山口東京理科大学の教授に就任された貴島元主査の記念講演に参加して来ました。
(前後のドライブの様子はまた後ほど)
お話はこれまでのインタビュー記事で世間一般に公開されている内容と重なる部分が多いのと、この講演自体もユーストリームで外部放送されたことから、自分メモを端折らずそのまま公開します。
画像サイズは今回放送されたユーストリームサイズぐらいに小さくしています。(一部画像が無くて文章だけの項目があります)
あくまで自分メモなので私の勘違い、聞き間違いがあるという前提でお読みください。
こことか
ここなんかとあわせて読んでいただくとよろしいかと思います。
ちなみに会場の様子はこんな感じ。
ものすごい人数の人が話を聞きに来ており、立ち見の人も居ました。
では、以下メモです。
マツダの会社概要について。(メモってないので省略)
初代(NA)企画当時、自動車市場はすでに飽和状態にあり「いかに安く作り」「いかに値引くか」という消耗戦に突入していた。
一方で欧米を中心にレストトアされた古いスポーツカーが新車当時の2倍の値段が取引されており、「乗って楽しい車」はまだ根強いニーズがあると考えていた。
問題は北米の安全規制。特にルーフクラッシュ(ひっくり返ったときにドライバーを守るための屋根強度)の規制をクリアできないため、各社オープンカーの開発はストップしていたのだが、北米マツダの担当者が行政に確認しに行ってみたところ「屋根の無い車にルーフクラッシュのレギュレーションは適応しない」という、なんとも合理的な回答が返ってきて驚いた。
それなら作れるという話になるのだが、車一台の開発には数百億もの金が必用。経営陣が望むのはそれに見合った数千億レベルのリターン。「楽しい車を作りたいんです」と訴えただけでは開発の許可は出ない。その壁を突破して製品化まで漕ぎ着けたのは初代主査の大きな功績。
初代ロードスターが成し遂げた「車がドライバーの思いを感じ取ってくれる」人馬一体というコンセプト、言い換えると感性エンジニアリングに関する論文を初代主査と私、2人の名前で出したが、今回それをいかに実現したかの話をしたい。
まず、自動車の開発の流れについて。マツダの組織は
マトリクス組織になっていて、横軸が各自動車の開発プロジェクトにあたる。この横軸で最初に行われる会議を「陣立て会議」と呼んでいる。まるで戦争に行くかのような名前だが、実際に車の開発とはそういう性質の物である。
一般的に現代の自動車の開発はスタイリング→プロダクトデザイン→バーチャルテスト→プロトタイピング→テスティング→プロダクションエンジニアリング→プロダクションという順を辿る。業界内で他社の方とも話をするが、各社だいたいこのようなプロセス。開発の最初から最後までで約4年もの歳月がかかる。すなわち、商品コンセプトを考えるときは4年後の世の中のことやニーズを先読みしなければならないのだが、現実には世の中が予想外の方向に変化して当初の予想が当たらないことがままある。
プロダクションエンジニアリング(量産設計)の直前に商品化決定会議が開催され、これが発売の約1年半前。ここまでですでに数十億の金をつぎ込んでいる。主査にとってもっとも高いハードルがこれになるし、なんとしても越えなければならない責任がある。実際、これを越えられなかったプロジェクトはいくつもある。
ロードスターの場合、開発に関わるスタッフは300人(延べ800人?)。リーダークラスで80人。部品点数は3万あってロードスターオリジナルが5千もある。これらすべてが人馬一体の方向にベクトルをあわせなければならない。
なので、まずはリーダークラスを集めて、「人馬一体とは何か」という話をすることから始めた。
そして我々が「人馬一体トリップ」と呼んでいるイベントを行った。市販されているオープン2シーターを開発メンバーが自ら繰って九州や関東、そして海外にも泊まり込みでドライブに出かけた。
