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青葉裕紀のブログ一覧

2017年06月26日 イイね!

[名古屋鉄道]新鵜沼・茶所 鵜沼宿・加納宿

中山道 鵜沼宿 古い家並中山道の旅、
今回は地元の鵜沼宿と加納宿です。

(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)









目次

01. 新鵜沼駅~五叉路
02. 坂祝バイパス - 「鵜沼中山道」交差点
03. 鵜沼宿の古い家並
04. 鵜沼宿駅
05. 茶所駅
06. 鎌岩の碑
07. 加納宿
08. 市立加納小学校
09. 加納城跡
99. パンフレット

運行表(土曜ダイヤ)

ex. 西番所跡(20170627) 20170627追記





01. 新鵜沼駅~五叉路

名鉄各務原線で名鉄岐阜→新鵜沼。



新鵜沼駅から北へ進み、中山道に入る。五叉路の交差点に常夜燈があります。[1]
[1]中山道 鵜沼宿 常夜燈
常夜燈は宿場町のお約束ですな。







02. 坂祝バイパス - 「鵜沼中山道」交差点

常夜燈の五叉路を西に進むと「鵜沼中山道」交差点。国道21号線、坂祝バイパスです。



交差点の北東に、これまた宿場町のお約束である高札場があります。[1]
高札場とは法令や禁令を書いた高札を掲げた場所です。
[1]中山道 鵜沼宿 高札場
この高札場は復元で、当時は東の見附と天王社(赤坂神社)の間に南向きであったそうな。



中山道は鵜沼村(尾張藩領)から各務村(幕府領)を経て、再び鵜沼村に入りました。

尾張藩は村境を明示するため、
「是より東尾州領」[2]「是より西尾州領」[3]の2本の傍示石を建てました。
[2]中山道 鵜沼宿 尾州領傍示石 「是より東尾州領」 [3]中山道 鵜沼宿 尾州領傍示石 「是より西尾州領」
鵜沼中学校に建てられていた時期もあり、どうやら、もともと此処にあったものではないらしい。







03. 鵜沼宿の古い家並

坂祝バイパスから西に入っていくと、いよいよ鵜沼宿の古い家並です。



さっそく大安寺大橋。大安寺川の橋ですな。昔は「八間橋」と言われていたそうな。

鵜沼宿の古い家並界隈は制限速度が30km/hです[1]。しかし、結構な勢いで乗用車が走っていますな……。
[1]中山道 鵜沼宿 大安寺大橋 [2]中山道 鵜沼宿 大安寺大橋 「太田町へ二里八丁」 [3]中山道 鵜沼宿 大安寺大橋 「岐阜市へ四里十丁」
鵜沼宿は中山道52番目の宿場。
51番目は太田宿で鵜沼宿から二里八丁[2]、53番目は加納宿で四里十丁[3]

隣の加納宿までの距離が長い!
なので、「新加納立場」という”中間地点”の立場が間の宿としてあったそうな。



大安寺大橋のすぐ西に安積門(旧大垣城鉄門)[4]と町屋館[5]

大垣城本丸の表口に建てられていた鉄門。明治9年に払い下げられた後、
安積家の自邸の門として維持されていたので「安積門」の名称。
その後、各務原市へ寄付され、そしてこの地に移築された……という由来の門。
[4]中山道 鵜沼宿 安積門(旧大垣城鉄門) [5]中山道 鵜沼宿 町屋館
いっぽう、町屋館は江戸時代・明治~昭和時代に旅籠・郵便局を営んでいた旧武藤家住宅。
現在は歴史民俗資料館になっているようですね。早朝は開館してませんが……。



菊川酒造と本陣跡。[6]
菊川酒造。東が「本蔵」(清酒 菊川 の建物)、西が「豆蔵」です。どちらも登録有形文化財。
『菊川』や『篝火』といった銘柄の清酒を造っているみたいですな。
[6]中山道 鵜沼宿 菊川酒造・本陣跡
本陣跡。
江戸時代、桜井家というところが務めていた。
十代将軍・家治に輿入れした五十宮はじめ、大物が宿泊・休憩した場所。



脇本陣。坂井家や野口家が務めていました。[7]
[7]中山道 鵜沼宿 脇本陣
松尾芭蕉が坂井家に休泊し、句を詠んだと伝えられているそうな。



古い家並が4棟続きます。

坂井家住宅、梅田𠮷道家住宅、梅田昭二家住宅、安田家住宅。[8]
丸一屋、茗荷屋(旅籠)、若竹屋(旅籠)……このあたりの界隈は鵜沼宿の醍醐味ですな。
[8]中山道 鵜沼宿 古い家並 坂井家住宅・梅田𠮷道家住宅・梅田昭二家住宅・安田家住宅 [9]中山道 鵜沼宿 せせらぎ水路
このあたりには「せせらぎ水路」という、
大安寺川から取り込まれた防火用の水路……が再現されたものがあります。[9]



国道21号線を横断して鵜沼宿駅へ。







04. 鵜沼宿駅

行きは新鵜沼駅から来ましたが、帰りは鵜沼宿駅です。



鵜沼宿駅の北にある岐阜バスの「鵜沼宿駅」バス停。[1]
[1]名鉄 鵜沼宿駅 岐阜バス「鵜沼宿駅」バス停
「各務原東部線」という路線ですが、本数は極端に少ないですな。各務原ふれあいバスのほうが本数多い



名鉄 鵜沼宿駅。[2]
[2]名鉄 鵜沼宿駅 [3]名鉄 鵜沼宿駅 JR 高山本線 キハ25形



このあたり、名鉄各務原線とJR高山本線が並行して走っています。
名鉄 鵜沼宿駅
なので、キハ25系の気動車などが、かっとんで走っていきます。[3]







05. 茶所駅

各務原線で鵜沼宿→名鉄岐阜。名古屋本線で名鉄岐阜→茶所。



名鉄岐阜から岐南の手前まで高架にする計画があります。


あきひこゆめてつどう(↓ブログの記事です。別のタブが開きます)

すすめ、岐阜市内名鉄名古屋本線高架事業!
岐阜市内名鉄名古屋本線高架事業




・JRと立体交差する箇所を単線から複線化
・加納駅と茶所駅を統合、曲線も緩やかにしてスピードアップ
・加納駅の東の踏切、下川手の踏切という”開かずの踏切”の問題を解消する

という計画。

加納も茶所も名鉄の町ですが、下川手あたりの住民から声が出ているかもしれません。
是非、計画を遂行して頂きたい。



茶所駅の踏切は、まさに中山道の踏切。下川手の県道77号線よりは広くないし、車の通りも少ない。
[1]中山道 加納宿 名鉄 茶所駅「中山道 加納宿」
「中山道 加納宿」という碑があります。[1]







06. 鎌岩の碑

茶所駅近くのT字路は中山道と岐阜街道(御鮨街道)が合流する交差点。



「茶所」という地名の由来となった「鎌岩の碑」[1]
[1]中山道 加納宿 ぶたれ坊と茶所 鏡岩の碑 茶所道標「江戸木曽路」
があります。


ぶたれ坊と茶所

この、ぶたれ坊と茶所は、江戸時代の相
撲力士「鏡岩浜之介」にちなむものです。
伝えによると、二代目鏡岩は父の職業を継
いで力士になりましたが、土俵の外での行
いが悪かったことを改心して寺院を建て、
罪滅ぼしをしました。
また、茶店を設けて
旅人に茶をふるまったそうです。


