皆様、こんにちは 🚗✨
『信州亀齢』。
そう刻まれた一本の銘酒を買い求める旅の口実を胸に、愛車S660のエンジンを始動した。
相棒はホンダ・S660。
かつては赤備えを思わせる鮮やかな赤い幌を掲げていたが、いまは青い幌へと衣替えした。けれど、小さなステアリングを握る胸の奥には、変わらず情熱の「赤」が脈打っている(つもり笑)。
宮城から栃木、群馬を抜け、関越・上信越自動車道を走り抜ける約500kmの道のり。
小さく低いコクピットを包む風切り音とエンジンの鼓動を感じながら、現代の赤備えのごとく、ひたすらに西へと進撃した。
第一日:千曲川の風と、静寂の鹿教湯
午前9時、気温24度の快適な宮城の自宅を出発。
しかし午後2時、目的地の信州上田市に入りドアを開けた瞬間、熱帯のような強烈な熱気が全身を包み込んだ。
城下町の面影を今に残す静かな街並み。その一角に佇む岡崎酒造へ。
蔵元での購入は「一人一本限り」という厳しい制約のある希少な『信州亀齢』。無事にその一本を手に入れ、まずはほっと安堵の息をついた。
初日の宿は、山懐に抱かれた静寂の湯街・鹿教湯(かけゆ)温泉。
湯上がりの火照った身体を抱え、楽しみな夕食の膳につく。なんと幸運なことに、宿の酒品書きにも『信州亀齢』の名が並んでいた。グラスに注ぐと、繊細で透明感のある味わいが滑らかに喉を通り、長旅の疲れを優しく解きほぐしていく。旅先で味わう地酒の、なんと芳醇で香り高いことか。
第二日:さらなる一本と、天空の回廊・高ボッチ
一本では物足りない——そんな酒乗の業(ごう)ゆえか、二日目の朝も再び上田の街へと車を走らせていた。運にも恵まれ、奇跡的にもう一本の銘柄が異なる『信州亀齢』を確保。
これも自宅でじっくりと旅の余韻を反芻するための宝物として、助手席の奥へ大切に仕舞い込んだ。
そのままS660のステアリングを切り、標高を高めていく。
最初に挑んだのは、“裏ビーナス”とも称される美ヶ原高原へのルートだ。すれ違いも困難なほどの険しい狭路を慎重に手繰り寄せると、終点にはどこまでも開放的な空と大地が待っていた。
しかし、最後のパーキングを過ぎてなお、遊歩道に侵入する「世田谷のわナンバープリウス君」ゲートに阻まれてバックして戻るのかな・・・・
来た道を丁寧に戻り、いよいよ本命のビーナスラインへ..。
ビーナスラインで唯一撮ったパンパンのカップ麺の写真w
蓼科から霧ヶ峰へと続く、日本を代表する絶景ワインディングロード。ミッドシップならではの軽快なハンドリングで駆け抜け、写真も撮らずに終了w。
次にたどり着いたのは高ボッチ高原。眼下に広がる諏訪湖の水面と街並み、そして雄大な連峰を一望する大パノラマが広がっていた。
(惜しくも、この旅ではアルプスの雄姿は終始厚い雲の向こうに隠されたままであったが…)
前回(2年前)は松本側(崖温泉)からのアタックでかなり苦労した記憶があったため、今回は塩尻側ルートを選択。路面は寒冷地特有の一部ガタつきがあるものの、概ね走れるレベル。
ただし、高ボッチから先へと続く「林道鉢伏線(通称:鉢伏高原スカイライン)」は一層の極狭路。
意を決して進んだ先は登山口の山小屋があるのみで、際立った展望もない。
