文化の日は表題のイベントに行って参りました。
先のブログにも書いたように前日はまたしてもちゃんと寝られず(苦笑)。
ホントは21時に起きようと思っていたんですけど、
終いには横になっている事自体が辛くなってきてしまったので、
20時半にならない内に起きてしまう事にしました。
んで2時頃家を出て2時半頃車庫を出発。
途中、前日の作業をしている時に手をぶつけて向きが若干変わってしまっていた左ミラーと
上下方向の調整をしておいた右ミラーの各々の向きが気に入らなかったので、
トイレ休憩を兼ねて道の駅 ふじおやまに寄りました。
恐らく4時前位だったと思いますが、そんな時間だったのに駐車場は満杯という感じでした。
眠れていないので、睡魔が怖いなぁと思っていましたが、
やはり秦野位から眠くなりだしました(苦笑)。
とりあえず、落ちそうになるほど酷いものではなかったので助かりましたけどね。
で、本当はどこか東京に近いところで朝マックしてやろうかなと思っていたのですけど、
狙っていた1軒目は知らない間に通過(アンタ、寝てたんちゃうの?…爆)、
2軒目は残念ながら24時間営業店ではなかったのでダメ、
故にまともに朝食にありつく事が出来ませんでした。
そんなこんなで都内入り。
まだ暗くてシャッター速度が遅いのでブレブレになってしまいましたが、
一応、赤丸の場所に『東京都』の標識があります(笑)。
で、実はマックを通過する手前頃から一寸お腹が痛くなっておりまして、
マックに寄れなくなって、次なる手はコンビニしかないよなぁと思っていた中、
都内のメイン道沿いのコンビニは駐車場付きはないだろうなぁと思っていたのですが、
最初の2つのコンビニがなんと駐車場付きでした。
しかし3車線の真ん中を走っていたので、残念ながら寄れず(苦笑)。
暫くそのまま走りましたが、やはり駐車場付きコンビニが現れなかったので、
仕方なくUターンして最初のファミマに寄り、ごくごく軽い朝食も調達しました。
当初の予定では朝マックして最初の目的地である代官山蔦屋書店に行って、
大体駐車場のオープン時間の2~30分前くらいに到着する感じかなと思っていましたが、
その時間ロスで朝マック出来なかった分とトントンという感じになり、
大体6時半位に到着しました。
ちらほらと古い車は居ましたが、
クラブ関係者外の参加者としては1番乗りだったかもという感じで御座いました。
とりあえず外は寒いので、車の中に居ったのですが、
横を通り過ぎたW205の方がコチラを見て行かれて、
その時に、ん?もしや今のは…と思いましたが、そのもしやは正解だったようで、
その後、ブルメデさんが220君の所まで来てくださったので、ご挨拶させて頂きました。
ブルメデさんとは開場後にも色々と楽しくお話をさせて頂きました♪
ふと気が付くと背後が恐ろしい状態になっていまして、
その前にキャリアカーが来てるな~とは思っていたんですけれども、
そのキャリアカーが居なくなると、なんとまぁ、こんな事になっていました(汗)。
おいおいおい、この車達と220君を並べちゃっていいのかよ、、、って思いました(滝汗)。
真後ろは参加車両名簿によると1954年のフェラーリ250Europaというモデルだそうで。
相手がフェラーリとなると下世話なワタクシはついついお金の事を考えちゃうんですけど、
250って事はこれ、1億超えなんちゃう?って現地では思っていましたが、
一昨年9月にイギリスで行われたgooding & companyのオークションで
同型車がなんと、1518750ポンドで落札されていました(汗)。
当時のレートは判らないけど、今のレートでいくと3億超えですよアナタ(滝汗)。
その後ろは1947年のチシタリア202SC。
202はいくつかのコーチビルダーで造られていたらしいですが、
調べてみた所、これはどうやらピニンファリーナのボディのようですね。
残念ながら全く同型の値段付きの車両を見付けられなかったのですが、
億まではいかないかもしれないけれど、最低でもン千万はしそうな雰囲気です(汗)。
そんな車達と並べるなんて流石に酷ですよ~(苦笑)。
とか言いつつ、折角なのでこんな写真を撮ったりしていますが(笑)。
でも、こうしてみると、やっぱり世代が違うのがハッキリ判りますよね~。
たとえ価値は違っても(苦笑)、同世代の車同士だったらもう少し見え方が違ったかも、、、
と思ったりもする所でありました。
んで、7時一寸前には許されて入場(笑)。
入場後は続々と参加車両が集まってきました。
そんな中、今回、個人的に一番好印象だったのはこの車かもしれません。
1959年のボルボPV544です。
ワタクシ、これの実働車は初めて見ました。
全体的に無理した所がなくとても自然な感じでしかも綺麗で、
内装も多分オリジナル革(ビニールではないと思う)なんだろうと思うのですが、
2色の生地がお洒落に使われていてとても好い感じでした。
しかもシングルナンバー。
後でオーナーさんにお話を伺ったのですが、
その番号もある意図で狙って選ばれた物との事で驚きでした。
その他の参加車両も片っ端から見ていきましょう。
尚、全部網羅する積りで居ったのですが、バラバラに到着するって事もあって、
後から到着した車を撮ったか撮っていないかを判らなくなっていて、
今、気付いているだけでも最低1台は落ちてしまっております。
撮影出来ていない車のオーナーさんには申し訳ないです(汗)。
1968年 ポルシェ911T
この車は去年も居ましたかね~?
