以前から、車体番号が入ったプレートの方も
年を経る毎に少しずつ変化していっている事には気付いていて、
いつか調べてみようとは思っていたものの、なかなか手が出なかったのですが、
先だっての190SLのエンジンプレート調査をやってみて一寸面白かったので
思い切ってやってみる事にしました。
その為に米の某サイトを中心に抽出した車体番号プレートの数は何と170あまり(大笑)。
改めて調べてみると、思った以上に変化をしていて面白い調査となりました。
それでは先ずは220SEbの時代からご紹介していきましょう。
とりあえず2枚扉という括りにしているのでスタートは1961年という事になるのですが、
そのタイプはコチラ。
かなり横長で大きいタイプです。
株式会社をA.G.と略さずにAKTIENGESELLSCHAFTとしている所がイイですね(笑)。
このサイズの画像だと打刻の方が一寸見えないかもですが、
これにはYear of manufacture欄があってそこには1961(年)とあります。
どうやら、このタイプのプレート自体はW111セダンのデビュー年である、
1959年頃から使用され始めたもののようで、
これの上から2列目には『STUTTGART MADE IN GERMANY』とありますが、
これの前のタイプはその部分に
『FACTORY STUTTGART-UNTERTÜRKHEIM MADE IN GERMANY』
と入っている物が使用されていたようなんですよね。
因みにこのタイプがどの時点まで使用されていたかはハッキリ判らないんですけれども、
とりあえず1962年のどの時点かまではこのタイプだったと考えて良さそうで、
その根拠はと言いますと、このように、、、
1962と打刻された物があったのですよね。
んで、1962年の『途中まで』、、、と断言出来たのは
うちの220君のがこのタイプじゃないからなんですよね(笑)。
因みにこのタイプは今回の調査の範囲内で2万5千番台までは確認出来ていますので、
そこから判断して少なくとも1962年の1月の後半までは使われていた、、、
と見てよいだろうと思われます。
しかし、このタイプにYear of manufacture欄があるからといって、
必ずそこに製造年が打刻してあるわけではないようでして、
そこが『- -』表示になっている車両が多数存在したのですよねぇ。
欄があるなら一律に打刻しちゃえばいいのに、、、って思うのですが…(笑)。
で、その次の、うちの220君のと同じタイプというのがコレ。
このサイズを見慣れていた目で見ると、これより前のタイプは不必要に横に広く、
大きさ的に取り付けられる箇所に対する見た目のバランスも悪かった事から、
実は結構最近まで、それらは後年複製された古いタイプのプレートに
無理やりその車に合う文字・数字を打刻をしたモノなんじゃないかと思っていたのですが、
色んな物件を見ている間に何例も見かけましたし、
それらが取り付けられている車両の生産時期や打刻のパターンも一定している様子でしたので
あぁ、これってオリジナルなんだなと思ったというわけでありました(笑)。
話をこのタイプに戻すと、これは空欄に入る文字が全部打刻で
打刻に使用される文字が車体番号下8桁とそれ以外で大小2種類使われているようです。
因みに今回調査したW111の2枚扉の車体番号プレート中、
他のは生産国がGERMANYであるのに、
何故かこのタイプだけが、WESTERN GERMANYなんですよね。
この時期だけ何かあったのかしらん?
それとこれを書き掛けている途中の段階で(何分、この手のブログは製作が長丁場なもので…苦笑)
1stバージョンの終了時期が気になって調べておったのですが、
その過程で、このタイプの特殊なバージョンを発見してしまいました。
一番下にBauJahr/Model year欄が追加されているのですよね。
他のプレートがどうして一番下に余分なスペースを開けているのだろう?