S660のサイズ感をもってしても、意外にてこずる一筋縄ではいかないルートだった。
今宵の宿は、上諏訪温泉。
穏やかな諏訪湖の水面と、夜空を彩る大輪の花火を眺めながら、更けゆく信州の夜に思いを馳せた。
第三日:秘境の小熊山林道と、自由すぎるデイリーヤマザキ
三日目も、走りの醍醐味を存分に味わう一日となった。
午後からの天候悪化が予測されたため、昨日走ったビーナスラインの再訪は諦め、高速道路でスマートに木崎湖までワープする。
向かうは小熊山林道。
一部すれ違い困難なほど幅員の狭い峠道だが、軽量小型なS660にとっては格好のステージだ。
フットワークも軽やかに登り詰めると、木々がふっと途切れた展望台から、青く澄んだ木崎湖が見事なコントラストを描き出していた。今回も息をのむ絶景だ。
ちなみに隣の青木湖の湖畔はこんな感じで、コレもまた静止画のようで落ち着く風景でした。
昼食は信州新町へ。以前、テレビのバラエティ番組でバナナマンの日村氏が「蕎麦とジンギスカン」という一見意外な組み合わせを堪能していた蕎麦屋を訪れる。
名物の蕎麦に舌鼓を打ちつつも……実は個人的にジンギスカンが少し苦手なため、あの絶妙な組み合わせの真価を100%味わいきれなかったのはここだけの秘密である(笑)。
午後は天気が回復傾向に見えたため、展望台へ向かう前に信濃大町の山岳博物館へと立ち寄ってみた。しかし、少し小高い場所にある博物館前から見上げても、北アルプスが顔を出す気配は全くない。諦めて冷房のしっかり効いた館内の展望室で涼みながら、地球の造山活動や様々な岩石の展示をじっくりと見学し、大人の知的な学習時間を楽しんだ。
北アルプスは全く見えず、直ぐ下を特急あずさ号が通り過ぎた。
その後、白馬へ向かう途中で激しい豪雨に見舞われ、たまらず木崎湖のデイリーヤマザキへ退避。
店内には独自のアニメグッズコーナーや蕎麦・うどん・縄文おやき等のイートインが充実しており、相変わらず自由過ぎる独自路線を貫くブレの無いコンビニの佇まいに、不思議と安心感を覚えさせられるw。
その夜は、北アルプスの麓に抱かれた白馬八方温泉の湯に身を沈めた。
実はこの宿も「信州亀齢」がメニューにあることを確認済み……というか、何を隠そう以前このお酒の入手方法を親切に教えてくれた宿なのだ。
強アルカリ性のぬめりのある力強い湯に包まれながら、明日の帰路へと思いを巡らせた。
最終日:風が誘う回り道、宮城への帰還
最終日。本来なら国道から北アルプスの雄姿を最も美しく捉えられる絶景スポット・白沢峠(白沢洞門)を目指す予定だったが、長期工事による無情な通行止めに阻まれてしまった。だが、旅における予定調和の破綻もまた、乙なスパイスというものだろう。
すぐさまルートを再検討する。
北アルプス展望台のある山あいの静かな小川村を抜け、杉並木に静謐な空気が漂う戸隠神社へ参拝するルートも頭をよぎったが、この空模様では展望台へ行っても微妙な景色しか望めそうにない。
思案の末、行き着いた答えは「三度目の上田市」であった。
白馬村から長野ICを経て上田ICへと高速を走らせ、三たび岡崎酒造の暖簾をくぐる。三本目の『信州亀齢』をゲット!
