の前で警察が取り締まりを行っている風景を眺めながら味わう朝食。これほど贅沢で、ちょっぴりスリリングなスパイスもない。
午前中は車影の全く見当たらない無人地帯の道道を繋いで走る。目指すは、かつて鉄道の難所であり、過酷な人柱の歴史を伝える「常紋トンネル」のある常紋峠だ。過酷を極めたタコ部屋労働の歴史に、静かに黙祷を捧げた。
昼は上川町へ美味しいラーメンを求めて車を走らせたが、折しもシルバーウィーク明けの平日。お目当ての2軒ともが「本日休業」の看板を掲げていた。肩を落としつつ、国道沿いの古き良きドライブインで定食をいただく。素朴で温かい味わいが身に沁みた。
〈上川町から大雪を望む〉
〈この時期だけ解放されるチョボチナイロード〉
上川や東川で美味しい地酒を買いたい衝動に駆られたが、今回の旅は一味違う。この後、S660を一度新千歳空港の駐車場へ長期駐車して一時帰宅する予定なのだ。「重い荷物は飛行機に持ち込めない」。ぐっと我慢して、いつものお気に入りのロケーションで愛車の記念撮影を済ませ、上富良野町の定宿へと滑り込んだ。
七日目:令和7年9月25日(木) ── 聖地を巡る「朝練」、そして空路仙台へ
上富良野の定宿に泊まった朝、決まって行うルーティンがある。まだ誰もいない静寂の美瑛・富良野を走る「朝練」だ。
目的地は、SNSなどには決して載せない「内緒の場所」。かつてあるガイドブックがその美しさを紹介した際、観光客のマナー違反に怒った地元の農家さんと編集者の間でトラブルがあったと聞く。私自身、本当に美しい風景を理解してくれる友人しか案内したことはない。「自身の足で探し回ってみてください」としか言えない場所だ。
畑への立ち入りが御法度なのは当然だが、時折三脚を立てて畑の境界線を越えて撮影する不届き者も見かける。その結果、景観の象徴であった「あの木」が農家さんの手で切り倒されてしまった哀しい例を、私は幾つも知っている。美しい景色は、地元の方々の生活の場であることを決して忘れてはならない。
〈お気に入りのロケーションにて〉
〈空港前にみん友さんと蕎麦の昼食〉
朝食後、十勝岳の山懐にいだかれた「吹上温泉白銀荘」へ。冷えた身体を名湯でじっくりと温める。鵡川でおいしい蕎麦をみん友さんと手繰り、新千歳空港近くの民間駐車場へ向かった。
ここに、私の小さな相棒を10日ほど預ける。「しばしのお別れ。またよろしくね」と、S660のボンネットを優しく叩いた。
空港でお土産を買い込み、今回は飛行機にて一路、仙台空港へ。いつものJRに揺られ、我が家へと戻る。旅の「第一章」の幕引きである。
八日目:10月3日(金) ── 再び、北の大地の玄関口へ
東京・五反田での仕事を終えた金曜日の夕刻。スーツケースを引きずり京浜急行に乗り込む。羽田空港へ向かう車内はインバウンドの旅行客で満員状態だ。夜間飛行の翼に身を委ね、食事をとるのも忘れて再び新千歳へと飛び立った。
〈羽田空港にて〉
今回は、前回の旅で熊に遭遇した教訓もあり、夜間の長距離ドライブを避けることにしていた。預けている駐車場の営業時間もすでに過ぎている。今夜は無理をせず、新千歳空港のターミナルホテルにチェックインした。
遅い時間だったため空港内のレストランはほぼクローズしていたが、喫茶コーナーで冷たいビールと軽食をつまみ、空港温泉の露天風呂へ。夜空へ向かってゴォォと音を立てて力強く離陸していく貨物機のライトを湯船から見上げる、至福の時間。
〈誰もいなくなった千歳空港内〉