と思っていましたが、こういうバージョンがあったからなのですね。
しかし、W111用としてはこれ1例以外で
今の所このModel year欄のある物には辿り着けていないのですよね。
しかもこれ自身、欄はあっても表記は『--』ですしね。
で、目的だった変更時期の方なんですけれども、これが2万5千6百番台、
見掛けた1stバージョンの中で最も新しいのが2万5千0百番台なので
やっぱり変更時期は1962年の1月頃という感じなのでしょうね。
気になりだすとどんどん調べていっちゃうので、
話の本筋からズレて行ってなかなかブログが完成しなくなってしまうのですが、
前のプレートからの流れで考えた時に、
このタイプの初期にModel year欄があったのでは?と思ったので、
その実際の所を調べるべく、
この時期の物としては割合と資料の集めやすい190SLで調べてみる事にしました。
最初の横長タイプとこのタイプのプレートの切り替わり近辺の車輛のデータを
9例ほど抽出してみたのですが、また意外な事が判明しました。
その9例の内では車体番号下6桁の2万3千0百番台の物が横長タイプ、
2万3千5百番台の終わりの方の物がこのタイプでした。
私の年式判別法で行くと、前者は1961年製造である筈なのにも関わらず、
プレートのyear of manufacture欄には1962とあったのですよね。
って事は2ndバージョンの特殊例にあった年式を示す項目に
Baujahr/Model yearとあったように、
ここの欄はあくまでもモデルイヤーを示すものであって製造年ではないらしい、、、
という事が判りました。
そうと気付いたので、上から二番目の画像をもう一度見直してみたのですが、
この2万2千番台は1961年製造である筈なので、
この項目がモデルイヤーを示しているのだという事を上書きした結果となりました。
あと、後者のプレートの方は1962年式で1月のごく頭の方と思われる時期の車体番号だったので、
ひょっとすると190SLの場合は微妙な差ではありますが、
1962年になった時点位でプレートが変更になっているかもですね。
で、肝心なその2ndバージョンのBaujahr/Model yearですが、
抽出した9例の内の7例の2ndバージョンの内の最も新しい2例がそれだったので
予想に反して2ndバージョンの最初がそれという訳ではないという事が判りました。
って事は仕向け地別でそれが入ったり入らなかったりしていたのでしょうかね?
お次はこのタイプ。
車体番号下8桁が打刻でそれ以外が黒印字打刻になっているタイプですね。
一番上の枠列の説明がそれぞれ左側から上に変更されていますが、
基本的構成は殆ど一緒なようです。
Typ/Type表記がTyp/Model表記になったと共に
そこに記入されるタイプ名の方も220SEbだったのが*220SEb/C*になり、
それまで区別されていなかった2枚扉と4枚扉を区別するようになっています。
因みにこの時期のセダンの場合は*220SEb*と表記されていたようです。
お次はコチラで御座います。
プレート自体は全く一緒なんじゃないかと思うのですけれども、
車体番号の下8桁が今度は浮き打刻になるのですよね。
一体、220SEb時代だけで何バージョン作るのよ、、、って感じですな(笑)。
因みに2ndバージョンと3rdバージョンの境目は045000近辺だろうと思われる所なのですが、
3rdバージョンの4万4千番台と2ndバージョンの4万5千番台の存在が
確認出来ているのが一寸謎です。
どっちかが偽物?って思ってしまうのですけど、そうは見えないのですよねぇ。
時期的には1963年の4月とか5月辺りが
それらの切り替わり時期じゃないかと思われる所であります。
一方、3rdバージョンと4thバージョンの切り替わり時期は
6万3千番台から6万5千番台の終わりの間っぽいのですが、
どうもその6万5千番台の方の浮き打刻に打ち直しっぽい怪しさがあるので
その次の6万7千番台頭頃までって事にしておいた方が無難な感じがします。
故に1964年の5月の終わりから8月の終わりの間って感じでしょうかね。
別に細かく変更していく必要はそんなにないだろうと思うのですけど、
4年8か月ほどの生産期間の間で4種類に分類出来るって凄くない?って思うのですよね。
整理すると、
1stが1962年1月頃まで、2ndが1963年4~5月頃まで、3rdが1964年5~8月頃まで
という感じですから、
220SEbに関してはプレートである程度まで年式が絞られてしまうという事になりますね。
さて、220時代だけでこれだけ書く羽目になってしまいました(苦笑)が、
続いては250時代で御座います。
250になるので当然、タイプと許容荷重の数字が変わるのが違いで御座います。
しかし、タイプ名に関しては
220の場合はクーペ、カブリオレの別なく*220SEb/C*となっていたのが、
少し進化して*250SE/C Coupé*、*250SE/C Cabri.*と
区別されるようになったのですよね。
250SEは生産時期も短いのでヨーロッパ仕様に関してはこのバージョンのみなのですが、
取り付け位置に関して、US仕様では恐らく1967年辺りからだと思われるのですが、
ラジエターコアサポート上から、左のドアの開口部の奥側のドアチェックの真上辺りに
取り付けられるようになるみたいです。
