2010年06月05日

非常に新鮮で貴重な経験を得ることができた。
日本では馴染みの薄いモスクを見学させていただいたのだ。
モスクはイスラム教徒の人々にとって非常に大切な礼拝所である。
なお、モスク内部の写真等は下記を参照されたし。
モスク見学参照
印象として、モスクというのはそれ自体が美しい建築物であるように思えた。
偶像崇拝を禁じている教えなので、私はもっと無機質な空間を想像していたのだが、採光の良いドーム上の空間に無数の紋様と踊るようなアラビア文字(絶対神アッラーの教えが記述されているのだが)が建物に華を添えていて、非常に美しい。むろん、モスクにも様々な形態の建物があるだろうが、オスマン=トルコ様式の建築を採用したという本モスクは、日本人の私がみても息を呑むほど美しかった。
さて、アラビア文字が無数に踊るということは、アラビア語を解する人々にとって、この空間がどのように写るかと想像することは許されよう。
イスラム教では神(アッラー)はただ一つ。たった一つだけで、その他天使がいたり(大天使ガブリエルとか)、神や天使の言葉を授かる預言者(ムハンマド)がいるが、これら天使や預言者は神ではない。イスラム教では神や天使、預言者の偶像崇拝も禁止しているため、これらは決して描かれることがない。
それを補うかのごとく、モスク内に散在するアラビア語によるアッラーの教えの羅列は、モスクを美的対象としてではなく、聖なる空間へと導くための効果的な手法として威を発揮しているように思える。
イスラム教では知識を大事にする。ここでいう知識とは真理である。その真理を絵画といった抽象的な方法ではなく、言葉そのものという非常に具体的な方法で啓示しているのである。このことは今回の大きな発見であった。想像主(絶対神アッラー)や他の人々との対話においては言葉(舌)よりも心が大切とイスラムでは説いているが、ここではそうした意味合いではなく、アッラーの教えを実践・教示するための媒介方法の多くを言葉が占めているという意味で用いる。
そう、言葉を重要視しているのだ。
イスラムでは異なる見解が生じたときに、まず、アッラーの教えが記述されている「コーラン」にどういう言葉があるかを探すという。この「コーラン」の啓示に反さない限りにおいて、文化も伝統も慣習もそれぞれ地域独自のものが尊重される。
だから、イスラム教というのは言葉による教義が明確で(「コーラン」をすべての規範とするゆえ)、そのため、宗教の中でも極めて合理性に富んだ教えなのではないかと思う。その昔、アラビアで法学が非常に発達したが、法学的な思考とでもいおうか、そうした論理性を存分に身につけているような気がした。そういえば、アラビアは化学や数学も大いに発展した地域柄であった。元来、論理性が高い土地柄にイスラム教は生じたともいえなくはないだろう。
わが国の神道や仏教にはこうした発想はまずありえないだろう。どちらがいいとかわるいという問題ではない。神道の場合、神とはだれぞやとなると、それこそ八百万以上にもわたるだろうし、仏教には論理的に緻密性がある経典はあるが、日本仏教では真摯に何かを追求するために、言葉と論理を大いに用いるということは少ないのではないか。禅問答などは衆生にはわかりにくいし、真宗などは他力本願。つまり、阿弥陀如来にすがれば救われるという教えで、そこには高度な論理性はない。信ずるものは救われるという極めて明快な構造だけが抽出される。真宗開祖の親鸞でさえ、「自分が本当に阿弥陀如来を拝めば救われるかわからないが、えらい人(親鸞の師の法然)がそういっているのだから、間違えはないだろうと思う」と、
親鸞自体が神や仏でないにせよ、人間味が大いに残されている。アッラーのような完全無欠性には欠ける。
イスラムも信ずるものは救われるという点では同様なのだが、その信ずるもの(真理)を習得するために、信徒により多くの知識(真理)を求めることを要求している点で異なる。そしてまた、その信ずるべき真理とは絶対無碍のもので、親鸞的に迷うことは一切ありえないのだ。この辺り、日本的な土壌と砂漠の厳しい気候の中で生じた宗教との差異を感じるのだがどうだろう。
Posted at 2010/06/05 21:46:28 | |
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2010年06月02日

前々から気になっていたことがある。
特に年配の方に多いと思うのだが、アルファベットのDを「デー」と発音する人をよく見かける。無論、ドイツ語的に発音するならば、「デー」で間違えないのだけれど、現在の日本においてドイツ語というのは多大な影響力を有しているのだろうか。
戦前ならば、明治政府の意向もあり、特に医学や陸軍などでドイツの影響力は圧倒的だったから、「デー」と発音するほうが、むしろ普通であったかもしれない。
