
さて、散々引っ張ってしまったボクスターの試乗記も、いよいよ締めです。
前編はこちら。
中編はこちら。
早朝、6時過ぎ。
目覚めると、空はどんよりしているものの、雨は落ちてこず。幸運。
さて、2日目。平日のため高速代をケチりながら(笑)南下、東名高速を目指します。
すでに通勤ラッシュがスタートする中、129号線を通って、東名高速厚木インター方面へ。当然、屋根はフルオープン。ストップ&ゴーが続く中、若干の低速のパンチ力不足を感じながら、それでも踏み込めば上までスパンと回るエンジンの気持ちよさ。抜群に歯切れのいいPDK。しかしそんな中でも、クラッチ制御のマナーはあくまでも滑らかで、加えて乗り心地は改めて感服するほど良く、いったい今自分が乗っている車が、高級車なのか、スポーツカーなのか、一瞬分からなくなるような、そんな感覚に何度襲われた事か。
そして、本当にもう言い古された言葉で、使いたくはないのですが、まさにこのボクスターは、“ゆっくり走っていても楽しい”クルマだと言い切れます。ロードスターのようにある意味でそこを思いっきり狙っているレベルなクルマならまだしも、明らかに性能としては一級品の速さと質感があるというのに、時速5km/hから、加減速を繰り返していても、一定速度で走っていても、飛ばさなくても充足に満たされるこの感触。それはボディ剛性の「質感」であったり(高い、だけじゃない)、「手の平が喜んでいる」ダイレクトかつすっきりとした美味しいステアリングフィールであったりするのですが、すべての基本性能に対して、べらぼうに金がかかっている。そんな事を嫌が故にも実感させられます。
これが「新車で買える一番安いポルシェ」だと言うのに…。絶対的には高価な車である事は間違いありませんが、これを一度味わってしまうと、今まで自分で乗った車の経験値と比較し、相対的に高い…どころか、これだけよけりゃ当然だな、という気持ちが沸々と…。
そんな事を考えながら、3時間ほど心地いい渋滞に巻き込まれつつ、ようやく高速に乗りこみ、東名下りの左ルートでハイスピードクルージングを楽しみ、足柄SAにとひとっ風呂(温泉のあるサービスエリアって本当に素敵です)。風呂から上がれば、なんと予報外れて、雲の隙間から日差しが見えてきました。よし、このままオープンで楽しめる…御殿場ICで降りれば、目指す場所はもう決まり。クルマ好きにはたまらない、そしてボクスターの本領発揮ステージである、芦ノ湖~箱根スカイラインのワインディングインプレッションに突入です。
平日の、お昼前。こんな時間帯だけあって、観光名所でもあるこのあたりも、人も車もまばら。時たま、ルノールーテシアRSや先代のZ4・M、R32スカイラインGT-RVスぺⅡなどが、気持ちいい音を響かせながら、ワインディングを駆け抜けていくのが目に入った程度。雲の中から太陽の光が漏れる中、屋根を開け放ったままボクスターのスロットルを踏み込んで、この車の真髄を楽しむ事にしましょう。
スタートからドンっ!とアクセルを床まで踏み込むと、わずかにスキール音を響かせながら猛然と鋭くダッシュを決めてくれます。トラクションコントロールが一瞬介入しますが、その制御はとても自然で、失速感は全くなし。これは制御が上手いというだけでなく、このボクスターがもともと備えるトラクション性能の良さとも言えるでしょう。テスト者はスポーツパッケージを装着していないので、ローンチコントロールは装着されていませんが、サーキットでもない限りこれくらいの鋭さを感じる事ができれば、全く不満はありません。
さて、目の前に広がる、運転好きには理想的とも言えるコーナーの数々を駆けていきます。車雑誌や、テレビで、見たことのあるコーナーの数々。あぁこのコーナーが、CGでよく見かけるあのカットのやつかぁ…なんて事を思ったり。
このステージのボクスターは、まさに水を得た魚。フロントが205というタイアサイズとは思えないほどの接地性の高さ、旋回中の前後バランスの良さ、そこから脱出にかけての抜群のトラクション…こういった場面ではまさに「これぞスポーツカー!」な楽しさを味わえます。路面が荒れていてもボディはそれをしなやかにカッチリと受け止め、アクセルを踏めばNAらしいレスポンスの良さと乾いたエキゾーストノート。実際に飛ばし始めると、クルマ自体がどんどん軽く、小さくなっていくような錯覚。また、ノーマル17インチでも自分のような素人レベルでは十分のグリップレベル。危なげな挙動は全く見せず、最終的に攻めていくと立ち上がりでお尻が流れる挙動になりがちなものの、基本的には「微」弱アンダー気味なセッティングも安心感を助長させてくれる要素です。
さすがに高いクルマなので、PSMはもちろんON状態。途中何度かメーター内にピカピカ光って制御を知らせてくれましたが、その動作領域は、少なくともドライ路面ではスポーツドライビングの邪魔をほとんどしない絶妙な設定。それよりも、この個体にはLSDが装着されていないので(オプション設定アリ)、コーナー立ち上がりなどではむしろそっちのほうが少し気になるくらいでした。
