• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

正岡貞雄のブログ一覧

2020年02月16日 イイね!

ノムさん、84歳。『同時代の花』の死に心騒ぐものあり

ノムさん、84歳。『同時代の花』の死に心騒ぐものあり〜「デイリースポーツ紙」の喪に服したページ創りに寄せて〜


 84歳(1935年6月生まれ)。虚血性心不全で、独りひっそりと、彼岸へ旅立っていった野村克也さん。同時代を生き抜いた巨人・長嶋が太陽を燦々と浴びた「ひまわり」なら、わしは所詮、月を仰ぐ「月見草」よ、とぼやいてみせたノムさん。その突然の死を悼んで、T V各局はもとより、スポーツ紙全紙が競って工夫を凝らした特集を組んでいた。

alt

 その中で、長嶋茂雄さんやノムさんと同じ時代の空気を吸いながら生きてきたわたしが、吸い寄せられてしまったのは「デイリースポーツ」。まるで喪に服したような異色の紙面づくり。現役時代の野村捕手(以下、ノムさんと呼ばせていただく)が二塁へ向かってスローイングしているモノクロ姿を大写した第1面だった。追悼の想いがたっぷり込められていた。そのノムさんに添えた追悼のコピーの黄色の文字も似合っていた。

alt
*デイリースポーツ第1面(2020年2月12日)

「ノムさん ありがとう  天国でサッチーとおしどり夫婦」
そして赤い文字が短冊のように添えられる。
「戦後初三冠王」「本塁打王9度」「史上最強捕手」「I D野球で日本一3度」
「ヤクルト、阪神で《野村再生工場》」「ボヤキや名言も数多く残し」……


「生涯一捕手」として野球を愛した男、ノムさんの経歴も丁寧になぞってあった。
 1954年、テスト生で南海(福岡ソフトバンクの前身)に入団、契約金0円の無名選手は人一倍の努力と洞察力で打撃を開花させ、65年に戦後初の三冠王を獲得、70年に選手兼任監督に就任。その後、ロッテ、西武に移籍し、80年に現役引退するまで、首位打者1度、本塁打王9度、打点王に7度輝いた。
 90年にヤクルト監督に就任。データ重視の「I D野球」で就任3年目の92年にリーグ優勝を飾ると、翌93年に球団史上初の連覇をかざると同時に15年ぶりの日本一に輝くなど、9年間で4度のリーグ優勝、三度の日本一と黄金時代を作り上げた。

 問題はここからだった。わたしがデイリースポーツの紙面づくりに吸い寄せられた本当の理由も「ここからの出来事」にあった。後年、ノムさんも「その時代」を痛く悔いていたものだ。
 
三顧の礼で迎えられ、99年に阪神監督に就任。「野村T O P野球」を掲げ、長く低迷するチームの立て直しを期待された。
「野村再生工場」では遠山を巨人・松井キラーとして再生させ、遠山−葛西−遠山−葛西の投手リレーや、新庄を投手との二刀流に挑戦させるなど話題を呼んだが、3年連続最下位に沈み、沙知代夫人が脱税容疑で逮捕されたこともあり、01年オフに辞任した。

その時の阪神ファンの野村批判の声を真っ直ぐに反映させたのが、御用達メディアの「デイリースポーツ」であった。ノムさんが采配した3年間の虎軍団は、シーズンの前半こそ生き生きと闘うが、夏場からはがくんとモチベーションを喪うのが通例だった。その辺の悪しき症状にノムさんも対処するエネルギーを失って行った‥‥‥。

 これで「野村株」は急落し、それから5年後に楽天の監督に起用されるまでは、ノンプロチーム「シダックス」の監督を引き受けるなど、雌伏の苦々しい日々を送ることになる。

alt
*楽天時代の野村監督(TBSテレビ特番より)

 阪神での3年間を、ノムさんも「失敗だった」と認めたというが、その時の「デイリー」がどんな攻撃の矢を射ていたのか、近く国会図書館に行って調べてやろうか、などと思いつつ、2月12日発売の同紙をめくっていくと、あるわ、あるわ「ノムさん追悼」のページが9ページも割かれていた。

alt

alt

 その中で、特にわたしが注目したのは、『野村監督歴代担当記者の思い出』集で、中でも1999年の阪神キャップだった中村正直記者の寄稿を、ぜひご一読願いたい。そこにはノムさん番ならではの交流が窺われ、◎印を付けさせていただいた一文であった。

