2014年12月31日
今日、この日だからこそ、聞きたい演説 ~初代地球連邦首相 リカルド・マーセナス~
地球と宇宙に住むすべてのみなさん、こんにちは。
わたしは地球連邦政府首相、リカルド・マーセナスです。
間もなく西暦が終わり、我々は宇宙世紀という未知の世界に踏み出そうとしています。
この記念すべき瞬間に、地球連邦政府初代首相として「みなさん(オール・ピープル)」に語りかけることができる幸福に、まずは感謝を捧げたいと思います。
わたしが子供の頃、首相や大統領が語りかけるのは自国の国民と決まっていました。
国家とは国民と領土の統治機構であり、究極的には自国の安全保障のためにのみ存在するものでした。
いま、人類の宿願であった統一政権を現実のものとした我々は、旧来の定義における国家の過ちを指摘することができます。
人間がひとりでは生きていけないように、国家もそれ単独では機能し得ないことを知っています。
ことに地球の危機という課題に対して、旧来の国家はなんら有効な解決策を示せませんでした。
二十世紀末葉から指摘され始めた人口問題、資源の枯渇、環境破壊による熱汚染……。
いまや後戻りの許されないこれらの問題を解決するには、我々ひとりひとりの意識改革が不可欠だったのです。
一国家、一民族に帰属する“我”ではなく、人類という種に帰属する“我”。
この観点に立たない限り、我々は今日という日を迎えられなかったでしょう。
前身機関の設立から五十年あまり、人類宇宙移民計画とともに歩んできた地球連邦政府の歴史は、決して平坦なものではありませんでした。
国家、民族、宗教……これらの壁を取り払い、人類が本当にひとつになるためには、まだまだ多くの試練を乗り越えなければならないことも事実です。
しかしいま、我々はスペースコロニーという新しい生活の場を手に入れました。
間もなく始まる宇宙世紀とともに移民も本格化し、多くの人が宇宙で暮らすことを当たり前とする時代が来るでしょう。
これは人の重さに押しつぶされそうな地球を救うべく、人類が一丸となったことの輝かしい成果です。
西暦と呼ばれた時期が、人類が人類たるアイデンティティを確立した揺籃期とするなら、宇宙世紀はその次を目指す時間となることでしょう。
我々は産児制限によって人の数を減らすのではなく、人口に見合った空間を外に開拓する道を選びました。
小さくなった揺り籠(パンフでは「かご」)から這い出した赤子は、成長をしなければなりません。
我々は宇宙移民計画を実現する過程で、共通の目的のためならひとつに結束できると世界に証明しました。
では、その次は?
宇宙世紀
ユニバーサル・センチュリー。
字義通りに訳せば「普遍的世紀」ということになります。
宇宙時代の世紀であるなら、ユニバース・センチュリーとするべきでしたが、我々は敢えて用法違いと思われる「普遍的(ユニバーサル)」を選び、新しい世紀の名前としました。
わたしはかつてのアメリカ合衆国で生まれ、ドイツで幼年期を過ごし、フランスで少年時代を過ごしました。
学生時代はアジアで暮らし、妻はアラブとヨーロッパのハーフです。
わたしの両親も似たようなもので、祖先を振り返ると、実に三十以上の国の血が混じり合い、いまのわたしが形作られていることがわかります。
あらゆる色の肌、あらゆる民族の血がわたしの中で息づいているのです。
その「普遍的」な出自から、地球連邦政府初代首相の栄誉を授かることにもなったのですが、このような背景を持つ方は他にも大勢おられるでしょう。
二十一世紀から本格的に始まった通信技術の発達、相互依存経済による世界の並列化が、血と肌の混合を推し進めたのです。
連邦政府の樹立による国境の無力化と、世界標準語の制定によって、この傾向は今後ますます加速することと思います。
それはもう、なんら特殊なことではありません。
宇宙で人が暮らすということ。
そのために、全人類が一丸となって移民計画を推進してきたことも、また然りです。
この奇跡を、特殊な事例にしてはならない。
人類はひとつになれるという事実を普遍化し、互いを拒絶することなく、憎しみ争うことなく、一個の種として広大な宇宙と向き合ってゆく。