そして、毎晩どの車が「走って楽しかったか」の感想を述べあう。そして、次の日にお互いの感想を体で体感しあう。「なるほど、あの人が言っていたアルファのエンジンが官能的とはこういうことなのか」と、言葉だけでなく、体で実際に感じることが重要なのだ。これを「感性の共有化」と呼んでいる。
人馬一体に関するフィッシュボーンチャートにそれをまとめているが、この感性の共有化をしていない人にとって、ここに書かれている言葉は何の意味も持たない。他社がこのチャートを見て同じように車を作ろうと思っても無理なのである。
常々「物作りは志の転写」だと考えており、人馬一体の実現に向けて高い志を持ち、何一つ手は抜けないのだが、これだけの人間が居ると、4年もの間、全員が高いテンションで仕事をし続けることがどうしても困難になってくる。
そこでこういった冊子を作って製本し、シリアルナンバーを振って全員に配った。
ここには一人一人が「私にとっての人馬一体」とは、と、それを実現するために何をするかの個人目標宣言(コミットメント)が書かれている。
メールで出してもらったのだが、頼んでから15分後に出してくる人も居れば、3回ぐらい書き直させてくれと頼みに来る者まで様々だった。
私は他人の目標、特に自分と関連するパーツの開発をしている人のパートをちゃんと読めと言っている。「なるほど、あの人はこんな想いで開発をしているのか、足を引っ張らないようにしないと・・・」と感じて欲しいからだ。また、上司から「そんなに高い目標をかかげなくてもいいんじゃないか? 目標達成できないと査定に響くぞ」と脅しをかけられたりするこがあったり、「まぁ、こんなもんでいいか」と思わせないように、常に初心に帰ってもらう狙いもある。
開発中この冊子は門外不出なのだが、ロードスター発売後の処分は各自に任せている。将来、子どもに「お父さんはどんな仕事をしているの?」と聞かれたときにもこの冊子は役に立つのではないだろうか?
これが開発ルームの写真や開発メンバーの顔写真だが、私はなるべくこうやって開発の記録を残し、どんな人が開発をしたのか顔がわかるようにしている。本来開発行為は極秘に勧められるものなので写真撮影に関する社内の制限はきついのだが、特別に許可をもらって撮影している。写真を撮られることで我に返り、冊子を取り出して読み返したりするスタッフも多い。
日本人は問題が発生した時に一人で抱えて隠す傾向が強い。そこで「仕事のヘルスチャート」というのを作って、問題が無いときはグリーン、解決策が思い当たる問題が発生したときをイエロー、解決策の問題が思いつかない問題が発生したら即レッドでシグナルを出してもらうようにルールを決めた。それでも、多くの大問題はその人のミスによるところが多く、出せと言っても出したがらないので、レッドを出したスタッフは大いに褒めるようにした。実際、悩んでいる本人が一人で悩んでひねり出した解決策よりも、早いタイミングで表面化させて、たくさんの人で解決にあたった方が良い解決策にたどり着く可能性が高いのだから褒める理由もある。
開発とは吉田松陰が言うところの「志定まれば、気盛んなり」なのである。
こんな車を作りたいと感性のコンセプトを決めてから、実際にそこまで追い込むには3つのフェーズがある。
第一フェーズが基本パッケージを決めるフェーズでこれで全体の60~70%が決まる。次がバーチャル(コンピューターによるシミュレーション)テストで90~95%まで持って行ける。しかし、最後には匠によるテストが必用で、ここで完成度100%のスイートスポットに追い込む。
フェーズ2とフェーズ3は同時進行(コンカレント)で、バーチャルとリアルのテストを行ったり来たりすることになる。
では実際の開発の話を数字を使って説明したい。
デザインについては320枚のデザインスケッチから7台のミニクレイモデル、そして3台の実物大モデルを制作して絞り込んだ。ロードスターのデザインコンセプトは初代から「シンプル、フレンドリー、ファン」としている。日本車はBMWとかポルシェ、アルファーなどと違って、海外で「どこのメーカーの車かわからない」と言われることが多いが、ロードスターは誰が見てもロードスターであるとわかるデザインになるようにしている。