■猛虎時代の到来を感じさせた『愚公移山』
青天の霹靂(へきれき)で阪神監督に就任した野村克也氏に、正月紙面の登場をどうお願いするか、かなり考えた。いまから22年前の1998年12月、阪神吉田義男監督の後任問題で“へま”をし、マンマと他紙に野村新監督を抜かれてしまった。せめて正月紙面ぐらい他紙にないものを企画しよう!と考えたのが、中国の故事から採った四字熟語『愚公移山』の1面、終面連版だった。
 歴史好き、書物好きの“ノムさん”をうならせる故事を探し出すのは苦労した。しかし『列子』という書物を読むうちに、当時の阪神にそっくりな逸話を見つけ出した。それが『愚公、山を移す』だった。
 これをノムさんに説明すると「ワシは知らんわ」と言いつつ、ニヤッと笑って快諾。後日、毛筆でこの『愚公移山』をしたためてくれた。
 1999年元旦、その文字がデイリーの1、終麺を飾り、野村監督による猛虎新時代の到来を感じさせた。しかし、時はまだ熟していなかったのだろう。さまざまな革新的な挑戦には感服したが、まだ劇的に当時の“ダメ虎”を変えるまでには至らなかった。ノムさんの“常識”に、当時の阪神がついていけなかった—というのが私の実感ではある。
 野村のおっさん……。デイリーは、いや、俺はイヤミな敵、だったかもしれない。しかし、ホント、本当に尊敬していた。山を動かそうとしていたおっさんこそ『愚公』かもしれない。冥福をただただ祈りたい。

alt
*デイリースポーツ編集部に貼ってある野村克也氏の『愚公移山』の書

 さて、本稿の本題はここから始まる。実は同世代のプロ野球選手で、これはと思われる光り輝いたプレーヤーとは「雑誌編集者」という仕事を通して、ほとんどインタビューしたり、対談をお膳立てしたり、あるいは連載ページをお願いしたりとナマでお逢いして来た。

alt

 「週刊現代」の創刊3号(1959年4月26日号)で、当時東映フライヤーズの新人選手の張本勲選手をグラビアページでクローズアップ(「創刊3号」と《駆け出し時代》の痛い記憶をクリック)するため、夜の東京駅プラットホームで撮影したのを皮切りに、国鉄スワローズの金田正一投手の特集グラビアで張り付き取材をしたのも自慢話の一つ。さらにいえば、長嶋茂雄、村山実、江夏豊といったレジェンドとも貴重な単独取材の時間があったりしたのに、なぜかノムさんだけはノータッチであった。
 なぜか。その心残りが今も悔やまれてならないが、次回はそのあたりから、始めようか。
Posted at 2020/02/16 01:47:03 | コメント(3) | トラックバック(0) | つれづれ自伝 | 日記
2020年01月30日 イイね!

中谷明彦君の「律儀さ」に呆れる

中谷明彦君の「律儀さ」に呆れる『北海道雪上試乗会』のハシゴやら、何ごとにも


【左は北京サーキットでRAV4をチェックする”律儀マン”。2019〜20年次日本カーオブザイヤーに選ばれたとあって彼の地でも大注目!】


 頃合いを見計らって浅草橋の中谷君のお見舞いに行くつもりが、こちらの方が左腰の変調からモタモタしていて、うまくいかない。それがやっと落ち着いてきたので、今週末あたりはどうだろう?と、彼の状況を把握すべくFace Bookをチェックしてみて驚いた。

alt

 なんとご本人は北海道にいるという。日産の雪上試乗会に参加しているという。N I S S A Nのスキー帽姿がこちらを向いている。左眼の傷痕をサングラスで隠しているところが、やっぱり痛々しいが‥‥‥。

2時間前 #日産雪上試乗会
リハビリ2日目は日産試乗会です。白いドローンを見てややP T S Dを発症気味です。

「PTSD??」‥‥‥心的外傷後のストレス障害。

 そうだろうな。その辺の短いコメントで、中谷君は律儀にコメントしている。多くの方がその後の症状を心配してくれているのを、彼はちゃんと弁えている。

 もうメディアの現役でないから、東京近辺のイベントでない限り、わたしには声はかからなくなったが、この週のはじめから北海道・千歳でV O L V Oが、日産が札幌のモータースポーツパークで、それぞれ「雪上試乗会」を催しているのは知っていた。しかし眼球治療中の中谷君が、その北海道まで足を運ぶのは予想もしていなかった。

