他社より優れたアーシングのキットがあったとして
どれだけ優れているかを更に計算してみましょう。
点火系の回路における効果として
回路を簡略化し5つの要素で構成されるとします。
バッテリー
配線(バッテリーのマイナス端子からエンジンブロックまで)
配線(バッテリーのプラス端子から点火コイルまで)
スイッチング素子
点火コイルの一次側
これらの5つの要素の直列回路になっています。
アーシングが施されるのは名前の通り
バッテリーのマイナス端子からエンジンブロックへの配線です。
バッテリーのプラス端子から点火コイルへの配線は
色々な線材や部品を経由します。この検討では
『バッテリーのプラス端子から点火コイルへの配線は』
配線材の抵抗値を下げるのが困難なものの総称とします。
ここで、計算式のため次の略号を与えます。
Ebat :12Vバッテリーの端子間電圧
Rbat :12Vバッテリーの内部抵抗
Rプラス側 :配線抵抗(バッテリーのプラス端子から点火コイルまで)
Rマイナス側 :配線抵抗(バッテリーのマイナス端子からエンジンブロックまで)
Ron :スイッチング素子のオン抵抗
RcoiL :点火コイル一次側の直流抵抗
IcoiL :点火コイル一次側に流れる電流
点火コイル一次側に蓄えられるエネルギーUは
コイルのインダクタンスをLとし
コイルに流れた電流をIcoiLとすると
U=0.5×L×IcoiL×IcoiL ・・・① の式になります。
点火コイル一次側のインダクタンスは一定とみなせますから
上記①式の電流IcoiLを増やせば、
点火コイル一次側に蓄えられるエネルギーUが増加し
コイル2次側から点火プラグに供給されるエネルギーも増加します。
そこで、点火コイル一次側に流れる電流を増やすために
やっきになってアーシングをする人がいるわけです。
ここまではアーシングで性能を向上させたいという考え方は
間違っておりません。
【点火回路の各要素の推定】
1.バッテリーの端子電圧
オルタネーターのレギュレータの特性や、エンジン回転数により
バッテリー端子電圧は変わります。ここでは14.5Vとしておきます。
2.点火回路の総抵抗の推算
イグナイタ用IGBTの定格電流を
富士電機やデンソーの技術資料から読み取り、定格電流を5Aとします。
直列回路で繋がっているので、
スイッチング素子のIGBTに流れる電流値は、
点火コイル一次側に流れる電流と同じです。
バッテリー電圧14.5ボルトから考えると
R=E/I=14.5/5=2.9Ωとなり
点火系の直列回路の総抵抗を2.9Ωとします。
3.スイッチング素子のON抵抗:Ron
富士電機のイグナイタ用IGBTの資料で
5アンペアのときオン電圧1.3ボルトとあるので、
R=E/I=1.3/5=0.26Ω となります。
後々の計算の都合から、
Ron=0.27Ω としておきます。
4.バッテリーの内部抵抗
バッテリーの性能や劣化状態で変わりますが
0.01Ωとしておきます。
小さい数値なので計算の大勢に影響ありませんが、
バッテリーにも抵抗があるということで書いておきます。
5.点火コイル一次側の直流抵抗
ネット上で1Ω前後の実測された記事があります。
但し、1Ωと設定すると下方の②の式において
Rマイナス側+Rプラス側が大きな値となり現実的でないので、
1次コイルの直流抵抗を2Ωと設定して計算します。
コイルに流れるのはパルス電流なので
インダクタンスが抵抗として働きますので、
直流抵抗にインダクタンス成分による抵抗を
考えれば、2Ωもまんざら間違いでないでしょう。
また、1次コイルを1Ωにするか2Ωにするかによって
②式における抵抗配分が大きく変わってしまいます。
しかし、配線の劣化により、点火回路に流れる電流が減少しにくいように
冗長性を考慮した設計ならコイル抵抗を大きくとる筈です。
また、スイッチング素子が時代とともに高性能化することで
スイッチング素子のオン抵抗が減少していきますから、
その分、コイル抵抗を大きくとり冗長性向上に利用することが出来ます。
6.ここまでで未だ数値を求めてないものは
Rプラス側:配線抵抗(バッテリーのプラス端子から点火コイル一次側まで)
Rマイナス側:配線抵抗(バッテリーのマイナス端子からエンジンブロックまで)
の2つです。
ネット上でバッテリーマイナス端子とエンジンブロック間の
抵抗を安価なデジタルテスター等で測定された記事がありますが、
その抵抗値を採用しないことにします。
ネット上で見られる抵抗の実測は2端子測定法によるものが多く