この画像ではドアチェックがベルトストラップみたいなのになっちゃってますが(汗)。
続いては280ですが、これは最初期からそうなのかは一寸判らないのですけれども、
US仕様とそれ以外が大きく違う仕様になるので別に扱っていこうと思います。
先ずはUS仕様以外から。
最初のタイプはコレですね。
これまたタイプ名と許容荷重の値が変わったのみなんですが、
タイプ名の最後に/8を入れる事になった為に再度クーペとカブリオレの区別が
つかないようにされていて、
且つ2枚扉を示す/Cが小文字のcに変更されています。
それが恐らく下6桁002200近辺、
年式にして1969年の2月の頭前後頃?製造が境だろうと思われるのですが、
/cが昔の/Cに変更されるのですよね。
そもそもスモールCにした事も謎ですが、それをまた戻すのも謎ですよね(笑)。
で、280SEの最終形態がコチラ。
モデルイヤ―表記用に?残されていた無駄な空間が切り取られた形状になり、
車体番号最後尾に*印が付くようになりました。
現状、切り替わり時期がハッキリとは判っていませんが、
少なくとも1969年の内にはこのタイプに切り替わっていたものと思われる所であります。
で、今度はそのUS仕様。
横に長細いタイプになり、今までの車体番号、モデル名、許容荷重の表記に加え、
乗車定員及び前後の席の定員の配分、タイヤサイズが表記されるようになりました。
んで、その後、US以外のモデル用のプレートでもそうだったように
車体番号の終わりに*印が付くようになります。
ただ、それが付く時期は同じ頃ではなさそうな感じはするのですけどね。
しかし、同じような微妙な変更をしている所を見ると、
やはり何らかの必要に迫られて*印を付けるようにしたのでしょうね。
取り付け位置は後年の取り付け位置がドア開口部後ろ側のロッキングアイの下なので、
そこかと思い込んでいたのですが、よくよく見てみると、
先程のUS仕様の250SEと同じ位置だったんですね。
私が集めた画像の範疇で280SEの003100番台の最初の方と最後の方のものがあるのですが、
前者は開口部前側、後者は開口部後ろ側になっているようなので、
どうやらその辺りが取り付け位置の変更時期のようであります。
う~ん、年月的には1969年の6月の頭頃って感じですかねぇ。
で、最終形態がコチラ。
最上段がMFD(Manufacturedの略?) BY DAIMLER-BENZ AG. STUTTGART表記になって、
製造年月?欄が追加された以外は内容はほぼ一緒で
乗車定員の方が上から下に移動になった感じですね。
製造年月?と『?』を付けたのは一緒にデータカードの画像もあった車があって、
それにある出荷日と比較すると1か月位のズレがあったからなんですよね。
そこにあった英文をDEEPLセンセに訳してもらうと、
『本車両は、上記の製造日に有効な連邦自動車安全基準に適合しています。』
とのことで、
本来はホントの製造日でなければいけないんでしょうけれども、
とりあえず、それに関してはある程度ざっくりで、
この月の基準には適合した車両ですよ、、、ってことを示しているだけなんでしょうね。
前のプレートの下の方にも似たような英文があるのですが、そちらには
『この車両が製造時に適用された米国連邦自動車安全基準に適合している』
という書き方をしている事からして、
どこかの時点でその『製造時』の具体的な年月を明示しなくてはいけない事になって、
こういう変更が成されたのかも知れませんね。
最後に残った280SE3.5については本生産が1969年の11月からって事で、
US仕様もそれ以外も280SEの最終形態からのスタートと考えてよいと思います。
これと
これですね。
そうそう、モデル名で280SEクーペの方は/8で3.5クーペの方は/9になっていて、
それぞれ西暦末尾である筈なのですけれども、これって用法がイマイチ判りにくいですよね。
特に280SEのフラッハキューラーモデルなんかは
駆動系以外は恐らく殆ど3.5と変わらない筈なんですけど、
最後まで/8になっているみたいなんですよね。
114/115が/8(シュトゥリヒアハト)と呼ばれているように
恐らく1968年(モデル)からのニュージェネレーション、、、
という意味が込められていると思うんですけど、
3.5は確か300SEL3.5も/9だったと思うので、
その後それぞれのモデルの発表年をそういう形で明示していく積りだったのかなぁ、、、
と思う所でもあるのですけど、
私の知る限りその後は無かったと思うので、その2年だけで止めちゃったって事なんでしょうね。
で、3.5ではこんなバージョンも見かけました。
下のスペースが復活して銀の枠まで設定されているのですよね。
これに関して調べてみましたが、1971年頃からこの銀枠が設定されるようになっているようで
3例ほどここに打刻のある物も見付けました。
ひとつは普通の打刻で訳の分からない暗号のような事が書かれていたので、
ひょっとするとオリジナルでそうなっているものではないかもですが、
あとの2つに関しては浮き文字でPTR **** KG(*には数字が入ります)とありました。
****はその車の総許容荷重を超える数字が入っていたのですが、
PTRって何のこと?と思っています。
一瞬トレーラーを引く絡みの何かかしら?とも思ったのですけれども、
その車両はそれ用のヒッチを備えていなかったので、違うっぽいんですよねぇ。
あっ、そうか!
