
小学校 5年生くらいだったと思う、クラスにRe子と言う女子が居た。
Re子は典型的な「お嬢」で美人そして成績も良かったが、それを鼻にかける高飛車な態度の子だった。
そしてRe子といつもつるんでいたのがM江。
・・・その2人は例えば給食の時間、僕が牛乳のふたを開けるのに失敗したりすると、顔を見合わせて蔑んだような眼で僕を見るのです。
(何だよ~、もう)
そりゃぁ僕は成績も悪くバカだったけど
(ヤな女ども)
と思ってました。
ところが、ところが・・・いつ頃からでしょうか、何と言うか僕はM江の事が気になり出して。
それは生まれて初めて女の子に抱いた気持ち・・・好きになっちゃったんですね。
そして、なぜかM江は勉強面で僕をバックアップしてくれるようになりました・・・先生に指されて答えに困っていると、陰で僕を突っついてノートに正解を書いて見せてくれたり、本読みのページ 何処から読むのか分からない時、教科書の行を指し示してくれたり・・・。
実際に勉強の分からない所を教えて貰ったりしたんですが、保健体育系な話も大真面目にしてました。お医者さんごっこ こそしなかったけれど、『女の子の●●って・・・』とか、かなり突っ込んだ内容の会話が2人だけの間で交わされていたのは事実です(笑
お互い まだ子供です。当然「好き」なんて事を口に出したりもしませんでしたが「両思い」・・・この穏やかで暖かい感覚は経験のある人には分かると思います。
M江がイベントとかの係りで残っていると、関係ない僕も一緒に帰りたくて居残ってたり(一緒に帰った記憶はありませんけど・笑)。
そしてM江はスポーツ万能で特に脚が速かった。バトンを握り締め猛烈に加速(笑)して行く姿は今でもまぶたに焼き付いています。
卒業まで数ヶ月と言う時期に同じクラスのN君とY子と僕は引越し・・・本来の校区であるM中学へは行かずに同じ市内のK中学に進学が決まりました。
何と M江も引越し、やはり市内ですがK中学とは逆方向のS中学へ。
卒業までわずか、と言う事で敢えて「転校は無し」という措置が取られたのでしょう。家は遠くなってもそのまま通いました。
別れ別れになった僕たちでしたが、やはり子供・・・それほど深刻に考えても無かったんでしょうね、辛かった記憶もありません。
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Scene 1
中体連・・・陸上競技場のスタンド。
K中学に進学した僕の隣には、たまたまY子が座って居ました。
当時は もうM江の事を思い出す事も無かったと思います。
その時、フィールドを見ていたY子が遠くを指差して
『ねえベイカー君、あそこに居るのってM江ちゃんじゃない?』
(え?!!!)
確かにそこにはゼッケンをつけた体操服姿のM江が・・・
僕の記憶はここで止まってます。
気付くと僕はフィールドに茫然自失状態で突っ立ってました。
もう見渡してもM江の姿はどこにも・・・
制服でフィールドに立つ僕を他校の選手や係は何と思ったでしょう?
(何やってんじゃ?コイツ・・・邪魔!)
と。
いや、それよりも おそらく猛然とスタンドを駆け下りていったであろう僕・・・Y子は「眼が点」になっていたのでは?と思われます(笑
彼女にしてみれば、かつてのクラスメートを見つけて僕に告げるのも全く自然な事、僕とM江の事はもちろん知りませんし、他意はありませんからねぇ。
とにかく、あの時の僕の行動は頭が真っ白で (M江に会いたい)と言う心が体を突き動かしたって感じで、後にも先にもあんな経験はありません。
そしてこの事も、いつしか忘れてしまい(あんな事があったっけ・・・)と思い出したのはかなり後になってからです。
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Scene 2
高校生になった僕は、クラスの友人達数人で下校していました。下校と言っても真っ直ぐ帰る訳も無く・・・どこの街でも見られる夕方の風景。
前からやって来る他校の女子数名・・・その中にM江が。僕とM江の学校は割りと距離が近かったのでこんな事はあって当然。
M江も僕を認め、互いに眼で挨拶。すれ違いざまに僕は「おうっ」と一言、M江は小さく頷き眼が笑ってます。
僕はM江がその高校へ進学したのも、その時初めて知ったんですが このすれ違いの後一緒に居たS中学出身のM君が
『○○(M江の苗字)と知り合いか?○○って中学時代ダサかったんだぜ~。何人もの男子にアタックしてフラれていつも教室で泣いてたんや。』
(ふ~ん、恋多き女か・・・。)
高校卒業まであと数ヶ月と言う時、僕は県外へ進学が決まっていました。
そんなある日、家に電話が掛かってきて たまたま僕が出たんですが、相手は何とM江。
中学時代とはまた違ったところに引っ越して居たので、一瞬僕は
(どうやって電話番号を調べたんだろ?)