(中略)

平成十四年三月 岐阜市教育委員会



旅人に茶を振る舞ったので「茶所」なのですな。







07. 加納宿

中山道を河渡宿方面に進んでいきます。



荒田川に架かる「加納大橋」。[1]
[1]中山道 加納宿 加納大橋 名鉄 1200系(パノラマスーパー)
東に荒田川橋梁。名鉄名古屋本線、加納~茶所間が通っています。



このあたりは御鮨街道でもある。側溝の蓋に「御鮨街道」が描かれています。[2]
[2]中山道 加納宿 側溝の蓋「中山道 御鮨街道」
岐阜問屋は岐阜の名産品であり、
尾張藩が将軍に献上する鮎鮨の継立て(※ 宿駅で人馬を替える事)をしていました。
鮎鮨を運ぶ道として使われていたのが岐阜街道。いつの間にか「御鮨街道」と呼ばれてます。



安良町に「右 岐阜 谷汲」の道標があります。[3]
[3]中山道 加納宿 安良町道標「右 岐阜 谷汲」
「谷汲」とは赤坂宿の四ツ辻から北へ分岐する「谷汲街道」の事を指すのでしょう。
(この道標の「谷汲」の意味を知っている人はほとんど居ないと思われる……)



加納駅近くの「東番所跡」。[4]
[4]中山道 加納宿 東番所跡
番所とは、街道の警備・見張りなどの役目にあたる番人が詰めていた施設。
北番所跡と西番所跡20170627追記 ex.として後述)もあります。



専福寺界隈。[5]
[5]中山道 加納宿 専福寺
まさに正面が岐阜駅の高層ビル「岐阜シティ・タワー43」です。いい眺めですな。



岐阜問屋跡。今は民家?[6]
[6]中山道 加納宿 岐阜問屋跡
将軍に献上する鮎鮨は岐阜町の「御鮨所」を出発、岐阜問屋を経由。
加納八幡町から名古屋へ向かう御鮨街道を通り、笠松問屋まで届けられたそうな。



道標「左中山道 右西京道」。[7]
[7]中山道 加納宿 道標「左中山道 右西京道」
ここまでが中山道と御鮨街道の共通の道。ここから中山道と御鮨街道に分岐します。



高札場跡。加納藩の高札場があった所。[8]
[8]中山道 加納宿 高札場跡
馬籠宿や鵜沼宿では高札場が”復元”されてましたが、加納宿は跡のみですな。



加納城の大手門跡。[9]
[9]中山道 加納宿 加納城大手門跡
この近くに大正期の「旧加納町役場」があったようですが、取り壊されたみたいですな。



創業元和6年、老舗の料理屋さん「二文字屋」[10]。明治天皇が御休憩された当分本陣跡[11]
[10]中山道 加納宿 二文字屋 [11]中山道 加納宿 当分本陣跡
「当分の間、本陣として定めらていた臨時の本陣」という意味の当分らしいです。



皇女和宮の歌碑と本陣跡。[12]
[12]中山道 加納宿 皇女和宮御仮泊所跡・皇女和宮の歌碑 本陣跡


皇女和宮の歌碑

仁孝天皇の皇女 和宮親子内親王は将軍徳川家茂との結婚のため、
文久元年(1861年)、京都桂御所を御出発、中山道を通行して江戸に向かわれた。

同年10月26日、加納宿本陣の松波藤右衛門宅に宿泊された。

その時、自分の心情を詠まれたという歌が伝えられている。

遠ざかる 都としれば 旅衣
一夜の宿も 立うかりけり


……都(京都)から遠ざかっていく。宿も落ち着かない。
というような意味でしょうか。





西問屋跡[13]と脇本陣跡[14]。脇本陣とは本陣に次ぐ宿舎。
[13]中山道 加納宿 西問屋跡 [14]中山道 加納宿 脇本陣跡
西問屋は加納の宿問屋。河渡宿や鵜沼宿から加納宿へ出入りする人馬の継立てをしていたようです。







08. 市立加納小学校

加納城大手門跡を南に進むと、そこは丸ノ内。かつては侍屋敷が並んでいました。
今は岐阜大学教育学部附属小中学校、市立加納幼稚園、そして市立加納小学校があります。
おそらく、各学校は名門なのでしょう。



オペラで有名な加納小学校。
赤門という通称の正門が「岐阜の宝100選」に選ばれた……のですが、昨年取り壊されてしまった模様。
[1]加納小学校 赤門(正門)
今は新しい正門に建て替えられたそうです。[1]







09. 加納城跡

慶長5年(1600年)、徳川家康が関ヶ原の合戦の直後、築城を命じた城。
北から南へ5つの曲輪があり、それらは堀と川に囲まれ、「水に浮かぶ城」という景観だったそうです。

城下町は加納城の北から西にかけて造られた。
町の北部は中山道が東西に走り、加納宿が設置され、加納は城下町と宿場町が1つになった。

加納では美濃傘と呼ばれる和傘が生産されていて、加納の伝統産業として受け継がれていました。



かつての「水に浮かぶ城」の面影は無く……[1]
[1]加納城跡
今はじいちゃんばあちゃんがゲートボールをやってたり、近所のオッサンが犬の散歩に来たりしてますな。



加納はかつての城下町でもあり宿場町でもあります。
岐阜市内でも特に重要な町である事に間違いありません。

岐阜駅すぐ南というロケーションもイイ。
岐阜駅まですぐという事は、名古屋駅までもすぐ、という事を意味します。
名古屋駅まで出てしまえば、のぞみ等で関西にも関東にも行けます。



……なお、加納のアピタ岐阜店では「鉄道写真展」が続いています。
市内線の忠節橋、千手堂、徹明町、そして新岐阜駅前。イイ写真だなあ。







99. パンフレット

無事帰宅。いい旅でした。[1]
[1]加納城跡 パンフレット



鵜沼の皆さん、加納の皆さん、どうもありがとうございました。








運行表(土曜ダイヤ)

0531 名鉄 名鉄岐阜 発
0552 名鉄 新鵜沼  着

(鵜沼宿)

0717 名鉄 鵜沼宿  発
0747 名鉄 名鉄岐阜 着
0755 名鉄 名鉄岐阜 発
0758 名鉄 茶所   着

(加納宿)





ex. 西番所跡(20170627)

西番所跡に行きました。[1]
バス停「加納新本町」の近く。秋葉神社の中にあります。
[1]中山道 加納宿 西番所跡
加納宿のかなり西。
この先は河渡宿、美江寺宿、赤坂宿、そして谷汲街道へと続いてきます。

谷汲街道は、またの機会に……。
Posted at 2017/06/27 09:10:00 | コメント(0) | トラックバック(0) | 東海道・中山道 | 日記
2017年06月15日 イイね!