…さて、ここまできて、あえてある事には触れず、試乗記を書いてきましたが、ここでようやくその事に触れておきましょう。いろんな良さを感じつつ、ボクスター…自身のポルシェ初体験でもっとも感銘を受けた点。
ブレーキです。
ポルシェのブレーキは宇宙一。ポルシェで褒められる点として、まず代表的に挙げられるブレーキの良さ。今回もちろんそれも楽しみにしていましたが、いやー、さすが。おったまげるほどにブレーキ性能は、本当に素晴らしかった。
ましてや巨大で高価なPCCBでもなく、ポルシェの中では「普通」のブレーキではありますが、これでも国産一級品のスポーツカーと比べたって、なんら劣ってはいないであろう素晴らしい一品。ボクスターよりも速い国産のクルマはいくらでもありますが、これほどまで「止まる」事にさえファンなクルマは、果たしてあるのか…
具体的に言うと、まずはその絶対的なストッピングパワーの余裕。これはボクスター、いや広くポルシェ全般的なリア寄りの重量配分を始め、ボディであったりサスペンションであったり、そもそもの素の性質も多大に影響されているのでしょうが、まぁとにかくよく効く。どんな場面でも、下りのワインディングでガンガン踏んでも、ビクともしない。常に、かっちり、きっちり、止まる。速度を落とす、のではなく、まさしく速度を「殺す」勢いでビシッと止まる。これはスポーツカーに限らずとも、運転していて絶対的な安心感と余裕をドライバーに与えてくれます。
続いては、そのコントロール性。街中での渋滞でもナーバスなところは全くなく、いたって普通。ストロークが国産車などに比べて少し長めなところだけしっかりと認識していれば、まさに踏力に対しての減速コントロールが自由自在。まるで足でそのままローターを踏みつけているような、ダイレクト感と微調整のしやすさ。ブレーキを踏んで関心したクルマはたくさんありましたが、ブレーキを踏み減速する、という行為に対して、これほど楽しさを感じられるクルマは、このボクスターが初めてです。
最後にもう1つ、ABS制御の上手さ。ドライ路面ではガツンとブレーキを踏むとキュキュっとスキール音が聞こえるくらいに、タイアの性能を100%使い切ってキチンと止めてくれ、ブレーキを残してコーナーに入る際の旋回ブレーキングでもロバスト性は完璧と言っていいほど高く、相当にアンジュレーションのキツいコンディションで、わざといじわるに強めに踏んでみても、4輪の接地性をキチンと把握して、直進性を乱す事もむやみに制動距離を伸ばす事もなく、いつも最適な減速状況を作り出してくれるこの巧みさ。この後、ワインディングを走り終え東京方面へ帰る途中、突発的なゲリラ豪雨に襲われたのですが、そんなウェットの中でもこのブレーキの安心感は全く揺らぐ事ありませんでした。
蛇足ではありますが、ポルシェのブレーキは、特に明記はされていませんが、ブレンボが採用されています。というよりも、ブレンボはポルシェと共に高性能を求め続けて、気がつけば一流ブレーキメーカーとなって、世界中の他メーカーからも採用され始めた…というのは、有名なお話です。
さて、本当に初めてのポルシェということで、その性能を実感することで、驚く事関心する事…驚きばかりでしたが、それで終わってしまっては面白くない(笑)ということで、当然もちろん気になる事無きにしもあらず、ということで、今回一緒に過ごす時間の中で、気になった点をいくつか…。
まずは、シート。抜群に良く効くシートヒーターは前回褒めましたが、長い距離を乗っていてもお尻や腰が痛くなる事もない、ドイツ車の良さをしっかりと感じさせてくれる一品…ではあるのですが、このボクスターをスポーツカーとして捉えた時に、ちょっとサポート性が全体に不足気味。特に肩付近をもう少しカッチリと支えて欲しいと感じました。
続いては、ステアリング。グリップが太めで、径も最適で、しっかりと脇の締まる「優れたドラポジに自然と誘う」いいステアリング。カチッとした革巻きの質感は○。なのですが、どうしても、このステアリング上を「横断」する、シルバーのプラスチック部分。これが運転中、どうしても手のひらに触れて気になる事が何度もありました。まぁこれは、とりわけ自動車パーツの中でもこだわってしまう「ステアリングフェチ」な自分だからこそ、の欠点なのかもしれませんが、やはりパリッとした全周1枚革巻きで仕上げて欲しいなぁ…というのが本音でありまして…。それでなくても、以前のPDK仕様になる以前の段階では、こんなデザイン性を優先した形ではなかったんですが…。