しかし、戦後日本はアメリカの多大な影響を受けてきたし、教育でも外国語といえば、まずは英語だろう。となると「ディー」という発音に慣れ親しんでいるはずなのだが、なぜ「デー」と発音するのだろうか。
これは日本語というものの特質から来ているのかなと思う。我々は「あ」「い」「う」「え」「お」を基底とした母音に親しんでいる。大雑把にいえば、aとiとuとeとoしか使っていない。
だから、「ディ」なんて発音しようとすると違和感があるのではないか。そして、「ディ」と発音する場合も、「i」という音の響きを強調する傾向にある。
ゆえに、アルファベットのDを「デー」と発音しない人でも、たとえばdayという単語を読むときには「デイ」と発音する傾向にあるのではないだろうか。
という風に推測しているのだが、どうなんだろう。
英語にV.C.Rという単語がある。まあ、ビデオデッキといったくらいの意味。
その場合、日本人のかなり多くはどのように発音するのだろう。
「ビイ シイ アアル」という風に読むのではないかと思う。
これは別に悪いことではなく、日本語の発想から発音しようとすれば、当然のことだと思う。
とごくごくあっさりまとめてしまったけれど、日本人すべてが「デー」というわけではないし、なんだか不思議な現象だなと常々思っていた。DVDのことは「デー」発音をする人からすれば、「デー ブイ デー」なんだよな。
「デー」という発音を聞くと、規律正しいドイツの軍隊が行進していて勇ましいようでもある。さらに思えば、規律正しさを得意とし、極端な方向に社会を持っていく傾向がしばしばあるあたり、ドイツ人と日本人は類似しているかもしれない。
ドイツ人がゲルマン民族というのは有名だが、ゲルマン民族の根源はマジャール人(ハンガリー人・アジア系で日本と同様、姓を最初に表記する習慣がある)とも関係があるかもしれない。マジャール人の大もとがモンゴルとも推測できるかもしれない。ちなみに、モンゴル語は表現の最後に動詞がくるなど語順が日本語と同じで、日本との類似性が高い(韓国語もそうだ)。
実際に、ハンガリーはアッティラとバトゥという二人の遊牧民族の王と有力首長の侵攻を受けていたはずだ。
その昔、ヨーロッパにはケルト人という民族が過半を占めていた(今でもスコットランドやアイルランド、フランスのブルターニュ地方にケルト文化が残されている)。ケルトの文化はどことなくアジア的だ。妖精のように得体の知れない存在がいるし、古代ケルトの遺物は紋様がどことなく縄文的であり(ニューグランジの遺跡)、石に彫られた彫像も、キリスト教伝播以降(特にルネサンス以降)の均衡のとれたものとは
大きく異なるように思える。セバードヘッド(きられた首)の遺跡とか。
神話も数多い。まあ、この点は古代ギリシャやローマと同じなのだが、そのケルト民族が駆逐され、イギリスはアングロサクソン(ゲルマンの一種ともいえる)が支配し、フランスはラテン民族が支配するようになった。
その点、ドイツは未開の地で、ゲルマンやケルトの血というか文化・伝統が割合と残されていたのではないか。だいたいドイツ帝国の成立自体が日本の明治維新よりも後の事なのだ。
ドイツゲルマン(ケルトの血を色濃く残す)⇔マジャール⇔中央アジア(モンゴル)⇔朝鮮半島⇔日本
という繋がりを考えてみたが、まあいささか我田引水の感は否めない。
重要なことは、ドイツ人とは似ても似つかないような日本人のかなりの人がDを「デー」と言ってしまうこと。これが不思議でならない。
Posted at 2010/06/02 22:03:41 | |
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2010年05月26日
来月のことだけれども、東京のモスクを見学することになった。
トルコの資材を用いたオスマントルコ様式の建物(モスク)のようだ。
オスマントルコ様式とはよくわからないのだが、イスタンブールにあるようなモスク?
あれはビザンチン建築か。もともとコンスタンティノープル(ビザンティウム)の
東方正教会の教会をモスクにした建物があるくらいだしな。
ちなみに、ビザンチン建築とは、ごくごく大雑把にいえば、
ロシアのモスクワにあるような葱坊主型の屋根をした建物のようなもの。
そして、オスマントルコというのはいまのトルコ共和国の前身ですな。
いっときは版図をペルシアやヨーロッパのバルカン半島にまで広げていた巨大
な帝国で、20世紀まで存続していた。
さて、モスクである。
私自身は「自分とすべてのもの大好き教」の人間ながら、寺社仏閣やキリスト教会ならば入ったことがある。
ただ、イスラムのモスクやユダヤのシナゴーグは入ったことがないのですごくいい機会だ。
私はありとあらゆるものを見てみたいし、それによって見聞を深めたいなと思っている。日本において、イスラム教徒以外でモスクに入るという機会はおそらく少ないだろうから、これはとても貴重な体験となる。
なお、当日はイマーム(導師)の挨拶や、イスラム教やモスク建築に関する説明が聞けるそうだ。楽しみ!