満足の戦利品を抱え、上田ICより初日のルートを今度は逆方向へとたどる。最終日の走行距離は、一気に走り抜けた約540km。
旅の終わりに —— 受け継がれし風を胸に
自宅に到着し、S660のこぢんまりとした助手席から降ろした三本の『信州亀齢』。
来るお盆の夜まで、冷蔵庫の特等席で大切に冷やしておこうと思う。
かつて大坂の陣にて、主君・真田幸村公の血脈——その幼き若君や姫君を守護し、遠く伊達の治める仙台藩へと落ち延びて生きた一族の末裔である自分にとって、上田の地はどこか特別な郷愁を誘う場所だ。訪れるのはまだ片手で数えるほどだというのに、訪れるたびに胸の奥がじんわりと熱くなる。
信州の地から主君の血脈を護り抜き、時を超えて現在の自分へと命を繋いでくれたご先祖様たち。
その御霊を迎える静かな夜、上田の風土が育んだ秘酒をそっと盃に注ぎ、ゆっくりと盃を交わすとしよう。
時を超えた深く静寂な感謝と、愛車S660と駆け抜けた風の回廊の記憶を、最高のおつまみにして。
📊 走行データ
総走行距離:約1,500km
主なルート:宮城 ~ 栃木・群馬(高速) ~ 上田・鹿教湯温泉 ~ ビーナスライン ~ 高ボッチ高原 ~ 上諏訪温泉 ~
小熊山林道 ~ 白馬八方温泉 ~ 上田市 ~ 群馬・栃木(高速) ~ 宮城
旅の戦利品:信州亀齢(岡崎酒造)×3本


何年かぶりだろう。こうして、パソコンの画面からみんカラのマイページにログインできたのは。(最近、何故か急にログインできた)
液晶の光の中に、どこか懐かしい文字列が浮かび上がる。最後にブラウザから書き残した旅ブログの日付は、2023年の11月・・・・・。
さて、珍しくPCを開いて、みんカラの白地に向き合っている。
タイピングの微かな打鍵音とともに、あの光景が脳裏に蘇る。
思い出すのは、今年の5月、まだ春の浅い北の大地を駆け抜けた、あの数日間のことだ。
今回は久々の投稿ということもあって、少しばかりエモい筆致になってしまうかもしれない。けれど、例のごとく、自分自身の備忘録代わりに、あの旅の軌跡をここに書き残しておこうと思う。
道中で遭遇したダートの路面状況なども、いつものように少し詳しく書き添えてみた。もしどこかの奇特な方が(おそらく行く人はいないと思うけれど、笑)同じルートを辿る際の参考になれば幸いだ。
初日:5月1日(金) 喧騒の埠頭から、大揺れの海へ
旅の始まりというものは、いつも独特の昂りと、静かな焦燥感が同居する。
当日の昼、明日以降の宿と復路のフェリーを滑り込みで予約するという、いつもの綱渡りを演じ、夕方帰宅。あらかじめギアを積み込んでおいたジムニーに火を入れた。
ガレージの奥で静かに佇むS660とモリゾウカローラに、「留守を頼むね」と心の中でそっと声をかけ、仙台港へとステアリングを向ける。
今回の旅の目的はふたつ。
新しく我が相棒となった「ジムニーノマド」の習熟運転。そして、かつての旅で走り残してしまった、いわば“取りこぼしのダート”を回収すること。目指すは、砂崎灯台付近に広がるあのサンドダートだ。
連休初日ということもあり、早めにフェリー埠頭へ到着したものの、乗船待機スペースは見たこともないほどの激しい混雑を見せていた。怪訝に思い受付に尋ねると、低気圧の接近で名古屋からの到着が遅れ、船内清掃が難航しているのだという。
「通常の乗船は17時ですが、本日は19時になります」
この言葉の真意にピンと来た人は、なかなかの旅人か、あるいは海の恐ろしさを知る人だろう。
「船内清掃」と言っても、通常のそれではない。荒波に揉まれ、人間の尊厳とともに吐き出された“ブツ”の処理……。匂いやら何やら、客室の裏側で繰り広げられているであろう壮絶なドラマを想像し、これから迎えるであろう荒海に、静かに身構えた。
二日目:5月2日(土) 北の大地に降り立ち、いつものルートを巡る
案の定、出航直後から大荒れだった。
激しくのたうつ船内、バイキングの夕食を強引に胃袋に流し込み、五感が“酔い”を察知する前に泥のように眠りにつく。振り返ってみても、自分の人生の中で五本の指に入るほどの大揺れだった。