1971年 サーブ96V4
これも個人的には今まで実物を見た記憶がありませんでした。
本当に個性的なデザインですよね~。
1970年 シトロエンDS21
実家の売り物で持っていたDSも同じ年式のDS21でした。
私個人は一度も乗れず仕舞いだったけど、あの車、今でもどこかで元気にしているかなぁ?
1971年 ランボルギーニ ミウラP400SV
他の車が周りに居ると、本当に低いなって思いました(汗)。
やっぱり、写真や映像で見るのと、実物を見るのでは全然違って、
実物は段違いに綺麗な車で感動が大きいですよね。
1968年 マセラティ メキシコ4200
多分、過去に見た事が無かったと思うし、殆ど知らない車種ではありますが、
この当時のマセラティはやっぱりイイですねぇ。
1964年 マセラティ ミストラル
この車と言えば今は亡き某自動車評論家の方を思い出しますが、
なんとなく、ひょっとしてこれってその車そのものだったりするのかしらん?と思いました。
1969年 ディーノ206GT
後になって参加車両リストを見て、初めて246ではなく206だった事を知りました(汗)。
前にも書いたと思いますが、以前、コッパデ小海を見に行った時に
丁度ベテランクラブの会員さんが同じ赤色の206で参加されていて
これから朝食を食べて来るから乗って来てもイイよと言われたけど、
流石に遠慮しちゃったのですが、
なかなかそんな機会に恵まれる事はありませんから、
今となっては一寸だけ運転させてもらえば良かったなァと思っています(笑)。
1966年 アルファロメオ スパイダーデュエット
これ、イイですよねぇ。
アルファロメオの中では個人的に一番欲しいと思う車かもしれません。
後年のスパイダーもイイですけど、やっぱりこのお尻がイイんですよねぇ。
1967年 ロータス エラン S3 SE DHC
デザインも良く、軽快そうでイイですよね。
きっと楽しく乗れるんだろうなぁと思っていつも見ています。
1967年 ロータス エラン S3 SE FHC
固定屋根が付く事でDHCとはやっぱり剛性感が違ってくるのでしょうね。
オープンが好きなので個人的にはDHCに行きたくなってしまう所ですが、
スタイリング的にこちらにも捨てがたい所がありますよね。
1965年 MGA 1600
私の固定観念かもしれませんが、MGの緑ってもっと濃いイメージがあるのですけれども、
こうした淡めの緑も好く合っていますよね。
1963年 トライアンフ Dove GTR4
TR4にこのようなクーペバージョンがあるのは初めて知りました。
それもその筈、調べてみた所、これはロンドンのディーラーが企画した車両で
わずか43台しか製造されていないのだそうで、
更に日本国内には2台しかないと言われているらしいです。
1962年 ジャガー Eタイプ シリーズ1 FHC
ジャンルは幾らか違いますが、
1961年のジュネーブショーでの話題を掻っ攫われた220君の宿敵ですね(笑)。
しかも同じ年式だという…(笑)。
現在の価値はともかくとして(笑)、新車当時は220君の方が高かったんですよね~。
以前、シリーズ1のFHCで山中湖を1周試乗させてもらった事がありますが、
その車両はATだった事もあって、意外にもうちの車の方がスポーティに感じました(笑)。
1928年 インヴィクタ コンペティション
インヴィクタに関しては名前は知っていても全くと言っていいほど知識がないんですけれども、
1955年のルマン24時間でDタイプジャガーのマイク・ホーソンの疑惑のピットインの際に
それに行く手を阻まれて回避行動を行い、
後方から来たピエール・ルヴェーの300SLRに衝突された、
オースチン・ヒーレーのランス・マクリンはインヴィクタの創業者の息子さんだったんですよね。
1955年のルマン24時間事故関連の書籍にそのように書かれていて、
へぇ~、そうだったんだぁ、、、と印象が強かったのでそれだけは頭に残っています(笑)。
余談ですが、マクリンは事故後にぶん殴ってやろうと思って
ホーソンの居る場所に向かったというくらいですから、
誰が引き起こした事故なのかは明瞭だと思うんですけれども、
MBは本社で緊急役員会を開いてレースを中断して引き揚げることにしたのに
何故かその当事者のチームはそのままレースを続行して優勝までしちゃってるんですよね(苦笑)。
1928年 ランチア ラムダ Tipo224