実際100m離れたところから先代(NB)と候補の3モデルを並べて、同じ車に見えるかどうかチェックした。
これは現在発売しているNCの2代目だが、デザインコンセプトから考えるとちょっと厳ついかなぁと個人的に感じている。
誰もが人馬一体を感じるシーンとして6つのシーンを想定した。日常的に人馬一体、運転が楽しいと感じてもらえることが重要。
スポーツカーらしいエンジンフィールを出すために97の仕様を試した。
これはテストドライバーに筋電信号などを採取するセンサーを42箇所つけている様子。例えばシフト操作にどれだけの筋力を要したかとか、車側ではどれだけのアクセルを踏まれたかなどのデータをリアルタイムに集め、気持ち良いフィールとの関係を調べている。
スポーツカーにとって音は重要な要素である。ロードスターには振動によって音(雑音)が発生するポイントが230万ノードある。コンピューターでシミュレーションしながら振動を調整した。
また、59種類のサイレンサーの試作品を用意して、エンジンが発生する雑音を消しつつ、現在のレギュレーションの範囲に収まるようスポーツカーらしい「気持ち良い音」が残るようなものを選らんだ。
車体を捻ったときに応力がかかる場所が20万要素ある。赤い部分が特に応力がかかる部分で、ヘタをすると鉄板にヒビが入った入りする部分だが、こういう箇所は放って置いてもエンジニアが補強するので特に気にしていない。むしろ、白い部分がオーバースペックになっていて重量増の原因になっていないか徹底的に調べて、重量削減に努めた。
昔は衝突安全テストをするのに1000万円以上もするテスト車両を実際にぶつけて壊して試すしかなかったのだが、現在はコンピューターシミュレーションでかなりの部分を賄えるようになった。また、1mmの板を注文しても実際は10%程度の製品誤差があって、テスト車両に仕様と違う0.9mmの板が使われてのだとするとまったく意味がないものになってしまう。だがコンピューター上であればそういうことは起こらないので、スムーズ、スピーディ、正確に作業を進められる。もちろん量産車両では安全じゃない方に部材の誤差が振れても大丈夫なような設計にしてある。
タイヤの試作本数は960本。
ダンパーは473仕様。
これがNCから採用したRHT。ライバル車がトランクを犠牲にしているのに対し、ロードスターではまったく犠牲にしていない。今日、担当者がここに来ているが、彼の志があって実現されたものである。
雪道や三次の悪路コース含め、テスト車の延べ走行距離は地球7週分。(30万キロ弱)
これはニュルブルクリンクや世界中の実際の道路で走行テストを行ったときの写真。ロードスターはほとんどが海外で売れる車だから現地でのテストが重要。ロードスターは最高速で210km出るが、三次のテストコースでは社員テストドライバーが最高速テストを行うことが出来ないので、外部ドライバーを雇って海外でテストを実施している。
新車だとバレないようにマスクをしているが、これではかえって目立ってしまい、案の定この時にカメラマンに撮影されてしまった。本社に「写真を買い取りますか?」と連絡が来たのだが「ご自由にどうぞ」と返事をしたら、翌日ネットで世界中に公開されたようだ。
そしてショーで発表し、生産を開始し発売に漕ぎ着けた。赤白の横断幕がいかにも日本的である。
開発環境のデジタル化、情報化がどんどん進んでいる。
これは開発行程のシミュレーション映像だが、椅子の取り付けが安全に確実に早くできるかコンピューター上でシミュレーションできるようになった。腰の曲げる角度や時間についても制限があって、このようなシミュレーションが量産開始前に出来るようになった。
ロードスターはカーオブザイヤーをはじめ、これまで180の賞をもらい、87万台が売れた。90万台売れたところでギネスに再申請する予定である。
初代のパンフレットに「誰もが幸せになる」と書かれていたのだが、まさにそういう車が作れたことを誇りに思う。