そして翌日にはCR-Z試乗が控えている(ふふふ)
イスラムのモスクで思い出した。
昨年にイラン大使館(アポ無しでは入れませんよ・笑)で聞いたお話では、イランには炬燵もあるし、布団を敷いて寝る習慣があるらしい。また「ちゃらんぽらん」という言葉もペルシャ語にあるらしい。意味も発音も日本におけるものとまったく一緒。
このことは前に書いたかもしれないけれど、遠く離れた文化圏同士でたまたま(?)意味も発音も同等な言語表現が現在でもあるというのが面白いし、不思議で、そしてたまらなく刺激的だったりする。
イランの場合、飲酒に厳しいことだけが難点なのだが(笑)
イラン航空機内でも飲酒不可らしい。
おっと、話が逸れた。
おそらくモスクも宗教的背景や建物構造が日本の一般的なものと相当異なるかもしれないが、意外な程に類似している面もあるかもしれない。そういう類似点をたくさん見出してこようかなと思っている。
今はね、いろいろなことを学びたいと考えている。
それは机上の学問だけではないさ。書は捨てずに街へ出よ!の精神だね。
たとえば、自動車の運転がより上手になることなんかも、私にとっては同様。
その学びという向学の精神が究極的に何をもたらすかはよくわからない。
けれど、それって、きっと自分にとってよいはずだと思う。
虚無主義やシニシズムに陥っても味気ないなと思うし。
それは巷いわれた進歩主義思想、つまり、人間も社会も未来になるに従って、
どんどん良くなるという近代を象徴する思想と似ているようだが、少し違うかもしれない。私の場合、過去も現在も未来もすべてもうよくなっているという認識から
始まり、そこから現実と自分が意識している物事を判断するようにしている。
仮に、モスクで込み入った話があるとして、イスラムにそうした時間概念を超越
するような教えがあったとしたら興味深い。
絶対神アラーが完全絶対無欠の存在だから、そういう考えの一切合切もアラーに委ねてしまえということなのだろうか。
というわけで、モスクとそれを誕生させたイスラムの思想というものにも興味がある。そしてそのイスラム的と思われる思想の中にも、日本や中国、アメリカなど
世界どこでも通用するような普遍的な思想というのが繰り込まれているかもしれない。私はそういう要素を見つけてきたいと思っている。
建築物も宗教もそうだが、地域によりみな異なっている。そして異なっているからこそ、この世界は多様性に富んだものになる。しかし、やはり根っこの深い底の部分にはあらゆるものに普遍的に当てはめることのできるものというのがあるような気がするのだ。
はい、ということでモスクに行く話からうまく具合にお話を渋くまとめあげてみました♪
あ、そうそう。先般旅してきた秋田の旅路をフォトギャラリー形式にまとめてみました。なめる様にしてご覧くださいね(笑)
*出羽秋田紀行 その1
*出羽秋田紀行 その2
Have a good evening!