[JR美濃赤坂線]中山道 赤坂宿

中山道 赤坂宿 赤坂港跡中山道の旅は続きます。
(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

先日は東濃の馬籠宿・大井宿の旅
でしたが、今週は近場で
赤坂宿の散策です。







中山道について

中山道 - 美濃路 - 東海道
江戸時代、中山道は東海道と共に江戸と京を結ぶ大幹線道路でした。
江戸は日本橋から、京都は三条大橋まで。69の宿場が置かれました。

中山道は山岳地帯を進むため難所も多い。冬は雪に見舞われる過酷な道です。
しかし、大井川や天竜川、宮宿の”渡し”などがある東海道にくらべ、
水による障害が少ないのが利点でした。女性は中山道のほうを良く利用したそうな。

赤坂宿は57番目の宿場です。






目次

01. 赤坂港跡
02. 赤坂本町駅跡
03. 赤坂本陣公園(本陣跡)
04. 赤坂丸本前~虚空蔵口
05. 四ツ辻(枡形)
06. 美濃赤坂駅

99. パンフレット

運行表(平日ダイヤ)

ex. アピタ岐阜 鉄道写真展







01. 赤坂港跡

東海道本線で岐阜→大垣、
路線バスで「大垣駅前」バス停→「赤坂港跡」バス停。



明治年間に整備された赤坂港。[1]
杭瀬川の豊富で安定した水流を利用して栄え、明治には、赤坂港を利用した船は500隻を数えたとか。
[1]中山道 赤坂宿 赤坂港跡(全景)
大正・昭和にJR美濃赤坂線・西濃鉄道市橋線が開業し、水運の町から鉄道の町に変わったようです。



赤坂港跡の界隈。
親水公園になっている「旧杭瀬川」[2]のほか、「赤坂宿御使者場跡」[3]や「火の見櫓」[4]
宿場町の街道沿いに設置されている「常夜灯」[5]が、この赤坂港跡に残っています。
[2]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 旧杭瀬川 [3]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 赤坂宿御使者場跡 [4]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 火の見櫓 [5]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 常夜灯 [6]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 赤坂港会館
明治時代、四ツ辻(後述)にあった屯所(警察署)を復元した港会館が復元されています。[6]
休館日じゃないですが、扉は閉まっていますな……。







02. 赤坂本町駅跡

西濃鉄道 市橋線。
「本町踏切」にある「赤坂本町駅跡」。[1]
[1]中山道 赤坂宿 赤坂本町駅跡 西濃鉄道 市橋線 本町踏切
西濃鉄道は昔は旅客営業もしていて、この赤坂本町駅は旅客専用駅だったみたいですな。







03. 赤坂本陣公園(本陣跡)

赤坂本陣があった場所が赤坂本陣公園になっています。[1]
[1]中山道 赤坂宿 赤坂本陣公園(全景)
本陣は宿場町にある施設のひとつ(他には脇本陣がある)で、
江戸時代の大名が参勤交代など、通行の際に宿泊した”高級旅館”です。



本陣跡。[2]
[2]中山道 赤坂宿 赤坂本陣公園 赤坂宿本陣跡
赤坂本陣は、岐阜県内では中津川に次ぐ大きさだったみたいですな。



公園の奥には、幕末に長州藩(現在の山口県)に入り活躍した、赤坂出身の所郁太郎の銅像があります。[3]
[3]中山道 赤坂宿 赤坂本陣公園 所郁太郎像
厳しい家庭でお医者さんとして育ち(上洛して町医者をやっていた)、長州藩では医院総督だったそうな。



旧清水家住宅(向かい側は十六銀行赤坂支店)。[4]
大垣市指定重要文化財で、赤坂宿では最古の木造建築の1つだそうな。
[4]中山道 赤坂宿 旧清水家住宅
江戸時代の町役人の家格。「米佐」の屋号の米屋さんでしたが、しばらくするとお医者さんに転じます。







04. 赤坂丸本前~虚空蔵口

四ツ辻以西。[1]
矢橋家住宅の前に「赤坂丸本前」のバス停、その次のバス停が「虚空蔵口」です。
[1]中山道 赤坂宿 赤坂宿脇本陣(榎屋旅館)~丸本書店~矢橋家住宅 界隈全景
矢橋家住宅の向かい側が「丸本書店」さんなので、このバス停の名称なんですな。
赤坂には「明星輪寺」という真言宗の寺院があり、日本三大虚空蔵の「赤坂虚空蔵」があります。



「虚空蔵口」のバス停。[2]
「~口」という名称ですが、虚空蔵さんのある金生山や明星輪寺はかなり山のほうへ歩きます。
[2]中山道 赤坂宿 虚空蔵口 所郁太郎生誕地 鹿光堂
「所郁太郎生誕地」の碑、そして大垣市景観遺産の「鹿光堂」があります。



脇本陣跡。[3]
大名の旅館である本陣の予備として設立されたもの。
[3]中山道 赤坂宿 赤坂宿脇本陣 榎屋旅館
明治維新の跡は独立、今は「榎屋」の屋号で旅館を営んでいるそうです。



五七処。お土産屋さんだったところ。[4]
[4]中山道 赤坂宿 五七処
赤坂は57番目の宿場なので「五七」だそうですが、地元のオッサンが閉店したと言っていました。











05. 四ツ辻(枡形)

町の中心である、四ツ辻。枡形といわれる。
赤坂宿のターニングポイント(分岐点)。
[1]中山道 赤坂宿 四ツ辻(枡形)矢橋家住宅 [2]中山道 赤坂宿 四ツ辻(枡形)赤坂宿道標 [3]中山道 赤坂宿 四ツ辻(枡形)養老街道
矢橋家住宅[1]や谷汲の道標[2]などが集積し、宿場風情が最も色濃く残っている界隈です。



北に向かう「谷汲巡礼街道」、南は伊勢に通じる「養老街道」[3]の起点です。
中山道 赤坂宿 赤坂宿交差点 四ツ辻(枡形)
東は美江寺へ二里八町、西は垂井へ一里十二町。







06. 美濃赤坂駅

最後はJR美濃赤坂線(東海道本線の支線)の、美濃赤坂駅。
大垣駅から分岐していますが、本数はそんなに多くありません。田舎の路線(?)ですが電化ですな。



趣のある駅舎。[1][2]
駅というのはアナクロな場所。けど、そこがイイんです。
[1]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 [2]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 駅構内 [3]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 駅名板
入口に掲げられた「美濃赤坂駅」の駅名板で歴史を感じます。[3]



車止め。[4]
[4]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 車止め
ここ美濃赤坂駅が、東海道本線の終着点のひとつです。



大垣駅へ案内してくれるのは、313系の「クハ312形」。
[5]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 313系 クハ312形(1) [6]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 313系 クハ312形(2)
東海道本線でもフツーに走っている313系の電車。それをワンマン仕様にした2両編成の列車です。







99. パンフレット

美濃赤坂線で美濃赤坂→大垣。東海道本線で大垣→岐阜。[1]
[1]美濃赤坂線 美濃赤坂 乗車券



無事帰宅。
いい旅でした。[2]
[2]中山道 赤坂宿 パンフレット



赤坂の皆さん、「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、
どうもありがとうございました。








運行表(平日ダイヤ)

1419 JR(在来線)岐阜   発
1431 JR(在来線)大垣   着
1440 名阪近鉄バス 大垣駅前 発
1453 名阪近鉄バス 赤坂港跡 着

(赤坂宿)

1607 JR(在来線)美濃赤坂 発
1614 JR(在来線)大垣   着
1626 JR(在来線)大垣   発
1637 JR(在来線)岐阜   着
1639 岐阜バス   JR岐阜 発





ex. アピタ岐阜 鉄道写真展

岐阜市加納のアピタ岐阜店[1]
[1]アピタ岐阜
で「鉄道写真展」が開催されています。


鉄道まるっと切り抜き帳(↓中日新聞の記事です。別のタブが開きます)

美濃町線を中心に鉄道写真300枚展示 アピタ岐阜店
アピタ岐阜店 鉄道写真展






名鉄の美濃町線や竹鼻線(大須駅)がなかなか貴重ですな。

人気は、やはり地元の名鉄でしょう。
アピタ岐阜というのは岐阜市内のど真ん中、それも加納は岐阜駅のすぐ南の町ですから、
忠節橋や徹明町の界隈の写真を、皆さん見ていらっしゃる。

隣のどっかのじいちゃんが「私の好きなこれ……」と、満面の笑みで市内線を指さしていました。



……なお、加納宿も中山道の宿場です。
Posted at 2017/06/20 05:04:59 | コメント(1) | トラックバック(0) | 東海道・中山道 | 日記
2017年06月12日 イイね!

