俳優の荒木しげるさんが肺炎で亡くなりました
慎んでご冥福をお祈りします...
荒木しげるさん、肺炎で死去…「仮面ライダーストロンガー」主役、目黒区議選2度出馬
特撮シリーズ「仮面ライダーストロンガー」で主役の「城茂」役を演じ、刑事ドラマ「特捜最前線」などでも活躍した俳優の荒木しげるさんが、14日午後5時2分、肺炎のため都内の病院で死去した。63歳だった。07年に食道がんの手術を受けた後も、目黒区議選に出馬。元気な姿を見せていたが、今月に入って体調を崩し、入院していたという。
荒木さんの親族によると、荒木さんが体調を崩して都内の病院に入院したのは今月2日。娘の正実さんが上智大学に合格したのを誰よりも喜んでいたが、その入学式の当日だったという。
荒木さんは07年4月の統一地方選で、目黒区議選に無所属で出馬。落選後の7月に食道がんが見つかり、都内の病院で全摘出手術を受けた。手術は成功したものの、食が細ったことで体重が約30キロ減るなどして、免疫力も落ちていたという。
13日の午後に危篤状態となり、妻で元女優の憲子さんと正実さんがつきっきりで励ました。夜には一度、心臓が止まったが、家族は枕元で楽しい思い出を語り続けたという。憲子さんが「パパ、仮面ライダー格好良かったね」と言ったとき、荒木さんは呼応するように息を吹き返し、この日も何とか持ちこたえていたが、肺が「アスペルギルス症」に感染していたこともあり、最後は肺炎で力尽きた。
自身が活躍していたテレビ番組の内容から、いつも「ヒーロー」であることを意識していた荒木さん。初めて出馬した07年の目黒区議選で落選した後は「もう選挙には出ない」と語っていた。しかし食道がんの手術を乗り越え、2011年、今度は民主党公認で再チャレンジ。結果は落選だったものの、前向きに挑戦する心は持ち続けていた。
元々は男性ファッション誌などでモデルを務めていたのが芸能界入りのきっかけ。高校卒業後、カレッジグループサウンズ「フォー・セインツ」にドラマーとして参加し、その後ドラマに進出した。最近は、グループを08年に再結成したり、舞台出演をこなすなど、芸能活動も行っていた。
通夜は17日午後6時から、告別式は18日の午前11時から、いずれも「セレモニー目黒」で。喪主は妻の憲子さんが務める。
◆荒木 しげる(あらき・しげる)本名・荒木生徳(いくのり)。1949年2月9日、鹿児島・出水市生まれ。玉川大時代に「フォー・セインツ」を結成し、68年のデビュー曲「小さな日記」が20万枚の大ヒット。73年の解散後は、俳優に転身。75年「仮面ライダーストロンガー」に主演。本名から「茂」に改名し、後に「しげる」とする。2007年、11年の目黒区議選に立候補したが落選。08年、フォー・セインツ再結成に参加した。主な出演作は「暴れん坊将軍」「特捜最前線」「徳川家康」。
◆アスペルギルス症 空気中のホコリに含まれるカビを吸い込むことで発症する感染症。症状はせき、発熱、呼吸困難など。発症後、すぐ生死にかかわるものではないが、感染が広範囲に広がると数週間で危険な状態に陥る。
Posted at 2012/04/15 13:15:15 | |
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