Posted at 2010/05/26 21:22:28 | |
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思索 | ニュース
2010年05月14日

世に概念というものがあって、概念というものを言葉で表現できなければ、私たちは社会生活など歩めないでしょう。言葉が重要なのは概念を自分自身で把握する独白体的な役割も果たすし、他者に概念を伝達したり、他者の概念を咀嚼することができるという点にあるでしょう。
ただ、この概念という言葉自体も、言葉というものが仮になければ認識できないのですよね。われわれは幸いにも言葉があるからこそ、概念というものを認知できるともいえるのでは。「はじめに言葉ありき」とは至言ですね。
私は基本的には言葉を軸として、あらゆる物事ははじめて成立すると思うんです。
成立という概念自体も、言葉を用いなければ成立しないでしょう。
それと最近思うのが、陰陽(陰については、陰陽五行論的な陰ではなく、やや否定的ニュアンスという程度の意味としてここでは使用)・善悪といった二元論的思考ですね。私は二分割に割り切れるほど世界は単純ではないと考えますが、これは案外と大宇宙の深層に踏み入れるだけのツールとなりうるかもしれないとも思っています。
陰や悪という概念があるからこそ、陽や善も成立する。もしも、陰や悪がなければ、そもそも陽や善は存立しえない。或いは、もとより世界は陽と善のみしかないのだという見解をとることも可能でしょう。しかしながら、「でもこの世の中は、、」といった風に考えてしまう人たちも多いでしょう。
従って、私は自分自身に陰や悪という要素を積極的には導入しないと決めましたが、陰や悪という経験を通じて、自分が陽や善に昇華できる速度がとても強くなるとも考えています。嫌な出来事があったからこそ、こういうことはしたくない。私はこうしたいという明瞭な意思が生じることは多いと思うのです。そしてそれは人間を突き動かすかなり強力な力だと考えています。
こういった認識があるからこそ、私は逆に陰陽や善悪を殊更に突き放して眺めてしまう面も自身にあると考えています。陽性と善そのものの至高の存在であれ、どうしようもなく陰鬱で悪の塊のような存在であれ、どちらも等しく存在という意味では等価で、どちらが良いとか悪いといったことは考えません。至高の存在がえらいとは思いませんし、悪の塊が許しがたき絶対悪とも思いません。倫理や道徳も一つの見解に過ぎないと思っています。
ただ、あまり相対的に物事を見すぎるのもなんなので、私はひとまず陽性や善性のほうが良いのではないかということを選択しました。これはあくまで私自身の決定に過ぎません。そこに普遍性があるかはどうかは自分という存在の範疇において決定されるのみでしょう。
よって、上に述べた例を含め、あらゆる他者の価値観について私は許容したいと思います。
私があらゆる価値観を許容するスタンスを採用している理由を述べればそういうことです。私の自由意志尊重スタンスの根本原理です。
Posted at 2010/05/14 22:25:15 | |
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思索 | その他
2010年04月27日

少なくとも、関東や東海の人々にとって富士山といえば、その名前を聞いただけで、雪をかぶった裾野の広い山がありありと頭の中に瞬間的にイメージされる。それだけ脳内にがっちりと根を張っている対象ともいえる。
そもそもなぜ私たちは富士山に格別な感慨を持つのだろう。
富士山は霊峰として信仰の対象とされてきたし、富士講というものが江戸時代にはやった。神様である富士山を拝みに組織を作って諸国から富士山まで旅するというものである。
だが、山を霊峰とみなす傾向はわが国ではごくごく一般的で、富士山だけに限ったことではない。奈良の三輪山なんて、山自体が神そのもので、その信仰は今に至るまで続いている。おそらくその歴史は神武天皇を祀る橿原神宮より古いと思う。
話を三輪山についての話に移そう。
ヤマトをはじめとする外部から来た勢力や大和内部の各勢力の分布が明確になる前から、三輪山への信仰はあったと思う。それは、日本的なアニミズムの信仰のもっとも古い形かと思う。いまでは、大神(おおみわ)神社という立派な社格の社殿があり、大いに信仰を集めているが、昔は鳥居もなかったし、社殿というものも存在しなかったであろう。山そのものに人々は神性を見出してきたのだ。日本人の宗教性を規定するとすれば、この素朴な自然に対する信仰がベースとなっているといえる。そして、アニミズムゆえに実に多種多様な要素を進んで受け入れる柔軟性を持っている。仏教しかりキリスト教しかり。
ただし、大もとは変化していないのではないか。
ちなみに三輪山自体は緑に覆われた丸っこい山で標高の高い峻厳な土地というわけではなく、この点で富士山とは対称をなす。奈良では知らない人はいないであろうが、関東の人間には馴染みがあまりないように思える。
さて、富士山である。
富士山は独立した山系のため、その裾野が非常に広い。裾野付近は広大な森林に覆われ、日本によく見られる里山的な風景とは一線を画する。
稜線が明確なことと、非日本的な風景であることが、上古の昔から日本人に富士山に対する格別な意識を生じさせたのではないかと思っている。
富士山麓の道路で、みんなが楽しげに富士山が見えるといって、シャッターを盛んにきっている。微笑んだ表情が実に素敵である。
彼らを惹きつける要素というのは、自然としての風景の美しさだけではなく、彼らの奥底にある魂が深く富士山と共鳴するのかなと私は思っている。
富士山と魂との共鳴といえば、私もそうなのだが。
余談だが、昔、栗本慎一郎が、富士山は古代ピラミッドだったみたいなことを述べていた。
どうかなとも思うけれど、富士山にはそう思わせるだけの独自性や神秘性があるのかなとも思う。
まあ、富士山が見えるだけで心が高揚してしまうだけでも私たちの僥倖であって、深くは考えないことにしようか。眺めて楽し。これで十分であろう。
Posted at 2010/04/27 10:22:33 | |
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