[JR東海/北恵那交通]恵那 大井宿 中津川 馬籠宿

中山道 馬籠宿 枡形 & 水車小屋JR東海の土日祝限定の1日乗車券
「青空フリーパス」で中山道を散策しました。

(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

恵那の大井宿と中津川の馬籠宿です。







目次

01. 青空フリーパス
02. 恵那 - 中山道 大井宿
03. 中津川 - 中津川駅
04. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 水車小屋
05. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 陣場(高札場)、見晴台
06. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 近江屋
07. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 手打そば・中井筒屋
08. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 大黒屋茶房
09. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 馬籠脇本陣史料館
10. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 馬籠館

99. パンフレット

運行表(土曜ダイヤ)

ex. 2017/06/11 岐阜新聞朝刊







01. 青空フリーパス

岐阜駅のみどりの窓口の自動券売機で「青空フリーパス」を購入。[1]
[1]青空フリーパス
この日は中津川までの旅でしたが、実際は中津川よりさらに東、木曽平沢まで行けます。







02. 恵那 - 中山道 大井宿

東海道本線で岐阜→名古屋。中央本線で名古屋→恵那。



恵那駅。[1]
[1]JR恵那駅
東鉄バスが走っています。以前、東鉄バスに乗って恵那峡へ紅葉を見に行ったんですっけ。


【紅葉】[中央本線 / 東鉄バス]恵那 恵那峡 & 呉映画「この世界の片隅に」
恵那峡 遊覧船 紅葉

(↑ブログの記事です。別のタブが開きます)





恵那の宿場町は、中山道46番目「大井宿」です。
[2]中山道 大井宿 大井橋
妻籠宿→馬籠宿→落合宿→中津川宿→大井宿……という道標が阿木川の大井橋にあります。[2]



この大井橋からは東に、恵那山や花無山が見えます。[3]
[3]中山道 大井宿 大井橋……から恵那山
大井橋には広重の「木曽街道六十九次」の画があります。



なんだか道に迷ってしまって……長屋門くらいしか写真が撮れませんでした。[4]
[4]中山道 大井宿 長屋門
本陣跡とか見に行きたかったですなー。







03. 中津川 - 中津川駅

中央本線で恵那→中津川。



中津川駅。駅前バスターミナルは北恵那交通バス。[1]
[1]JR中津川駅 北恵那交通バスターミナル
馬籠線 馬籠行のバスは、3番のりばからの発車です。







04. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 水車小屋

北恵那交通バス 馬籠線で「中津川駅前」バス停→「馬籠」バス停。
馬籠線は途中で落合宿を経由します。



「馬籠」バス停のすぐ近く、下入り口。[1]
[1]中山道 馬籠宿 下入り口
後述する「馬籠館」が、この下入り口の交差点にあります。



枡形の隣に建っているのは、風情ある水車小屋。今でも水力発電が行われているそうな。[2]
[2]中山道 馬籠宿 枡形&水車小屋 [3]中山道 馬籠宿 枡形&水車小屋……から恵那山
復路では、枡形から恵那山を撮影しました。角度が大事ですな。[3]



陣場に向けてしばらく石畳の坂道を登っていきます。お土産屋さんや飲食店が点在してますな。
[4]中山道 馬籠宿 志をや [5]中山道 馬籠宿 清水屋資料館 [6]中山道 馬籠宿 馬籠茶屋 [7]中山道 馬籠宿 藤村資料館 [8]中山道 馬籠宿 馬籠観光案内所
志をや[4]、清水屋資料館[5]、馬籠茶屋[6]、藤村資料館[7]、そして、馬籠観光案内所[8]







05. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 陣場(高札場)、見晴台

馬籠宿の坂を上りきった所が「陣場」。[1]
[1]中山道 馬籠宿 陣場 [2]中山道 馬籠宿 陣場 高札場
陣場には江戸時代の「高札場」[2]が忠実に復元されています。高札=幕府からの法令を書いたもの。



見晴台。日本百名山である恵那山を一望出来ます。眺望に感動! ここまで来た甲斐があった。[3][4]
[3]中山道 馬籠宿 見晴台 恵那山(1) [4]中山道 馬籠宿 見晴台 恵那山(2) [5]中山道 馬籠宿 見晴台 伊吹山方面
伊吹山方面も、この見晴台から眺める事が出来ます。[5]

「そりゃ馬籠はこんな峠の上ですから、隣の国まで見えます。
 どうかするとお天気の好い日には、遠い伊吹山まで見えることがありますよ!」

――島崎藤村『夜明け前』より








06. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 近江屋

陣場まで上りきると、腹がこなれてきました。



まず、「近江屋」[1]。木曽一帯の郷土料理「ごへーもち」[2]を食べました。
[1]中山道 馬籠宿 近江屋 [2]中山道 馬籠宿 近江屋 ごへーもち
ご飯をつぶして丸いダンゴ状にしたもの。飛騨の「五平餅」はワラジ状という違いがあります。







07. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 手打そば・中井筒屋

次に、手打そばの「中井筒屋」[1]。信州そば[2]です。ワサビが良く効く。
[1]中山道 馬籠宿 手打そば・中井筒屋 [2]中山道 馬籠宿 手打そば・中井筒屋 信州そば
同じ岐阜県でも、平野部で食べるそばとは全然違いますな。特に麺のコシが美味ですね。







08. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 大黒屋茶房

「大黒屋茶房」[1]。この店は、藤村の初恋の人だと言われるおふゆさんの生家です。
[1]中山道 馬籠宿 大黒屋茶房 [2]中山道 馬籠宿 大黒屋茶房 初恋りんごジュース
藤村の名詩『初恋』にちなんだ、「初恋りんごジュース」[2]。馬籠の果樹園で育ったリンゴだそうな。





09. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 馬籠脇本陣史料館

馬籠脇本陣史料館。馬籠宿の脇本陣蜂谷家、「八幡屋」の跡に建つ史料館です。[1]
大名が利用した「上段の間」[2]の復元のほか、亀の甲羅に似た坪庭の石垣「玄武石垣」[3]があります。
[1]中山道 馬籠宿 馬籠脇本陣史料館 [2]中山道 馬籠宿 馬籠脇本陣史料館 上段の間 [3]中山道 馬籠宿 馬籠脇本陣史料館 玄武石垣
木曽と言えば五木が有名ですが、史料によると「留山」の制度など、厳しい山の掟があったみたいですな




