フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える
ハイブリッド車なら理屈ヌキでいいのか? マツダは低燃費をこう磨く
第119回:マツダ デミオ 13-SKYACTIV【エンジン開発者編】
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111026/223433/
---ヨタ省略---
さて、写真満載の冒頭ヨタが長大になりましたが、もちろんこれにはキチンと前フリの意味がございまして、広島と言えばマツダ。マツダといえば業界震撼の超低燃費スカイアクティブであります。
ガソリンエンジンに於いては世界最高の高圧縮比を実現し、ハイブリッドなしでもリッター30キロという脅威の低燃費を実現した秘密はどこにあるのか。そもそもエンジンの効率とは何なのか。エンジンとトランスミッションを統括する、執行役員パワートレイン開発本部長 人見光夫氏にそのあたりじっくりとお話を伺います。
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フェルディナント(以下、F):はじめまして、よろしくお願いします。
人見(以下、人):こちらこそよろしくお願いします。いつも面白く読ませていただいています。
F:ありがとうございます。マツダを取材させて頂くのはこれで2回目になります。前回はロードスターの貴島さんからお話を伺いました。これはとても反響が大きくて、書き込みの数がハンパではありませんでした。
人:貴島さんに。そうですか。
F:今回はスカイアクティブエンジンの搭載のデミオに試乗ささせて頂きました。「デミオ」はエンジンだけがスカイアクティブで、トランスミッションが普通のCVT。広報の方からは両方がスカイアクティブとなった新型の「アクセラ」をお薦め頂いたのですが、まだ新しいクルマで、街中でユーザーを見つけるのが難しいと思ったので、敢えてデミオに乗せて頂きました。
人:なるほど。そうでしたか。
ハイブリッド車は理屈抜きに良いものになってしまう
F:一番初めに伺いたいのは、圧縮比のことです。ガソリンのスカイアクティブでは高圧縮比が今回の一番のウリであると認識しているのですが、それで間違いないでしょうか。
人:ウリであることは間違いありませんが、お客さんの視点で見たときに、「圧縮比を上げた」という事がどう伝わるのかというのが非常に難しいところです。技術的には素人であるお客さんが、「圧縮比」をどのように受け止めてくださるのか。
その点ハイブリッドは素人さんにも分りやすいじゃないですか。モーターが付いていてバッテリーも大きいのがついていて、ブレーキを踏んだり坂道を下りたりする時は充電できちゃうという。エンジンの他に何か新しい物がついていれば、これはもう理屈抜きに「良い」となってしまう部分がある。
F:確かに。それはありますね。
人:100kgくらい重くなってしまうとか、どうしても価格が高くなってしまうとか、“理屈”の部分から見るとハイブリッドももう少し冷静に考える余地があると思うのです。ですが、モーターで走れる感覚が気に入って買っているとか、ハイブリッドはともかくエコとかイメージで言われてしまえば、そこには理屈なんかない。人間、みんな合理的に生きている訳じゃないですからね。みんな合理的だったら、それこそ大酒飲みなんかこの世にはいない訳で(笑)。
F:それはそうだ(笑)。
人:でも僕らは技術者ですから、会社としても「サステイナブル“Zoom-Zoom”」だと言っているわけですから、一部のお客さんだけしか手の届かないような高価なものではなく、皆さんの手に届くものを腰を据えて開発していきたい。
だから、エンジンの効率を究極まで高めていくという方向はとても正しいんじゃないかと思っています。その“思い”をどのようにお客様に伝えてくかというところ、つまりスカイアクティブをどのようにアピールして売っていくかということは、開発とはまた別にキチンと考えていかなければならないことですが。
F:なるほどなるほど。
人:で、先ほどヤマグチさんがおっしゃった“高圧縮比”。我々は内燃機関のゴールはここだというのを定めて、そこに向かって進んでいます。その方向に行くためには圧縮比をグッと上げることは避けて通れない道だったのです。
F:その“ゴール”というのは、具体的な言葉にするとどのようなものになりますか。
燃費改善には4つの損失を低減すること
人:エンジンの燃費を究極まで改善すること。それには4つの損失を低減すること。4つの損失とは、排気損失、冷却損失、機械抵抗損失、そしてポンプ損失です。この4つの損失を下げることが、イコールでエンジンの燃費改善です。
F:ははあ、排気、冷却、機械抵抗、ポンプの4つですか。
