
俺が二十歳代前半の頃、大都市圏の会社で働き
寮生活を送っていた頃だ。
社員寮から数十㍍離れた所に「K」(日本人の苗字、ひらがな2文字)という鉄板焼きの店があった。
昼食どきに店が開いていたのかは定かではない。時折、先輩方に連れられて行くのは夜だったから・・・。
6~7名座れるL字型のカウンターに加えて、テーブル席(座敷だったのかも)が2つ3つ。
メニューは鉄板で焼く豚生姜焼きとか、野菜焼き、えのきバターのようなもの、そしてお好み焼き・・・カウンターの奥の棚には日本酒や焼酎のボトルが並んでいる。
主人は40~50代の色の黒いガッシリとした体形のルー・大柴に似た男、そして奥さんは女優の篠ひろ子に似たスレンダーな美人。
鉄板焼きとビールは美味かったが、俺はこの店に来るのが苦痛だった。
なぜならこの夫婦を見るのが辛かったからだ。
俺の見たところ、奥さんが何か特別失敗をしたと言う訳でもないのだが、旦那は段取りやその他仕事に関して、事あるごとに奥さんを口汚く罵り、罵詈雑言を浴びせかける。
『何やってる!バカ!』
『早くしろ!』
これは見ていて辛くなる。そして客商売、店としては失格であろう。
その間、奥さんは反論する訳でもなく じっと耐えて手を動かしている。
同席していた先輩方や他の客は それをどう思っていたのか知らないが、俺はそんな奥さんに注視し、屈辱に耐えている表情が良く判った。
(こんなきれいな奥さんを、何故もっと大事にしてやれないのか。そんなに嫌なら離婚すれば良いのに・・・。)
どう見ても良くない夫婦仲、やらねばならない自営業、生活の為、子供の為・・・きっと大人の事情があったんだろうけど、当時の俺には想像もつかなかったし、何かアクションを起こした訳でもなかったが、心の中ではいつも奥さんの味方だった。
その後、鉄板焼き「K」とルー・大柴/篠 ひろ子夫婦(笑)がどうなったか知らない。
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同じ頃、
社員寮近くの歩道橋の下辺りに「どさん子ラーメン」があった。
赤地に白で「どさん子」と書かれた看板は他所でも見掛けた事があるが、チェーン店なのかどうか今もって知らない。
俺はよく深夜に寮を抜け出して、この店でラーメンを食った。
ここのはフライパンで焼いたトロトロのチャーシューをラーメンに乗せて来るのだが、コレが絶品に旨かった。
店はカウンター席しかなかったと思うが、この店を深夜に一人で切り盛りする中年男。
・ ・デブで長髪、めがねを掛けている。客との会話・受け答えもツンケンしていて、いつも何か世間に対して鬱積した思いがある様な態度で嫌々仕事してる。
俺の印象に残っているのは、ムッとした表情で強火のコンロに掛かった大きな中華鍋を慌しく振る姿だ。
(いったい何がそんなに気に食わないんだろ?イヤなら辞めてしまえばいいのに。)
長時間労働(未確認・笑)か、低賃金か(未確認・笑)、本部との対立か(未確認・笑)。
孤独・社会への不満・・とにかくそんな事を感じさせるに充分な男だった。
ある日の昼下がり、たまたま寮の前に居た俺の眼の前を黒い330セダン・ディーゼルが黒煙を吐きながら猛スピードで走り去っていった。
運転していたのは紛れも無くあの「どさん子」の店長。
狭い路地を非常識ともいえるスピードで走る・・・俺にはその彼の精神状態が、厨房で中華鍋を握っている時と同じに見えた。
330ディーゼルと言えばあの知る人ぞ知る
SD22エンジン搭載車だ。踏んでも踏んでも走らない(笑)、それに加えてディーゼル特有の音と振動。
彼は自分の車にも、ひとかけらの愛情も持っていないように思えた。それどころか・・
(どうせオレのクルマはこんなクズだ!)
・・みたいな思いを抱いていたのが想像に難くない。そして社会に対する不満が彼に必要以上にアクセルペダルを踏ませている。
ひとつ間違えば、彼の精神は開放されるであろう。すなわち彼が何かのキッカケで「キレ」てしまったら・・・。
俺は彼の名前も経歴も現状も全く知らなかったけれど・・・少なくとも深夜のラーメン屋で客として接触があった訳で。
(みな爆弾を抱えて生きてる。)
そう思った。
孤独・・・きっと彼は孤独だったに違いない。そうでなければ、つまり愚痴や不満を聞いてくれる家族や友人、恋人があれば 普通に冗談の一つでもカマして生きて行くことが出来たはずだ。
大きな街、誰も他人を気にしない。いや彼にだって仲間との楽しく生き生きとした時間があったはずだ。
彼が群れと「はぐれた」理由も想像できないけれども、彼は今でも旨いチャーシューを焼いてくれるんだろうか?
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俺が地元に帰って来てしばらくした頃、ボロい一軒家を借りて一人暮らしをしていたのだが、その近くの散髪屋、40歳代前半と思しき夫婦(小学校高学年くらいの子供がいた。)が商売をしていた。
ご主人は気さくな人で(まぁ、床屋なんていうものは無愛想では商売成り立たないんだろうけど)、スキーや車の話で盛り上がったものだった。
俺はある時、流れていたTVのニュース(何だったのかは失念)にご主人と奥さんが反応し一瞬目を合わせ、かすかな笑みを浮かべて 二人にしか判らないコンタクトをとっていたのを見逃さなかった。
俺は
(ああ、きっとこの夫婦は幸せなんだろうなぁ)
と、感じた記憶がある。
夫婦でも恋人でも、こんな二人だけのささやかな秘密を持ち続けたいものだ・・・間違っても、鉄板焼き「K」のような夫婦には成りたくない。
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Posted at
2014/07/27 03:16:03