
THE TALLさんのブログで「
タイヤの空気圧が高いほど走行抵抗は低くなると思っていたが,そうでもない」というお話を知りました.
最初に読んだ瞬間は「なんだそりゃ?」と思ったのですが,ソースの記事を読むと「なるほど,それは一理あるかも・・・」と考え直しました.軽く調べてみたところ,この説は2021年に発表されたものだそうで,ロードバイクの世界では当たり前の話となっているそうなのですが,自動車の世界では類似した情報は見つけられませんでした.
中には「たった1つの会社がそう言っているだけで,オカルトの類」とまで言っている人もいましたが,まぁ,それはそれとして理屈を理解しておくのも面白いだろうと調べてみる事にしました.
まず,この説を発表したのはイタリアの老舗ポンプメーカーである「SILCA」という会社.
「なんでポンプメーカーがロードバイクの話をするんだ?」と思ったら,自転車用の空気入れにポンプを使っていましたね.現在ではポンプだけでなく,様々な自転車のパーツを生み出している会社だそうです.
この「SILCA」のブログに前後編で研究の内容が述べられていました(↓).
Part 4A: Rolling Resistance (The History and Previous Works)
Part 4B: Rolling Resistance and Impedance
原文は英語なので,これを意訳しながら纏めてみるとこんな内容です(↓).
2007~2008年にパリ~ルーベ(フランスで行われるサイクルロードレース)のホイールを開発していた際,リムが破損する限界を探ろうとタイヤの内圧をどんどん下げるテストを行っていた.内圧を下げると転がり抵抗が増えるため通常は速度が落ちるはずなのだが,内圧を下げれば下げる程,速度は上がっていった.

(JATMA:
タイヤの性能と技術より)
この原因を調査する過程で,自転車物理学の研究者Tom Anhalt氏が2009年に公開したデータを見つけた(↓).
このデータでは,タイヤの転がり抵抗を滑らかなローラー上で計測した場合(青)と実際の路面に近い条件で計測した場合(水色)を比較したもので,内圧が低い領域では同じ特性を示すが,一定の値(Break Point)を超えて内圧を上げると,実際の路面に近い条件(水色)では転がり抵抗が増える事が示されていた.
この特性は,Bicycle QuarterlyのJan Heine氏が「サスペンション損失」と呼ぶ現象が影響していると思われる(↓).

(SILCA:
Part 4A Rolling Resistanceより)
これは,タイヤの内圧が100psi(6.9キロ)の状態で路面上にある5mmの段差を乗り越えようとした際,車体は1mmしか持ち上がらず,残り4mm分の衝撃はタイヤが変形する事で吸収されるというものである.この変形による損失は路面の荒れ具合(周期的な変化)に依存している事から,「周波数特性を持った抵抗成分」という意味で「転がりインピーダンス」とSILCAでは呼んでいる
この「転がりインピーダンス」を特性を解明するために,2014年に3種類の路面でテストを行った.

(SILCA:
Part 4B Rolling Resistance and Impedanceより)
その結果,やはりタイヤの内圧が一定の値(Break Point)を超えると転がり抵抗(Crr)は増える事が確認された.
このテストではライダーの体重やタイヤの幅等も変えて行ってみたが,同じ傾向だった.
また,Break Point前後でライダーの仕事量を比較してみると(↓),
Break Pointよりも内圧が10psi(0.6キロ)低い場合の方が,10psi(0.6キロ)高い場合よりも仕事量が少ない(=抵抗が小さい)事も分かった.これは「転がりインピーダンス」が非線形な特性を持っているためと思われる.
更に,このテストから2年後,再び同じ路面でテストを行った(↓).

(SILCA:
Part 4B Rolling Resistance and Impedanceより)
2年前(左)と比べて今回(右)の方が転がり抵抗(Crr)の絶対値が小さくなっている.また,Break Pointの位置やBreak Point以降の特性も変わっている事が分かる.これは2年の年月で路面が擦り減り,表面が更に滑らかになった事と,アスファルトが2年の年月で硬化して変形しにくくなった事が影響していると思われる.つまり,「転がりインピーダンス」の特性は,路面の滑らかさや硬さの影響も受けている事が分かる.
以上の話を纏めると,
・タイヤの内圧は低くすると,タイヤの転がり抵抗は増える
・反対に,内圧を高くすれば転がり抵抗は減るのだが,その途中に「Break Point」が存在する
・この「Break Point」よりも高い内圧を設定すると,転がり抵抗は逆に増えてしまう
・この「Break Point」は,路面の滑らかさや硬さによって変わる
・路面がより滑らかな方が,タイヤの転がり抵抗は減る
・路面がより硬い方が,タイヤの転がり抵抗は減る
・「Break Point」近辺でセッティングを詰める場合は,高めよりも低めを狙った方が転がり抵抗は小さい
といった感じでしょうか.なかなか興味深いお話ですが,現状この「Break Point」を論理的に導き出す手立てはないそうで,現場でテストしてみるしかないそうです.そうなると,この理論を実践するのはなかなか難しい気もしますね.
さて,この「転がりインピーダンス」のお話は,あくまでロードバイク用のタイヤのお話なので,自動車用のタイヤでも同じ事が言えるのか?は分かりません.そこで両者の違いをざっくり調べてみました.
【ロードバイク用(Continental GP4000s II 25mm)】
・外径 :700mm
・幅 :25mm
・推奨内圧 :95~123psi
・パターン :ほぼスリック
【自動車用(ADVAN A052 205/50R15)】
・外径 :587mm
・幅 :214mm
・推奨内圧 :32~40psi
・パターン :セミスリック
自動車用のタイヤはロードバイク用のタイヤと比べて,直径が小さく・幅は太く・内圧は低く・タイヤの溝も少ない事が分かりました.これらの特徴を踏まえると先述の「サスペンション損失(≒衝撃の吸収能力)」は,ロードバイク用よりも自動車用の方が大きく,内圧変化に対する転がり抵抗の感度もその分だけ低そうです.
という事は,先述のこの図(↓)を上下を潰して,更に内圧の使用レンジも狭めた感じになるので,
仮に自動車用タイヤに「Break Point」があったとしても,そもそもの変化量自体が小さく,無視出来るレベルなんじゃないかなぁ~?と思いました.
以上,転がりインピーダンスのお勉強でした.最終的には「4輪には関係ない話」となってしまいましたが,今までのセオリーとは異なるお話で,理屈そのものはなかなか面白かったです.
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Posted at
2025/03/30 02:03:23