10. 中津川 - 中山道 馬籠宿 - 馬籠館

坂を下り、バス停のある下入り口まで戻ってきました。



お土産屋さん「馬籠館」[1]
[1]中山道 馬籠宿 馬籠館
バス発車の時間まで休憩していました。


馬籠館のスタッフのブログ

リニア新幹線 | 馬籠宿観光のお土産・お食事は馬籠館
馬籠

(↑馬籠館のブログです。別のタブが開きます)

>> 日本の原風景の夕暮れをずっと未来に残したいな、と強く思いました。



実は今回、馬籠に行きたかったのは、このブログを読んだからなんです。
2027年開業予定のリニア中央新幹線、その工事がそのうち、馬籠あたりで始まるでしょう。

工事が始まると、トラックやダンプ等が走るようになり、
騒音、振動、土埃、交通阻害、生徒さんの通学路への影響、そして何より、水枯れ……
様々な事が起こりうる可能性があります。

ブログでスタッフが憂えている通りです。
僕も、今のうちに馬籠や恵那山の美しい自然を見ておきたかったのです。



JR東海に言いたい事はありますが、
東海道新幹線は、富士山などの景色を見ながら駅弁を食べたりするのが、僕は好きです。
リニアは名古屋から品川までトンネルばっからしいですし、あっという間……
景色を見ながらゆっくり駅弁を食べる時間も無いでしょうな……。







99. パンフレット

北恵那交通バスで「馬籠」バス停→「中津川駅前」バス停。
中央本線で中津川→金山。東海道本線で金山→岐阜。



無事帰宅。いい旅でした。[1]
[1]馬籠宿 パンフレット



馬籠の皆さん、「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、
どうもありがとうございました。








運行表(土曜ダイヤ)

0534 JR(在来線) 岐阜    発
0559 JR(在来線) 名古屋   着
0612 JR(在来線) 名古屋   発
0724 JR(在来線) 恵那    着

(恵那 大井宿)

0823 JR(在来線) 恵那    発
0834 JR(在来線) 中津川   着
0910 北恵那交通バス 中津川駅前 発
0935 北恵那交通バス 馬籠    着

(中津川 馬籠宿)

1245 北恵那交通バス 馬籠    発
1310 北恵那交通バス 中津川駅前 着
1320 JR(在来線) 中津川   発
1430 JR(在来線) 金山    着
1439 JR(在来線) 金山    発
1505 JR(在来線) 岐阜    着
1505 岐阜バス    JR岐阜  発





ex. 2017/06/11 岐阜新聞朝刊

6月11日の岐阜新聞朝刊の「県内版」は馬籠の記事。地歌舞伎の様子です。[1]
[1]岐阜新聞 県内版 馬籠 地歌舞伎
馬籠は外国人観光客の多い町ですが、歌舞伎も外国人観光客に人気のようですな。

地歌舞伎は8月11日まであと4回、馬籠であるそうです。馬籠に行かれる方は是非。


岐阜新聞Web

外国人客、地歌舞伎に感激 特別公演(↓別のタブが開きます)
岐阜新聞Web 馬籠宿 地歌舞伎


Posted at 2017/06/12 22:06:05 | コメント(0) | トラックバック(0) | 東海道・中山道 | 日記
2017年06月06日 イイね!

[神姫バス]姫路 秀吉探訪 姫路城ループバス

姫路城 本丸(備前丸)秀吉探訪、今週は姫路です。
(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

神姫バスの「姫路城ループバス」
の1日乗車券を買い、
姫路城とその周辺の博物館などを廻ってます。






目次

01. 姫路駅
02. 姫路城
03. 姫路市立美術館
04. 兵庫県立歴史博物館
05. 好古園(姫路城西御屋敷跡庭園)
06. はりまっ子
07. 姫路駅~名古屋駅(山陽・東海道新幹線)

99. パンフレット

運行表(土曜ダイヤ)







01. 姫路駅

東海道本線で岐阜→大垣、大垣→米原、山陽本線で米原→姫路。



姫路駅。

神戸線・山陽本線の駅。山陽新幹線の駅。
兵庫県最大の駅です。駅ビルも立派!
特急「はまかぜ」が播但線へとスイッチバックしていく駅でもあります。

米原から姫路までは直通です。
相生や岡山方面……ここから西(山陽本線)は乗り換えです。綱千まで行く列車もある。



姫路駅から姫路城へとまっすぐ、「大手前通り」が伸びています。
姫路の大動脈ですな。御堂筋や烏丸通りみたいな大通りでしょう。

その大手前通り、姫路駅のキャッスルビュー(眺望デッキ)から姫路城が見えます。[1]
[1]姫路駅 キャッスルビュー(眺望デッキ)
額縁に入ったように姫路城が見えます。



姫路の街を走っている路線バスは神姫バスです。
[2]姫路駅 神姫バスターミナル
姫路駅前には神姫バスの大きなバスターミナルがあります。[2]



QWELL(キュエル)姫路に神姫バスの駅前案内所があり、
「姫路城ループバス」[3]の1日乗車券[4]を買いました。
[3]神姫バス 姫路城ループバス [4]神姫バス 姫路城ループバス 1日乗車券
1日乗車券は300円。
姫路城、姫路市立美術館、兵庫県立歴史博物館、そして好古園で入館・入園料が2割引です。







02. 姫路城

姫路城ループバスで「姫路駅前」バス停→「姫路城大手門前」バス停。



大手門。大型の高麗門です。さっそく大天守が見えます。[1]
[1]姫路城 大手門 桜門橋
大手門前の内堀には「桜門橋」というかつての木造橋……をイメージして復元された橋が架かってます。



姫路城の入口は「菱の門」。姫路城内で最大規模の門です。[2]
[2]姫路城 菱の門
冠木に木製の花菱が飾られている事が由来で、「菱の門」という名前。



三国堀。なかなかの撮影スポットです。たまに白い鷲がいる……らしい。[3]
[3]姫路城 三国堀
「姫山」と「鷲山」の2つの山の谷を利用して作られた堀だとか。



「中書丸」とも言われていた曲輪、「西の丸」。ここも撮影にイイ角度です。[4]
[4]姫路城 西の丸
フジテレビのドラマ「大奥」など、数多くの作品に登場する構図がここ、西の丸から撮影できます。



西の丸を囲むように築かれた長屋、通称「百間廊下」。約300mも続いている廊下です。[5]
[5]姫路城 百間廊下 [6]姫路城 百間廊下
外敵からの防御として作られた格子窓からも大天守が見えます。当時はここから鉄砲で射撃。[6]



西の丸 北門跡。
[7]姫路城 西の丸 北門跡
北入口の門跡で、脇戸付きの高麗門だった所。ここからの大天守もイイですね。



将軍坂。時代劇「暴れん坊将軍」の撮影で使われてから「将軍坂」と呼ばれているそうです。[8]
[8]姫路城 将軍坂
石段の横に連なる隙間も見どころ。三国堀や菱の門の方面が見えます。