一気に話すと「開発は順調だったんだな」と思うかもしれないが、実際にはもっと「ドロドロ」とした事があって、それは今回は端折ってお話しした。
今、10万円もする電気釜が飛ぶように売れている。電気釜が発明された当初、「便利だ!」と母が購入して喜んでいたのを記憶しているが、美味しく炊けることにこれだけの大金を払ってもらえるなんて、当時はまったく考えられなかった現象が起こっている。そういう意味でもますます今後は「感性」が重要視される時代になる。「乗って楽しい」車のニーズはまだまだ増えるだろう。
以下、えらそーな個人的感想です。(そんなものに興味の無い方は読み飛ばしてください)
オリジナルとシリーズ物、それぞれの開発を実際に私も実生活で見たり体験したりしてきたので、非常に共感できる内容でした。特に「続き物開発」特有の難しさから来る問題の解決について時間が多く割かれていました。
NA、NB、NCを自腹で買って、それぞれ7万キロ以上走った経験から、核となるコンセプトの「人馬一体感」だけで言えばシリーズを重ねる事に着実に進化していると思います。考えてみればこれはスゴイことだと思います。車の「ヤレ」、小脳による「学習」、タイヤ変更などの「イジリ」による変化や自腹を切った事による認知的不協和等の心理的影響、刺激に対する慣れを全て除いて「人馬一体感」がどうかは今となっては試せませんが、客観的なフィーリングとしてそう思います。アフォーダブルプライスでこの楽しさが20年以上に渡る長い期間、新車で味わえ続けている幸せを感じずには居られません。
人馬一体の実現と言えば、平井元主査はスポーツカーフォーラム横浜講演の時に「バランス」という言葉で表現されていました。別の機会に貴島元主査に同じ質問をしたところ「素性の良さ」という答えが返ってきました。さらに、貴島元主査が仰られていたのは、車のフィーリングは我々(匠)が追い込んだとは言っても、ドライバーが自分の好みにあわせてタイヤを交換するだけで大幅に狂ってしまうような物で、実際に発売される車は買い物に使うシーンからサーキット走行までを考慮に入れた中庸なセッティングとなっており、ドライバーが用途にあわせて弄りたくなるのは当然だと考えている。しかし、軽量、FR、前後重量バランス、低重心・低慣性モーメントという「素性そのもの」は変えようが無いので、ここをきっちり押さえることが肝要という話でした。
今回は語られませんでしたが、三代目の主査になった件は、一度RX8と共通プラットフォームを使ったプランを押し付けられたところでお鉢が回ってきて、「任せるなら一切口出しするな」を条件に引き受けたはずです。そんな話やRHT開発秘話(貴島さんは否定的でしたが(笑))、今回の話を聞くにつれ、NCを買って良かったと心の底から思うのでした。(もちろん、NA、NBもね!)
NCを購入したきっかけはRHTの開閉機構のかっちょ良さと、その開発秘話でした。担当者が来ていたらしいのに、お礼を言うのを忘れておりました。読んでないと思いますが、ここに書いておきます。RHT開発してくれてありがとうございました! お子様達と私に大人気です!
仕様がおおよそ固まって量産設計に入るのが1年半前だとすると、2012年発売予定と噂されているNDの仕様はほぼ固まっているんじゃないかと想像します。横浜の講演の時にもポロポロ漏れてきましたが、NDについて語られている話(あえて書きませんが)、信じても良いのではないでしょうか? (あ、ボディデザインは「シナリ路線」じゃなくて、100m離れてもロードスターとわかる方向で是非お願いします・・・、って、もう決まってるんでしょうね。だとしたら「ナガレ風味」なのかなぁ・・・。グランドツアラーとしてさらに進化させてくださいと要望を出したら石が飛んで来たり、「欲をかくな」と叱られそうなのでやめておきます)
縁は異なもの味なもの。ロードスターが発売されているこの時代に生まれ育ち、ロードスターを通じて皆様や開発された方々と一緒にロードスターライフを楽しめていることを幸せに感じる毎日です。「だれもが幸せになる」というキャッチコピーに偽り無しですね!
以上です。