 慌てて、彼のメッセージをさらに1日分、戻ってチェックしてみる。1月28日 21:54に投稿していた。

alt
*北海道・千歳VOLVO雪上試乗会

「リハビリを兼ねて北海道のボルボV60クロスカントリー雪上試乗会に参加してみました。クルマの良さはカートップ誌でレポートするとして、雪上カートでは目測を誤りスピンして下位に沈みました。まだまだリハビリが必要なようです」

 その「近況報告」に対して、わたしは気づいていなかったが、すでに400名を超す「お仲間」から「いいね!」が届いているではないか。

 悔しいから、もう一つ先に打ちこまれている彼のメッセージをチェックしてみる。「1月23火18:59」の投稿なのだが「いいね!」はただ一人の模様。
なんだか長たらしいインターネット・アドレスが添えてあるだけだったが、その下に「IXIGUA.COM」とある。ウン!? 試しにクリックしてみた。どうぞ、あなたにも同じことを試して欲しい。何が起こるのだろうか。

 そう、あの北京サーキットでの収録シーンが出来上がっていたのである。

「三国争覇――中日徳三国SUV哪家強?」

 このタイトルからおおよその察しはついた。中国・日本・ドイツ三国のコンパクトS U V品定め、いや「争覇」とあるからにはバトルをやらかそうというのだろうか? TOYOTA/RAV4の脇に立っているのは中谷君ではないか。
「徳」とは「獨逸」のことらしく、VWティクロンT S Iが動員されている。そして「中」代表は長安汽車製のCS75PLUS。

alt

alt

 すでに44万強の視聴回数がカウントされており、「いいね!」も1600回を越えていた。さあ、こちらも大急ぎで「視聴者」の仲間入り‥‥。

28分38秒。画面のなかの中谷君は、いつもの「中谷明彦」だったが、共演の二人は「まあそんなものだろうな」で、特に感想はなし。ただ一つ、気になったのは「ドローンの体当たり」を受けたのはどのマシーンだったのか、という点であった。

alt
*種明かしをしておけば、ドローンが体当たりしたのはこちらではない、と中谷君から指摘あり。取り消します。

alt

alt

*ドローンが体当たりしたのは、こちらでした。

 見終わって、ともかく中谷君に携帯電話でアプローチ。虚しくコールするだけだった。まだ北海道にいるのだろうか。
 そして、1時間が経って、iPhoneが中谷君からの受信を報せる。いつものことながら、なんという律儀さだ。
――ああ、中谷です。札幌から羽田に着いて、電車の中だったので、失礼しました。

 声にいつもの力感が蘇っていた。短く現況を確認し合う。週末は三菱自動車広報の功労者が定年退職するのを、メディア関係者の呼びかけで「感謝・激励する会」が用意されているので、その時にお会いしようと話はまとまった。

alt
*中谷明彦FBページより


 中谷君がCARTOP誌の編集者でありながら、レーシングドライバーとしての足場を固めさせてくれたのは三菱ミラージュカップであったのは広く知られている。その時からのバックアップ体制を推し進めた名物広報マンの送別会。中谷君にとっても「特別の人」。久しぶりに『ミラージュカップの昔話』で盛り上がる夜が期待できそうだ。        (この項、終わる)
Posted at 2020/01/30 11:12:54 | コメント(3) | トラックバック(0) | この人に逢いたい | 日記
2020年01月20日 イイね!

それからの中谷明彦が動き出した!?

それからの中谷明彦が動き出した!? 〜それはドローン操縦者への叱声だったが〜

FaceBook の1月17日付けで眼球治療中の中谷明彦君が元気になって動き出したぞ……思わずそう叫んでそのメッセージに飛びつき、一読する。

《操縦者がこの理論を知っていたらドローン突入は避けられたはずです。》
投稿日: 2020年1月17日 TEXT: 中谷明彦 PHOTO: WEB CARTOP

【同じボンネットの穴でも役割はクルマによってさまざま】レーシングドライバーが解説するダクトの意味とは・・・ただその一文の見出しで、そんなことも知らないでドローンを操縦して、正面からの接近映像を撮ろうとした結果がこれなんだよ! と、シニカルに叱声しているが。 



 てっきり、北京でのアクシデントのことに言及しているのかな、と身構えたが、どうやら『Web Cartop』に連載中のレーシングカーメカニズムで、ちょうどドローンを吸い寄せてしまうボンネットの穴についての考察だった。ひとまず読んでみて欲しい。
☆   ☆    ☆    ☆

