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正岡貞雄のブログ一覧

2020年01月12日 イイね!

中谷明彦「眼球負傷」ニュースの衝撃

中谷明彦「眼球負傷」ニュースの衝撃〜北京サーキット撮影取材で思い出したこと〜

 正月七草も終わってやっとお屠蘇気分も抜けたのに、また三連休だ。もっともこの期間は走りの好きなカーガイ野郎には、幕張の『東京オートサロン2020』が待っていたから、3連休は大歓迎に違いない。

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*ラスベガスにいたはずのTOYOTA豊田章男社長が東京オートサロンでのGRヤリスのワールドプレミアにサプライズ登場。彼がどれほど「走り」を大事にしているのか窺える瞬間だった! 

 そんな浮かれた気分を吹き飛ばすように「中谷明彦、中国北京サーキットで右目を負傷!」というニュースが、1月9日の夜に流れた。

——レーサー中谷明彦さん右目大けがで「眼球破裂懸念」ドローンがフロントガラス突き破り顔面激突、と。(YAHOO!ニュース・中日スポーツ)

 もしこのニュースを知らないでいたら、その時の衝撃の度合いはどれほど大きかったことだろう。幸いというべきか、そのアクシデントを、中谷くん自身の「F Bページ」への書き込みを、1分後の時間差でキャッチしていたのでおおよその状況は把握していたのだ。彼は中国北京に向かう時に、まずF Bの通信欄で「業務連絡」と断ってから「各位 1月6日から9日まで中国北京に出張いたします。通信環境から連絡とりにくい場合があります。ご了承の程よろしくお願いします」とメッセージし、次に1月9日の午後1時に自身のフェイスブックで、こう明かしていた。

「業務連絡 各位 現在北京出張中ですが、昨日サーキット走行取材撮影中に撮影用ドローンが墜落し車のフロントグラスを突き破って顔面に激突するという事故が発生しました。私は右顔面と右目に大怪我を負い、現在飛行機の減圧により眼球破裂が懸念されるため予定していた本日の帰国にドクターストップがかかりました。

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「え!!」絶句状態が30秒も続いたろうか。その間、私と同じように「業務連絡」をキャッチしたFBフレンズの書き込みがガンガン入っていく。「大丈夫か! 眼球破裂とは只事ではない! みんなが同じ想いだった。問い合わせることが不能な北京での出来事‥‥‥ただ次の連絡を待つ。これしかなかった。

 1日が経って、やっと第2信が書き込まれた。
「各位 昨日お知らせした状況について、多くの皆様から励ましと応援のメッセージをいただき大変ありがたくお礼申し上げます。本日再検査の結果フライト許可が降りました。無事帰国しましたら皆様にご報告させていただきます。中谷昭彦」

 ああ、よかった。みんなも同じ想い。あっという間にコメント欄への書き込みが膨れ上がっていく。帰国してからの連絡を、やっぱり待つほかなかった。その間、北京での走行撮影というフレーズから、中国最大の自動車ネットメディアが筑波サーキットを占有し、中谷君を中心にガンさんや桂伸一君が動員された新車テスト&バトルのことを思い出し、確認してみることにいた。 

   ☆    ☆    ☆

2016年03月01日

『ベストモータリング』筑波で復活!?

中谷君と『第5回ベストモータリング同窓会』を東京で開催する件で、日程の調整をしなければならないのに、中谷君がスエーデンや北京に行ったままで、なかなか連絡がとれない。やっと帰国してくれたと思ったら、実は中国最大の自動車ネットメディアが筑波サーキットで新車テストをやることになって、当分バタバタして時間がとれそうもないという。その辺の様子を中谷君のFBメッセージが短く的確に伝えているので、参考までにコピーしてみると……。

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「毎月北京で活動していた中国最大の自動車ネットメディア・易車網が筑波サーキットに来襲! シビックタイプRとルノー・メガーヌ・トロフィーRSなど注目の車種7台でタイムアタックしました! アタッカーは僕とガンさん、コボちゃん。カートップ誌とのコラボ企画として両メディアでレポートします!」

