
先日,定期配信のメールを読んでいたら「
『トラクション』 ってなんだ? 『パワー』ってなんだ?|①大パワーのFFがない理由(トラクション効率)」というタイトルの記事が目に留まりました.
Motor Fan TECHNOLOGY Topperというところの記事のようなのですが,FRとFFで加速時にどんな力が働くか?というのを物理現象で解説した内容でした.その中で最後のまとめとして示されたこの図(↓)がなかなか興味深かったです.
サイズ・重心が同じクルマで,駆動方式を変えた場合の「トラクション効率(タイヤのグリップをどれだけ効率良く使えているか?)」を示した図だそうなのですが,前後重量配分をFRを50:50,FFを65:35とした場合,路面の摩擦係数:μ=が0.65を境界線として両者の有利・不利が入れ替わるのだそうです.
ドライ路面で最も滑り易い状況がμ=0.6くらいだそうなので,それよりもちょっと喰うくらいのコンディションですね.つまり,ドライ&ハイグリップタイヤであればトラクション性能は間違いなくFRが有利!という事になるのですが,それよりも滑り易いコンディション(≒ウェット)だと計算上はFFが有利になるのだそうです.
これは,FRが大きな加速Gを出せば出すほど後傾姿勢になって後輪に力が加わり,トラクション性能が増す一方であるのに対し,FFは加速Gを出せば出すほど前輪が浮いてしまうため,トラクション性能は低下する特性があるためです.ところが,滑り易い路面になると一転して加速Gの絶対値は小さくなるため,必然的に姿勢変化も小さくなる訳なり,姿勢変化が小さいのであれば,駆動輪⇔重心の距離が近い分,計算上はFFの方がトラクション性能が良くなるのだそうです.
なので,大きな加速G(姿勢変化)を生み出すハイパワー車においてFFは不利で,FFでどうしてもトラクションを稼ぎたいなら,駆動輪⇔重心の距離をなるべく近づける=前後重量配分をフロント寄りにする(フロントを重たくする or リアを軽くする)というのが解決策となるのだそうです.以前勉強した
重量配分の話を見返してみると,「前後重量配分をフロント寄りにするとコーナー進入時の旋回性能が低下する」という事だったので,やっぱり良好なハンドリングが得られるFFの前後重量配分は「65:35」くらいという事になりそうです.
・・・と,ここまで読んで「ふ~ん」な内容だったのですが,この記事の中にこんな事も書かれていました(↓).
(; ・`д・´) ナ…ンダト!?
ロータス・エランってFRじゃなかったか!?と思い調べてみると,私が思い浮かべたのは初代エラン(↓).
ここで言っているのは2代目エラン(M100)の事でした(↓).
そういえば,「韓国の起亜がロータスからエランのライセンスを獲得して販売する!」なんてニュースを当時見た記憶があったのですが,アレ,起亜製だからFFだった訳じゃなくて,ロータス自身がFFのエランを作って売っていたのか・・・.今初めて知りました(汗).
そうなると俄然このクルマの設計が気になるので早速調べてみると,まずはカタログスペックは以下のような感じ(↓).
ボディサイズ ・・・ 3803 × 1734 × 1230mm
ホイールベース ・・・ 2250mm
トレッド ・・・ 1486mm / 1486mm
車重 ・・・ 1020kg
最高出力 ・・・ 165PS / 6600rpm
最大トルク ・・・ 20.4kgm / 4800rpm
ギヤ ・・・ 3.333 / 1.916 / 1.333 / 1.027 / 0.829
ファイナル ・・・ 3.833
タイヤ ・・・ 205/50R15
1.6Lターボなのでファイナルこそロングですが,それ以外のスペックはCR-Xに大分近いですね.厳密には短い事で有名なCR-Xのホイールベースより更に50mmも短いです.その一方でトレッドは40mm広く(全幅では60mm),この辺りに前後重量配分が70:30でもハンドリングマシンと言われる秘密が隠されていそうです.
続けて,構造関係を調べてみようと思ったのですが,不人気車のせいか情報がなかなか見つからない・・・.アノ手コノ手で調べてみた結果,ようやく当時の
セールスマニュアルに辿り着きました.それを意訳しつつ読み解いてみると,
このクルマの最も驚くべき点は,FF車の潜在的なパフォーマンスを引き出した点です.乗り心地とハンドリングを担当したエンジニアは,特定の路面コンディションにおいて車重・出力・タイヤサイズが同じであれば,FFの方が常に速い事に気づきました.トラクションとコントロール性能に関して明確に秀でており,FFの欠点であるトルクステア・バンプステアといったマイナス要素も克服出来ないほどではないと考えました.
