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ぽおる・ぶらっくのブログ一覧

2022年02月02日 イイね!

進む時は進むねぇ(笑)。

今朝のブログに書いた通り、野党の牛歩戦術のごとく、
ノロノロと目的地に向かっていた220君の燃料ポンプですが、
今日は急にトントンッと進んでおります(笑)。

サムットプラカーンの作業店を現地時間の今日の8時に通過した荷物は
12時頃にびゅ~んとドバイ空港入りし、ステータスは作業店通過、
そして15時台にもう一度ドバイ空港での作業店通過のステータスが入っているので、
明日にはまた他の国に行っているのではないかと思います♪

刻むとすれば次の経由地は(ドバイだと確定的に思ってはいませんでしたが)
その近辺だろうと思っていたのですけれども、
今までの鈍さからして、今回、まさかこれだけ速く移動してくれるとは思いませんでした。

この感じだともう一回位経由地が挟まってドイツ入りですかねぇ。
上手くすれば来週末位にはOH先に到着するのかもなぁ、、、と
一寸だけ期待しております(大いに期待するとガッカリする可能性大ですからね…苦笑)。

仮にそうなったとしても、OHに3週間掛かるとの事ですし、戻ってくるのに2週間として
やっぱりここから先、すべて上手く行ったとしても3月半ばですかねぇ。

確実と思われる線で3月一杯って感じかなぁ。

こないだのブレーキブースター事件の10年程前に
ブレーキブースターをドイツにOHに出した時も3ヶ月掛かりましたけど、
海外にOHに出すってのってやっぱり時間が掛かりますねぇ。

そうかといってその事件の時のように近年製造の新品があっても
それが欠陥品だったりと、なかなか楽をさせてもらえないように出来ているみたいです(トホホ)。

まぁ、もう、壊れてこういう目に遭いそうな部品は暫く無いと思うので、
もうちっとの辛抱だと思って我慢する事に致しましょう(笑)。
Posted at 2022/02/02 23:07:34 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2022年02月02日 イイね!

をいをい、、、

220君の燃料ポンプですが、
1月23日に深圳での通関申請中というステータスにずっと変化がなく、
ようやく昨日、深圳を出たと思ったら、
今度は同日にタイのサムットプラカーンの作業店通過ですって。

wikiによるとサムットプラカーンには
東南アジア最大級のスワンナプーム国際空港があるそうなので
どうやらそこに行ってるっぽいですね。

世界各国に便が多そうな中国からは流石にドイツ直行だろうって思ったのに、
今度はタイを経由していると聞くと愕然としてしまいますなぁ。

その深圳では22日に作業店通過、23日に通関申請中、1日に作業店通過って感じで
中国に入国してから出国するまでに10日も掛かったのですが
タイでまた同じだけ掛かったら流石に怒りますよ(苦笑)。

まぁ、進んでるだけマシだとは思うのですけれども、
この分だと1ヶ月後でもドイツ入りしているか微妙な気がするのですけどねぇ。

単純に今まで進んできたペースからすると1ヶ月半から2ヶ月は見た方が良さそうな感じ(苦笑)。

ホント、一歩間違えば船便ですか?って感じですけど、これ、本当に大丈夫なのかしらん?
Posted at 2022/02/02 05:51:23 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2022年02月01日 イイね!

調べてみました。

そういや、ネットを始めた頃にW111について色々とお勉強させてもらった、
オランダのサイトにウニヴェルザールについての記述があったなぁ、、、と思ったので
見てみる事にしました。

当時はロクな翻訳ソフトがなかったから、端から端まで読むのは困難だったけど、
その点で今は便利になりましたから好いですよねぇ(笑)。

ドイツにはボンのミーゼン社とロルヒのビンツ社という特装車メーカーがあって、
羽根ベン以前からMBセダンベースの救急車や霊柩車などを作っていたわけですが、
それらが当時、MB乗用車基準の品質を有していなかったらしく、
エステートワゴンをウニヴェルザールとして公式モデル化にするに当たって、
その製造にあたる業者として白羽の矢が立ったのがベルギーのIMA社だったようです。
(恐らくですが、ミーゼンやビンツのコンビも公式モデルだったのだろうとは思うのですが、
あくまでも特装の商用モデルとして区別されていたのだと思います)

IMA社により当初はW110及びW111ベースのウニヴェルザールは
5000台が生産される計画だったようですが、結果的には2000台程に留まったらしいです。

一寸説明が曖昧でどう解釈して好いか判らない部分はあるのですけれども、
このウニヴェルザールのベースとなっているのは
小さな画像の引き延ばしなので少々荒くて恐縮なのですが、こんな具合に、、、



ルーフやハットシェルフを含む後部座席バックレストの背後のパネルや
Cピラーのアウターパネル、トランクリッド、バックパネルを取り去ったセダンで
それにIMA社が製作した長いルーフパネル等を組み合わせて作られているそうです。

故に床面の外寸はセダンと同一、全高のみ3.5センチ高く、車重は105kgほど重かったそうです。

因みにどう違うのかについては書かれていなかったので判らないのですが、
この架装方式はミーゼンやビンツとは違うのだそうです。

MBはミーゼンやビンツやIMAが架装を前提とする車種に対し
駆動系付きシャシーを用意していたのですが、
それらには重い荷物が詰まれる事が想定される為に
前のブログにも書いた15インチホイールに加えて、
セルフレベリングストラットを標準装備していたとの事でした。

セルフレベリングストラットとしか書いていないのですが、
恐らくこれはW108や同時代のW111の2枚扉にも標準装備されていた
ハイドロマートという、左右のアクスルチューブを繋いで
荷重でキャンバーが変化する(つまり車高が変わる)のを抑制する為の
ダンパー状の装置の事だろうと思われます。

で、やはり折り畳み式のサードシートはオプションだったらしいのですが、
前のブログの車両の、この分割可倒式のリアシートも、、、



オプションだったそうです。

後席1名乗車を想定すると、一寸分割位置が中途半端な気がしなくもないですが、
恐らく後席2名乗車+長尺物の積載を考えた物だったのでしょうね。

ところでこのIMA社、なんと1966年の年末に破産申請をしているそうです(汗)。

破産の理由は判りませんが、当初5000台の計画が2000台に留まったのも
恐らくそれが原因で、
且つW114/115にウニヴェルザールに相当するモデルが無かったのは、
その後、他にこの事業を引き継げるメーカーがなかったからなのかもですね。
(W114/115のコンビについては引き続きミーゼンとビンツが製造していたようです)

で、W123の世代の途中でようやく
MBで自社生産する体制が出来たという事だったのではないかなぁ、、、と思います。

因みに一般にあまり知られていない事として書かれていたのですが、
このIMA社は通常の羽根ベンのセダンも製造していたのだそうで、
1966年の夏には1日に25台のそれを生産していたのだそうです。
Posted at 2022/02/01 19:58:16 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「@セッポン さん 今、MBUSAでうちの220君用のスタンダードのクランクメタルの値段を調べたら545ドルでした。それから考えるとサンバーのメタルはメッチャ高いですね(汗)。」
何シテル?   08/30 15:53
1962年式の220SEbクーペに乗っています。 物心ついた頃からMBファンである私が (何度も買い替え出来るご身分ではないので) 最初で最後のMBに...
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