 ドライバーにガンさんとコボちゃんにお願いし、こちらでの具体的なフォローは『CARトップ』が引き受けてくれた、ロケの日時は2月29日、すっぽり貸し切りだという。それならば、ガンさんのOKをとって、3者会議をそこでお願いしようか、と話がまとまった。
(中略)
 29日の関東地方は午後からの天候悪化が予報されていた。
 ロケの終わる頃に筑波入りする腹つもりで、正午ジャストに練馬の自宅を出たのに、午後1時15分には筑波のパッドックに通じるトンネルをくぐっていた。ピットには中国チームの大型バスが横付けされ、コースの方では間違いなく撮影隊らしいグループが右往左往しているのが、見て取れる。

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 ゲスト用のパーキングスペースにプログレを駐(と)める。隣の富士山ナンバーの白いメルセデスは間違いなくガンさんのマイカーだ。と、近づいてくる見慣れた顔。1997年2月号から「ベストモータリング」の編集長を託した山本亨君じゃないか。そうか、彼も紆余曲折があっていまでは『CARトップ』WEBの責任者に落ち着いていたと報告を受けていたが、この中国プロジェクトの「日本ロケ」を取り仕切っていたとは、面白い巡り合わせである。
(中略)
中谷君が中国側の通訳を連れてきた。このあと、社長を紹介したいという。何か、わたしに話があるようだった。肝心のこちらからの打ち合わせ事項はすでに、前夜の電話で確認済みであったから問題はない。

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 午後の部が始まる。色々と顔見知りが挨拶にやってきてくれる。この空気、まるでベスモのロケである。もし、バトルがあるのなら、ぜひスタートのライト ON、ゴールフィニッシュの旗振りを買って出るところだった。キビキビと流れを取り仕切っている山本君。こんな日がやってくるとは……。

 中谷君がマイクを握って、午前中にタイムアタックした2台、メガーヌとタイプRに寄り添っているガンさん、コボちゃんのインプレッションを聞き出すことから始まった午後の筑波サーキット。降り注ぐ初春の柔らかい日差し。幸い、天候は崩れないままだった。なにかが、こみ上げてくる。

中国からの随行のカメラマンがしきりにカメラで狙っていた。その独特のポーズに大拍手。

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 さてそろそろ、と挨拶をしかけたところへ、今回の北京からの筑波遠征を企画した『易車網』の社長が見えて名刺交換。そうなれば出来上がったばかりの『PORSCHE 偏愛グラフィティ』をがんさんと中谷君のサイン入りで差し上げるのが礼儀だろう。そこからまた新しい「ドラマ」が生まれるならば、ああ、クルマ人生、たのしからずや、である。

☆    ☆    ☆
 恐らく今回の北京出張も、あの時の『易車網』のオーダーだろうから、その対応に心配はないはずだが、と思いを巡らしていると、3連休の中日になって、やっと中谷塾の塾長から、帰国後の「業務報告」が掲載された。

「ご心配をおかけしました。無事帰国し、昨日いつもお世話になっている新妻先生のクリニックで診察を受けました。視力低下や合併症の恐れはありますが、失明など最悪の事態にはならないですみました。撮影時に付けていたレイバンが眼球を圧迫しましたが、割れることなくガラス片を全面に受けてくれたことで両眼とも守ってくれていたようです。レイバンのタフさに先生も驚いていました」

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 心配なのは、むしろこれからのことだが、中谷君もこれまで様々な試練に直面し、きっちりと克服してきた大事な人材である。快癒の報を待っていよう。

《追記》当ブログをアップした15分後、中谷君からTELが入り、元気な声を聴くことができた。反響の大きさ、激励のメール等に驚き感謝していました。 なお、今回の取材は『易車網』との仕事ではなかったそうです、念のため。

 ●その中谷君の大事にしている著書の一つに『PORSCHE 911 ドライビングバイブル』という電子書籍があり、運がよければ3000円の電子マネーをゲットできるチャンスが用意されている。締め切りが1月16日までとあるから、時間の余裕はないが、ぜひ挑戦されたし。黒澤さんの『新ドライビングメカニズム』も同様にゲットできる『ConTenDo』の嬉しいプレゼント。
こちらからどうぞクリックを!

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Posted at 2020/01/12 17:04:51 | コメント(8) | トラックバック(0) | ベストモータリング | 日記
2018年04月06日 イイね!

この『揃い踏み』に、どうぞ拍手を!

この『揃い踏み』に、どうぞ拍手を!