おっ! 先程の「特定の路面コンディションではFFの方が有利」という話に繋がりますね.
そのまま読み進めてみると,当時のスポーツカーの特徴である「バックボーンシャシー(↓)」の話が出てきました.
これまでのロータス車と同様,深さのあるバックボーンをシャシー中央部に配置し,乗員スペースを2つに分けています.バックボーンシャシーはエスプリのものがボックス断面であったのに対し,エランのものは八角形断面となっており,これによって剛性が上がる事から,より薄いシャシーを作る事ができ,乗員スペースの拡大に繋がりました.
フロント セクションは「ロンジロン」と呼ばれる縦方向のメンバーで構成され,駆動系とフロントサスペンションを支える強力なボックス形状のフロントセクションと結合されています.駆動系はこのフロントセクションにしっかりとボルトで固定されており,シャシー剛性を高めるストレスメンバーの役割も担っています.
一方,リアセクションは,コイルオーバー型のダンパー上端部を2つの羽付ブラケットで固定する形です.
このシャシーのねじり剛性は6,600lb·ft/deg(8,948Nm/deg)にもなり,これはオープンカーとしては非常に高い数値です.これによってロータスのエンジニア達は,サスペンションを適切に機能させるために必要な強固なプラットフォームを手に入れる事になります.
このクルマの当時のライバルは「NAロードスター」だったそうでなのですが,以前勉強した「
ねじり剛性」によれば「NAロードスター」の剛性は4,881Nm/degですので圧倒的な差ですね.ここから10年後に誕生する「NCロードスター」でも8,132Nm/degとエランの値には届かないので,如何に強固なシャシーだったのかよく分かります.
さて,ここから注目のサスペンションの話になります.
特許を取得した「インタラクティブ・ウィッシュボーン」サスペンションにより,新型エランに要求される乗り心地とハンドリングに応えました.快適な乗り心地,究極のハンドリングを実現し,FF車の悩みの種であるトルクステアとバンプステアを排除する事に成功しました.
このサスペンションの鍵となるのは,フロントメンバーに取り付けられた垂直方向のサブアセンブリとなる「コンプライアンス・ラフト」です.
フロントのダブルウィッシュボーンは,このいかだ状の「ラフト」に取り付けられ,トルクステアの原因となる「キャスター角の変化」を効果的に排除します.上下のウィッシュボーンはペアで動き,ステアリング軸の角度(=キャスター角)は一定のままであり,勝手にステアリングが切られる事はありません.
大半のFF車はマクファーソンストラット式のサスペンションを採用しており,駆動力が掛かった状態では「キャスター角」を維持する事が困難です.前輪が駆動力を受けてサスペンションを前方に引っ張ると,ブッシュには遊びがあるため,「キャスター角」が増加する事になります.(遊びの少ない)固いブッシュを使用すればこれを抑制出来ますが,それでは乗り心地が損なわれます.エランが採用した「インタラクティブ・ウィッシュボーン」は,サスペンションセッティングの重要なポイントを制御し,あらゆる条件下で追従性を向上させています.
また,「ウィッシュボーン」⇔「ラフト」間のブッシュは非常に強固なものを使用しているため,キャンバー・キャスター・トーは厳密に制御される一方,「ラフト」⇔「シャシー」間のブッシュは特定の方向にだけ高い追従性を示すため,小さなギャップを乗り越える際はブッシュが吸収し,大きなギャップを乗り越える際はアセンブリ全体が上方向と後ろ方向に動いて吸収する機構となっています.
なるほど.エランのサスペンションは「インタラクティブ・ウィッシュボーン」と名付けられた複雑な機構を採用していたのですね.通常はフレーム(シャシー)に直接アームが取り付けられますが,フレーム⇔アーム間にいかだ状の部品を噛ませて,その前後のブッシュの固さを変える事によって,アライメント変化の抑制と乗り心地の両立を実現し,それによって「キャスター角の変化」で抑制されたため,これによって生じるトルクステアを排除した,という理屈のようです.エランでは乗り心地と両立するために,こういった複雑な機構が採用されていますが,乗り心地を無視したサーキットユースであれば,こんな複雑な機構を採用せずとも「単にブッシュを固めれば良い」という話になるんですかね・・・?