●ランエボとインプの「穴」の役割は異なる
 三菱のランエボ(ランサー・エボリューション)やスバル車(インプレッサ・WRX)など高性能を標榜するモデルの多くにはボンネットフードに穴が開けられている場合が多い。最新モデルの日産GT-Rニスモ2020モデルではボンネットフードの穴に加え、フロントフェンダーにも穴が開けられた。これらの「穴」が意味するのは一体何なのかを解説しよう。

 一言に穴と表現しても実際にはその形状はさまざまだ。そしてその役割も形状や設置場所によって異なっている。大きくわけると「空気を入れる穴」と「空気を出す穴」に区分できる。前出ランエボとスバル車で見るとランエボは空気を出す穴で、この場合は「エアアウトレット」と表現する。一方、スバル車の場合は「空気を取り入れる穴」で「エアインレット」と表現されるものだ。
だが市販車の場合、ことはそれほど単純ではない。一つはボンネットフードに穴を開けることでボンネットフードの剛性不足が生じ、補強をしなければならない。その結果ボンネットフードが重くなり運動性能に悪影響を与えてしまう。



 またボンネットフードに補強を加えることでボンネットの変形が抑制され、歩行者が衝突した場合などに頭部損傷のリスクが高まってしまう。さらに雨などがエンジンルームにダイレクトに進入してしまうためエンジンや補機類の腐食など耐久性面にも問題が生じ易くなってしまうのだ。
 冬季など外気温度が低い時はエンジンルームから排出された高温の空気がフロントガラスに当たり、ガラスを曇らせて視界を遮ってしまうこともある。そのためにさまざまな対策が必要になってくる。

 アクシデントに見舞われ、施療中の彼がこんなに冷静な執筆をするものだろうか。首を捻ってしまった。
そこで、さらに「Webcartop」を深掘りしてみると、同じ日に「試乗記」として中谷君のTEXT「ディーゼル車と気づかないほどの加速フィールや静粛性! メルセデス・ベンツGLE400dに非の打ち所ナシ」まで掲載されている。それで得心がいった。これは年初、北京に旅立つ前に入稿したものだ、と。



中谷君が北京より帰国してから電話をもらったのは、前週の日曜日、わたしが『みんカラ』入稿をアップし終えた15分後の17時20分だった。そうだ、同じ日曜日なら差し支えないだろう。19日の19時30分、中谷君をコールした。すぐに繋がった。
「ご免、状況を窺っていたので、お見舞いに行かなくて‥‥‥」
「いえ、いえ。ご心配をかけして」
「で、どうなの? F BにWEB Cartopで暗にドローン操縦者を叱るレポートを載せていたけど」
「あ、あれは出かける前にあげた連載物なので」
「そうか、えらく冷静な書き方なんで、そうだろうと思っていたけど、病院の方は?」
「あ、新妻先生のクリニックです。ほら、黒澤さんの『新ドライビング・メカニズム』に登場する先生‥‥調べてもらったら、まだ眼球にレンズの破片が残っているみたいで、あと2、3週間はかかるようです」



 そうか、安心するのは早過ぎたようだ。元気宣言はもっと先か。
近くお見舞いに伺うことを約束して、電話は終わった。ちょうどN H Kの新しい大河ドラマ『麒麟がくる』のオープニング・シーンがT Vモニターに大写しされたところだった。頃合いを見計らって、浅草・蔵前橋に。お見舞い品は何がいいのかな。

2020年01月12日 イイね!

中谷明彦「眼球負傷」ニュースの衝撃

中谷明彦「眼球負傷」ニュースの衝撃〜北京サーキット撮影取材で思い出したこと〜

 正月七草も終わってやっとお屠蘇気分も抜けたのに、また三連休だ。もっともこの期間は走りの好きなカーガイ野郎には、幕張の『東京オートサロン2020』が待っていたから、3連休は大歓迎に違いない。

alt
*ラスベガスにいたはずのTOYOTA豊田章男社長が東京オートサロンでのGRヤリスのワールドプレミアにサプライズ登場。彼がどれほど「走り」を大事にしているのか窺える瞬間だった! 