一般販売用《黒澤元治スペシャル》&峠最強伝説《HV vol.151》
4月7日、同時発売!

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 2018年4月7日を、胸を弾ませて、わたしは迎えることができた。

 みんな、ありがとう。
 
 チロチロと燠火(おきび)となって、秘かに燃え残っているはずの「ベスモ遺伝子」。

 それを信じて、最後の編集長、本田俊也君はこの7年間、孤塁を守り続けてきた。

 ひたすら隔月刊の「Hot-Version」を強化し、一方でYouTubeという時代を変革するステージに「ベストモータリング公式チャンネル」を確立させた。

 その次の手が、クラウドファンディングによる支援者との共同製作《スペシャルDVD》。


 2017年8月、FUJIスピードウェイのゲートをバックにして、「クルマを愛するすべての遺伝子たちよ。我れに黒澤元治からの最後のメッセージを、創らせたまえ」と訴えた本田君。
 
 共感の輪が一気に広がった。
 
 2ヶ月間で470人の支援者が集い、拠出金も11,615,000円に達した。

   力を得た本田君は畳み掛けるように10月1日にニュルブルクリンク、11月1日にエビス東コースとロケを敢行、新しい「黒澤ワールド」を求めて、格闘した。
 
 その最終仕上げである「MA」にわたしも立ち会った。間違いなく、ホンモノが出来上がっていた。

 その内容は、この2月7日までは封印され、ファンディング協力者に行き渡った頃合いを測って、4月7日、一般販売が始まったのである。

 ただし、この一般販売DVDには「秘蔵映像」を核に編集された「裏ビデオ」は収録されていない。鑑賞者が息を飲み、しばらくは声も出なくなる特別な15分間の《禁断の映像》……。


 本田君、もうひと頑張りして、キミを支えてくれた「クルマを愛するすべての遺伝子たち」に、新しくそれを届けてくれたまえ。


       ☆           ☆          ☆

 
 2011年6月号を最後にして、終焉してしまったはずのBEST MOTORingが、再び翼を取り戻して飛び立つ日がやってきた。

 それも、辛うじて孤塁を守り続けた隔月刊の「Hot-Version」の最新号を、市販車最高レベルのバトルで、呼応し合おうというのだ。

 その晴れ晴れしい「ご両人」の揃い踏みに、どうぞどうぞ、拍手してやっていただきたい。その上で、そのダイジェスト動画を、ともあれ、ご覧になって欲しい。

 この後、時間を作って、このページの続きを補強する予定である。悪しからず。(4月8日10時現在)


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            黒澤元治 最後のメッセージDVD

              
              Best MOTORing 2018
             
                *「黒澤元治」クリックでダイジェスト動画スタート
                

            

  

   Hot-Version DVD vol.151

               
               *タイトルクリックでダイジェスト動画スタートします


                          

              

             ●ネット通販(AMAZON)利用は「こちら」からどうぞ

        


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Posted at 2018/04/07 20:23:26 | コメント(2) | トラックバック(0) | ベストモータリング | 日記
2017年12月30日 イイね!

『ベスモは不死鳥です!』の証明

『ベスモは不死鳥です!』の証明〜『黒澤元治スペシャルDVD』が仕上がりました!〜



 年の瀬も迫った12月28日の午後2時、JR山手線・五反田駅に降り立ち、品川区西五反田のSONY PCL映像編集スタジオへ向かった。なにしろ15年ぶりにMA(映像制作の業界用語=マルチオーディオ)に立ち会う機会がやってきて、足取りも浮き浮きしていたに違いない。

 初めての場所。目黒川の畔(ほとり)にあるとは聞いていたが、やっぱり道に迷った。で、本田編集長に電話を入れて、現在位置を伝え、やっとたどり着く。そのビルの前で映像作家の宮本欽也君が案内のために待っていてくれた。こんなところに本田君の心遣いのほどが・・・・・・。

 入館の手続きを済ませ、4FのMAルームへ。音響への配慮から、やたらと重く分厚い扉を手前に引くと、なんとも懐かしい15年前と同じ世界が待ち受けていた。

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 すでに、仁禮義裕ディレクターたちが音入れまですませてある映像編集作品に、最終的にナレーションを当てる作業がはじまっていた。おお、この声は!

