2013年01月29日
巷では今、体罰や退職金関連の問題が騒がれている。
新聞などで話されていることに思うところがあるので、ちょっと独り言。
退職金が突然減らされるのは誰だって嬉しくない。 例えそれが一般社会から見たら既得権益のようなものであったとしても。
今朝の新聞の投稿に、”教師だって(聖職者などではなく)受給労働者に過ぎない”とあったが、それは正しいとは思うが、労働者は結果を残すからこそ給料やボーナス、そして退職金が受け取れるのだ。
生徒を放り出して退職する教師は、その時点で労働放棄したとみなして構わないと、おいらは思うのだ。
もっと言えば、おいら達親としては、子供を学校(=その地域の教育委員会)に預けているのであって、一教師に預けているのではないのだから、教師の勝手な行動で子供たちがワリを食う事の責任は、その教師にあるのではなく、教育委員会や校長にあるのだといえる。 職場放棄しようとする者に何故厳罰が下りないのだ? そしてその責任はどう取ると言うのだ?
平等な権利が得られないと言うのは重大な問題ではないのか?
こんな風に見ると、教師とて一皮向けば普通のオヤジやおばさんでしかなく、過大な信用をする方がどうかしてると言える。
子供たちの上に君臨する、閉鎖社会の中での絶対権力者となるわけだから、教師と言う自覚が無ければおかしな方向に向かうのもしょうがないかもしれない。
おいら、中学のときに引っ叩かれ続けて3年間を過ごした。
今でも教師と言う存在を嫌悪するし、子供の担任・校長とて信用していない。
新聞のコラムに”教師がする体罰はいじめでしか無い”、このような物が載っていた。
あぁ~そうだったのか、と合点がいった。 うすうす気が付いてはいたが、言葉としては繋がっていなかった。
おいらのちょっとした一言が気に食わなかった担任は、おいらの胸倉を捕まえ、教室の一番前から後ろまで行っては帰って、しかも往復でびんたを食らわせ続けた。
別な教師は、授業中に教室の外(そこは3つの教室にはさまれている)に連れ出し、説教の上びんた。 理由は学生帽をかぶって来なかったとかそういう内容だった・・・。
まさにいじめであり見せしめであった。
しかし、おいらは引っ叩くこと自体がいけないとも思ってはいない。
叩いた事を悔やんで夜も眠れないくらいなら、その行為は正しかったのだろうと胸を張って良いと思う。
そんな叩かれ方をしたなら、こんなおいらでも良い教師だったと思えるだろう。←かつてそう思えた教師もいた
今振り返ると、いつも”どうやって死んだら苦しまずに、あの教師連中を苦しめる形で実行できるか?”などと考えていたように思う。 しかもあの当時読んでいた本が太宰治作品。 生きていて良かったと思う今があるし、今のおいらなら手を差し伸べてやれたのにと思うと同時に、親や周りに相談できなかった環境が恨めしくも思う。
粋がっていようと強がっていようと、所詮世間を知らないガキに対し、大人気ない態度で接する教師達。 いじめは存在しないと言い切る自分達が、本当はいじめの先端を切っている事を意識していない。 子供たち同士でいじめがあるのは、教師や親達がいじめ容認の空気を作っているからだし、原因もそこにあるような気がしてならない。
凄く意識の高い教師たちがいるのは確かだろうが、そんな人が担任になってくれる確率は、もしかしたら宝くじ並かもしれない。 しかもその人だけじゃ駄目なんだ。
どうしたら良いのか?
多分親が学校に深く関わることでしか解決できないんじゃないだろうか。
直接学校の中を見て回る事や、子供を通じて学校の雰囲気を感じ取る事で情報を得ると共に、担任や校長にも意見を述べられる環境を作ることで、学校全体としての共通認識を持つ。
入れ替わり立ち代り誰かの親が学校に出入りし、通学途中も散歩している近所の爺さんに声をかけられるような環境にあったら、教師も引き締まるしいじめも少なくなるんじゃないのかなぁ・・・。
今おいらがあの当時の自分に声をかけてやれるとしたら、
どうしてもがまんが出来ないと思うなら市長の所に行って訴えてこい!