翌朝、さすがに朝食を摂る気にはなれず、空っぽの胃袋のまま苫小牧に上陸。鵡川を経由して、まずは北を目指した。
昼食は、半年ぶりとなる鵡川のお蕎麦屋さん。温かい出汁の香りに、張り詰めていた身体がようやく旅の安堵感で満たされていく。
そこからさらに北上し、美瑛町にある、自分にとっての「いつもの道」へとジムニーを滑り込ませた。
ここでカメラのシャッターを切るのが、私の密かな決まりごとだ。
今日のように低い雲や霧が山肌を這う日は、どこか厳かで、深い山岳道路を往くような張り詰めた雰囲気を醸し出す。
(※ちなみに上の写真は翌日の風景だが、全く同じアングルからレンズを覗いても、朝の光を浴びた緑鮮やかな山麓の風景が広がる。刻一刻と表情を変える北の大地は、だから何度訪れても飽きることがない)
この旅で最初に買い求めたのは、美瑛選科で選んだ職場の土産だった。自分のための旅の記憶を、少しだけお裾分けするような、そんな些細な時間。
この日は上富良野に宿を取り、明日から本格的に南下する予定だ。北海道の春の旬、みずみずしいアスパラをしこたま胃袋に収め、早々に布団へ潜り込んだ。
明日はどんな景色が、この四角いフロントガラスの向こうに待っているだろうか。
本日の走行距離: 269km
三日目:5月3日(日) 変わりゆく景色と、21年ぶりの湯煙
今回の本命は道南にある。そのため、北上は昨日まで。今日からは進路を再び南へと変える。
ジムニーの正確な航続距離がまだ身体に染み付いていないため、150km毎に見かけたスタンドへこまめに滑り込み、給油を繰り返しながら進む。
(この日の写真は、探しても無かったw)
富良野市から美唄へと抜けるルートは、最近お気に入りの、新しく開通した「道道美唄富良野線」。そこから道央自動車道に乗り、岩見沢ICで下りて栗山、南幌を経由。真駒内駅の横をすり抜け、中山峠へと向かった。
中山峠は案の定、行楽の人々で大混雑。名物の「揚げ芋」を求める長い列に並ぶ気力はなく、そのまま一気にニセコへと下る。
それにしても、およそ15年ぶりに通り抜けた比羅夫(ヒラフ)周辺の変貌ぶりには、ただ言葉を失うばかりだった。そこにあったのは、かつての素朴な日本のスキー街ではなく、奇天烈なほど豪華なホテルや異国情緒溢れるレストランが立ち並ぶ、見知らぬ異郷。インバウンドの底知れぬパワーを肌で感じ、少しの眩暈を覚えながらクルマを走らせた。
今宵の宿を一度通り過ぎ、路肩にまだ白い雪が厚く積み上がるニセコパノラマラインを駆け上がって「五色温泉」へ。
ここでお湯に浸かるのは、実に21年ぶりのことだ。強烈な硫黄の匂いと立ち上る濃い湯煙の中に、かつてここを訪れた若き日の記憶が、うっすらと重なるようだった。身体の芯まで芯まで温まり、宿へ戻って深い眠りについた。
本日の走行距離: 369km
四日目:5月4日(月) 友人との邂逅、岬の城、そして津軽海峡の不穏
今日はこの旅の中で、唯一「時間厳守」の計画性が必要な日。
昨年もお邪魔した、上ノ国町の道の駅で開催されるイベントに合わせ、現地のみん友さんと顔を合わせる約束があるのだ。朝6時、まだ静まり返るニセコの宿を出発した。
しかし、高速に乗る直前でアクシデントが発生する。昨夜アプリで調べておいたスタンドが、連休休業であることに気づいたのだ(アプリ上は営業中となっていたのだが……これぞ地方の洗礼である)。
慌てて5kmほどルートを引き返し、無事に給油を済ませ、黒松内ICから雨の高速道路を南下した。
落部ICで下り、初めて走る道道67号線へ。峠特有の険しさはなく、いつの間にか分水嶺を越えていたような、穏やかな勾配の道だった。走りやすいけれど、どこかドラマに欠けるような、そんな不思議な道。
約束の道の駅には、主催側を除いて4台のクルマが集まった。
もともとはS660のオーナー繋がりなのだが、集まったクルマの中でS660はわずか1台(笑)。それぞれに全く異なる、個性豊かな車種が並んだ。オーナーの拘りと、メーカーがそのクルマに込めた熱量がダイレクトに伝わってくる、そんな愛車たちを眺める時間は何よりの贅沢だ。