 そんな浮かれた気分を吹き飛ばすように「中谷明彦、中国北京サーキットで右目を負傷!」というニュースが、1月9日の夜に流れた。

——レーサー中谷明彦さん右目大けがで「眼球破裂懸念」ドローンがフロントガラス突き破り顔面激突、と。(YAHOO!ニュース・中日スポーツ)

 もしこのニュースを知らないでいたら、その時の衝撃の度合いはどれほど大きかったことだろう。幸いというべきか、そのアクシデントを、中谷くん自身の「F Bページ」への書き込みを、1分後の時間差でキャッチしていたのでおおよその状況は把握していたのだ。彼は中国北京に向かう時に、まずF Bの通信欄で「業務連絡」と断ってから「各位 1月6日から9日まで中国北京に出張いたします。通信環境から連絡とりにくい場合があります。ご了承の程よろしくお願いします」とメッセージし、次に1月9日の午後1時に自身のフェイスブックで、こう明かしていた。

「業務連絡 各位 現在北京出張中ですが、昨日サーキット走行取材撮影中に撮影用ドローンが墜落し車のフロントグラスを突き破って顔面に激突するという事故が発生しました。私は右顔面と右目に大怪我を負い、現在飛行機の減圧により眼球破裂が懸念されるため予定していた本日の帰国にドクターストップがかかりました。

alt

「え!!」絶句状態が30秒も続いたろうか。その間、私と同じように「業務連絡」をキャッチしたFBフレンズの書き込みがガンガン入っていく。「大丈夫か! 眼球破裂とは只事ではない! みんなが同じ想いだった。問い合わせることが不能な北京での出来事‥‥‥ただ次の連絡を待つ。これしかなかった。

 1日が経って、やっと第2信が書き込まれた。
「各位 昨日お知らせした状況について、多くの皆様から励ましと応援のメッセージをいただき大変ありがたくお礼申し上げます。本日再検査の結果フライト許可が降りました。無事帰国しましたら皆様にご報告させていただきます。中谷昭彦」

 ああ、よかった。みんなも同じ想い。あっという間にコメント欄への書き込みが膨れ上がっていく。帰国してからの連絡を、やっぱり待つほかなかった。その間、北京での走行撮影というフレーズから、中国最大の自動車ネットメディアが筑波サーキットを占有し、中谷君を中心にガンさんや桂伸一君が動員された新車テスト&バトルのことを思い出し、確認してみることにいた。 

   ☆    ☆    ☆

2016年03月01日

『ベストモータリング』筑波で復活!?

中谷君と『第5回ベストモータリング同窓会』を東京で開催する件で、日程の調整をしなければならないのに、中谷君がスエーデンや北京に行ったままで、なかなか連絡がとれない。やっと帰国してくれたと思ったら、実は中国最大の自動車ネットメディアが筑波サーキットで新車テストをやることになって、当分バタバタして時間がとれそうもないという。その辺の様子を中谷君のFBメッセージが短く的確に伝えているので、参考までにコピーしてみると……。

alt

「毎月北京で活動していた中国最大の自動車ネットメディア・易車網が筑波サーキットに来襲! シビックタイプRとルノー・メガーヌ・トロフィーRSなど注目の車種7台でタイムアタックしました! アタッカーは僕とガンさん、コボちゃん。カートップ誌とのコラボ企画として両メディアでレポートします!」

 ドライバーにガンさんとコボちゃんにお願いし、こちらでの具体的なフォローは『CARトップ』が引き受けてくれた、ロケの日時は2月29日、すっぽり貸し切りだという。それならば、ガンさんのOKをとって、3者会議をそこでお願いしようか、と話がまとまった。
(中略)
 29日の関東地方は午後からの天候悪化が予報されていた。
 ロケの終わる頃に筑波入りする腹つもりで、正午ジャストに練馬の自宅を出たのに、午後1時15分には筑波のパッドックに通じるトンネルをくぐっていた。ピットには中国チームの大型バスが横付けされ、コースの方では間違いなく撮影隊らしいグループが右往左往しているのが、見て取れる。

alt 

 ゲスト用のパーキングスペースにプログレを駐(と)める。隣の富士山ナンバーの白いメルセデスは間違いなくガンさんのマイカーだ。と、近づいてくる見慣れた顔。1997年2月号から「ベストモータリング」の編集長を託した山本亨君じゃないか。そうか、彼も紆余曲折があっていまでは『CARトップ』WEBの責任者に落ち着いていたと報告を受けていたが、この中国プロジェクトの「日本ロケ」を取り仕切っていたとは、面白い巡り合わせである。
(中略)
中谷君が中国側の通訳を連れてきた。このあと、社長を紹介したいという。何か、わたしに話があるようだった。肝心のこちらからの打ち合わせ事項はすでに、前夜の電話で確認済みであったから問題はない。

alt

 午後の部が始まる。色々と顔見知りが挨拶にやってきてくれる。この空気、まるでベスモのロケである。もし、バトルがあるのなら、ぜひスタートのライト ON、ゴールフィニッシュの旗振りを買って出るところだった。キビキビと流れを取り仕切っている山本君。こんな日がやってくるとは……。

