なにしろ1日の運転が朝1/夕・夜2の3往復だけ
日中走らぬ日中線
日中は全く走りま線
↑な皮肉を言われ続けた赤字ローカル線
♪終着駅/奥村チヨが似合う正に絶妙ステージ
この駅が遺構を超越して存在するのかですよ
はい…その駅とは↓です

熱塩駅(現・日中線記念館)
福島県喜多方市熱塩加納町熱塩前田602-2 日中線喜多方起点11.6㎞
1938.08.18:開業/1984.04.01:日中線廃止に伴い廃駅
1987年:日中線記念館として再整備保存 開館時間:月曜を除く0900 - 1600
2009.02.06:近代化産業遺産認定
↑の1枚でわかるようにヨーロッパ調の駅舎がシャレオツ
廃止になった駅が生き残れるのは映画の舞台になった幾寅駅のように
非常にレアだったりもしますが廃止から3年荒廃しきっていた熱塩駅を
記念館として再構させるウルトラCで蘇らせるとは恐れ入りますた

ご覧のように改札口周辺は雰囲気を残しておりますが…

基本は記念館なので旧・事務室は資料展示室となってます
で…そもそもですが最初からローカル線必至だった日中線

わずか12㎞弱の距離にも関わらずなぜ開業したのか? できたのか?
意外な歴史の顛末があります 実は熱塩駅って最初から
終着駅として計画されたわけではない
100年程前の話ですが栃木県今市市から山形県米沢市にかけて
現在のR121とほぼ並行する鉄道線建設計画が立ち上がりました

ただ…これは戦争や国鉄の赤字により建設凍結により工事が進まぬ状態w
また今市 - 藤原は並行する東武鬼怒川線に集約しちゃったり
建設凍結された新藤原 - 会津高原尾瀬口は3セクの野岩鉄道として1986年に開業
会津高原尾瀬口以北も1987年に国鉄→JR東日本会津線から会津鉄道へ3セク化
こうして下今市 - 喜多方のレールは繋がったのですが…
問題は喜多方以北ですね 1938年に熱塩までは開業できましたが
福島・山形県境の大峠が難所杉
第二次世界大戦の影響もあったほか既に東北本線→奥羽本線の幹線ルートも
存在していたことや工事の難しさから結局は計画倒れで終ってしまいまして
熱塩駅は途中の暫定から文字通りの終着駅になってしまったわけです
典型的赤字ローカル線になってしまった日中線でありますが
1970年代になって大きな転機を迎えることになります それは…
本州最後のSL牽引旅客列車運転線区
これで一気に注目されちゃったのですよ
しかも東京から行きやすいつーか当時の東北本線→磐越西線はシーズン中には
定期以外に臨時の夜行列車が多数運転されていたわけでしてしかも都合のいい事に
朝一の熱塩行だけは会津若松始発でいい感じの接続となるダイヤ設定もあり
夏休みになるとSLに曳かれて熱塩詣でよろしくな親子連れが雨後の筍の如く(笑)
山手線のラッシュじゃないんだからw
そして1974年10月を以てC11型蒸気機関車の定期運用を終了

最終運転では押しかけた多数の乗客に対応させるために
通常客車2両のところを6両まで増やした上にC11もプッシュプルで牽引&推進
ちなみにC11を前後にした理由は熱塩駅のホームキャパオーバーで
側線を使用しての機関車付替ができなかったという理由もありますた

その後牽引はDE10型ディーゼル機関車に置換られましたが
入換要員の人件費を考えると赤字運営も厳しい現実なんでしょうね

ホンの数年後に日中線は↓な裁定が下されますた
1980年:第1次特定地方交通線に指定
1984.04.01:日中線全線廃止 バスへ転換

こうして熱塩駅は半世紀にも満たない歴史に終止符を打ったわけです
尤もこれだけで終わらせないのが国立自動車総研
訪問から半年以上も眠らせたのには理由があります

日中線廃線跡は多くの区間がサイクリングロード日中線記念自転車歩行者道として
整備された上に喜多方 - 会津村松間約3㎞は約1,000本のしだれ桜が植林され
間もなく一斉に咲き乱れる頃になるはずです
そしてこのしだれ桜ですが熱塩駅にも多数植えられておりまして…
これだけのためにネタ寝かしたし
これだけのために行く価値ありな

ただし…自分で足を確保してからです
公共交通機関は一切ありませんからね
Posted at 2026/04/01 15:00:29 | |
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