ふと道の駅の館内に入ると、見覚えのある顔が写ったポスターが目に飛び込んできた。なんと、目の前にいるみん友さんが、その道の「名人」だったことをこの時初めて知る(笑)。
昼食は、迷わずその名人が推す「テックイ(ヒラメ)」の3種丼(生・漬け・天ぷら)を注文。昨年食べて感動した味の再確認だ。北海道の道の駅グルメの中でも、個人的には間違いなく最上位クラスに君臨する逸品。ちなみに後日、この丼とポスターが『所さんの番組』で全国放送されているのを見て、自分のことのように嬉しくなってしまった。
昼頃に心地よい余韻の中で解散となり、お土産に銘物の「岩ノリ弁当」を頂いて、松前経由で今夜の宿泊地・函館へと向かう。
松前には過去に二度訪れているが、いつも通り過ぎるだけだった。今回は少し寄り道をして松前城へ。ちょうど桜祭りが催されていたが、北国の桜はすでに満開のピークを過ぎ、静かに花弁を散らしていた。小さな天守をぐるりと見回り、城を後にする。
函館への道すがら、福島町の道の駅で小休止。かつて訪れた時にはなかった、巨大な超人のイラストが出迎えてくれた。キン肉マンの「ウルフマン」。彼のモデルがこの町出身の昭和の大横綱・千代の富士関であることを思い出し、深く納得。個人的には、売店で見かけた「テリーマン」のTシャツに強烈に惹かれた(結局、買わなかったのだけれど)。
これまでいつもスルーしていた知内の青函トンネル出口展望台は、残念ながら封鎖。すぐ近くの道の駅の展望台から北海道新幹線が津軽海峡へと潜り込んでいく姿を眺めたが、あまりの徐行運転に、ほんの少し物足りなさを覚えたりもした。
旅の定番、トラピスト修道院でこの旅最初のソフトクリームを口にする頃、景色が日本海から津軽海峡へと切り替わっていく。
ふと海に目をやると、白波が立ち、不穏なほど荒れていた。嫌な予感がして函館のフェリー埠頭に立ち寄ってみると、案の定、大間行きは欠航。明後日の自分の船は大丈夫だろうかと、胸の奥に小さな不安の影が落ちる。
いつものルーティン通り、市営の谷地頭温泉で旅の垢を流す。最近の函館の街はインバウンドでどこも大混雑。夜の街へ繰り出すのは諦め、回転寿司「函太郎」系列のお惣菜屋さんで買い込んだお弁当をホテルの部屋で静かに突いた。
こんな静かな夜も、また悪くない。
本日の走行距離: 191km
五日目:5月5日(火) 28年越しの約束。砂崎のサンドダートに挑む
いよいよ、今回の旅のハイライト。長年胸にトゲのように刺さっていた「砂崎」のダートへ挑む日がやってきた。
函館市内で燃料を満タンにし、途中の森町・佐原地区の道の駅で接続道路の最終確認を行う。
かつて、オフロードバイクにキャンプ道具をこれでもかと満載し、私はこの場所に立ったことがある。その時は、上陸したばかりでチェーンとスプロケットに砂をかましたくなかった事とサラサラと行く手を阻む砂に埋もれるスタックへの恐怖に勝てず、あえなく引き返してしまった(同行した友人の強い拒否もあった)。あれから、実に28年の歳月が流れた。
日本中に点在する、自分が越えられなかった道を、今度こそ制覇するためにFL5シビックからジムニーにチェンジした。
(本来はランクルなのでしょうけれど、イロイロな大人の事情で買うことはかなわなかった)
高速道路をただ安楽にぶっ飛ばすための大柄な高級SUVでもなく、車高を上げすぎて逆に悪路で挙動を乱すような過剰なカスタムカーでもない。見知らぬ土地の、泥と砂の彼方へ自分を連れて行ってくれる「旅の道具」としてのジムニー。その真価を試す時が来た。(本来ならショートボディのシエラでしょうけれど・・・、ここにきて言い訳が多くてすみませんw)
アスファルトが途切れ、未舗装の入り口に立つと、行く手を阻むように「スタック続出 立入注意」の看板が立っていた。
