ダイレクトイグニッション化によって,点火系が一新されてしまったので,それに伴い始動関係のECU適合もやり直しとなりました.
当初,ショップでは「始動前噴射(Pre-Crank Prime)」を使わずに,「クランキング補正(Crank Enrichment)」と「始動後増量(Post Start Enrichment)」と「暖機増量補正(Warm Up Enrichment)」で何とか実現しようと,2Dテーブルを駆使した非常に高度な適合が行われていたのですが,それでもやはり冷態時(水温20℃以下)の始動性に苦労しているようでした.
一応,私も3年間LINK ECUをイジってきて多少勘所があるので,「始動前噴射を使わずに冷態始動を実現するのは,私には無理だなぁ~」と思い,クルマが戻ってきた翌々日にデジタル入力の設定を変更する許可をショップに得て,「始動前噴射(Pre-Crank Prime)」を再び使わせてもらう事にしました.
「始動前噴射」が使えるようになったおかげで,水温14℃の状態では10回クランキングしないと始動出来なかったものが,2回のクランキングで始動するところまできたのですが,もうちょっと何とかしたいので,今回は「始動前噴射」に関して一度整理しておこうと思います.
まず,LINK ECUの始動制御の燃料系部分に関しては,以前に一度纏めているので
コチラを参照下さい.
適合の仕方としては,最初にエンジンが完全暖気した状態(水温:80℃以上)で,「始動前噴射」の設定を0msにし,「始動前噴射」を使わずに「クランキング補正」と「始動後増量」だけで始動~アイドリング出来るようにします.
こうしておけば,「始動前噴射」を増やしていった時に燃料が濃過ぎてカブってしまった時は,「始動前噴射」を減らせば必ず始動出来るようになるので安心です.
下準備が終わったところで,そもそも「始動前噴射」とは何ぞや?ですが,LINK ECUのヘルプにこう書かれています(↓).
LINKのマニュアルでは「燃料がシリンダーに届くまで時間がかかる」と表現されていますが,これは「気化した燃料」の話です.「始動前噴射」の役割はクランキングを始める前に吸気ポートに燃料を付着させて燃料の気化をアシストする事です.燃料の付着と言われるとイメージが湧かないかもしれませんが,こんな感じです(↓).
インジェクタから吹かれた燃料が,閉じられたバルブに当たって跳ね返り,吸気ポート周辺に撒き散らかされている様子が分かると思います.この巻き散らかしで吸気ポート周辺についた燃料の事を付着と言っています.
では,「なんで付着させる必要があるの?」というと,そもそも燃料(ガソリン)は常温だと液体な訳ですが,液体のままでは火は点きません.燃料が温められて気体に変化して,空気と混ざって初めて火が点きます.燃料を気体に変化させるためには,燃料を霧状にして細かくする(霧化させる)と共に,空気やエンジンの熱を利用して霧→気体に変化させる(気化させる)必要があります.これにはエンジン本体の温度(≒水温)が重要で,水温が高ければ高い程すぐに気化して火がつく訳なのですが,反対に水温が低いとなかなか気化せず,火がつきにくくなる訳です.冷態時に始動性が悪くなるのはこのためです.
じゃあ,どうするか?というと,「1回の噴射で気化する量が減ってんなら,その分噴射量を増やして,数の力で気化量を維持すればいいんだろ!」という手段に打って出れば良い訳です.この数の暴力(笑)が「始動前噴射」という事になります.
・・・という事で,完全暖気状態(水温80℃以上)では,燃料がすぐに気化するので「始動前噴射」は要りませんし(0ms設定),反対に冷態状態(水温20℃以下)の時には「始動前噴射」が必要,というのが私の考え方になります.
(20℃~80℃の間は,必要な数値が分からないので一次線形で補間して設定しています)
では,その「始動前噴射」の設定方法ですが,私は「キーStart Position」の方を使っています(↓).
キーのポジションには,LOCK・ACC・ON・STARTの4つがあります(↓).
キーは順々にしか捻れないので,LOCK→ACC(①),ACC→ON(②),ON→START(③),START→ON(④)という段階がある訳ですが,「キーStart Position」は③の時のみ作動します.もう1つの「キーOn」の方は②の時に作動するのだと思いますが,こちらだと,始動させず,キーONして電源だけ入れて何かをチェックしようと思った時にも燃料を噴いてしまう事になるので,私は使っていません.
(こちらだとキーをガチャガチャやると,吸気ポートが燃料まみれになるはず・・・)
この状態で値を決めていく訳なのですが,ここから先はトライ&エラーです.始動させた時に,燃料が濃過ぎ(リッチ)だったのか? 薄過ぎ(リーン)だったのか?を目と耳で(笑)判断します.
リッチの時は,初爆(火がついた1回目の爆発)が来た後,ボフッ,ボフッ・・・と咳き込むような音がして,急にエンジンの回転が止まります.一方,リーンの時は,初爆が来ず,キーを離す(START→ON)と,力なくエンジンの回転が落ちていく感じです.感覚的な部分なので表現が難しいですが,キーを捻った手に伝わってくる感触が,重いとリッチ,軽いとリーンみたいな感じですかね・・・.
(実際のキーは単純なバネなので,実際に重くなったり,軽くなったりする訳ではありませんよ?)
あんまり感覚的過ぎてもアレなので,データで示すと,リッチの時はこんな回転波形です(↓).
上が回転数,下が空燃比(ラムダ)です.スタータの回転数は大体250rpmくらいなので最初の一定回転数がそれです.それよりピョコン!と回転数跳ね上がっている部分が初爆が来ている部分です.火が点いたのでラムダの値が徐々に小さくなり,いい感じなのですが,その後,リッチ失火して回転数が落ちています.
(シリンダー内の燃焼と空燃比センサがある排気管の状態は違うので,瞬間的なリッチはこの波形には表れません)
一方,リーンの時はこんな回転波形です(↓).
スタータの回転数分だけ上がっているだけで,それより全く上に行きませんね.一度も火が点いていない(初爆が来てない)のだから当然です.ラムダもスタータを捻っている時だけ値が大きくなっていると思いますが,これはシリンダー内が掃気され,リーンになっているためです.
エラーパターンだけだと正常なイメージが湧かないと思いますので,最後にちゃんと始動出来た時の回転波形も示します(↓).
「スタータを捻っている部分はどこ?」と思うくらい急激に回転数が上昇して,「アイドル目標」を超えているのが分かると思います.
以上,始動前噴射のお話でした.
LINK ECUを触ってない人には小難しくて,何が何だか分からないと思いますが,こんだけ小難しいくて時間の掛かる事を,純正のECUって難なくこなしていると思って頂ければ・・・.寒かろうが,暑かろうが,高地だろうが,平地だろうが,いつでも・どこでもエンジンが掛かってユーザーが何の苦労もしないのは,それだけメーカーが時間を掛けて純正ECUを仕上げているからです.そんな純正ECUの偉大さみたいなものを感じ取って頂ければと思います.