十字紋の鬼瓦[9]。黒田官兵衛はキリスト教に入信しました。
[9]姫路城 十字紋の鬼瓦
洗礼名を「シメオン」と言う。



油壁。小天守のそばですね。[10]
[10]姫路城 油壁
粘土と砂を混ぜ合わせ、「餅米の煮汁を混入した」とか、「油を混入した」とか言われています。



いよいよ大天守。


歴史年表

1346年 赤松貞範により姫路城築城。
  ただし姫路城の看板には「やはり黒田重隆・職隆父子による築城とみるべき」と書いてある
1575年 秀吉、今浜に新城を築城。地名を長浜とする(信長の「長」)。
1576年 信長、安土城に移城。
1577年 秀吉、黒田官兵衛を配下とする。官兵衛の居城・姫路城に入城。
1580年 秀吉、黒田官兵衛から姫路城を譲り受け居城に。
1581年 秀吉、吉川経家の因幡国鳥取城の兵糧攻めを行う。
1582年 秀吉、清水宗治の備中高松城の水攻めを行う……
1582年 ……↑の最中に、本能寺の変。信長、行方不明になる。
1582年 山崎の戦い。秀吉、明智光秀を敗走させる。
1582年 信長後継者、清洲会議。秀吉が勝つ。
1582年 秀吉、山崎城(現在の京都府)を居城にする。
1583年 賤ヶ岳合戦。秀吉と柴田勝家の信長後継者争い。秀吉勝利。
1584年 小牧・長久手の戦。秀吉対家康。決着は着かぬまま和睦。
1585年 秀吉、大坂城を築城。居城とする。
1600年 池田輝政による姫路城の大改修。
1618年 本田忠政により姫路城が完成。
1913年 日本で初の世界文化遺産に登録。
昭和時代 昭和の大修理。
平成時代 平成の大修理。



秀吉が姫路城に居たのは、
鳥取城の兵糧攻め、高松城の水攻め……いわゆる「中国大返し」があった頃ですな。
いつか鳥取城や高松城にも行ってみたいものです。



大天守三階。内部の様子です。[11]
[11]姫路城 大天守 三階
エレベーターはありません。階段はまるで犬山城のように急です。



大天守四階。最上階の六階は網が張ってあって撮影しづらいので……。
[12]姫路城 大天守 四階 大手前通り・姫路駅方面
南は大手前通り・姫路駅方面の眺望です。駅に向かって通りがまっすぐ伸びてます。[12]



大天守の外に出ます。「備前丸」と呼ばれる本丸から大天守。[13]
[13]姫路城 本丸(備前丸)
石垣も見事ですね。



扇の勾配。[14]
[14]姫路城 扇の勾配
上に行く程、扇を開いたような曲線になっていく石垣。敵の侵入を防ぐためです。



……ここで姫路城の散策終了。徒歩で美術館・博物館に行きます。







03. 姫路市立美術館

赤レンガ造りの美術館。[1]
[1]姫路市立美術館
陸軍の施設や姫路市役所として使われていたそうです。



「姫路城ループバス」1日乗車券で2割引です。ただし、常設展のみ。
特別展は別料金なので、遠慮しました……。

常設展には印象派のモネやピサロなど、フランスの絵画がありました。[2]
[2]クロード・モネ『ル・プティ=ジュヌヴィリエ』



徒歩で美術館→博物館。








04. 兵庫県立歴史博物館

1階は無料ゾーン。2階は特別展がやっており……別料金なので遠慮。
1階に「バーチャル歴史工房」という大型スクリーンがあり、姫路城の歴史の映像が流れています。



「姫路城ループバス」のバス停。15分間隔で運行されています。[1]
[1]兵庫県立歴史博物館 姫路城ループバス「博物館前」バス停
「博物館前」バス停→「好古園前」バス停。







05. 好古園(姫路城西御屋敷跡庭園)

平成4年に開園された池泉回遊式の日本庭園。風光明媚で見事です。[1][2][3][4][5]
[1]好古園(1) [2]好古園(2) [3]好古園(3) [4]好古園(4) [5]好古園(5)
「好古堂」という文武両道の振興を図った藩校の名前に因んでいるそうな。



徒歩で好古園→はりまっ子。







06. はりまっ子

姫路城の前にある定食屋さん。



姫路おでんなどもやっているみたいですが、明石焼きを食べてみました。[1]
[1]はりまっ子 明石焼き
子供の頃に食べて以来で、味を忘れていました。久々ですが、ダシが旨かったです。



徒歩ではりまっ子→姫路駅。







07. 姫路駅~名古屋駅(山陽・東海道新幹線)

新幹線の駅売店で、まねき食品の「但馬牛 牛めし弁当」を買い、ひかり車内で食べてました。[1]
[1]まねき食品「但馬牛 牛めし弁当」
但馬牛は松坂牛・神戸牛・近江牛の素牛だそう。
生体を「たじまうし」、牛肉を「たじまぎゅう」と読むらしい。



行きは在来線でしたが帰りは新幹線ひかり号。名古屋まであっという間です。
新幹線はやはり、指定席・窓側が快適ですな。窓側ならバッテリーが充電できますしね。



名古屋駅ホームに降り立つと、さっそくきしめんのダシの匂いがします。
[2]名古屋駅 住よし きしめん
いつものように5-6番線ホームの「住よし」で350円のきしめん(使い回しの画像)。[2]
当時、みん友さんが時同じく、名駅できしめんを食べていたのですが……冷やしきしめんも旨そう。







99. パンフレット

東海道本線で名古屋駅→岐阜駅。
無事帰宅。いい旅でした。[1]
[1]姫路 パンフレット



姫路の皆さん、「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、
どうもありがとうございました。








運行表(土曜ダイヤ)

0605 JR(在来線)       岐阜      発
0617 JR(在来線)       大垣      着
0620 JR(在来線)       大垣      発
0656 JR(在来線)       米原      着
0703 JR(在来線)       米原      発
0933 JR(在来線)       姫路      着
1000 神姫バス(姫路城ループバス)姫路駅前    発
** 神姫バス(姫路城ループバス)姫路城大手門前 着

(姫路城・姫路市立美術館・兵庫県立歴史博物館)

1251 神姫バス(姫路城ループバス)博物館前    発
** 神姫バス(姫路城ループバス)好古園前    着

(好古園)

1402 JR(新幹線)       姫路      発
1534 JR(新幹線)       名古屋     着

(名古屋)

1545 JR(在来線)       名古屋     発
1605 JR(在来線)       岐阜      着
1605 岐阜バス          JR岐阜    発

Posted at 2017/06/06 23:08:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 武将観光(一眼カメラ) | 日記
2017年06月03日 イイね!

