題名で堀辰雄とリンクをはれる方は、私の年代では先ずいないのではないでしょうか?
文学に疎い、否、文字に疎い私ですが、先日暑さに耐えかねてららぽーとで宮崎駿監督の「風立ちぬ」を見たことから堀辰雄を読み漁っています。
恥ずかしい話ですが、アニメ「風立ちぬ」はもうドロドロの、おまいらラバウル萌え的な(それは陸軍か?)の、世界に一矢を報いてやろうという艦上零式戦闘機の設計者に主眼を置いた作品だと思っていたのですが、それは私の思い違いでした。
あれは、ほとんど堀辰雄の「風立ちぬ」です。
それを不満に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私には新たな発見でした。
それ以来、堀辰雄作品を読み漁り、風立ちぬの節子さん(アニメ風立ちぬでは菜穂子)にとても興味を持ってしまった次第。
節子という名前は「風立ちぬ」ですが、出会いの当初である「美しい村」では「少女」です。
その中でも、とてもくすぐったい表現はほくろですね。
少女の絵の題材になる場所を主人公(おそらく堀辰雄本人)が万年筆で簡単な地図を書くのですが、そのインクがついてしまったのがほくろではないのか?手で触ったら、それはなくなってしまうのではないか?という表現がありました。
男性人にはくすぐったい表現です。
実際に彼女のほくろを不思議そうに触ってみた経験はおありなのではないでしょうか?
たいがい、くすぐったい場所にあるらしく、「ヤメロ!」と怒られるのですが。。。
それはさておき、節子さんにはモデルがいます。
矢野綾子さんです。
美しい村も風立ちぬも、綾子さんとの思い出がベースになっているようなのです。
その舞台を少々覗いてみたい。
その衝動から軽井沢に行った次第です。
名目は、乗鞍前のヒルクライムトレーニングですよ。

今回もダブルフランス車です。
横川-軽井沢。この路線は、子供の頃よく乗りました。
上野発の特急ですが、横川で機関車を連結するのです。
連結したとたん、振動が倍になり、山を登っているのだというその気にさせたものです。
実態は低いトンネルに対応させるために、台車のエアサスを抜いていたとの事ですが、それまで関東であった景色が、この碓氷峠を境に雪国に一変した事は覚えています。
峠のシェルパ。その機関車はそう呼ばれていました。EF63。関東にも走っているEF65とも、山線で使われていたEF64ともまったく違う、ヒルクライム専用の機関車。それがEF63通称「ロクサン」です。
66.7‰を登るための低いギア比。磁石ブレーキ、発電ブレーキ用の蓄電池、全てが専用設計です。
最も、風立ちぬの時代にはそれがないか、またはアプト式の機関車でありました。
ロクサンは、上記の通り。よく乗っていたので、長野新幹線に置き換わる際、名残惜しみに来たものです。
当時はジェミニに乗っていました。もちろん、碓氷峠はジェミニには回転数のレンジが合わなくて苦労した経験があったのですが。。。
今回は、お盆に架橋を迎えている仕事の合間であったため、零でもなく、C35でもなく、まさか平地巡航用のC50です。
ヒルクライムでもないし、まあ良いでしょう?
碓井湖にClioを止めると、自動販売機がある峠入り口までダウンヒルします。
そこで、横川から登っていたローディーを認めました(堀辰雄風に)。
自動販売機でスポーツドリンクをチャージすると、ペットボトルを投げ捨てるかのようにゴミ箱に放り込み、私も急いで彼を追いました。

でも、何せ碓氷峠です。
バトルモード寸前ですが、観光も楽しみたいです。。。
さて、ここから私は再びバトルモードに入れました。
敵は、おそらく5分ほどのビハインドがあるはず。
それに追いつくとなるとかなり厳しい。
しかし、厳しいからトレーニングになるのです。
230wしか出ない眠ったい体でしたが、何とか振り絞り、270wくらいで上りました。
途中、熊の平駅なども通過します。
ロクサンでも、アプト式でも重要な通過点です。
特に、アプトの時代には小さな集落があるほどの地点でした。
今は家を建てるスペースすらないように思えますが。。。
ロクサンになってからも、信号所として重要な役割を果たしていました。
今はそれこそ走っていませんので、観光地点として熊の平駅に入れますが、
私はこっそり、ロクサンが走っている時代にこの熊の平駅に入って、当時の面影やら、例の雪崩事件やら思いを馳せたことがあります。
が、今の私にはそんなことどーでもよいのです。
敵は私の数分前を逃げているのです。
キッツいバトルになることは予想していましたが、どんな根拠か、私には追いつけると言う自信もありました。
いま、270w出ているです。調子がとてもよいのです。
追いつく、違う、ぶち抜く。
そう思って走っていたら、碓氷峠まで10kmの所で、まさか敵の後姿が見えました。
「うそだろ?」
正直そう思いましたが、更にテンションがあがります。
心拍を174まで上げて何とかキャッチアップしました。
後は自分のペースで行こう。
そう思っていました。
しかし、その敵はそうはさせてくださいませんでした。
音から察するに、私のディレーラーに擦るように着いてくるのでした。
話が違う。。。
ばびゅん!と抜いてそれっきり。
そのはずでしたが、そうも行かず、ぴったりとマークされています。
困った。振り切ろうと思ってコーナーで踏むも、まるで効果なし。
困った。次の攻撃手段を考えなければいけない。。。
次のコーナーを使って敵の脚力を見る。
困った。まったく効いていない。
ならば。と登りでパワーをかけてみる。
174、178、181。。。
そのまま180オーバーの展開、これ、数分しかもたない。
心臓が熱い。もう無理。頼むから離れてくれ。。。
と思うもまだ私のディレーラーぴったりと着いてきます。
かんべんしてください。私が悪うございました。
後は耐えるレース展開になりました。
実は、私も血中酸素使い果たしてだれそう。
でもだれたら攻撃されてしまう。
先頭を変われ。と言って回復しようか?
もう、そうしよう。持たないよ。。。
そう思って後ろを振り返ると、いない!
よっしゃ、最後の最後で振りぬけた!
後は自分に有利な箇所で踏んで何とか今回のチマコッピ(碓氷峠)を奪取!