と思いましたが、同じ街です クラスメートを辿って行けば直ぐ分かりますよね。
卒業までに何回会ったんだろう・・・
僕には噂になっていたクラスの女子が居ましたが、M江はその事について
『アタックしたら?』
とクスクス笑って言う。
(そんな事まで知ってるのか!全くもう。)
(他人事みたいに言うなよ。あんなヤツど~でもいい、俺はやっぱりお前が・・・)
心の中でそう思っても答えない、いや答えられない僕・・・。
やっぱりクスクス笑ってる・・・お見通し^^
やはり小学生の頃と同じ・・・タオルに沁み込んだ水の様に、何も言わなくとも何となく解り合えてる。
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おへそ、相変わらず腰が細い(爆
『うん。アタシ食べても太らない体質なんや。』
そう言って日清のカップヌードルをすすっていたM江。
卒業、そして僕は初めて親元を離れ県外へ。
『ごめんね、お見送り行けなくて。』
「うん。」
新しい学校、生活・・・期待に胸躍らせていたせいでしょうか?
やはり別れが悲しいとも思わなかった。
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その後、僕は大都市の会社に就職、25歳の時に辞めて地元に戻って来た。
ぷ~太郎だったので家でゴロゴロ(笑
そんなある平日の午後電話が
『○○(M江の苗字)ですけど、ベイカー君居られます?』
(え?M江!)
僕はまたM江の事を忘れて居ました。そして、受話器の向こうからは幼児の泣く声が聞こえてました。
M江は短大に進学した後、お父さんの会社(つまり社長の娘だったんです)の後継者が必要な為、見合いで養子縁組、 20歳そこそこで結婚。
ところが会社は倒産、旦那とM江と幼児2人は狭い公営住宅に居ると言う。
僕は地元を離れていた数年の間には、それなり仕事も覚え、もちろん失恋も経験し、バカなこともやり、社会勉強もそれなりにして来てたと思います。
しかし、M江は人生の大きなイベントを既に経験し、大変な苦労を背負い込んで必死に生きてる。
(俺なんかM江に比べたら苦労知らずの甘ちゃんや!)
最後にM江が言った・・・。
『会いたい・・・』
「うん、分かった。」
電話の声には特別な悲壮感も感じられなかったけれど、やはり心の支えが必要だったのではないでしょうか。
考えてみれば、仮にも好きだった相手とは言え、既婚者が電話するのもかなり勇気が必要ですよね。
僕も独身の考えの甘さと言うか身軽さと言うか、人妻と会うと言う事の重大さをそれ程感じてはいなかった。
(M江と俺の仲だもん、会って当然。)
日時を決め電話を切りましたが、当時の僕にはS30Zと別れて以来、クルマが無かった。
で、スクーターでトヨタ・レンタカーのお店に行き確かカローラのセダンを半日予約したのです。
当日の午前中、M江から電話
『ごめんね、急に会えなくなった。』
「そう・・・分かった。」
僕は仕方なくカローラを借り、1時間ほどアテも無く走り返却しました。
M江からはそれ以来連絡はありません。
もし、あの日会っていたら?
・・・分かりません。