ども,高丘です。
はい。本当は怖いクルマのオイルシリーズ最終回です。
まあ大体の方はお察しかと思いますが,トリはあのCVTです。
恐らく世界で唯一オイルを頼らないといけないミッション。
しかしこのあと書きますが,ステップATを絶滅させかねないほどの威力を誇るミッション界の最終兵器でもあります。
それが……
トロイダルCVT(日産:エクストロイドCVT)です。
恐らく現段階では世界で一番体感することが難しい自動車用ミッションです。しかし,どんなMT/DCT推しでも将来的に負ける可能性が高いと唯一感じるミッションです。
では,なぜそんなミッションがこんな地位にいるのか?そしてこのミッションなぜDCTに勝てる可能性があるのか?そして予想される展望まで書きます。
まずこのトロイダルCVTですが,正直なところ通常のCVTが抱える特徴を無断変速ができること以外すべて違うところに注目しなければなりません。
そもそもこのCVT,発想は極めて古くこれを金属の直接接触で成し遂げようとした記録も存在するほどです。理論上では昔から最強だったわけです。ではそれがどういうシステムなのか?ということですが,これは非常に簡単です。

これですが……
見た目が自転車のチェーンにそっくりです。
この絵だと自転車のチェーンの役割をしているのはパワーローラーです。スプロケットは各ディスク。ディスクに挟まれたパワーローラーはその中で転がります。
その際にパワーローラーの傾きを自由自在に調整することによって無段階変速を実現します。
しかしこれだけでは金属同士の接触となり焼き付きます。しかも普通のオイルやCVTFだと入力側から出力側までしっかり動力が伝わるかどうかも怪しいところがあります。油膜入るほどの隙間があったら即刻滑ってローラーなりディスクが空転しておしまいとなりそうな感じがします。
ここをどうするのか?実現はやはり大変なものでしたが,発想はこれまたわかりやすいものです。例えばあなたの目の前に砂場があるとしましょう。しかし砂場といってもスコップで叩くとかローラーで均すとかすれば,固い地面となります。路面のアスファルトもしかりです。厳密には当然違う現象ですが,理解的にはこのような発想で十分です。
そう。ここでこのミッションで一番重要となるフルードの出番となります。このフルードの特技中の特技,唯一無二の特徴…それは…
圧力が加わると液体から固体になるというものです。
つまりパワーローラーというタイヤが走る"舗装面"をオイルで作ってしまおうという発想なのです。ギヤをタイヤに例えるなら舗装面は相手の歯車の歯です。謂わば
"液状の歯車"を画像の通り,凄まじい圧力下で作ってしまうのです。もちろん圧力から開放されればこの歯車たちは掘り返された砂場のようにサラサラな姿に戻るのです。これにより金属同士の直接接触がなくとも動力を伝えられるのです。この原理はトラクションドライブと言いますが,この方法は普通のCVT最大の問題まで解決してしまいます。
そう。ベルトやチェーンのように滑らないんです。
確かにある程度のスピンは発生しますが,それでも初代エクストロニック時代でも最大93%という高い機械効率を誇りました。もちろん現段階でも普通のCVTと同等のレベルで研究開発が行われていますから,現在では97%に到達したというデータもあります。流石にMT/DCTには劣りますが,通常のCVTは愚かステップATにも勝てるほどのレベルです。特に高回転なオーバードライブ領域での効率は理論の時点で通常のCVTはこのミッションを超えることは不可能です。つまりCVTが弱いオーバードライブの問題をトロイダルCVTは最初から解決しているのです。この時点で一石二鳥です。
それだけではありません。むしろここからが一番の肝となる部分です。
このトロイダルCVT,ディスクとユニットが2つあります。実はトロイダルCVTにもハーフトロイダルとフルトロイダルの2種類があります。が,基本的にどちらも2つ搭載されます。構造上の理由ももちろんあるんですが,もっと重要な長所を得るためにも必要となってきます。
この図にその理由が書いてあります。オイルポンプの後ろにご注目。前後進切換機構とあります。こいつの正体は遊星ギヤです。どのギヤを回すか次第で変速比はもちろん回転の方向も切り替えられます。この遊星ギヤのうち,アウターギヤとプラネタリキャリアと呼ばれる部分をしかるべきディスクにつなげます。そしてローラーを互い違いに動かします。するとなんということでしょう。
ギヤードニュートラル,つまり減速比ゼロという領域を自ら作ることができるんです。
減速比ゼロとは…そう。ギヤードニュートラルの名のごとく全く動力が伝わらないということ。今までのミッションではクラッチなりトルコンなりギヤをフリーにするなどして無理やりそうしないといけませんでした。
しかしトロイダルCVTでは違います。これを自ら作り出せる上に
今までのミッション以上に滑らかかつ自然に発進~低速走行を行うことができます。何せローラーを傾かせるだけなんですから
。もちろん
理論上ならばトルコンからクラッチまでありとあらゆるスターティングデバイスが必要ありません。安全上・ドライバリティの問題からスターティングデバイスをつけても何ら問題ないんですが,それも質素な湿式多板クラッチで十分。
そもそもトルコンというロスが大きい上にデカくて重い物を投げ捨てることができるんです。これはとても偉大なことです。
そもそもそんなトルコンどうこうの前に構造的に単純なトロイダルCVTは最初からコンパクトで軽量。しかもフルードを高圧に持って行かないといけない都合上,各部は最初から頑丈です。滑りも最小ですみます。
よって通常のCVTよりも高出力に対応しやすいというメリットがあります。もちろん変速比(レシオガバレッジ)は通常のCVTと差はゼロだし,先ほどのギヤードニュートラルというチートまで可能です。