 いまや『情熱大陸』のナレーターとしてブレークしている窪田等さんではないか。残念ながら、ナレーションブースに隔離されているから顔は見えない。もう20年近く逢っていないから、あとで久しぶりに挨拶できるのが楽しみだ。

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*ナレーションブースにはすでに窪田等さんが・・・( photo by T.Honda)

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 プロデュースする本田編集長はラウンジ風にめぐらされたソファーのど真ん中で、窪田さんに渡されたものと同じナレーション原稿と、モニターに映し出された映像とを交互にチェックしながら、どっかりと構えていた。目で挨拶する。で、どうぞ、という感じで自分はソファーの右端に移っていく。
「ありがとう」

 当然のように、かつてのわたしの定位置に腰を落とす。ふんわりと受け止めてくれるソファーの感触。そしてモニターにはガンさんのドライブする、あの真紅のボディーカラーを持つ愛車NSX-typeRが鈴鹿のスプーンを抜け、西コースのストレートを疾駆する姿を映し出されている。いつもの激しさを感じさせない滑らかな動き。
 ガンさんがコメントしている。
「こうやって、この年齢でもドライビングプレジャーを満喫できるなんて、ありがたいなあ」

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 アクセル、全開。待ち受けている130R。路面が濡れている。さすがに全開とはまいらぬが、NSXがコーンとひと吼えして、魔のコーナーを通過する。つづいて、最終シケイン。水煙を残してガンさんNSXが画面から消える。その背後を慕うようにミーティングに参加している3台のNSKが追尾するシーン。ナマのガンさん走りを自分の目で、自分の手足で、自分の心で受け継ぐ至福がそこにあった・・・・・・。  

 窪田さんの声がしっとりと重なり、映像に生命を注ぎ込む。
「黒澤元治、77歳。クルマを愛する遺伝子たちに贈る最後のメッセージと走りをいま、ここに!」

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 舞台は、たたみかけるように移っていく。2017年10月1日のニュルブルクリンク、一ヶ月後のエビス東コース。加えて、1987年から積み重ねて来た「ベストモータリング」での日々。黒澤元治ワールドの圧倒的な凄みが、新しい生命となって、改めて甦ってくる。その一挙手一投足に湧いた、あの日々・・・・・・。
 ああ、一人で見るのは勿体ない! みんなでワイワイやりたくなるじゃないか!

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 90分の尺で仕上がっている本編。これからパッケージ化され、2月になってから、グリーンファウンディングで¥5,000以上の協力を申し出た「仲間たち」に、ガンさんからのお礼のメッセージ、Best MOTORingのオリジナルステッカーを添えて、お届けする約束となっている。そして¥15,000の協力者には『秘蔵映像』スペシャルDVDが加わる。さらに¥30,000の協力者に対しては、映像のエンディングロールにその名前がテロップとなって流れることになっている。

 さぞかし、2月が待ち遠しいに違いない。少なくともそれまでは、DVDの内容については封印しておかねばならない。そして一般への発売は4月のなかばが予定されていると聞いている。ということは、ぜひ実現したいと願っている東京代官山・蔦屋書店のイベントプレースでの『トークショー』と『第6回ベスモ同窓会』も、そのころに設定することになるのだろうか。

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  午後4時半。窪田さんのナレーション入れが終わった。久しぶりの対面。握手。ハグでもしたい気分で、お互いの元気を確かめ合う。MAに関わった全員で記念撮影。考えてみれば、ベスモのホットな創りのときのナレーションは主に神谷明、大森章督のおふたりで、しっとりとした長尺物、たとえばBMスペシャルものは窪田さんを指名することが多かった。本田編集長がこう明かす。

「窪田さんのスケジュールを抑えるのが大変なんですよ。シグマ・セブン(所属プロ)と随分やりあって、やっとです」
 長寿番組の人物ドキュメンタリー『情熱大陸』。好きな番組のひとつである。その第1回からを窪田さんが手がけてきた。
「ベスモ復活の第1号に使っていただいて、ナレーター冥利に尽きます。それにしてもガンさんのこの記念すべき作品、みんなが喜ぶでしょうね」
 嬉しい言葉を残して、窪田さんは退室していった。