[北陸本線]長浜 秀吉探訪

長浜城歴史博物館長浜、秀吉の探訪です。
(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

「浪漫パスポート」を買いました。
[1]安藤家住宅
[2]曳山博物館
[3]慶雲館
[4]長浜鉄道スクエア
[5]長浜城歴史博物館
の5箇所の博物館を見学しています。




長浜は以前も行きました。今回は再訪です。(↓ブログの記事です。別のタブが開きます)

[東海道本線 & 北陸本線 / 近江鉄道]長浜 & 近江八幡 & 彦根
慶雲館







目次

01. 米原駅
02. 長浜駅
03. ながはま御坊表参道
04. 浪漫パスポート[1] - 安藤家住宅
05. 浪漫パスポート[2] - 曳山博物館
06. 黒壁ガラス館
07. 浪漫パスポート[3] - 慶雲館
08. 浪漫パスポート[4] - 長浜鉄道スクエア
09. 浪漫パスポート[5] - 長浜城歴史博物館
10. そば処 善光
99. パンフレット

運行表(日祝ダイヤ)







01. 米原駅

東海道本線で岐阜→米原。



JR東海のエリアの人間が「JR西日本のエリアに来た」
と雰囲気の違いが実感できるのは、ホームの発車メロディです。それと、JR職員や乗客が関西弁。



コンコースに倉敷の「ひるね姫」のポスターが貼ってありました。[1]
[1]米原駅 コンコース ひるね姫ポスター
倉敷も長浜も共にガラス文化の町です。倉敷美観地区と黒壁スクエア、雰囲気が似ています。


倉敷、ひるね姫舞台探訪。(↓ブログの記事です。別のタブが開きます)

[JR東海/JR西日本 青春18きっぷ]児島・倉敷・岡山「ひるね姫」舞台探訪
下津井 下電バス 「田ノ浦港前」バス停から瀬戸大橋










02. 長浜駅

北陸本線で米原→長浜。



長浜駅。[1]
ガラス文化の町ですので、曳山まつりのステンドグラス[2]やガラスの樹[3]があります。
[1]長浜駅 [2]長浜駅 曳山まつり 子ども歌舞伎の図 [3]長浜駅 アクアツリー [4]長浜駅 秀吉公と石田三成公 出逢いの像 
「秀吉公と石田三成公 出逢いの像」なんてのもあります。[4]
3回お茶を入れて、秀吉と三成が仲良くなった「三献の茶」の話が元らしいですな。



駅前通りに、明治4年に開校された滋賀県下初の小学校、「開知学校」の建物があります。[5]
[5]長浜 旧開知学校 滋賀県第一小学校跡
現在は会議室として活用されている模様。


駅の近くには、長浜城の「外堀跡」[6]や「大手門跡」[7]があります。
[6]長浜城外堀跡 [7]長浜城大手門跡
「米川」が長浜市から琵琶湖に流入している河川。米川の下流部が長浜城の外堀だったようです。







03. ながはま御坊表参道

博物館がOPENするのは9時ちょうど。まだ時間があります。
「お花キツネ」でお馴染みの「ながはま御坊表参道」の界隈を散策していました。



金屋公園あたりに「お花キツネ」のオブジェ。[1]
[1]ながはま御坊表参道 お花キツネのオブジェ
長浜御坊(大通寺)の大広間の天井に「お花キツネ」が住んでいるらしいです。



「ごぼうさん」こと、長浜御坊 大通寺。安土桃山時代の建築様式で、国指定重要文化財です。
[2]長浜別院 大通寺 山門 [3]長浜別院 大通寺 台所門(旧長浜城大手門)
「山門」[2]と「台所門」(旧長浜城大手門)[3]があります。総欅造りの山門、見事ですな。







04. 浪漫パスポート[1] - 安藤家住宅

9時。博物館がOPENする時間です。



北国街道[1]に安藤家住宅[2]があります。
[1]北国街道 [2]北国街道 安藤家住宅



秀吉は今浜を「長浜」の城下町として開きました。信長の「長」からとって「長浜」です。
安藤家は1583年の賤ヶ岳合戦(後述)で、秀吉に協力しました。
秀吉は町の人々の中から長浜の自治を委ねる「十人衆」を選び、安藤家はその「十人衆」でした。



安藤家住宅は明治時代に建てられた住宅です。布施宇吉の「古翠園」という日本庭園が見どころ。[3]
[3]北国街道 安藤家住宅 古翠園 [4]北国街道 安藤家住宅 篆刻看板「呉服」
大広間に北王子魯山人の最高傑作と言われる篆刻看板「呉服」[4]が展示されてます。安藤家は呉服商でした







05. 浪漫パスポート[2] - 曳山博物館

大手門通り[1]を抜け、博物館通りの「曳山博物館」[2]
[1]長浜 大手門通り [2]長浜 曳山博物館
「秀吉と長浜 -曳山祭成立のころ-」という企画展がやっています。




歴史年表

1566年 信長・藤吉郎、墨俣城を築城。美濃侵攻の前線基地である。
1567年 稲葉山城攻め。竹中半兵衛が軍師となる。信長・藤吉郎は岐阜城に移城。
1570年 姉川の戦い。信長・家康の連合軍と浅井・朝倉連合軍の戦い。信長軍が辛勝。
1567年 羽柴秀吉、横山城に移城。小谷城の浅井家の抑えである。
1573年 信長軍、小谷城の戦。秀吉は浅井長政攻めに貢献。秀吉は小谷城を与えられる。
1575年 長篠の戦い。信長・家康が武田の騎馬隊を破る。
1575年 秀吉、今浜に新城を築城。地名を長浜とする(信長の「長」)。
1576年 信長が安土城に移城。
1577年 黒田官兵衛を配下とする。官兵衛の居城・姫路城に移城。
1582年 本能寺の変。信長が行方不明になる。
1583年 賤ヶ岳合戦。秀吉と柴田勝家の信長後継者争い。秀吉勝利。





浅井長政攻めに貢献、小谷城に居た秀吉は小谷の南西の湖岸沿いの「今浜」に築城を開始。
秀吉が今浜を「長浜」と改め、長浜城に居たのは1575年~1577年の2年間ですな。



長浜曳山祭の起源は秀吉であり、
秀吉が八幡宮の祭礼「源義家の社参」行事を復興した「武者行列」にあるとされる。
最初は秀吉の家臣が「武者行列」を行っていたが、そのうち十人衆が受け継ぎ、
江戸時代には小舟町が引き継ぎ、現在に至る。



長浜曳山祭は飛騨古川の「古川祭」同様、子ども歌舞伎というのが活躍しています。
飛騨古川の町は、長浜は、歌舞伎を伝承する若い人たちが町にいつまで残ってくれるでしょうか。
アニメか何かのチュパカブラ王国じゃないですが、地方の観光地は人材確保が大変そうですな……。







06. 黒壁ガラス館

明治時代に「第百三十国立銀行 長浜支店」として建てられた黒漆喰の建物。[1]
[1]黒壁ガラス館 [2]黒壁ガラス館 トポスポット
「トポスポット」というガラスのピラミッドがあります。[2]



ここ、黒壁ガラス館で今回は、緑色のガラス&金色の箔が入ったカフリンクスを買いました。[3]
[3]黒壁ガラス館 カフリンクス
3000円だったかな。百貨店とかで買うよりお値打ちです。



以前、倉敷の美観地区に行った時に加計美術館では……
[4]倉敷美観地区 加計美術館 ネクタイピン
同じく緑色のガラス&金色の箔が入ったネクタイピンを買いました。[4]



このカフリンクスとネクタイピンはセットで使います。黒壁スクエアと倉敷美観地区のコラボ。
黒壁スクエアと倉敷美観地区は共にガラス工芸品で賑わう町ですし、雰囲気が似てると思います。







07. 浪漫パスポート[3] - 慶雲館

北国街道より、下舟町の町並み[1]、「長濱浪漫ビール」の「長浜城外堀跡」[2]
[1]長浜 下舟町 [2]長濱浪漫ビール 長浜城外堀跡
を通り、港町・国指定名勝の慶雲館へ。



