EF8の先輩に突っ込みを受けた「EREBUNI aerodynamics」(もしくは「紫紋」)の「
Cosworth Style RWT (タイトル画像)」ですが,これを見て何を思い出すか?で,先輩と私で意見が分かれました.
先輩は「シエラだな!」と仰るのですが,私は「いやいや,エスコートでしょ!」と返すと,「エスコート」のMk-Ⅱ(1975~80年型)の画像が無言で送られてきました(笑).どうやら「エスコートにそんなもんは付いてない!」と仰りたいようで,「私が言っているのはMk-Ⅴ(1990~1995年型)ですよ」と返したのですが,引続き無言でした.
先輩が仰っている「シエラ」というのは,1986~1992年に製造されたフォードの「Sierra RS Cosworth」の事で,当時のグループA規格に適合させたホモロゲーションモデルの事です(↓).
主にETC(Europe Touring car Championship)で活躍した車両ですが,後にエボリューションモデルとなる「Sierra RS 500 Cosworth」が500台限定で生産され,日本でもJTC(Japan Touring car Championship)に持ち込まれて活躍しました.このクルマは非常に特徴的なリアスポイラーを備えていました(↓).
一方,私が言っているのは同じフォードでも「Escort RS Cosworth」の方で(↓),
こちらは1992~1995年に製造された車両で,先述の「Sierra」のコンポーネントをよりボディの小さな「Escort」に押し込んで作られたクルマになります.先述の特徴的なスポイラーも,このクルマではより大型化されました(↓).
どちらの車両にも出てくる「Cosworth」というのは,イギリスのレーシングエンジンビルダーで,私はてっきりフォード傘下の会社(ホンダにおける「無限」みたいなもの)なのかと思っていましたが,実際に傘下に入ったのは一時期だけで,フォード以外のエンジン開発も行っていたそうです.
最初のCRX用の「Cosworth Style RWT(↓)」の「Cosworth」も,ここから取ったものと思われます.
さて,この特徴的な「Cosworth Style」ですが,一般的には「Whale Tail(クジラの尻尾)」と呼ばれているそうです(↓).
本体の後ろにくっついて振り回されるようなイメージと,クジラの尻尾がウイングのような形状にも見える点から,そう呼ばれているのでしょうね.
WRCのラリーカーにも使われたこの「Whale Tail」ですが,実際の空力効果がどれだけあったのか? 気になり調べていたところ,「Escort RS Cosworth」の2段ウイング(Double Decker Wing)は「本当は3段ウイング(Triple Decker Wing)にしたかったんだ」という話を見つけました(↓).
(Northwest European:
1995 Ford Escort Cosworth RS より)
これは「Escort RS Cosworth」のデザイナーである Frank Stephenson氏が語ったものです(↓).
VIDEO
「このクルマは非常に高いパフォーマンスを持っているため,路面にしっかりとグリップさせる方法を見つけなければならなかった.空力設計のプロジェクトとなり,私のアイデアはスポイラーシステムを使って,車の後部を路面に密着させる事だった.そのためには,リアにもっとスポイラーを付ける必要があり,下側のスポイラーをかなり大きくしようというアイデアを出したが,効果的ではなかった」
「そこで別の案として,かなり大型のスポイラーを後部にもう1つ追加して,既存のものと連結させれば,上側のスポイラーでもう1つのスポイラーの効果を安定させられるだろうと考えた」
「私は,第一次世界大戦の撃墜王『Red Baron(赤い男爵)』の愛機である『Fokker Dr.Ⅰ(↓)』に大きなインスピレーションを受けていた」
「この場所(Escortのリア)に3つ目のスポイラーを付けたらどうなるだろう? 『Fokker Dr.Ⅰ』の自動車バージョンとしてリアに3枚のスポイラーを配置する・・・そんな事はこれまで誰もやったことがない.『これは素晴らしい!』と確信した.見た目が最高なだけでなく,機能的にも優れていると信じていたからだ.だからこそ,自分の考えを曲げずに突き進んだ」
「クレイモデルによる開発が進むにつれ,周囲の認識も大きく変わっていった.周囲はそれを実現可能な画期的なアイデアとして捉え始めていたのだ.リアに採用した,この極めてユニークで革新的なデザインによって得られるダウンフォース量は驚くべきものだった」
「しかし,フォードのコスト担当者は『ミドルウィングをなくせば設計費と部品コストを合わせて5ドイツマルク(当時のレートで1500~2000円)節約出来る』と主張し,ミドルウイングは廃止されてしまった.(ミドルウイングがない状態でも)世界選手権で優勝を収めたが,私にとっては『指が10本ではなく9本で生まれた子供』のように感じられた・・・」
このFrank Stephenson氏の後悔を汲み,イギリスのバラエティ番組「Wheeler Dealers(邦題:名車再生!クラシックカー・ディーラーズ)」が,2017年のSeason 14で「Escort RS Cosworth」を取り上げた際(↓),
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この幻の「Triple Decker Wing」を再現したそうです(↓).