 いよいよこれから、窪田さんのナレーション入りの完パケ(完成パッケージの業界用語)創りがはじまる。オープニングシーン。おお、創刊号と同じCGを採用している! 泣けるね! 「ベストモータリングは不死鳥です!」そう宣言しているように、わたしには思えてならなかった。 
 
 それから90分。ENDロールが流れ、仕上がりチェックの試写が終わった。言葉は要らない。本田編集長、仁禮ディレクターとの握手だけで充分だった。
 
 時間は午後7時に迫っていた。このMAルームは8時から次の使用チームにバトンタッチされることになっている。
「今日はここまで?」
「はい」
  肩すかしを食った感じで、本田編集長に訊ねる。
「秘蔵映像スペシャルの方はいいのかい?」
「あ、このスタジオでは編集はやりません。近く、連絡します」
  それがいい。このまましばらくは、この満たされた至福感に浸っていたい。改めての連絡を待つとして、SONY PCLの編集スタジオをあとにした。
 折から五反田駅の周辺は、仕事納めをした人々や忘年会で早くもできあがっている若者たちで、ごった返していた。 

 帰宅してからすぐに、ベストモータリングの2011年6月号を書斎のDVD棚から取り出す。その号をもって、ベスモは休刊に入ったまま、今日に至っている。
 パッケージの表(おもて)面を見る。『LEXUS LFA 初登場! FINAL BATTLE in Fuji Speed Way』のタイトルがドカンと真ん中に座っている。それを下から支えるように、『クルマを愛する遺伝子たちへ GT-R EGOIST×黒澤元治』が・・・・・。

 そうだった。このファイナルバトルの収録ロケにわたしも立ち会っている。そのときの様子を当BLOGに連載をはじめた『つれづれなるままにクルマ一代』の第2回目に『青春のメッカFISCO』と題して、それなりの想いをこめて記述してある。ぜひ、【こちら】からどうぞ。

もう一つ、『水菜の季節、来たりなば』にも。

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 同行してくれた田部靖彦君が、東名高速から御殿場に降りたところで、黒沢元治さんはご家族と一緒にミズ菜とりをしているそうなので、畠の方へ寄ってみましょうか、といい出した。
 久しぶりの対面。富士を仰ぎながらのミズ菜とり。あ、ガンさんにも、時計の止まったようなのどかな時間があるんだ、とホッとしたところで、誘ってみた。
「これからベスモのラストロケが待っています、一緒に行きませんか?」と。
「いや、先日の『クルマを愛する遺伝子たちへ』の撮影で、読者へのお別れのメッセージはすませているから」
 いかにもガンさんらしい、すっきりしたモノいいで、それ以上、こちらから誘うことは失礼になる感じであった。

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 7年近い歳月を経て、同じタイトルでベスモが復活する。
 改めて祝福したい想いから、その時の「ガンさんメッセージ」を確認しておこうと思い立って、DVDディスクをパッケージから取り出そうとして気がついた。カバーの裏面にモノクロで刷り上げられたガンさんと荒聖治君の立ち姿。かたわらに白のGT-R EGOISTがより添っている。いまやっと、そうした本田君の意図が読めてきた。いつの日にか、同じシチュエーションで蘇ってみせるぞ、という仕掛けではなかったか、と。

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 16分を超えるそのコーナー、ガンさんの7年前の走りと、メッセージを改めて鑑賞した。率直に言って、ベスモが休刊するという失意のなかで見たせいか、外絵はいいとしても、車載カメラが稚拙で、ガンさんの走りを粗末にしているな、とガッカリしてしまった。ガンさんから直接、クルマを愛する遺伝子たちへのメッセージなど、感じとれなかった。

 それがどうだ。「コンフォート(Confort)」をキーワードに、この国最強のGT-Rのあるべき姿を語り、クルマを愛する心のあり方を伝えようとしていたガンさんのメッセージが読み取れるではないか。

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 GT-Rの「コンフォート」は増している。しかし本物のスポーツカーであるためには4輪駆動であることを返上せよ。
 GT-Rよ、快適であるためには、もっと軽量化をめざせ。
 クルマの技術はエンドレスである。
 
 ガンさんにはじめて会ったのは1980年(S80)の暮だった。その時のガンさんは失意のどん底にいたはずである。しかし目線も心も真っ直ぐ前を向いていた。そして、いつもひたむきに何かを学び取ろうとしていた。
 それから37年。この人はいつも新しい。情熱を燃やしている。なにごとにもひるまない。そこからの日々は半端ではなかった。

 谷、深ければ、山、高し。見事な後半生である。そしていま、ベスモが不死鳥であることを、証明してくれようとしている。

 2018年がやってくる。クルマを愛する遺伝子たちよ。どうぞ、佳いお年を!

