
私が初めて鈴鹿サーキットへ行ったのは1978年の11月でした。
JAF鈴鹿グランプリレース。グランプリといってもF2のレースです。
画像はその日の公式プログラムです。
さる雑誌関係の大人の知人が、取材で鈴鹿に行くが土曜の夜のベッドが余分に取ってあるので行けるなら乗せて行ってやる、と言われて同年代の中学高校生何人かが一緒に付いて行ったのだと思います。土曜の夕方から出かけて1泊観戦ツアーでした。
この年は76~77年の2年開催された富士スピードウエイのF1グランプリがアッサリ中止とあいなり、再び日本はF1暗黒時代にもどっていました。
しかしこのレースにはヨーロッパから腕利きレーシングドライバーが5人招聘され参戦。
ブルーノ・ジャコメリ、リカルド・パトレーセ、ディディエ・ピローニ、デレック・ウォリック、ルネ・アルヌーがそのメンバーでした。
この5人のうち4人の直筆サインがこのプログラムに入っています。

後年ボートレースで鬼籍に入ってしまったピローニのサインをもらっていないのは残念かつ皮肉なものですが。
この年はヨーロッパF2ではマーチ782のワークスマシンに乗るジャコメリが圧倒的に強く、ヨーロッパF2チャンピオンがその最強マシンと共に鈴鹿へやってきました。予選で見事PPを取りましたが、決勝はスタートで出遅れて後方のマシンに飲み込まれました。
外人勢はトップに出ることなく、序盤~中盤先頭は中嶋悟が走っていました。しかしレースを制したのは高橋国光でした。
確かパドックかピットの屋上からレースを見ていたはずですが、現地で見ていたレース自体の記憶があまりありません。それより鈴鹿に初めて行ったという印象が衝撃的だったのだと思います。
古いレースプログラムは時々広げてみますが、広告が懐かしく面白いです。
一例を上げておくと初代フォードフィエスタの広告が載っています。
曰く
やっぱり・・・西ドイツ
FIESTA
いい走り。いいスタイル。
いいメカニズム、耐久力。西ドイツ製。
これで149.8万円。うん、
フィエスタは安すぎる。
34年前のフィエスタはベーシックモデルが今話題のup ! とほぼ同価格。
当時としてはあまり安くないのではないでしょうか(笑)
Posted at 2012/10/11 22:02:57 | |
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サーキット | 日記