 中谷君がマイクを握って、午前中にタイムアタックした2台、メガーヌとタイプRに寄り添っているガンさん、コボちゃんのインプレッションを聞き出すことから始まった午後の筑波サーキット。降り注ぐ初春の柔らかい日差し。幸い、天候は崩れないままだった。なにかが、こみ上げてくる。

中国からの随行のカメラマンがしきりにカメラで狙っていた。その独特のポーズに大拍手。

alt

alt

 さてそろそろ、と挨拶をしかけたところへ、今回の北京からの筑波遠征を企画した『易車網』の社長が見えて名刺交換。そうなれば出来上がったばかりの『PORSCHE 偏愛グラフィティ』をがんさんと中谷君のサイン入りで差し上げるのが礼儀だろう。そこからまた新しい「ドラマ」が生まれるならば、ああ、クルマ人生、たのしからずや、である。

☆    ☆    ☆
 恐らく今回の北京出張も、あの時の『易車網』のオーダーだろうから、その対応に心配はないはずだが、と思いを巡らしていると、3連休の中日になって、やっと中谷塾の塾長から、帰国後の「業務報告」が掲載された。

「ご心配をおかけしました。無事帰国し、昨日いつもお世話になっている新妻先生のクリニックで診察を受けました。視力低下や合併症の恐れはありますが、失明など最悪の事態にはならないですみました。撮影時に付けていたレイバンが眼球を圧迫しましたが、割れることなくガラス片を全面に受けてくれたことで両眼とも守ってくれていたようです。レイバンのタフさに先生も驚いていました」

alt

 心配なのは、むしろこれからのことだが、中谷君もこれまで様々な試練に直面し、きっちりと克服してきた大事な人材である。快癒の報を待っていよう。

《追記》当ブログをアップした15分後、中谷君からTELが入り、元気な声を聴くことができた。反響の大きさ、激励のメール等に驚き感謝していました。 なお、今回の取材は『易車網』との仕事ではなかったそうです、念のため。

 ●その中谷君の大事にしている著書の一つに『PORSCHE 911 ドライビングバイブル』という電子書籍があり、運がよければ3000円の電子マネーをゲットできるチャンスが用意されている。締め切りが1月16日までとあるから、時間の余裕はないが、ぜひ挑戦されたし。黒澤さんの『新ドライビングメカニズム』も同様にゲットできる『ConTenDo』の嬉しいプレゼント。
こちらからどうぞクリックを!

alt

alt

alt

alt

Posted at 2020/01/12 17:04:51 | コメント(8) | トラックバック(0) | ベストモータリング | 日記
2019年12月31日 イイね!

“『思い出BLOG』の宝石②”突然沸騰の意味を追う

“『思い出BLOG』の宝石②”突然沸騰の意味を追う〜8年半前の「あの頃」がまだ生きている歓びを伝えたい〜


 2019年も残された日があと5日になった12月26日の朝は、ルーティンの「みんカラBLOG」マイページのチェックからはじまった。
 
まず上段にセットされている「PVレポート」から。 
 クリックして眼を剥いた。前日(25日)の来訪者数を報せるピンクの横棒がピーンと伸びている。
「1638」
このところ、すっかり更新するエネルギーを失っている、その申し訳ない状態から見れば、4桁の数字は「え!? どうしたの? 何があったの?」と、驚いてしまう。
新しく更新した翌日、たとえば12月でいえば、3日の「887」は《「南天の朱い実」と「白いテスラモデル3」の関係》である。テスラモデル3の登場は、結構イケる、ナマの題材のつもりだったから、それを2倍近くも超える理由は何だろう。正直、見当がつかなかった。

alt




 ま、そんなことより、いま手をつけはじめている「みんカラ BLOG」の続き、テスラで箱根のガンさん邸へ向かう原稿を早く仕上げた方がいいのではないか。こう、己れを叱ったものだ。そのせいもあって、「1638」ものカウント数を集めたテーマが何だったか、深く詮索しようともしなかった。

 ところがその翌日(つまり12月27日)の「PVレポート」をチェックしてみて、今度は息を嚥(の)んでしまった。また4桁の訪問者数がカウントされていて、そのトップが前日に続いて2011年07月08日掲載の《『思い出BLOG』の宝石② 中谷明彦君のこと》だった。