そしてステアリングの話をするなら、ついでにこれにも触れておかなければならないでしょう。素晴らしい変速を披露してくれるPDKですが、このステアリングシフトのロジックだけが、どうしても最後まで慣れる事ができませんでした。押してアップ、引いてダウン、という今までのティプトロ方式に慣れたユーザーを混乱させないようにとの配慮からこうなったそうですが…どう考えても加減速Gとは合わないし、またスイッチを押して反応してくれない(特に2段以上飛ばしシフトしたい場合の時など)事も多々。やはりこれはどう考えても、コンベンショナルなパドル方式の方が分かりやすいに決まってます。結局、ずっと、マニュアルモード時だと少し遠目になる(右ハンドルの弊害を唯一感じた部分)シフトノブで操作することとなりました。ま、MTなら…と思いきや、MTでもこの形状のステアリングになってしまうんですよね…それに右ハンドルのMTなんて、国内市場になんてどこにも見当たらない…(以下、ループ)
っと、ここで、フトある事に気がつきます。そうだ、最近確か、パドルシフト仕様のステアリングもオプション装着できるようになったんだっけ…そう思って探してみると、さっそくありました。左ダウン、右アップの、馴染みのあるパドルシフトが装着されたステアリング。
あ、見ると、このパドルシフト付のステアリング、プラスチックの横断もないし、最上部に目印の縦巻きステッチ、革のつなぎ目は下部分で、ほぼ全周革のつなぎ目のない、物凄く自分好みのステアリングではないですか…。オプション価格、74.000円ナリ。
そうだそうだ、ちょっとサポート性に不満を感じていたシートだって、ポルシェはオプションで選択が可能。ノーマルから、少しタイトな形状のスポーツレザーシートに変えれば、この不満だって解消されるはず。オプション価格、335.000円ナリ。
なんとか振り絞って考え付いた不満点は、全て「金でどうにかなる」結果となってしまいました(笑)。おそるべし、ポルシェのオプション商法。こういうことなら、足回りだってやっぱり18インチが欲しくなるし(190.000円)、乗り心地悪化分はPASMで補って(294.000円)、あっそうだ忘れてたLSDもちゃんと付けて(200.000円)、そうなるとボディやインテリアのカラーリングもこだわって…
こんな感じで自分の好みの1台を仕上げていけば、あっという間にノーマルのボクスターでも、ボクスターS…いや、しまいには911にさえ手が届きそうな値段になってしまって、はたまた全部要望詰め込んだら、注文生産で納車に1年近くかかってしまって、ようやく船で運ばれてきて、もうじき納車…と思ってきた頃にゃ、あらら次のイヤーモデルが出てきてさらにバージョンアップ…!?…理想のポルシェに出会う事、ポルシェの買い時とは実に難しい。というか、こういう事を考えてしまうのは、やはり一般的庶民の発想でありまして、ポルシェを買えるお金持ちのユーザーにはさして大きな問題でも、ないのでしょう。あぁ。(笑)
というわけで一気に現実に戻されてしまいましたが、最後にリアルなお話を。渋滞に巻き込まれ、散々ワインディングでアクセルを踏みまくって楽しんで、にも関わらず、走行終了後にガソリン満タンで燃費を計ってみると、なんと9.2km/L!渋滞とワインディング、それに高速ハイペース巡航区間がなければ、おそらく軽く10km/L台をキープしていたことでしょう。3Lクラスのミッドシップオープンスポーツカーでありながら。改めてですが、最新のPDKの制御の巧みさ、しいてはこのボクスター自体の万能さに、改めて驚き。
さて、以前、SDXさんに「ベンチマークとなるクルマはなんですか?」と質問を頂いた時に、2台、挙げさせてもらいました。
左脳的には(理屈、理論的には)、VWゴルフ。右脳的には(感情、感性的には)、マツダロードスター。そしてどうやら今回、自分は、このどちらをも凌駕し圧倒してしまう、まさに理想的基準車に、出会ってしまったのかもしれません。
「ポルシェって、いったい、どんなクルマなんだろう。」
試乗記冒頭に書いた、こんなクルマ好きなガキのフトした疑問。有難い事に色々な方のご協力があり、今回自分の身体をもって体感、体験し、その凄さと真実を、ヒシヒシと身にしみて実感した次第。20代前半の年齢では、今までたくさんのクルマを運転させて頂く機会に恵まれましたが、この日、この時に乗った、「初めてのポルシェ。真っ黒なボクスター。」との鮮烈な出会いの衝撃は、たぶん一生忘れない事と思います。と同時に、他のどんなクルマに乗っても、物足りなく感じてしまう…ポルシェ病。に、一時侵されつつありましたが、なんとか無事完治して、普通の軽でも運転の楽しさを失ってしまうような事には、なんとかならずに済みそうです(笑)。
「いつかは、ポルシェ…」。叶いそうにもない、貧乏大学生からすれば途方もない戯言ではありますが、自分の始まったばかりの自動車人生で、多大な影響を与えてもらい、また、目指すべき目標と出会えた、そんな貴重な24時間でありました。
…えっ?986初期型なら150万円くらいまで相場が下がってる?いやいや、そんな、ポルシェに手を出すなんてリスキーな…。えっ?後期型でも200万円台でゴロゴロある?987でも、300万円ちょいから良質なタマがそろってるって?…聞かないフリ聞かないフリ…(笑)