実態は、へろへろ(笑)
チマコッピでその方とご挨拶して、この頃ようやく本来の目的を思い出す。
最初に目指すのは矢ヶ崎川沿いのささやきの小径。
軽井沢もこのあたりはまるで迷路でさっぱりわからない。
頼りのガーミンも、そこまで詳細に示してくれず、携帯を取り出して現在位置を確かめます。

たぶんこれだと思う。
美しい村でもよく登場した場所である。
彼女(おそらく矢野綾子さんと理解)が絵を描いていたり、若い画家と遭遇した場所ですね。60年も前の話ですから、このあたりの風貌も変わっているでしょう。
とすると。。。

このなんて事のない駐車場がサナトリウムの跡か?

軽井沢会とある。間違いない。
ここに軽井沢サナトリウムがあった。
ウィークディは軽井沢会が運営、ホリディはレイノルズ先生(実名、ニール・ゴードン・マンロー博士)が担当していたと見ました。
美しい村では、この裏にレイノルズ先生の野薔薇の生垣があったのですが、さて?
大方、このあたりが美しい村の場所と理解してよいでしょう。
美しい村で、主人公と「少女」が滞在していたホテルもこのすぐ近くのはずです。

それが、この万平ホテルでしょう。おそらく、当時は別の言い方であったと思いますが。
ここに、堀辰雄と矢野綾子が滞在していたのでしょうか?
さあ、ここからは「風立ちぬ」ライドです。
この裏手に、風立ちぬ最終章で登場する幸福の谷があります。

万平ホテルの一角にて。
この名前の由来も幸福の谷にあるそうです。
最も、幸福の谷とは、外国人がつけた名前なのでこちらが本来の言い方か?
えらく右往左往しましたが、やっとそれらしい場所にたどり着きました。

石畳、苔。
間違いなくこここそ、風立ちぬの最終章で登場した場所です。
実際には、風立ちぬは信濃追分の油屋旅館で書かれていたそうなのですが、
この奥にある川端康成の別荘に遊びに行っている間に油屋旅館が火事になってしまい、川端康成から別荘を借りて執筆を続けていたとか。
この最終章が私には難解であったのですが、その後、堀辰雄の小説を読んでいてようやく理解したのでした。
川端康成の別荘は一番奥(小説でも一番奥でした)だそうで、さて、このパヴェを落車せずに登れるか?トム・ボーネンとかじゃないと無理でしょう。
日本にパヴェはない。
という方がいらっしゃいましたら、鼻で笑って差し上げてください。
おそらくそんな方は日本をよく知らないのでしょうね。
さて、軽井沢駅に帰って、この話の「けり」をつけましょう。
国道18号線を小諸方面に進みます。てか、踏みます!
高原だからでしょうか?ガッツリスピードが出ます!
師匠とazulさんに引きづられるように、ガッツリと踏みました。
目的地はもちろん。
堀辰雄が信濃追分に移り住んだのは後年ですが、
ここにあった油家旅館にはよく滞在していたみたいです。
何でも、先ほどの軽井沢はとても湿度が高く、堀「も」病んでいた結核には向かないとか、なんとか。
展示室で、お目当ての矢野綾子さんの写真と彼女が書いた油絵をみたのですが、
その矢野綾子さんがとても美人で、かわいくて、しばしぼーぜん!
油絵はとても生き生きとしていました。
おそらく、軽井沢で描かれたものだと思います。それも、あのサナトリウムからそうはなれていないのではないでしょうか?
ガッツリと堀辰雄の世界を堪能すると、物思いに耽りながら軽井沢へ帰ります。
本当は堀辰雄の4番目の別荘、軽井澤1412番別荘も見に行ってもよいのかもしませんが、走り出したLookはもう軽井沢へまっしぐらでした。
軽井沢から碓氷峠の下りはそんな物思いと、空腹を感じながら行きました。
砂と路面の悪さでとても攻める気にならない峠道でしたが、物思いにふけながら下るには丁度でした。
堀辰雄の作品はあと数点、私のkindleにダウンロードしてある。
まだまだ楽しめそうだ。
また軽井沢に来ることになるかもしれない。
そして、風立ちぬで、私(堀辰雄)と節子(矢野綾子)が療養した富士見高原病院にもいくことになるだろう。