この車はランチアランチでお見掛けする個体ですね~。
1935年 AC 16/70 ツアラー
残念ながらあまりコメント出来る事がないのですけど、
エースやエースカやコブラを造っていたACって結構古いメーカーで
さかのぼっていくと千九百一桁年のオートキャリアって車が大元らしいですね。
この車についてはなかなかハンサムな車だなァと思いました。
1935年 オースチン セヴン Nippy
去年のこのイベントに出ていたセヴンも良かったですが、
これもまた色が可愛くて好いですねぇ。
1935年 シンガー ナイン ルマン
これは去年も居た車ですね。
手元の資料によるとナインは1932年デビューで、
ルマン24時間用の特製モデルがあったとの事なので
この車がそれに相当する物なのでしょうね。
因みにアルスターでのTTレースに出走した3台のナインが全て
ステアリングのトラブルでクラッシュしてしまった影響で
当時英国の自動車メーカーで3番目のポジションに居たシンガーは
大きく評価を落として財政危機に陥ってしまったのだそうです(汗)。
1935年 フィアット 508S バリッラ Coppa d' O ro
1936年 フィアット シアタ 508S バリッラ
この2台も去年参加していましたよね。
因みに車名に関しては参加車両リストに従っているので、
バリッラより前の部分の名前の微妙な違いが実質的に違うのかどうかは
私には判りません(汗)。
赤い車両の方のオーナーさんはブルメデさんのお知り合いの方だったようです。
1939年 ベントレー 4 1/4リッター (サルーン by H.J. マリナー)
これ、私的にとても好印象な車両だったのですが、驚いたのはオーナーさんが女性だった事でした。
4.25リッターはTさんに何度か運転させて頂いていましたけれども、
パワーは十分以上あるし、ミッションもシンクロ付きでとても扱いやすかったので
重ステに必要な腕力が問題になるだけの事で女性にも乗りやすい車だろうなぁと思いました。
小耳に挟んだ所によると、その方、この車を国内で調達したわけではなく、
海外から直接ご自分で購入されたとのことで、凄い方だなぁと思わされました。
車の方は流石に外装にはいくらか手が入っているだろうなぁという感じ
(でも雰囲気は全く悪くない)ではありましたが、
内装に関しては味わい深くヤレたオリジナルだと思われる物で、
稀少と思われるハイヴィジョンルーフ付きなのもまたイイナァと思いました。
今、頭上までフロントガラスが広がっている車両がありますけれども、
そもそもはこの時代には既にあった物で、今のはその焼き直しに過ぎないって事ですよね(笑)。
1950年 モーガン 4-4 シリーズ1
この辺りもよく知らないので一寸調べましたが、1950年という事は
1936年から造られていたフォーフォーのシリーズ1の最終という事のようですね。
因みに今のモーガンのデザインは1955年のフォーフォーから始まったもののようですね。
1952年 ランチア アウレリア B20
まだウエストラインが高い時代の車ですが、名作と言われる通り、
バランスの好い綺麗なデザインですよね~。
このような濃い塗色がよく似合う車だと思います。
1948年 フィアット 500B ザガート パノラミカ
なるほど、これはトポリーノのザガートバージョンなのですね~。
そもそものトポリーノにも乗った事がありませんが、
このようなスペシャルモデルになるとノーマルとの間に
どれだけの差が出来ているのかに興味のある所ですね。
イタリアの虫2種
1947年 スタンゲリーニ S1100
1957年 バンディーニ 750S サポネッタ
この辺りの事は全く判りません(汗)。
ただ、後者に関しては20台で総額80億との話だった
☆三つさん主催のイベントについての金額検証ブログ(笑)を書くに当たって
スペルが判らなくて少々苦労したので、サポネッタという名称はよく覚えて居りまして、
多分その時の車と同型車なんだろうなぁ、、、と思っています。
ここまでほぼ撮影順に来ているので、ここで再び先程のフェラーリの画像。
どうやらクラシケを取得しているようですね~。
エンジンルーム内はこんな感じ。
1954年 ポルシェ スピードスター
名称はあくまで参加車両リストに従っているのでこうした書き方になりましたが、
54年という事は356プリAのスピードスターって事ですよね。
356も乗った事がない車ですが、どんな感じなのでしょうかね?
