過去話も後半戦(笑)
さて
実は 師匠もいくつか節目が過去いくつかあったわけで
まず一つはトルネオを手放し
フィットに買い替えた事
これについては
まぁ
荷物を積む容量を増やしたいからってのが理由(笑)
トルネオで知り合いになってから一年半後の出来事
そしてもう一つ
ハチロクを手放す事
結局
エアコンぶっ壊れ
ミッションがいつイッテもおかしくない状態
後
タイロッドエンドの部品がガタガタで
なんやかんやで
そろそろ眠らせようって事で
これが知り合って2年半後の出来事
とにかく ハチロクについては自分もショックが隠せなかった
ただ まだ知ってる人が買いたいってことで 嫁いで行くから まだ 良いかなと

んで師匠のハチロク
うちも一回長期で借りた事がある
快適装備がほとんど無い
車パワステなんてないからハンドルはとにかく重い
デミオみたいに運転はもちろん
ラフに軽々しくハンドル回す事が難しい


んで
このハチロクでも
内緒で師匠のホームに行って少し走ったりしたけど
とにかくリアの使い方
駆動輪の使い方がわからず(笑)
難しい



車ってこんなにも難しいのか


結局街中で並に運転できるまではなったものの
飛ばしたり等々は出来ず

うちの車が帰ってきて久しぶりに乗った時のあの快適性は今でも覚えてる

んで師匠はフィット一本になったわけで
同じ1500CC同士
こっちと しても いっそう気合いが入ってくるわけです
この頃になると
車の運転のレクチャーは殆ど無し
なんせ
うちも
イッパシながら
ホームをもち 林道屋さんとして走るようになるわけで
そして自分の中で一つの形が出来始める
師匠は腕で邁進していくタイプ
んでCRXはとにかく豪華装備で
強気な車にしばかれる
Mっ気全壊なタイプ(爆)
ちなみに師匠とCRXは双璧
速さはCRX
狭い道は師匠な感じ
この二人が雨のサーキットを走ると
カーニバルが起きるわけで(笑)
つまり
横滑りしてるハチロクの再内を
CRXが 当たるか当たらないかのギリギリをグリップで差し
フェンダーtoバンパーという
イニシャル○真っ青の事をやってしまうと言う(笑)
まぁ そんな感じな二人の間をとって
腕磨きと車弄りを半々で
という 中途半端な形を(笑)
んで この考えが うちの中で大当たり
足りない所を弄り 走って使えるようにする
そんな感じでサーキットに備えていく
な感じ
走り方もある程度覚えてきて
パーツも手に入り
ついにはLSDの情報まで入手
多分波に乗っていた時期だと思われ
こうなるといかに師匠でも
車の差がでかくなり
フィットとデミオとはいえ
ノーマルとチューンカー
高速の曲がりの部分でかなり差が出る
こうなると
流石に師匠も走りに関しては熱い
しかも同じ1500CC
師匠のハートに火がついてしまう
フィットに アラゴスタダンパー
と
ブレーキパット
さらには うちがLSDを組む時なんかは
LSDとスタビライザーと
ファイナルギア
明らかに そこには 師匠ではなく
一人のフィット乗りの姿が




勿論 ターゲットはうち(笑)
とにかく うちは お先真っ暗なわけです

ちなみに
この頃に 二種類の真逆な性質のFF車が出来上がるわけで
一つはうちの車の前傾姿勢
もう一つは師匠の後下がり
まぁうちの前傾姿勢の理由は
オートエグセアラゴの特徴のせい