と言ってやりたい。
そういう意味では橋本さんあんたは偉い。
Posted at 2013/01/29 14:49:00 |
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2013年01月25日
いやぁ~、今年一番の寒気と言うけど、滑る滑る。
今日の路面でデミオに乗ってないけど、感覚的にWinterMAXXはRevoGZに敵わないね。 全くの平坦路でも空転して前に進めなかった。
やはり、多少高くてもスタッドレスだけはBS一択だな。
と、路面は滑りまくりの一日だったが、実は今日は三男の推薦入学の発表の日。
こちらは滑らなくて良かった・・・。
二男の時はSevenになったが、今回は薪ストーブになる予定。
お金が余りかからない学校に入ってくれてありがとう。 おかげでおいらの趣味が広がるよ。
Posted at 2013/01/25 19:15:47 |
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2012年12月27日
友人用と我が家用の二羽の鳥を焼いたあと、その友人からいただいた和牛のタン丸ごと一本を塩釜仕立てで焼き上げる。
これまたいただいた牛の頬肉のシチューも作っていたので、昨夜は出番が無かったし、焼いた後時間を置く必要があったので、本日のメイン食材と相成った。
根元はレアで柔らかく、先っぽは塩が効いた上等なハムのようで、真ん中はその中間のようで・・・、これまた炭とオーブンの作る賜物だ。 電子レンジオーブンでも作ったことがあるけど、こうは行かないのだなぁ。
ただね、酒の肴として最高なのだが、ほとんどが子供たちの胃袋に消えていく・・・。 もっと食したかった。
しかし、おいら的に食事に気を使っているためか、いい加減な食事を受け付けてくれないと言うのは嬉しい事ではある。 カップラーメンなど置いておいても手も付けないし、スーパーの惣菜などを出そうものならブーイングの嵐となる。
こういう時には狂ったような食欲を発揮するのはしょうがないと諦めるしかない。
寮暮らしをしている上の二人が帰ってくると、家の食事が美味しいとほおばるのを見れるのは、ある意味親冥利に尽きると思うのだ。
Posted at 2012/12/27 21:57:11 |
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2012年12月26日

雪降る中、酔狂にも程があるが、毎年恒例だからしょうがない。
そう、ダッチオーブンを使った”チキンの丸焼き”作りだ。
今まではおいらが火起こしから火の番までずっと外にいて&チキンの下ごしらえまでやっていたけど、今年は火の番は長男に任せたから、おいらはこうして酒を呑みながらPCをいじっているわけだ。
腹側にもう少し火を入れ、更にひっくり返してじっくりと焼き上げる。
オリーブオイルとにんにく&クレージーソルトが基本で、あとは少々の香辛料(ハーブ)が入るだけなのに何とも言えぬ美味さ・・・。 炭火とオーブンの力が作る美味さって事なんだろう。
あと何年こういうことが続くかなぁ・・・?
Posted at 2012/12/26 16:48:24 |
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2012年11月11日
昨年
このBlogを読んで、来年は是非とも行かねば!と思っていたのを思い出し、今年は予定を合わせてかみさんと出掛けてきた。
携帯で写真を撮ってみたものの、人に見せられるような物は無かったので、先のBlogを参照されたい。
庭園の見事さも圧巻だが、魅せることを目的とした照明の技には脱帽だ。 似非電気屋としてはこういう点から物を見てしまう。
情熱大陸とかプロフェッショナルとかの、TVからの情報も大きく働き、今まで目が行かなかった細かい部分に心を持っていかれることに、少し悔しく少し嬉しかったりする。
自然を見せてはいるが、人間の英知を見せられる思いだった。←大げさ
往復300km以上走ってはいるが、行って良かったよ。
せっかく盛岡に行くのだからと食事を検索してみたが、冷麺とかじゃじゃ麺くらいしか引っかからない。 冷麺はこちらでもそこそこ美味い所(盛岡の系列焼肉屋)があるので、今回はじゃじゃ麺の発祥と言われる”白龍”に行く。
この辺のはずだが・・・?と探し、道行く人に尋ねると、「こっちですよ・・・ただ開いてるかなぁ 結構美味しいと思いますよ」と、わざわざ見せの前まで案内してくれた。 もう食べる前から気持ちが盛り上がる。
美味しいのかって? それは好みの世界だが、麺の食感を受け入れられるなら美味しく食べられると思うが、おいら柔らか目のうどんの食感が好きじゃないので、今回が初めてのじゃじゃ麺経験だったなら、多分はまる事は無かったと思う。
初めて食べたじゃじゃ麺はここのお持ち帰り品だったからか、じゃじゃ麺はおいらの食事選択肢から長らく外れていたけど、これを読んで1度の食事で判断できる食べ物では無いと諭され、更に”あきお”と言う別のじゃじゃ麺屋にたまたま出会い、そこの麺が腰がある系だった事が今結構はまっている理由だ。 味自体は好きだってことだ。
それで、既にはまっているからこそ老舗と言われる店の味も素直に受け入れられた。
知らないなら是非とも試していただきたい不思議な食べ物だ。
今回はデミオで出掛けた。
行きは高速を使ったが、Duetとは比較にならない快適さだ。
うるさいけど、直進安定性からパワーまで、深い雪と子供を乗せる事が無いなら、もしかしたらこれが家族用の車として十分なのでは?と思ったりする。
Posted at 2012/11/11 21:19:05 |
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