けれど、躊躇はなかった。事前にオフローダーの友人から「ジムニーなら確実に行けるよ」との確かな情報を得ていたからだ。トランスファーレバーを四駆へと押し込み、静かにアクセルを踏み込む。
【砂崎灯台・ダート備忘録】
場所: 北海道森町佐原砂崎
アプローチの際の草木: 最初の約2kmは、路面は土で両脇から草むらや灌木が迫る極めてタイトな道。春先でないと、成長した硬い枝葉でボディのサイドを激しく引っ掻く(爪痕を残す)ことになるかも。車で行くならこの新緑の季節がベスト。
すれ違い: 対向車とスライドできる退避スペースは、後述するサンド区間以外は3箇所程度と少ない。
深い轍(わだち): 一部、信じられないほど深く掘れた轍がある。ジムニーやランクルのような本格的なクロカン車高でなければ、デフやフレーム中央部を確実にヒットする。都市型の“なんちゃってSUV”では、進めればだが下回りを激しく擦りながらの強行軍になるはずだ。
サンドセクション: 2kmほど進むと、路面は完全にサラサラとしたサンド(砂地)へと変貌する。手前に広めの駐車スペースがあるため、一般的なSUVやロードバイクはここに車両をデポして、徒歩で向かうのが無難だ。当ジムニーも最初は試しに2駆(FR)で進んだところ、秒でスタックした(笑)。

2kmの難所を越え、一面の砂の世界へ。
直結四駆にして、さらに500mほど砂を蹴立てて進むと、ついに視界の開けた場所にぽつんと佇む「砂崎灯台」が姿を現した。
灯台の基部からは、すぐそこにあるはずの海は見えない。灯台と波打ち際の間には、永い年月をかけて風が積み上げた大きな砂山が横たわっているからだ。
ついに、28年越しの目的地にたどり着いた。
みんカラの「何してる?」のタイムラインには、ちょっとした遊び心で「サハラ地区のケープサンド灯台に到着」と、アフリカっぽくぼかして投稿してみた。けれど、写真の後方に写り込んだ雄大な駒ヶ岳のシルエットと、その裾野に広がる深い緑の森のせいで、一瞬で「北海道クオリティ」だと見破られてしまったけれど(笑)。
静寂の中で何枚か写真を撮り、満足感とともに灯台を後にする。
ところが、往路では大して気に留めていなかったので、のんびり砂山の登り坂に差し掛かった瞬間、サラサラとした砂に一瞬にして駆動力を奪われ、ジムニーの足が止まった。
……スタックだ……。
焦りから、直結四駆のまま強引に登ろうとアクセルを踏み込んだ瞬間、右後輪の下の砂の路盤がサラサラと崩落し、車体が右後方にずるりと傾いていく感覚が全身を通して伝わってきた。
「まずい、横転する──」
冷たい汗が背中を伝う。慌ててギヤをバックに入れ、緊急脱出。
心臓の激しい鼓動を聞きながら、今度は30メートルほどしっかりと助走距離を取り、一気にアクセルを踏んで砂山をクリアした。無事に抜け出せたものの、やはり過信してはならないと、激しい滝汗とともに深く肝に銘じた。
あの日、バイクのバックミラー越しに遠ざかっていった砂崎の景色。
28年という時間を経て、四つの車輪でその砂を掴み取った安堵感と、少しの興奮。でもジムニーのフロントガラスの向こうには、まだ見ぬ北の道がどこまでも続いているのだ。
さて、まだ旅は続く。本日も函館泊のため、恵山エリアへ向けて再びジムニーを走らせる。
このエリアにバイクで来たのは28年前だが、9年前に秘境駅とJR函館本線の砂原支線に乗るために訪れているので、どこか見覚えのある地名がナビに並ぶのが懐かしくて心地よい。
昼食は鹿部町まで南下し、道の駅「しかべ間歇泉公園」へ。情報通り「プレミアムたらこ御膳」をいただく。
地魚の煮付けの傍ら、艶やかなタラコが一腹まるごとご飯の上に鎮座している。贅沢極まりないが、「これ、家では絶対やらない食べ方だよなぁ」と苦笑いしつつ、至福の味を噛みしめた。
食後は久々に恵山へ登り、かつてその強酸性で名を馳せた麓の温泉で一浴浴びようと目論んでいたのだが、残念ながらすでに廃業していた……。時代の流れを感じつつ、近くの市民センターの温泉をお借りして汗を流す。