後ろについては ラバーを挟んだり抜いたりでの車高調整なわけで

んの為 車検という一つのリミットを設けてる為
帳尻合わせはフロントで
師匠のはリアも調整可能
だから
自由にセッティングできる
なわけです
この時期には
うちには
試練があります
それは 周りに左右されない事
前傾姿勢の弱点
コーナーの突っ込みが弱くなる事
やりすぎると いとも簡単にスピン
一方師匠は加速旋回ですっぽ抜けやすい
車の仕様でわかるように
師匠はブレーキで旋回させていまえ的な感じ
うちはアクセルオンで曲がる感じ
だから ブレーキは師匠よりも手前
師匠 弟子の立場ながら
性質が全く変わってしまった事
そして
うちも
突っ込み→高アベレージの旋回に質が変わる
だから 一緒に走ると
ブレーキのポイントが全然変わる
安定してるの師匠の方
結局は自分という地がしっかり固まっているかって事で
そしてもう一つ
減衰のセッティング能力
仕様に対してどこまで煮詰める事が出来るかって事
お互いに仕様が違うから自分たちで見つけだすしかない
この頃 うちの仕様をケチョンケチョンに
けなされた事を覚えてる
しかし
これで仕様を変えたらそれまで
でもエグゼの脚になって かなり時間がたち もう 今更変更はしたくないし
何よりこの仕様が好き
そしてあそこまで言われると
もう ある意味意地(笑)
うちは この前傾を貫き通したわけです

ってか変な癖がついてしまった為にこれ以外の仕様は実はあんまり乗れない(笑)

一番熱かった時期
師匠もうちも本気でぶつかり合った時期
結局今だからこそ言えるけど
師匠も自分も
走り初めて下積みの数年間
一番走り込み一番熱く
一番楽しかった

師匠もこの期間が一番楽しかったらしい

さて
ここまでは実は自分自信では車は一回もぶつけてないわけです
ので まだ 勢いでってのが残ってるわけで
この勢いが この後とんでもない事に
それは
LSDがうちの車についた直後の事
お披露目と称しLSDをつけた事による 違いを確かめる為に走り合い
いつもはクールダウンの区間
くしくも路面は所処ぬれて
でも LSDが面白くて・・・・・
動物の飛び出し いつもは避けれるのに
避けたはいいが
避けた先が林
ガッシャンと けたたましい音をさせながら・・・・・・
くいを2本薙ぎ倒し
リカバリーをかけ
普通に走れるから
いつもの所に帰って車から降りると・・・・・・・・・
フロントバンパー大破
右側フェンダーから後ろまで 傷全壊
あまりにも 惨めで あまりにも酷い

勢いってのが 時として こんなにも残酷なのかと・・・・・
走ってる以上 いつかは起こす事
覚悟はしてた
だけど実際起こすと
かなりクル
この時に スピードの怖さを改めて思い知ったわけで

あれは
今でも教訓として生きてます
んで復活し
季節は夏
師匠とうち一緒に走った南千葉サーキット
これが師匠との最後のランデブー
師匠が うちに身近で最後に見せた全開
つかず離れずの追撃も
師匠はプレイズ うちは01R
やはりこの人の力は異常


ここまでやってもまだまだかと
正直思った

そして やっぱり 師匠は師匠って事なわけで
んで 師匠は この後の筑波2000がラストラン
この後
師匠とCRXはバイクに
牧師さんもこの頃は走りがめっきり
集まりも少なくなり
な感じ
うちは 車一本でこの後
放浪にくれる事になる
最後にうちの走りをみてもらったのが ラストラン前の筑波ショート
くしくも雨
うちの走りの当時の集大成

ヒート間の休憩の時も
走りを聞いても
『教える事はないね~』
教えれる事が無いと言われたわけだけど
単に同等になったわけではない
基本的なのが教えられる事が無くなった
つまり教えられるのは核まで
味付けは自分で今後やっていけとの事だと
思う
師匠が生涯かけて見つけろという走りの宿題
走り止まった時に
答えが出る
とても難しい
でも邁進してく限り
いつかわかる
うちの旅路は
師匠のたどった道
だけど
結局は
自分が全て
良くも悪くも自分次第
だけど
まだ
続きがみたいたから
いつか師匠に近付けるように
まぁ
この腕だと
まだまだ 先は長そうです
なんせ
まだ 下手な感じだから

闇にまぎれて
苦行苦行

(笑)

Posted at 2011/01/26 00:08:14 | |
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