
198X年
俺がまだ都会に居た頃・・・20歳代の前半だ。
I支店の同期A君とは新人研修以来、仲良くなった間柄だった。そしてA君を通じてI支店を既に辞めていたY先輩の所へ 俺も自然に出入りするようになった。
Y先輩は会社を辞めても郷里には帰らず、ガソリンスタンドで働きアパートで一人暮らしをしていた。そこは道路一つ隔てた線路沿いにあり、当然うるさくて狭くて旧い木造の典型的なボロアパートだった。
記憶を呼び覚まそう・・・Y先輩を中心にやはりI支店でY先輩と同期のM先輩、M先輩と同郷のT先輩らが「呑み仲間」を形成していた。そこにA君や俺が加わるのだが、そんな中にY先輩の働いていたガソリンスタンドでアルバイトをしていたS恵が居た。
S恵は当時16歳、高校へは進学しておらず いわゆる有職少年(少女)だったのだが、外観上は原チャリを乗り回すヤンキー娘。しかし中味は決してバカではなく、冗談の分かる芯のシッカリした娘だった。
ある時はワイワイ・ガヤガヤと居酒屋で呑みかつ喰い、スナックのカラオケで唄い、またある時は深夜の街をクルマで爆走・・・俺達はよく行動を共にして楽しんだものだ。
言って置くが、俺は彼女に恋愛感情は無かった。
が、 ある時居酒屋で呑んだ時、向かいに座ったS恵はメイクも上手になってオトナに一歩近づいたように見えたので
「S恵、お前 何か可愛くなったなぁ」
と言ってやったのを覚えている。
S恵は、確か叔母が経営するスナックに出ていて(もう時効だろっ)、何度かY先輩達と呑みにも行ったのだが そんなある夜・・・
ボックス席の酔っぱらい客(中年オヤジ)が口論の末、ケンカを始めた。
激高したオッサンの一人が、止めに入ったS恵を突き飛ばした・・・ママはカウンターの中・・・しかしS恵は気丈にも立ち上がり、また取っ組み合いをしているオッサン達に
『止めて下さい!困ります!!』
と言って割って入ろうとするのだ。この時点で再度S恵に危害が及ぶ前に、オッサン達のケンカを阻止すべくY先輩と俺は椅子から立ち上がっていたのだが、何とか事は収まった。その時俺は、Y先輩の手に大きな丸いガラス製の灰皿が握られていたのを見た。・・・後になって、Y先輩がその灰皿でオッサンの頭を割らなくて良かったとホッとした記憶がある。
とにかくS恵はそんなシッカリした娘だった。
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Scene 1
その頃、俺には社会的に のっぴきならない大きな重圧が掛かっていた(原因は全て自分にあるのだが)。
毎日が辛く、会社へ行く足どりも重かった。
惚れた彼女が居て、彼女もそれなりに俺の事を愛してくれてはいたが、そんな俺の心の暗部を理解してはくれなかった。
ある夜、俺達はドライブに出掛けた。運転はY先輩、助手席にはA君、そしてリヤシートには俺とS恵。夜通し走ってはしゃぎ・騒いだあと・・・Y先輩はおそらく眠かったのだろう・・・無言でクルマを走らせている。
疲れてA君も喋らず、S恵も無言・・・。
俺は、またそのプレッシャーが頭をもたげて来て、辛く寂しい気持ちになり 何となくS恵の手を握ったがS恵は(ぎゅっ)っと握り返して来た。皆も、もちろんS恵も俺のその時の事情を知っていたのだが、何も言わずとも、その痛みを癒そうとしてくれているのが伝わって来る。
恥ずかしい話だが、俺は子供のようにS恵の胸に顔をうずめて甘えた。S恵も俺を抱きしめて動かない。
きれい事を言うつもりは無い、しかし そこには本当に恋愛感情も性欲も無かった。
あるのは「理解」・・・それだけ。
全てを放り出して、責任を逃れる事も出来たかも知れない。しかし俺には理解を示してくれるこんな仲間が居たから、自暴自棄にも世捨て人にも成らずに済んだのだ。
俺が会社を辞める少し前、S恵も郷里に帰る事になった。お互いに住所を教え合ったのだろう(記憶無し)、しばらく経ってからS恵から手紙が来た。今の若い人には電子メールがあるが、当時は全て紙ベース、便箋にペンで書く「手紙」しかなかった。
『ベイカー君、アタシの気持ち分かってたでしょ?』
ああ、人生とはシフト・ミスの連続だ。
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Scene 2
当時付き合っていたI は助手席のシートバックを倒して眠っている。
夕暮れ時の高速道路・・・県外へ遊びに行った帰り道だ。
遠くに見えるPAの様子が何かおかしい・・・再確認の為に目を凝らす間にもPAにどんどん近づく。
・・・そのPAではちょくちょく検問が実施される事を知っていた俺は、隣で眠るI に
「おい!おい!起きてっ」
案の定、検問だ。
減速路に並ぶ赤いコーンと制服数人を確認したが、減速路には誘導されず、そのまま本線を走りPAを通過した。
結局は我がY30 は彼らのターゲットでは無かったようだ。ホッとして助手席を見ると、I がやっと上体を起こして周囲を見回している。
『ココは何処?ワタシは誰?』状態。
しばらくしてI は
『アタシに(おい!)って言った』
と、怒るのだった。そしてその夜は、帰るまでその事で俺を攻めた。
俺という人間は、おおよそ女性には「ぞんざい」な物言いをしないタチだが、この時ばかりはI に早く起きてシートベルトをして検問に備えて欲しかったが為に思わず「おい!」なんて言ったのだ・・・結果、止められずに無事通過したけれども。
「・・・しかし検問・・・」
俺もそれ以上言わないし。
今でもI はその事を根に持っているのだろうか(笑
ああ、人生とはシフト・ミスの連続だ。
Posted at 2014/02/21 01:58:22 | |
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