まとめると軽量コンパクトでどんなエンジンでもパーフェクトに扱えちゃう最強の天才ロリータミッションというわけです。
謂わば自動車ミッション界のアロエたんか麻子です。しかし……

このトロイダルCVT,
全てがベアリングというほど高精度な加工が必要です。
このパワーローラーやディスクをひとまとめにしたものをバリエーターというんですが,
これだけをNSKこと日本精工(ご存知日本最大手のベアリングメーカー)が作らないといけないほどでした。ですが,その他の部分はジヤトコが作ります。つまり
部品に関わる大手メーカーが最低2社ある上にそもそもの製造コストが高いという問題が発生。
もちろんそれは車両価格に回ってきて
通常モデルとの差が50万円超という事態となります。当然売れるわけなく一時撤退となり世間からは『失敗作』の烙印を推されるハメになってしまったのです。
しかし先程も言いました。研究開発は普通のCVTと変わらないくらいのレベルで進んでいると。そう。まだ彼女たちは虎視眈々と復権及び世界一のミッションの座を狙っています。しかもこのシリーズではおなじみの某石油メーカーI社開発者いわく
『もう次は明日にでも市販できる』程度まで商品力を高めています。
孤高から孤独へ,しかし今度は誰もが認める頂点へ。彼女たちがまず見つめるはステップATとの総力戦です…。
というわけでいかがでしたでしょうか?最後の方はオマケでしたが,今の自動車油脂類のシビアぶりをとくとご覧頂きました。
もう一度言いますが,皆様も混乱されるでしょうが我々整備士も皆様と同じくらい混乱しながら毎日を過ごしています。しかしこうして自動車の文化は回るもの。結果はどうであれこれが原動力です。とにかくここと各記事のキモは覚えていただければ幸いであります。
長い時間お読みいただきありがとうございました。明日から通常モードでお送りします。今宵も1曲お送りしてお別れしましょう。
この日記シリーズ中,ずっとこの曲を作業用で流していました。何ら脈絡はありませんが,ドライブソングとしていかがでしょう…?
advantage LucyでSolaris