人:そう。そしてこの4つの損失を低減するために我々がコントロールできるのは、7つの要素しかない。エンジンの燃費改善技術は突き詰めていくとこれしかないのです。何と書いてもらってもいいですが、絶対にこのどれかをコントロールして行くしか方法はないんです。それは圧縮比、比熱比、燃焼期間、燃焼時期、壁面熱伝達、吸排気工程圧力差、機械抵抗の7つです。
F:4つの損失要素があり、それらを低減するのは7つの要素でしかない、と。これはマツダだけが言っていることなのですか。それとも世界中の自動車メーカーの共通認識なのでしょうか。
人:わざわざ言ってはいないでしょうが、聞けば「その通りだ」と必ず言います。こうして整理して見せられれば、なるほど当然だ、と。
ともかくこのお方。何でもスパッと断言してくださるので、お話を伺っていて非常に気持ちがいい。「……と思います」「……と言われています」「……の筈です」というような、一見奥ゆかしく見えて、その実自分の保身ばかりを考える“エスケープゾーン言葉”を決して出さないのだ。
これは面白くなりそうだ。しかしその分、文字にするのはうんと難しくなる。他社名をバンバン出されて「あのエンジンはあそこがダメ」とか「あそこは根本的に間違っているけれども、もはや引込みがつかないから仕方なしに続けている」とか刺激的なことを仰るものだから、今回は珍しく水野シフト(日産自動車のGT-Rを開発されている水野和敏さんのことです)ばりの自主規制を引かせて頂くことと相成った。どうかご容赦下さいますよう。
問題を抽出して、整理して、並べてみました
人:問題を抽出して、整理して、並べてみなければ何も進みません。だって100人いたら100通りの燃費改善手段が出るんだから。項目が100個もあったら、その中からヨシ、じゃあ圧縮比をやるぞ、なんてなかなか判断できないですよ。整理して絞り込んで、上のモンが「これをやるぞ」と言えるかどうかです。
F:なるほど、おっしゃる通りです。と、ここまで伺ったところで改めてお聞きしますが、エンジンの効率を良くするために圧縮比をうんと上げた。それは熱効率を改善させるため。開発に際してはどのような点でご苦労なさいましたか。
人:いろいろなところで苦労しています。圧縮比を上げると言っても、最初はトルクがうんと低い状態からスタートしましたから。それを徐々に上げていくのにはもの凄く苦労しました。
F:最初はトルクが低かった?圧縮比を上げれば、その分トルクは厚くなるのではないのですか?今回乗せていただいた時も、小さいエンジンなのに低速からモリモリくるなぁ……という印象があったのですが。
人:圧縮比を上げると、混合気が高温高圧になる訳ですからノッキング(混合気が自発火してしまう異常燃焼。ノックするような金属性の打撃音が出る)が起きやすくなるでしょう。それを避けるためには点火時期を遅らせなければなりません。点火時期を遅らせると、それだけピストンが下がってからやっと火を着けるつけることになるのでトルクなんかは出なくなります。
本来、燃焼は早いタイミングでパッと燃えてしまうほうが良いんです。つまり燃えている期間をいかに短くできるかがポイントです。ただ、短くすると今度はもの凄く大きな音が出るようになります。
F:音のことを無視すれば、燃焼期間は短ければ短いほどいいんですか。
人:はい。短ければ短いほどいいです。時間が短いということは、極端な話、ピストンが一番上にいるときにシリンダー内の燃料がイッキに全部燃えてしまえば、ピストンが一番上から一番下まで押し下げられる間じゅう仕事をすることになります。
燃焼期間が長いということは、ピストンが下がり始めてやっと燃え出す燃料があるということになりますから、もうだいぶ下がってからやっと仕事に参加する燃料があるということになる。だから本来はピストンが一番上にいる時に全部燃えてしまうのが一番いい。これは間違いないです。
じゃあ一番上で全部燃やしてしまえば良いじゃないかと言われそうですが、もしそのエンジンでアクセルを目いっぱい踏んで全開で回したりしたら、エンジンは一発で壊れますよ。とんでもない圧力が出ますから。だからそれは現実的ではないんです。
F:なるほどなるほど。よく分かります。
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と、このような調子で断定的な言葉でバシバシ決めて頂きながら、インタビューは順調に進んでいきました。人見さんは某社のバルブトロニックや某社の過給器を使ったダウンサイジングエンジンにも言及されました。例の口調で。
次週はこの辺りの毒を適度に排除しながら読者諸兄に召し上がって頂こうと存じます。
ああ、もうなんだかふぐ調理師にでもなったような気分です。
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このシリーズでインタビュー記事のトリミングがされるってのは初めてじゃないのかな。
実際にはどんな発言が有ったんだろうな。(笑)