静寂に包まれた深夜の空港内を通り抜け、滑走路の誘導灯が美しくまたたく窓の外を眺めながら、泥のように深い眠りについた。
九日目:10月4日(土) ── 友との再会、暖簾の奥の温もり
ホテルの朝バイキングでしっかりとエネルギーをチャージ。まだ観光客が少ない時間帯の空港で、普段は大行列ができる有名なお土産屋さんを悠々と巡る。
〈夜明けの千歳空港〉
送迎バスに乗り込み、9日ぶりに愛車S660と再会。エンジンは何事もなかったかのように一発で始動し、愛おしいアイドリング音が響き渡る。
鵡川を経由し、再び上富良野の「白銀荘」へ。冷えた身体を温泉でリセットし、富良野駅前のホテルへチェックイン。夜は富良野の路地裏にある馴染みの「炉端焼き」へ向かう。旧知の友人が笑顔で待っていてくれた。
〈再びのお気に入りのロケーションにて〉
例年であれば楽しくて飲みすぎてしまう夜だが、今年は大人しくジェントルな足取りで夜風を感じながらホテルへと歩いて帰った。
十日目:10月5日(日) ── 絆を語る、富良野オフ会
爽やかな秋晴れ。本日は富良野市内でのS660オーナーズオフ会だ。
早朝、近くの洗車場で愛車を軽く洗ってあげる。9日間も野外駐車場に置かれていたにもかかわらず驚くほど汚れていなかったのは、不在の間に北海道を襲った豪雨が天然のシャワーとなって埃を洗い流してくれたからかもしれない。
会場にズラリと並ぶ、色とりどりのS660。以前は「パーツが」「馬力が」といったモディファイの話に夢中になったものだが、今の会話の中心はもっぱら「どうやって維持するか」「どこを修理したか」という愛車と長く付き合うためのライフプラン。そんな等身大なやりとりが心地よい。
〈S660北海道オーナーズクラブオフ会〉
お昼は昨日に引き続きお気に入りの「富野製麺所」で一杯のラーメンを味わう。「また元気で会いましょう」と仲間たちに手を振り、S660を苫小牧のフェリー埠頭へと走らせた。
埠頭の公園脇にあるセイコーマートで船中での食料と最後のお土産を買い込み、再びフェリーの人となった。
〈苫小牧港のフェリー前で待機〉
十一日目:10月6日(月) ── 旅の終わり、そして日常の始まり
翌朝9時過ぎ、フェリーはゆっくりと仙台港に接岸した。
見慣れた港の風景。自宅へ急ぎ、ガレージにS660を滑り込ませる。旅の余韻に浸る間もなくパリッとしたスーツに着替え、出張書類を鞄に詰め込んでJRの駅へと急いだ。
【エピローグ】ガレージに眠る記憶
今にして思えば、この2025年の北海道遠征が私にとって最後の「ロングツーリング」となった。
その秋以降、飛行機や新幹線で遠出することはあっても、S660やモリゾウ、タイプRのキーを握って何日も泊まりがけで遠くへ出かけることはしなくなった。
それはきっと、あの秋の北海道で心ゆくまで走り、美しい景色と出会い、嵐や障害を乗り越えたあの11日間の旅で、私の「旅への渇き」が完全に満たされたからに違いない。疲れ果てたとか金を使い過ぎたともいう(笑)。
愛車と紡いだ物語は、こうして静かに私の大切な記憶のガレージに格納された。 またいつか、あの地平線の先へ。小さな相棒との旅路は、姿を変えながらこれからも続いていく。特に来年はジムニーノマドが納車予定なので、よりオフロード色の強い旅になるはずだ。
……そういえば、この旅の少し後、私は熊本の会議室で「くまモン」に遭遇した。知床のあの巨大な漆黒の影に比べれば、なんと愛らしく、平和な熊だったことだろうか。
(完)
先日、ジムニーで同様のコースを旅した記録は現在作成中です。