「Wheeler Dealers」という番組は,イギリスの「Discovery Channel」および アメリカの「Motor Trend」向けに,イギリスの「Attaboy TV」が制作した番組で,特定のメーカーのモデルを修理・改良し,新しい所有者に販売する事で愛好家達が抱える修理困難な名車を救う,という内容だそうです.
日本でもAbemaTVやBS11等で放送されていたそうですが,現在は上記の通りYouTubeで観る事が出来ます.元は1時間番組なのでYouTubeで観るにはちょっと長いですが,レストアの風景や今回だとウイングの製作過程も観れるので,なかなか面白かったです.
そして,その番組の中では「Triple Decker Wing」の風洞試験も行っていました(↓).
結果は以下の通り(↓).
車速100mph(160km/h)で,オリジナルの「Double Decker Wing」のダウンフォース量は69ポンド(31キロ)であったのに対し,今回製作した「Triple Decker Wing」では94ポンド(42キロ)と,35%もダウンフォースが増えたそうです.
一般的なリアトランクに付くスポイラーはリフトを抑える程度で,ほぼダウンフォースなんて発生しませんから,それを踏まえると160km/hというかなりの高速域であるとはいえ,Double(2段)で31キロ,Triple(3段)で42キロもダウンフォースが出るのは驚異的ですね(そりゃ,高速コースで無類の速さを誇ったのも納得です).
ちなみに,この「Triple Decker Wing」のインスピレーション元である「Fokker Dr.Ⅰ」は(↓),
「三葉機(Dreidecker)」と呼ばれる3段羽(厳密には車輪のトコにもう1枚羽があるので4段羽らしいですが)の戦闘機で,機体名の「Dr.」も「Drei(ドイツ語の「3」)」から付けられているそうです.厚みのある3枚の翼は機動性が高かったそうですが,空気抵抗が大きいので速度は2枚の複葉機よりも遅かったのだとか.また重心が高く,安定性も悪かったそうです.そして,一番の問題は視界の悪さ.特に離着陸時の機首が上った姿勢では,厚みのある羽のせいで全く前が見えないほどだったのだとか.
そんな視界の悪さは,「Triple Decker Wing」仕様の「Escort RS Cosworth」も引き継いでしまっているようで(↓),
(Northwest European:
1995 Ford Escort Cosworth RS より)
ミドルいウイングが邪魔して後方がほとんど見えないそうです(笑).番組の方ではアピールのためにダウンフォースを取り上げていますが,ドラッグ(空気抵抗)が「Triple Decker Wing」で増えたのか?も知りたかったところですね.
以上,「Triple Decker Wing」のお話でした.
こんな風に「開発の想いとしては本来こうしたかったのに,コストの都合でそれが出来なかった・・・」なんて話は,自動車メーカーであればいっぱいあるでしょうから,それを採算度外視のワンオフで再現するというのは,夢があって良いお話ですね!
(Northwest European:
1995 Ford Escort Cosworth RS より)
【'26.09.13追記】
別件の調査をしていたら,「Escort RS Cosworth」の公式な空力評価結果を見つけました.ドイツにある「Merkenich Technical Centre(↓)」で200時間にも及ぶ風洞試験を行い,
その中で「Double Decker Wing」の上段ウイングの追加によって,Cd値は0.34→0.38まで悪化し,最高速度が5mph(8km/h)落ちたそうです.やはり空気抵抗は大きかったようですね.また,110mph(177km/h)下でのダウンフォース量はフロントが10ポンド(4.5キロ)であったのに対し,リアは37ポンド(16キロ)だったそうです.スポイラーの数値としては妥当な感じです.1990年代初期の風洞と「Wheeler Dealers」が確認した2010年代後半の風洞とでは精度が全く違うでしょうし,前提条件も異なるので,ここでは3段化で35%ダウンフォースが増えた点のみ評価すべきなんでしょうね.
ちなみに,この「フロントで4.5キロ」という数値は「3段階に調整出来たフロントスプリッターを最大にした場合」と書かれていたのですが,3段階に調整・・・?と最初意味が分かりませんでした.フロントのスプリッターというとカナードを思い浮かべますが,
(Northwest European:
1995 Ford Escort Cosworth RS より)
「Escort」のフロントにはそんなものは付いていません・・・.
何度か読み返してみたところ,どうやらフロントバンパー下に装着されている黒いスポイラーの事を言っているようで,これの下部が可変式になっているそうです(↓).
画像を見た感じ,突き出し量が変化するようですね.そんなトコ動くんだ!と驚かされました.