う〜ん。ちょっとわからない。「みんカラ」のSPECIAL BLOGを引き受けて直ぐのことだし、ベストモータリングが休刊する『ファイナルバトル』をFSWで催すというので、とりあえず田辺靖彦君に連れて行ってもらったのだが、そこへ中谷明彦、大井貴之の両君もせっかく駆けつけてくれたのに、その時のロケのあまりにも味気ない制作態度に疑問を持ってしまった。その帰りに中谷君とお茶を飲みながら、読者からに目線を喪失していたね、といった話をしたものだが、それを中谷君がかれのBLOGで《最後のロケを見に行ったけど、帰りに正岡さんが「こんなベスモなら無くなって当然。毎月見てくれていた読者に申し訳なかった」と言われたのが象徴的だったね。》と明らかにしたのが、妙に話題になってしまったのを覚えている。

 そんなことが、今になって話題になってしまったのかな。腑に落ちない。おまけに、わたしのi-phone専用のメール・アカウントに、これまで交流のない、記憶のないネームの方から「フォロー」を求めるメールがしきりと届きはじめているし、本拠の、「みんカラ」の方にも「イイね!」の来客が俄かに増加しており、そして嬉しいことにそのお客さんが、さらに同系列の新しいページに「イイね!」という意思を伝えてくれている。それが一気に5〜10項目も連鎖しているのだ。

 さて、どうしたものか。そこでこちらから調査に乗り出すことにした。「イイね!」の中から、こちらからメッセージを送って、今の状況を伝えた、なぜ「イイね!」と意思を伝えていただけたのか。問い合わせることにした。そして選んだのが12月26 日の朝に『思い出BLOG』で「イイね!」してくれ、それを機に直近の項目にまでアクセスしてくれた「ELAN」さんへ白羽の矢を立てる。こんな内容で「メッセージ」を送ることにした。

件名は「お伺いします」とし、以下のような本文を送らせていただいたのである。
     ☆  ☆ ☆

ELANさま

突然ですが、ちょっとお邪魔させてください。その昔、「ベストモータリング」を主宰していました正岡です。
実は12月27日(つまり、今日ですが)、わたしの『みんカラBLOG」を開き、PVレポート欄をチェックしましたところ、異変がありました。


いつもなら、最近ではせいぜい500〜800程度に落ち着いているアクセス数が、その日(つまり12月26日分)は一気に倍増し、1638をカウントしているのです。

そこでさらに1638をクリックしてみますとその詳細が出て来ます。418。『思い出BLOG』の宝石②中谷明彦君のこと・・・それに集中していました。その後、それに関連した項目が続き、特別に新しいテーマでもないし、おや? 何があったのかな、と首を捻っているところです。

そこで該当日に「イイね!」をチェックいただいた中からELANさんを選ばせていただき、どんな経過でわたしの「みんカラ」を選び、その「中谷君のこと」に直接アクセスいただけたのか、お伺いさせていただいたわけです。経歴を拝見しましたところ「北九州市」にお住まいのご様子。わたしも18歳まで北九州八幡東区にいましたし、その親近感から、ちょっとお願いしてみようかな、というわけでした。

勝手ながら、参考までに、中谷君ご指名の経緯を知りたくて、メッセージ欄を利用してお伺いさせていただきました。よろしくお願いします。

東京の歳末の空は、晴れていますが、風の鳴る音が聴こえます。良いお年をお迎えください。

     ☆    ☆ ☆

送信したのが午前11時27分。3時間が経って、「ELAN」さんから返信があった。

「ご指名ありがとうございます。
只今日帰り出張中のため、後ほど改めて返信差し上げたいと存じます。
                          エランより」

 そして、7時間30分後、「中谷さんの件」とタイトルして、メッセージが届いた。社会人としてのかなりの経験を積んだことが察せられる、配慮の効いたレスポンス。こうした交流、ベストモータリング同窓会と相通じる空気に嬉しくなる。
   
☆     ☆     ☆    

お待たせ致しました。

簡単に申し上げますと、多くのフォロワーを抱えている『みんカラ』ユーザーの「クラゴン」さんが正岡さまのブログ記事を下記で引用されたからです。

「モータージャーナリストのドライビング判定」

「モータージャーナリストのドライビング判定の続き」

彼はみんカラセレクトで、クルマ業界有名人ブログとして紹介されています。
「クルマ業界有名人ブログ」

 正岡さまもSpecialBlogとしてみんカラより紹介されているのと同じように、クラゴンさんも影響力をお持ちと存じます。
クラゴンさんはドラテク教室を開催されていますが、辛口レビューでも有名です。
その彼が正岡さんや中谷さんを尊敬しているという内容の記事でした。