それにしても、昔バイクで恵山の登山道路を走ったとき、中腹にレプリカの凱旋門だかブランデンブルク門のようなものと、巨大な涅槃仏があった記憶があるのだが、あれは幻だったのだろうか。今はもう影も形もなく、ただ私の記憶の片隅に、奇妙な謎として取り残されている。
15時過ぎには函館駅前のホテルにチェックイン。
少し早めの到着で暇を持て余したため、今日も今日とてお気に入りの谷地頭温泉へ。あつあつの湯で旅の垢をすっきりと流した後は、ハセストの「やきとり弁当」を買い込み、駅のお土産屋さんをぶらぶら。
北の大地で過ごす最後の夜は、静かに、ゆっくりと更けていった。
本日の走行距離: 133km
六日目:5月6日(水) 旅の終わり、遠ざかる北の大地
翌朝は5時30分に起床。旅の最後の締めくくりとして、三度目となる谷地頭温泉へ。朝一番の湯に身体を浸し、旅の終わりを五感で惜しむ。
8時過ぎの便に乗り込むため、湯上がりのまま函館港のフェリー埠頭へと滑り込んだ。大間行きの指定席はあいにく満席だったが、幸いにも最後の1席だった椅子席を確保。流れる景色を窓越しに眺めながら、朝食を摂りつつ2時間の短い航海を楽しんだ。
大間港へ上陸し、泣いても笑ってもこれが最後の観光。本州最北端の「大間岬」へ立ち寄る。吹き付ける冷たい潮風を浴びながら、今回の旅の相棒であるジムニーを労った。
11時過ぎ、いよいよ自宅へ向けて南下を開始する。
下北半島を縦断する国道を走ること2時間半。そこから八戸へ抜け、高速道路に乗ってさらに3時間半。
──相変わらず、この道のり(特に八戸以北)は、いつ走っても遠く感じる。
むつ市内で一度目の給油を済ませていたが、自宅の目と鼻の先にあるいつものスタンドで、旅を共にしたジムニーに最後の満タン給油をして、無事に帰宅。
大きなトラブルもなく、かつての“宿題”を無事に回収できた2026年のGW。
駐車場のジムニーの泥や虫だらけのフェンダーを見つめながら、早くも、次に彼と赴くまだ見ぬダートの空想に耽っていた。
PCのキーボードを叩く音が、静かな部屋に響く。
こうして文字に起こしていると、フロントガラス越しに見つめた地平線や、タイヤが砂利を噛むあの生々しい感触が、まるで昨日のことのように鮮烈にフラッシュバックしてくる。
やっぱり、ブログはスマホの手軽さもいいけれど、PCに向き合ってじっくり書くのが心地いい。
愛車の慣らしは終わった。けれど、僕とこの相棒の旅は、まだ始まったばかりだ。
次に向き合うPCの画面には、どんな景色を載せているだろうか。
勝手に盛り上がった長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
それでは、また。
完
(完)




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樽口峠ツーリング カテゴリ:その他(カテゴリ未設定) 2017/04/25 23:46:40 |
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ホンダ S660 ふとしたことから所有してしまいました。 直6BMWから直3のS660に変更しました、気 ... |
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ドゥカティ ハイパーストラーダ ツーリングメインで使用しております。 程よい車重とパワーは最高です。 |
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スズキ ジムニーノマド ラダーフレームのパートタイム4WDに乗ってみたかった(^^) |
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モリゾウさん (トヨタ GRカローラ) モリゾウエディションを半年乗ってから登録しました。 |
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