明治天皇、昭憲皇太后の御休憩所として、長浜の豪商が建設した尾州産総檜の書院造りの迎賓館。
毎年1~3月は日本一の梅の盆栽展、「長浜盆梅展」が開催されています。



明治時代、本館の2階に両陛下を迎えるための「玉座の間」が設けられました。[3]
[3]慶雲館 玉座の間 [4]慶雲館 玉座の間、天行健
内閣総理大臣・犬養毅の残した「天行健」という書道の作品があります。[4]
「天地の運行というものは、休むことがなく健全である」。



明治45年に造営された庭園も見事。巨石などで起伏があり、なかなか立体的な構造ですな。[5][6]
[5]慶雲館 庭園 [6]慶雲館 庭園
琵琶湖の景観が借景に用いられている模様。



今、慶雲館では「長浜さつき盆栽展」が開催されています。[7][8][9]
[7]慶雲館 長浜さつき盆栽展(1) [8]慶雲館 長浜さつき盆栽展(2) [9]慶雲館 長浜さつき盆栽展 大盃(おおさかずき)
純和風の座敷に一同に並んでいて見事ですね。



慶雲館は東側に鉄道の軌道(北陸本線)があるのが重要。建物が無いおかげで伊吹山の眺望がきくんです。







08. 浪漫パスポート[4] - 長浜鉄道スクエア

慶雲館の隣が長浜鉄道スクエア。日本で一番古い駅舎「旧長浜駅」です。[1]
[1]長浜鉄道スクエア
北陸線の始発駅として最初に建てられた長浜駅。文明開化を伝える英国式の建物です。



旧長浜駅29号分岐器ポイント部……日本の鉄道創業期を語る貴重な文化遺産ですな。[2]
すぐ隣に北陸本線があり、サンダーバード等の列車がたまに通ります。
[2]長浜鉄道スクエア 29号分岐器 ポイント部 & サンダーバード [3]長浜鉄道スクエア 腕木式信号機(場内信号機+通過信号機)
SLが運転されていた頃に北陸本線で使われていた、場内&通過信号機の組み合わせが展示されてます。[3]



長浜鉄道文化館に「鉄道開通以前の交通」というパネルがあります。[4]
[4]長浜鉄道スクエア 長浜鉄道文化館「鉄道開通以前の交通」
どうやら、「太湖汽船」という日本初の鉄道連絡船が大津~長浜を結んでいたようですな。
陸路としては京都~敦賀を鉄道が走り、水運と陸運の”接続点”として長浜は交通の要だった模様。




秀吉の作った長浜という町

[1]産業        …… 自動車産業やバイオ産業
[2]文化        …… 曳山祭や長浜城、黒壁スクエア
[3]コミュニケーション …… かつての鉄道連絡船、現在の北陸本線

町が栄えるための三条件を満たしており、滋賀県最大の観光都市と言えます。





北陸線電化記念館には蒸気機関車「D51形」、電気機関車「ED70形」が展示されてます。[5][6]
[5]長浜鉄道スクエア 北陸線電化記念館 D51形 793号機 [6]長浜鉄道スクエア 北陸線電化記念館 ED70形 1号機
かつて北陸本線は急な坂やトンネルがあったようですな。「柳ヶ瀬越え」とか「山中越え」。
そのため、複線にする・電化する・長いトンネルで坂を緩やかにする、等の工夫がされました。



長浜鉄道スクエアはFacebookの公式ページがあり、フォローすると記念にボールペンがもらえます。[7]
[7]長浜鉄道スクエア Facebook ボールペン
……まあ、実は既に、だいぶ前にフォローしてたんですけどね。







09. 浪漫パスポート[5] - 長浜城歴史博物館

浪漫パスポート最後の1枚は、長浜城……を模した豊公園の「長浜城歴史博物館」。[1]
[1]長浜城歴史博物館 [2]豊公園 長浜城本丸跡……から長浜城歴史博物館 [3]豊公園 長浜城石垣出土地……から長浜城歴史博物館 [4]豊公園 噴水広場……から長浜城歴史博物館 [5]豊公園 琵琶湖……から長浜城歴史博物館
本丸跡[2]、石垣出土地[3]、噴水広場[4]、そして琵琶湖[5]……などから長浜城を撮影してます。

噴水広場から長浜城という角度からは、サイクリストのみん友さんも撮影されていました。
確かに、噴水広場のあたりはサイクリストの方々が多いですな。アングラーも多い。



5Fの望楼からは、東西南北の眺望がききます。
[6]長浜城歴史博物館 5F 望楼 東 [7]長浜城歴史博物館 5F 望楼 北 [8]長浜城歴史博物館 5F 望楼 西 [9]長浜城歴史博物館 5F 望楼 南
東は信長・秀吉らが浅井・朝倉連合軍と戦った姉川合戦場、秀吉の横山城、そして伊吹山。[6]
北は賤ヶ岳合戦場(後述)、竹生島。[7]
西は琵琶湖、信長の最後の居城・安土城。[8]
南は彦根城。[9]



長浜城歴史博物館では5月28日まで「賤ヶ岳合戦」という企画展がやっていました。


歴史年表

1582年 本能寺の変。
1583年 賤ヶ岳合戦。



本能寺の変で行方不明となった信長の後継者たらんと、
信長の筆頭家臣である柴田勝家と、明智光秀を討った秀吉との間に確執が起こったわけですな。
結果は秀吉の反撃による勝利で、秀吉が「信長の後継者」たる地位を不動としました。

……当時、秀吉は姫路城に居城。姫路城もぜひ訪問したいですね。







10. そば処 善光

長浜駅の西口に「そば処 善光(ぜんこう)」というそば屋さんがあります。
黒壁スクエアあたりだと行列に長時間並ぶ事になりそうですが、駅周辺は平和です。



長浜名物の「焼き鯖そうめん」、850円を食べました。旨い![1]
[1]そば処 善光 焼き鯖そうめん
長浜の雰囲気、長浜の味、そして店員のおばちゃん(関西弁)のあったかさに感動。
外食をあまりしない人間ですが、せっかくなら外食は、感動するような食事を楽しみたいのです。







99. パンフレット

長浜→米原、米原→大垣、大垣→岐阜。
無事帰宅。いい旅でした。[1]
[1]長浜 パンフレット



長浜の皆さん
「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、どうもありがとうございました。








運行表(日祝ダイヤ)

0605 JR(在来線)岐阜 発
0617 JR(在来線)大垣 着
0620 JR(在来線)大垣 発
0656 JR(在来線)米原 着
0723 JR(在来線)米原 発
0733 JR(在来線)長浜 着

(長浜)

1404 JR(在来線)長浜 発
1417 JR(在来線)米原 着
1430 JR(在来線)米原 発
1504 JR(在来線)大垣 着
1509 JR(在来線)大垣 発
1522 JR(在来線)岐阜 着

Posted at 2017/06/03 03:08:03 | コメント(0) | トラックバック(0) | 武将観光(一眼カメラ) | 日記

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青葉裕紀と申します。 岐阜県出身です。現住所は岐阜市。 好きなものは公共交通機関とフランスです。 公共交通機関…… 船舶、航空機、鉄道、路面電車...
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