356クラブには飛ばし屋さんが多いと聞いたことがありますが、
きっと飛ばして楽しい車なんでしょうね。
1955 メルセデス ベンツ 300SL
なんと、300SLクーペが登場するとは(汗)、、、と思いました。
以前220君のブレーキブースター問題の際に、ヤナセクラシックセンターの見学に行ったのは
このブログにも書いておりますが、
門番の所で停められていた時に、背後から轟音と共に現れた300SLクーペというのが
恐らくこの車だったんじゃないかと思われます。
ひょっとして一寸ばかり縁があるのかしらん(笑)。
でね、実はこの車はキンレ物なんですよね。
これらがその証。
下のバッチは比較的近年にキンレでレストアされた車両に取り付けられているようなんですが、
個人的に正直な事を言うと、ここにこれを取り付けられるのは
レストアラーが出しゃばり過ぎている感じがして
あんまりイイ感じがしていなかったのですよね。
MBクラシックセンターは当然の事として、
ブラブスクラシックでもこうした証的な物を貼るのは
目立たないような場所を選んでいるようですからね。
まぁ、お客さんによっては、どうだ~キンレレストア物だぞ!って有難がる人も居るかもですけどね。
因みに一寸疑問なのが年式でして、1955年という事になっているのですけれども、
車体番号もエンジン番号も年式を表す部分は65になっていたので、
本来だったら1956年式なんじゃないのかしら?と思うのですよね。
逆に実年式がそれらより後というのは、ありそうですけど、
前というのは無さそうに思うんですよね。
う~ん。
でね、この300SLがなんとクーラー付きなんですよねぇ。
違和感がないというと嘘になりますが、
可能な限り頑張ったなという感じは見て取れますよね(笑)。
吹き出し口などは何かの流用だろうと思うので、なかなか難しい所だろうとは思いますが、
時代的な事を考えるとここにクローム処理でも出来れば
もう少し当時っぽい雰囲気が出たかもしれないなァと個人的には思ったりする所であります。
因みにエンジンルーム内のA/Cコンプレッサーの位置はココでした。
他のクーラー後付け車両でも大体こんな感じの位置ですが、
インマニに隠れて見えにくいのがイイですよね。
そうそう、思い出した。
今回300SLクーペをレストア中の方に聞いたんですけど、
この車に装着されているラッジ社製のセンターロックホイールを
今、新たに装着しようとすると1輪辺り1000万円位掛かるそうです(滝汗)。
ハブから換えなきゃならないからとは言っても凄いお話ですよね。
昔、実家でジャガーEタイプシリーズ3ロードスターの鉄チンホイールを
センターロックのワイヤーホイールに換えた事がありましたけれども、
具体的な金額はすっかり忘れちゃいましたが、
そこまでビックリするような金額ではなかったと思うんですよねぇ。
まぁ、20年以上前の話ですから、Eタイプのも今はそれなりに高くなっているのかもですが。
因みに、300SLを持っている方はどう思われるか判らないんですけど、
ワタクシ個人としてはノーマルホイールの方が好きだったりします。
センターロックは緩むらしいですしね(汗)。
というより、以前、TさんにACエースカをお借りした時になにやらギシギシ音がしていて、
戻ってきてそれをTさんに報告したら、
あぁ、センターロックが緩んでんだな、、、と仰られて
実際に締めこんでみるとそこそこ締まったという事がありましたからね。
1956年 ジャガー XK140 FHC
この車も去年居ましたよね。
私の認識違いでなければXK150からドア窓下縁のラインが
このような下側に垂れる曲線からストレートになるんじゃなかったかと思います。
1959年 アストン マーティン DB2/4 Mk3 DHC
DBシリーズというとDB5やDB6ばかり注目してしまう所ですが、
この手もお洒落で好いですよね。
特にDHCですからね~。
車にお似合いの男女の方が乗って来られていました。
私じゃとても似合いませんな(自爆)。
1955年 イソ イセッタ
遠巻きに見た時、BMWのイセッタか、、、と思っていたのですけど、
まさかの大元のイソのイセッタでした。
BMWの救世主となったイセッタですけど、
イタリアではフィアットに押されてあまり売れなかったようですね。
日本国内にあるイソのイセッタってきっと少ないんでしょうね。
1960年 メッサーシュミット KR200
これも面白い車ですよね。
220君とほぼ同年代の車ですが、どんな乗り味なのか興味がある所です。
1960年 アルファ ロメオ ジュリエッタ SS
これも去年来ていた車かな?
