レクサス、米国にて誕生。そして日本へ

2020年5月18日

レクサスビジュアル

今や日本を代表するプレミアムブランドとしての地位を確立したレクサスですが、その誕生から日本導入までには厳しい道も歩んできています。 「トヨタ」というブランドからの脱却、そして「レクサス」ブランドの確立について紹介します。

この記事のPOINT
米国生まれ米国育ち
「壊れない大衆車」からの脱却
2車種からの多様展開

米国発「大衆車」トヨタから「プレミアムブランド」レクサスへの道

レクサス②

レクサスは米国を主要マーケットとしたトヨタのプレミアムブランドです。

トヨタはレクサス以前にもトヨタブランドとして米国で販売を行っていました。
トヨタブランドの最初のクルマとして本格的に輸出が始まったのは、1958年のクラウン・デラックスからです。当初は米国の保安基準に合わせるためにヘッドライトのないモデルを輸出し、米国でヘッドライトを装着するなどの手法を採っていました。

このときの台数は30台です。トヨタが北米に設立した現地法人「TMM(トヨタ・モーター・マニュファクチャリング)」からカムリの1号車がラインオフしたのが30年後の1988年、1989年には25万台の生産を誇るにようになりました。

カムリの米国における成功などが功を奏し、トヨタの認知度は上がりましたが、その評価は「壊れない大衆車」を脱却することができませんでした。

そこで考えられたのがプレミアムブランドの設立でした。

トヨタは米国においてのプレミアムブランド確立について、日本的なおもてなしを重要視。購入前から購入時、そしてアフターセールスについてまでの一貫したブランド戦略を行うことを決め、そのブランドを「LEXUS=レクサス」としました。

2車種でスタートしたレクサス

1989年に米国でスタートしたレクサスですが、レクサスブランドのオリジナルモデルは 「LS」のみでした。さすがに1モデルのみで新ブランドを展開するわけにもいかず、国内で販売されていたカムリ・プロミネントを 「ES」として導入。 「LS」 「ES」の2車種構成でレクサスブランドをスタートさせました。同時期、 「LS」は日本国内ではトヨタの セルシオとして販売が開始されます。

北米での車種多様化と日本でのブランド展開

2車種でスタートしたレクサスですが1991年には 「SC」 「GS」を追加、 「ES」をフルモデルチェンジします。 「SC」はトヨタブランドでは ソアラ 「GS」 アリストです。1996年にはトヨタ・ランドクルーザーである 「LX」を追加しSUVもラインアップするようになります。

2005年、満を持して日本でのレクサスブランドがスタートします。

レクサス開始時のニュースリリースには

「8月30日に専売のネットワークとして全国約140店舗で開業した後、2005年末までには、150店舗程度の体制とし、将来的には180店舗のネットワークを構築する。」

と発表されています。2005年スタート時の取り扱いラインアップは 「GS」 「SC」「IS」(日本名アルテツァ)の3車種。翌2006年に 「LS」が追加されます。

2007年には 「IS-F」が導入されスポーツ系の充実が始まります。そして2010年にはレクサスのスポーツ性を象徴するモデルとして500台限定の 「LFA」が登場します。現在レクサスはセダン、クーペ、SUVなどのモデルを揃え、北米やアメリカはもちろん、欧州、アジア、アフリカ、中東、南アメリカ、オセアニアなど世界各国でブランド展開を行っています。

レクサス⑦

諸星陽一
  • 諸星陽一
  • 日本自動車ジャーナリスト協会(外部リンク)
  • 自動車ジャーナリストとして専門誌やライフ誌での執筆活動をはじめ、安全運転のインストラクターも務める。1992年~99年まで富士スピードウェイにてRX-7のレースに参戦。セルフメンテナンス記事も得意分野。福祉車両の数少ない専門家の一人でもある。

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