続けて,もう1つの課題「バンプステア」の話.
「バンプステア(サスペンションが縮んだ時に勝手にステアリングが切られる現象)」は,旋回時やブレーキング時の過渡的な安定性を向上させるために制御されています.バンプでは僅かにトーアウトとなり,逆にリバウンドではトーインとなります.特にフロントはハブがステアリング軸より後方にオフセットされているため,ブレーキング時の安定性向上に繋がっています.
アッカーマン・ジオメトリーに関しては様々な評価を行い,「60%」に設定されました.これよりも値が高いとフロントタイヤの接地性は良くなりますが,曲がりくねったコーナーでの安定性が損なわれ,これよりも値が低いと高速域での安定性は向上しますが,低速コーナーでの接地性が失われます.
バンプイン・バンプアウトの話はコレ(↓)ですね.
アッカーマン・ジオメトリーに関しては
コチラを参照下さい.いずれにせよ,こちらに関しては愚直に何度もテストを繰り返して,高速域⇔低速域,ハンドリング⇔安定性の最良の妥協点を見出した,という事のようですね.
最後にリアサスペンションの話.
エランのリアキャンバーは精密にコントロールされています.安定性を最適化するために,フロントとリアの両方に同じキャンバーカーブを採用しました.すなわち,全てのロール角において,フロントタイヤとリアタイヤの両方が非常に似たキャンバー特性を持っています.これにより,フロントとリアの間で一貫したタイヤの接地面が得られ,接地性の低い領域においてもクルマの動きが予測可能です.
更に,フロントとリアの両方のサスペンションジオメトリーは,ロール角に関係なく,シャーシに対してロールセンターの高さがほぼ一定になるように設計されています.この結果,ハードなコーナリングを行っても非常に進歩的なフィーリングと挙動が得られます.
フロントサスペンションには約10%のアンチダイブと,リアサスペンションには少量のアンチリフト機構も組み込まれています.
おっと! これがエランのハンドリングの秘密のようです.「キャンバーカーブ」という言葉の意味は,単なる「キャンバー角」ではなく「キャンバーの過渡変化」が一定という意味なんだと思われますが,これに加えて「ロール量」まで一定とは・・・.確かにこれらの変化が一定であれば,クルマの動きを予測し易く,安心して攻め込めますね.
以上,FFエランのお勉強でした.纏めると,
・前後重量配分を70:30という極端なフロント寄りにする事で,高いトラクション性能を得ている
・独自の「インタラクティブ・ウィッシュボーン」機構によって,ハンドリングと乗り心地を両立している
・この機構で最も実現したかった点は「キャスター角の変化抑制」
・「キャスター角の変化抑制」を実現する方法としては,単にブッシュを固める方法もある
・アッカーマンジオメトリーを詰める事で,高速域⇔低速域,ハンドリング⇔安定性の妥協点を見出している
・「キャンバー角」の変化量をフロントとリアで揃えている
・「ロール角」の変化量もフロントとリアで揃えている
といったところでしょうか.他に文中では触れられていませんが,広いトレッドを採用する事でキャンバー・ロール変化の絶対値を小さくしたり,ショートホイールベースを採用する事でフロント⇔リアで差がつきにくくなるような設計思想もあるんじゃないか?と思いました.
サスペンションの上下動に対する,キャスター・キャンバー・ロール量の変化は高額な設備を用いないと測れないので,素人レベルではタイヤの摩耗から類推するしかありませんかね・・・? B16A程度のパワーであれば,トルクステアも大した事はありませんが,これまであまり「キャスター角」に対して意識を払って来なかったので,少し意識してみようかな?と思います.
最後に,オレさまがよく「EF8の先輩のB18Cはトラクションが凄い!」と言うのですが,それは単にB18Cのパワーという面だけでなく,実は前後重量配分の変化もあるんじゃないかなー?と今回の調べていて思いました.B16Aの重さは138kg,それに対してB18Cは162kgだそうで,エンジンを載せ替えるだけで24kg増です.これは重量配分にして約0.8%に相当するので,驚異的な加速力の背景にはそんな要因もあるんじゃないかなー?と思いました.