イギリスの車屋さん?で表題の車を見付けました~。
1927年式の680Sのジンデルフィンゲン工場製のボディを持つ
トルペードロードスターだと紹介されていたのですが、
そりゃ、MBの正式呼称ではなさそうだなぁと思い、手元の資料を見て見た所、
これはSPORT VIERSITZER(スポーツ4シーター)というボディ形式という事のようです。
Sは全生産台数が146台らしいのですが
(同じ資料で別の個所には155台になっているし、この車の説明文には128台とあるし、
この時代の車の生産台数は厳密にはよく判らんのでしょうね…苦笑)
当時は他社でのコーチビルド物もそれなりにあったでしょうし、
約100年の間にリボディされてしまっている車両も多いと思われる中で
これはジンデルフィンゲンでのボディーワークを保った状態にあるそうです。
比べてしまうと、SSKが恰好良いなぁとは思うものの、
素の状態と言ったら失礼に当たりますが、ホイールベースが長いこのボディ形態も
こうしてみると、充分に格好イイなァと思います。
って、以前にも書いたことがありますけど、
同じエンジンを積んだSSとSSKでは当時SSの方が高価だったようですから、
レースで振り回すには短い方がイイって位な話で、
昔からSSKがエラかったというわけでもないみたいですけどね(笑)。
事実、高かったSSの方が数が作られているわけですしね。
ワタクシ、案外この赤いワイヤーホイールっていうのが好きでして、
造りかけたまま放置してある540KカブリオレBのプラモデルも
ホイールは赤を選んだのですよねぇ(笑)。
赤いホイールに赤いフレームに赤い革内装と来て、
ベージュのボディがとってもお洒落だと思います。
DMGのプレート。
前のブログでダイムラー社とベンツ社の合併は1926年だと書きましたが、
1927年式のこの車の時点でもプレートはDMGの物だったりするのですよね。
面白いのは打刻項目の一番上にCOM.NO.が来ている事で、
後のウエスタンのプレートにも同様の名称の項目がありますが、
これはオーダーナンバーなんですよね。
んで、この中でWAG.NO.というのがシャシー番号に当たるようなのですが、
Sシリーズの車体番号は35201からスタートだったようなので、
これが35222という事は22番目のシャシーという事でかなり初期の1台ということになるようですね。
説明文によると1927年の7月6日にベルリンのMBディーラーに発注されて
最初のオーナー名義で登録されたのが同年の8月3日だったそうです。
なんか発注から登録までが妙に早い気がするのですけどねぇ。
因みに初代オーナーはオーストリアのクリンガーグループの創始者である
リヒャルト・クリンガーさんという方だったようです。
現在の価値にしてどの位に相当するものなのかが判りませんが、
当時、このSPORT-VIERSITZERは30000ライヒスマルクだったらしいです。
、、、と思ったのでCopilotに訊いてみたのですが、当時の3万ライヒスマルクは
ドイツの平均年収ベースでの算出で現在の1~1.2億円相当、
住宅家賃ベースでの算出で現在の7千万円~1.5億円相当との事でした。
どう考えても車自体の価値が当時の方が今よりもずっと高かった筈なので、
それからすると意外と逝かなかったなという感じではありますが、
途方もない金額である事は間違いないですね。
このプレートは何かな?と思ったのですが、、、
上のプレートにも同じ番号があってMOT.NOとあるんで、
エンジンナンバープレートなんでしょうね。
ここでもDMGになっている他、一番上もMERCEDES-BENZではなく、
単にMERCEDESになっていますよね。
下の白塗りしているのは打刻なのかなぁと思われる所で、
このお星さまマーク打刻の前の1361というのは2つ上のプレートにもあるけれど、
このBEST NO. MOTORってのの意味がわかりませんねぇ。
エンジン
考えてみると、Sシリーズのエンジンってクロスフローなんですね。
その後は暫くターンフローの時代が続く印象なので(うちの車もターンフローですし)、
(無論ターンフローにしたのもまたなんらかの意図があっての事だとは思いますが)
Sシリーズはいかにもポルシェ博士の設計っぽいなぁという感じがしますよね。
因みにポルシェ博士は性能の良いエンジンは見た目にも美しいと信じて
その形にとても気を配っていたとの事なのですが、
右側は構成部品が少ないだけに一寸寂しい感じがしないでもないですけれども(笑)、
左側は確かにバランスよく綺麗に各部が配置されているなぁと思う所であります。
インテリア
あくまでもスポーツカーなので割とシート周りは素っ気ない感じですね。
ステアリングはオーバーな仕上げにはなっていなくて好ましい感じですよね。
しかし、以前から思っているんですが、
ウッドの輪っかの内側のアルミの磨きみたいな輪っかはどういう意味合いのものなんでしょうかね?