ユニバーサル・センチュリーという言葉には、そんな我々の祈りが込められています。
わたしはどのような宗教にも属していませんが、無神論者ではありません。
高みを目指すため、自らの戒めとするため、己の中により高次な存在を設定するのは、人の健康な精神活動の表れと信じています。
西暦の時代、それは神の言葉としてさまざまに語られてきました。
人はどのように生きるべきか。
いかにして世界と向き合うべきか。
モーゼが授かった十戒の例を持ち出すまでもなく、それらに対する教えはあらゆる宗教に伝えられています。
人間の言葉ではなく、人と神の契約の説話として。
いま、神の世紀に別離を告げる我々は、契約更新の時を迎えようとしています。
今度は超越者としての神ではなく、我々の内に存在する神――より高みに近づこうとする心との対話によって。
宇宙世紀の契約の箱は、人類がその総意から生み出したものであるべきでしょう。
この首相官邸の名前、〈ラプラス〉の語源をについてはご存じの方も多いでしょう。
十八世紀のフランスに生まれた物理学者の名前です。
ラプラスは、過去に起こったすべての事象を細大もらさず――原子一個の動きに至るまで――分析することで、未来は完全に予測できると考えました。
この考えは、のちに量子力学の発達によって否定され、いまでは未来を完全に予測する術はないことが証明されています。
我々は、その経緯を逆説として受け取り、この首相官邸〈ラプラス〉の名を冠しました。
「未来にはあらゆる可能性がある」という意味を込めてのことです。
ご承知の通り、地球軌道上のステーションに首相官邸を置くことについては、さまざまな議論がありました。
交通の利便性や警備上の観点からすると、確かに望ましい選択とは言えません。
しかし、我々は宇宙世紀に踏み出そうとしているのです。
この宇宙こそが人類の新たな生活の場となるのです。
その途上に立つ者として、地球と宇宙の狭間に身を置かねばわからぬこともあると思い、わたしは首相権限でこれを押し通しました。
西暦の最後の日、改暦セレモニーとともに宇宙世紀憲章を発表するのであれば、その舞台はここを置いて他にないとも考えました。
今日、ここには地球連邦政府を構成する百ヵ国あまりの代表が集い、吟味に吟味を重ねた宇宙世紀憲章にサインをしました。
間もなく発表されるそれは、のちにラプラス憲章と呼ばれ、人と世界の新たな契約の箱として機能することになるでしょう。
地球連邦政府の総意のもと、そこに神の名はありません。
人類の原罪についても言及されていません。
これから先、もし最後の審判が訪れるとしたら、それは我々自身の心が招きよせた破局となるでしょう。
すべては我々が決めることなのです。
いま、我々の目の前には広大無辺な宇宙があります。
あらゆる可能性を秘め、絶え間なく揺れ動く未来があります。
どのような経緯でその戸口に立ったにせよ、新しい世界に過去の宿業を持ち込むべきではありません。
我々はスタート地点にいるのです。他人の書いた筋書きに惑わされることなく、内なる神の目でこれから始まる未来を見据えてください。
現在、グリニッジ標準時二十三時五十九分。間もなくです。
この放送をお聞きのみなさん、もしその余裕があるなら、わたしと一緒に黙祷してください。去りゆく西暦、誰もがその一部である人類の歴史に思いを馳せ、そして祈りを捧げてください。
宇宙に出た人類の先行きが安らかであることを。
宇宙世紀が実りある時代になることを。
我々の中に眠る、可能性という名の神を信じて――
2014年12月31日、だからこそ、この演説が価値を持つのです。
じっくり今、今日だからこそ、聞きましょう。
ただ、理想は理想でした。
この演説の直後の悲劇・・・
人類は戦いを忘れられないのか・・・。
この演説、世界に向けて発信したいものですね。
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Posted at
2014/12/31 23:10:46
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