ワタクシ、いまだにジュリエッタとジュリアがどっちがどっちか覚えられていないのですが、
このタイプにも年代で両方あるのですね。
調べた所、ジュリエッタSSはその前期に当たるらしくエンジンは1.3ℓで100馬力だそうですが、
メーカー公表の最高速度は200キロだったのだそうです。
1962年 アルファ ロメオ ジュリエッタ SZ (”コーダトロンカ”)
これも恰好良い車ですよね。
コーダトロンカとは何ぞや?と思ったのですが、切り株テールということらしいですね。
門外漢なので判りませんが、わざわざそう断っている事からすると、
テールを切り落としていないタイプもあるって事なのかしらん?
1962年 ポルシェ 356 BT5 カルマン ハードトップ
カルマンハードトップって珍しいらしいですよね。
どこかで国内に4台位しか無いような事が書いてあったような気がするのですが、
それを読んだ時の印象が残っていて、
この屋根を見てすぐに、あっ、これカルマンだわ、、、と気付きました。
1969年 マセラティ インディ
実家の売り物で持っていた事がありましたが、
ワタクシ、門外漢なのでその時はなんか変だなとは思いつつも気付いていませんでしたが、
どうやらリアを事故った経歴があったようで、
修復の際オリジナルのテールランプが手に入らなかったのか、
真四角に近いへんてこりんなテールランプが付いていました(苦笑)。
で、後年、オリジナルな車両の画像を見て、あぁ、そういうことかと気付いたんですよね(笑)。
この車でも先ず後ろを見に行ってしまいました(爆)。
ドアのアウターハンドルが折れてしまったんですけど、部品が無くって、
修理する必要があったのですけど、
材質がアンチモンか何かだったらしく溶接が大変だったみたいです。
ワタクシ、その車の青革のインテリアが好きでよく運転席に座っていました(笑)。
インディも結局親父に乗せてもらう事が出来ず、また最後まで普通には売れなくて、
記憶違いでなければヨーロッパスポーツさんに買い取ってもらったんじゃなかったかと思います。
うちのは白だったんですけど、この車みたいな色だと雰囲気があって好いですね~。
1974年 ディーノ 308GT4
これにも跳馬のマークが無かったのであえてフェラーリとしませんでしたが、
それで正しいのか私には判りません(笑)。
フェラーリ一族としては大人しいデザインですし、
シックな色合いがまた大人な感じでイイなぁと思いました。
一応、うちの220君も入れておきましょう(爆)。
これは貼った後の写真ですけど、
ふと気づくと、周りの車にはゼッケンステッカーが貼られていたので、
あぁ、受付でそれを貰って来なきゃいかんのだな、、、という事に気付いて
取りに行ってきました。
普段から縁起の悪い数字が当たる事が多いぽおるさんですが、
今回も例に漏れず、、、
42番って…(苦笑)。
この番号なのは前以て判ってはいたんですけど、ホント、なんでやねんって感じですわね。
因みにこんなステッカーを貼るようなイベントに参加する事が今までなかったので、
一寸小恥ずかしい感じがしました(笑)。
1974年 ジェンセン ヒーレー
これも去年も来ていた車ですよね。
その時に、この車も白い奴を実家の売り物で持っていたと書いた記憶がありますが、
そういや、これにも乗せてもらった事が無かったなァ。
ここいらでボチボチ、投稿制限に引っ掛かるようです(苦笑)。
その2に続きます。