金属表面の酸化が著しいような場合は正確にできないからです。
また、低い抵抗値を測定するための測定器でないものが多く
測定精度が分からないためです。
そこで、直列回路の抵抗の式から
2.9=Rbat +Rマイナス側+Rプラス側+Ron +RcoiL ・・・②
=0.01+Rマイナス側+Rプラス側+0.27+2.0
上記の式から、
Rマイナス側+Rプラス側=0.62Ω となります。
マイナス側もプラス側も同じ長さ、同じ線材太さと仮定し、
Rマイナス側=Rプラス側=0.31Ω と仮に設定します。
【点火コイルに流れる電流値の式から】
点火コイルに流れる電流は、直列回路ですから、
点火コイル一次側でも配線材でも、通過電流は同じになります。
オームの法則 I=E/R から
IcoiL=E/(Rbat+Rマイナス側+Rプラス側+Ron+RcoiL) ・・・③
の式が得られます。
ここで、富士電機のIGBTの技術資料から、
スイッチング素子に流れる電流を5Aとすると、
直列回路なので点火コイル一次側に流れる電流IcoiL=5Aとなります。
アーシング施工前の点火コイルに流れる電流IcoiL(施工前)の式は
IcoiL(施工前)= E /(Rbat +Rマイナス側+Rプラス側+Ron +RcoiL)
= 14.5/(0.01+0.31+0.31+0.27+2.0)
この式を計算するとIcoiL=5アンペアとなりますが、
大元のデータが5アンペアなので、当たり前ってことです。
この検討において、Rマイナス側、Rプラス側を推定していますが、
検討の大勢に影響はありません。
アーシング前の点火コイル一次側に蓄えられるエネルギーは
U=0.5×L×IcoiL×IcoiL の式から
これは1秒間の話なので、
実際には約5ms幅の1パルスのエネルギー(mJ単位)になります。
ここでは1パルス分のエネルギーの絶対値を求めることが目的でないので
U=0.5×L×IcoiL×IcoiL の式のままでエネルギーを比較します。
エネルギーを比較するのを
超高価なアーシングで Rマイナス側=0.00Ω(ゼロは実際には不可能ですが)
一般的なアーシングで Rマイナス側=0.05Ω(少し劣るということで仮設定)
として、それぞれの場合の点火コイル一次側のエネルギーを比較してみます。
まず、
IcoiL=14.5/(Rbat+Rマイナス側+Rプラス側+Ron+RcoiL)
の式から、それぞれの場合の電流値を求めます。
超高価なアーシングで IcoiL=5.60A
一般的なアーシングで IcoiL=5.49A
点火エネルギーはそれぞれの場合
U(超高価なアーシング)=0.5×L×5.60×5.60
=15.68×L
U(普通のアーシング) =0.5×L×5.49×5.49
=15.07×L
となり、点火コイル一次側に蓄えられるエネルギーを比較すると
U(超高価なアーシング)/U(普通のアーシング)
=15.68/15.07
=1.04
つまり、超高価で超高性能アーシングが存在したとしても、
普通のアーシングに比べて、点火エネルギーが4%増えるだけです。
点火エネルギー増加は、車の出力増加量に比例しませんから
この程度のエネルギーが増えても、効果を体感することは完全に無理でしょう。
ちなみに Rマイナス側+Rプラス側 の値を倍程度に割り振っても
普通のアーシングに比べて、点火エネルギーが約10%増えるだけです。
ということから、配線抵抗が他社に比べて少し小さい
アーシングのセットがあっても
点火エネルギー増強に寄与する割合は微々たるものなんです。
8スケア以上の線材(素線は当然ながら銅線)で、
まともな圧着端子(素地が真鍮でなくて銅で出来ており肉厚のもの)で、
まともなカシメ作業なら、
アーシングの配線材は充分に低い抵抗値になります。
ちなみに金メッキにしたからといって、
接触抵抗が特別に小さくなる訳ではありません。
M6とかM8のネジで締め付けてしまえば
充分締め付け力が大きいため接触抵抗が低くなります。
金メッキは表面を劣化させないためのものと考えると良いです。
【結論】
超高価なアーシングを導入しても
点火エネルギー増加量は微々たるものなので、
普通のアーシングや自作のアーシングで充分です。
【お断り】
ここでの検討は超高価なアーシングと、
普通のアーシングの比較しか意味がありません。
また、上記の式は、アーシング施工で抵抗が低くなれば
点火エネルギーの増強に繋がることを示しており、
アーシングを全面否定するものではありません。