私もベストモータリングのファンであり、黒沢元治さんや中谷明彦さんのファンです。
そういった人間にとって、正岡さまの記事は関心が高いですし、イイネされた方も多いのではないかと思われます。良い意味で、正岡さまの記事を読んだ人が多かったのではないでしょうか。

ちなみに、私も幼い頃に八幡東区の桃園に住んでいました。
亡き父が新日鉄八幡(いまは日本製鉄ですが)工場に勤務しており、その社宅で育ちました。(中略)

個人的にですが、数年前より走行会主催をしてきました。
峠や高速道路での危険運転を防ぎ、モータースポーツの裾野を広げることを目的としております。
今後もモータースポーツの発展と理解を広げるべく、活動して参りたいと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。

           ☆   ☆   ☆

やっと、コトの核心に近づけたようだ。早速、教わったクラゴンさんのU R Lを開かせていただいた。おお、なんと好ましい、走り屋魂の熱い空気に満ちた「みんカラ」ページ。それにびっくり、「クラゴン」さんは「ベストモータリング同窓会」のメンバーじゃないか。それも相当に早い時期に入会いただいている。



 なるほど、そうだったのか。お会いしてないのが不思議なくらいだ。それにしてもフォロー数が249、フォロワー数にいたっては1864か。自らを「趣味はドライビング鍛錬、特技はドライビング指南クラゴン親方です」とはっきり言い切る背景も理解できた。

 その「クラゴン親方」が「ジャーナリストのドライビング判定」について所論を展開しいていて、その中で中谷君のことに、こう触れていた。

――ハッキリと言うと、スポーツ的な車種の性能を引き出すだけのスキルがない人がけっこういらっしゃるように見受けられます。
スポーツモデルをサーキットに持ち込んだら、そこで見るのは限界の性能と言ってもいいでしょう。

で、そのインプレをする人は、果たしてクルマの評価を正しくできるだけの腕があるのか。クルマの評価を正しくするなら、それだけのドライビングスキルがあるかどうか、という評価をされるのもまた必然です。
 
もう懐かしいけど、ベストモータリングは良し悪しがわかったじゃないですか。その結果として広報車チューンなんて事件もあったりしたけど、それはつまりキッチリと評価していたということでしょう。



尊敬する中谷さんは、「読者に正しく伝えられなくなった」という理由で、ベスモを降りたと記憶しています。と思ったら初代編集長の正岡さんのブログがありました。

そうそう。映像のイメージはともかく、中谷さんはマジで熱いクルマ好きですから。オレもドライビングに対する理論的な考え方は、中谷さんの影響を強く受けています。

ベスモがすごかったのもそうだけど、本当にすごいのは、あれだけのメンバーを束ねて毎月映像を出していた正岡さんだと思う。

クルマは進化して、伝える手段も進化して、伝える質が退化しているというのは、クラゴン部屋というクルマ好きが集まる現場にいる親方として、けっこう心配になるところです。

☆    ☆ ☆

ELANさんの誘導で、ともかく発火点まで辿り着くことができたが、その考察と引用が長くなった。





 ともかく「クラゴン」親方がいかにスポーツマインドに満ちた「カーガイ」であるかもわかった。己れのスキルを高めるためにニュルブルックリンクにまで遠征し、耐久レースに出ているのも、胸が締めつけられほど理解できた。
もう少し時間をかけて、「クラゴン」親方を中心に広がっているものを見極めてから、さらに筆を進めたい。

ああ、もう直ぐ除夜の鐘を撞く時間。皆さん、どうぞ佳いお年を。








Posted at 2019/12/31 23:07:24 | コメント(9) | トラックバック(0) | 還暦+白秋期の23歳 | 日記
スペシャルブログ 自動車評論家&著名人の本音

プロフィール

「3連休中日、富士フレッシュマンレースで青春を燃やした中・老年男の同窓会をFBで速報。今を支えるエネルギー源を確認。そのせいか翌24日のみんカラPVレポート欄の第1位は【還ってきた愛しのEXA】。FBレポート末尾でリンクした8年前のみんカラブログに未読の仲間が訪問してくれたわけか。」
何シテル?   02/25 09:59
1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2020/2 >>

      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829

リンク・クリップ

祝・みんカラ歴6年! 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2020/01/06 10:51:53
"トヨタ プログレ"の愛車アルバム 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2019/10/18 15:20:39
魚菜センター(青森)のっけ丼 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2019/09/03 21:31:43

愛車一覧

トヨタ プログレ トヨタ プログレ
「NC」とは、ニュー・コンパクトカーの略と記憶している。(その後、NEO CATEGOR ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
©2020 Carview Corporation All Rights Reserved.