まさかホーンリングって事は無いと思うので(笑)、
恐らくは単なる飾りなんだろうとは思うのですが、
飾りであるにしても結構な存在感のものですよね(笑)。
リアシートは背もたれの形状的にあまり快適そうには見えませんが、
足元の空間には十分余裕がありそうな感じがしますよね。
で、この車を取り上げようと思ったのは、
勿論素敵なSだなと思ったからというのもあったのですけれども、
実はこの車、日本に関わりがある車だったんですよね。
過去のオーナー歴は結構ハッキリしていて、
ファーストオーナーは先述の通り、リヒャルト・クリンガーさんで、
1932年に劇作家のフィリップ・バリーさんの元へ。
その方の下では先ず、フランスのリヴィエラで使用され、
友人であるパブロ・ピカソさんを始めとする著名人を遊び場に連れて行っていたそうです。
その後バリーさんは奥さんとこの車と共にアメリカに帰国。
そして1947年にバリーさんの友人でアダムスファミリーで有名な漫画家の
チャールズ・アダムスさんに引き継がれたのだそうです。
ここで引っかかったのが、先程、
『ジンデルフィンゲンでのボディーワークを保った状態にある』とした内容が
少々微妙な感じになった事なんですけど、
要はこのアダムスさんの所で後部ベンチシートの快適性を向上させる目的で
ボディー後部を一寸延長させる改造を『していた』らしいんですよね。
で、1952年にMBクラブ(オブアメリカの意味?)の会員さんだった
バークリー・モリソンという方が引き継ぎ、
1960年にマーク・トゥッティさん、
1968年にロバート・A・(ボブ)・デイさんという方が引き継いだのだそうです。
話が非常に長くなってきましたが、もう少しで私の触れたい所に来るので
もう一寸我慢してください(爆)。
その後、ハッキリした時期は書かれていないのですが、
エクソシストやスーパーマンなどの作品を手掛けたハリウッドのプロデューサーだった
ジョン・キャリーさんが引き継ぎ、その方の下で
1970年代初頭にヒル&ヴォーン社でレストアが行われたそうで、
この時にアダムスさんが施した改造をジンデルフィンゲンで製作された当時の状態に戻し、
現在の色になったという感じのようです(元色は濃い緑色だったと思われるらしいです)。
つまり先程引っ掛かっていた
『ジンデルフィンゲンでのボディーワークを保った状態にある』というのは
オリジナルのまま保っているという意味ではなかったんですね(笑)。
或いはアダムスさんの所での改造はごく小さい物だったので、
『ほぼ』オリジナルのままという取り方も出来るかもですね。
そして1975年にこのレストアが完了して、
その直後にこの車を購入されたのが、一時期W125も所有されていた
著名なカーコレクターだった日本人のHさんだったそうです。
カーコレクターの中には海外に車を置いたまま所有される方も居られるようですし、
説明文にも細かい事までは書かれてはいないので、
この車が日本の土を踏んでいるかは定かではないのですけれども、
とにかく一時日本人の方が所有されていた車なんですよね。
Hさんはその後F1界の大物だったバーニー・エクレストンさんが
Hさんの全コレクションを買い取った(!)1995年までこの車を所有されていたらしいです。
(って流れからすると一時期日本にあった可能性は高そうですよね)
Sシリーズは他にやはり著名なカーコレクターである、
もう一人のHさんがSSを国内で所有されている(た?)のを風の噂で訊いてはいましたが、
その他にかつてSシリーズをお持ちの日本人の方が居られたとは知りませんでした。
因みにこのSをお持ちだったHさんは余程Sシリーズがお好きだったようで、
いつだったか、結構以前にこのブログでも紹介した事があったと思うんですけど、
SSKのレプリカを何台か造られているのですよね。
W125をお持ちだったくらいの方なんですから、私がそのレプリカの話を知っていて
本物のSシリーズをお持ちだったと思わなかったのは
考えてみると一寸おかしい話ですよね(笑)。
因みに記憶違いでなければ昔、そのレプリカの内の一台を
かつて御殿場にあった松田コレクションの博物館のどこかで
見た事があったように思います。
しかしこの車、この後、更に2回オーナーが変わっているようですが、
歴代オーナーに凄い方が何人も居られる凄い車ですよね(汗)。
このブログを始めた初期位には多分3億円前後だったんじゃないかと思われるSですが、
応談となっているこの車、一体、今はお幾らくらいになっているんでしょうね。
クラシックカーの価格高騰の中で割と戦前車の値段は伸び悩んでいるようなのですが、
現代ミッレミリアへの参加資格を持つ車
(つまり1957年までの本物のミッレミリアに参加した事のある車両の同型車)
に関しては例外のようで
一寸調べた感じでは、車両によっては倍以上の値段が付いているっぽいです(汗)。
そんな中でこうしたしっかりしたヒストリーを持っている車は
確実に好い値段が付いているんだろうなと思う所であります。
所有はどう転んでも無理なので、一度だけでも(助手席に)乗ってみたいものだと思います~。
まぁ、それもかなりの確率で無理なのでしょうねぇ。