このタイプのプレートが1971年の何時頃から採用された物か判りませんが、
仮に頭からなのだとするならば、US仕様以外の280SEの最終形態もこれかもですね。
最後に番外?編。
全浮き打刻バージョンです。
これらは今まで述べてきた流れに対して中間に当たる物であるのに関わらず、
流れに沿った作りになっていないので、
最初見付けた時には(プレート自体は当時モノだとしても)後から弄ってあるんじゃない?
って思ったのですが、このように同様の物が複数出てくる中で、
ひとつは車種が250SEと後期の300SEという時期がある程度被った車両の物である事、
もうひとつは打刻のパターン及び位置関係が酷似していることからして、
訳があってこういう形態をとっているだけでこれもオリジナルなのかも?
という風に思うようになったのですよね。
特に250SEの方は082990からなので、
2台とも8万3千番台という事はごく初期のモデルということになりますから、
ひょっとすると何らかの事情で黒印字打刻が間に合わなくて
この時期の車輛はこういう処理になったのかも知れないなァと想像しています。
一方、300SEの方は1966年式のようなので一寸その説は採用しにくいですけどね。
その前の時期に当たる、220時代の300SEプレート2枚。

(2枚目は許容荷重の打刻が妙に踊っているので、当時モノかどうか一寸疑っています)
一寸1枚目が不鮮明ですが、恐らく220SEb2ndバージョン用プレート、
2枚目は同3rdバージョン以降用プレートのようですね。
前者は4千5百番台で63年後半?、後者が6千1百番台で64年前半の後半?と思われる所で、
時期的にはそれぞれ220SEb3rdバージョンの頭とお尻の頃という感じだと思われるので、
その辺りで若干辻褄が合わない部分もなくはありませんが
300SE2枚扉に関しては台数が少ない事もあり、黒印字打刻は使用せずに
途中まではこの2ndないし3rdバージョンのプレートを使用して
3rdバージョンの終了時期までは全打刻でいき、
4thバージョン時代に浮き打刻を使うようになった時点で、
今度は全浮き打刻に切り替えたって事なのかもなァと思いました。
そこで、今度はざ~っと300SE2枚扉のプレートを調べまくりまして、
3千8百番台から9千6百番台(300SEの最後は多分009875)まで14台分集めてみたのですが、
(但し、製造当時モノではないのでは?と思われる物が数点含まれていましたが)
やはり220SEb2ndバージョンと全浮き打刻バージョンの2種類しかありませんでした。
全文字浮き打刻バージョンに2種類ありそうな感じもしていて、
上に上げた例のように112の後に『.』がある物とない物があって、
どちらかが新しくてどちらかが古いなら、どちらもオリジナルなんだろうなぁと思ったのですけど、
それが全くバラバラに散っているので、
恐らく数が多くてバランスが良く見える『.』付きが正解で、
付いてない方は打ち変えなんじゃないかなァと思っています。
って事で、大丈夫かな?これで言い残した事は無いかな?という感じではありますが、
とりあえず私の調査の結果は以上のような感じになりました。
いや~、今回は書き上げるのにメチャメチャ時間が掛かりました(苦笑)。
でも楽しい調査で御座いました。
これで調査した事がちゃんと頭に残ってくれると、好いのですけれども、
大半忘れちゃうのが、困ったちゃんなんですよねぇ(苦笑)。