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■ガンさんの『新 ドライビング・メカニズム』や、中谷明彦君の『ポルシェ911ドライビングバイブル』、五木寛之さんの『プレミアム版 疾れ! 逆ハンぐれん隊』の電子版を扱っている『ぽらりす・クルマ仲間/名作図書館』。その提携先『電子書籍専門サイト・CONTEN堂モール』から嬉しいプレゼントがあった。期限が2018年1月15日(月)23:59までという縛りはあるが、有料コンテンツ購入者の中から抽選で100名に電子マネー3000円分が当たるキャンペーンをスタートするが、その対象店舗のわたしの主宰する『ぽらりす』を対象店舗にした、というのだ。この際、ガンさんの電子BOOKを入手して、じっくり「ガンさん」と取り組んでみたらどうだろう。手続きは『CONTENDO』からどうぞ。
黒澤元治『電子書籍版 新・ドライビング・メカニズム』については『こちら』からどうぞ!


■付言 『ConTenDo』のモールが、びっくりするほど充実してきました。好みの作品が選べるはず。無料会員に登録したあと、自由にモール内を「散歩」するのも悪くない。お奨めします。そして『新 ドライビング・メカニズム』も立ち読みすることからはじめたらどうでしょう? 

Posted at 2017/12/30 20:25:53 | コメント(5) | トラックバック(0) | ベストモータリング | 日記
2017年12月27日 イイね!

その前夜、本田編集長との電話密談・・・

その前夜、本田編集長との電話密談・・・〜お約束『ガンさん邸餅つき忘年会』レポート①〜



『今何シテル?』(12/24 17:29)で、「無事、箱根のガンさん邸から帰還。早速、当日の《餅つき光景》とその前後の様子を撮ったファイルをチェック。そして真っ先に紹介するのは門前で出迎えてくれたふたり。ご存知、大井貴之君と『GT-Rマガジン』の野田航也編集長。いやー、ご苦労さん!この日のレポート、早速、取りかかるとしようか!」と約束してしまったが、その前にこんな書き出しから始めたい。

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 箱根のガンさん邸に赴く前夜、 Hot-Versionの本田俊也編集長と連絡を取り合った。
「どうだい? “ガンさんDVD”の進行具合は?」
「一般発売用のものは終わって、いま、秘蔵映像スペシャルDVDの方が一山、超えたところです」
「あの件はうまくいったのかい?」
「大丈夫ッす。著作権管理者との使用手続きもOKッす」
  返事に力がこもっている。
「それはよかった。21分23秒を全部、使うのかな?」
 今度は返事がない。
 まぁ、いいや。そこから先は『お手前拝見』とするか。

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 話を変える。
「今度の新しいHot-version(VOL.149)の出来を心配していたけれど、安心したよ。”ガンさんDVD”にパワーを吸いとられているんじゃないか、と」
「それで、どうでしたか?」
「うん、新しいトライを忘れてないね。ニュル最速モデルという触れ込みのマシンに群サイは無理だった。雨のコンディションというだけではなく、ね。その代わり、『若手ドライバーオーディション』がよかった。みんなが本気でキャスター候補になりたくって、取り組んでいたものね。日比野哲也って、スキルが高いね、個性的でもあるし」

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「あ、日比野はドリフト界ではトップクラスですから。ショップもやっているくらいです」
「スパーGTからの、ほら、サッカーの香川に似ている・・・・・・」
「ああ、井口卓人。いいでしょう?」
「かつての土屋圭市と同じ匂いを持っている」
「そうなんです。つい先日の日曜日、筑波で異種格闘技バトルをやりましたが、いやァ、予想以上に走れるし、喋りもいけます」

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「期待できるね」
「ええ。この筑波バトルに谷口君がチャンピオン記念として、グッドスマイル 初音ミク AMGを持ち込んでくれて、筑波のファステッドタイムを・・・あ、余計なこといっちゃいました(笑い)。ま、その時の井口の走りは、レギュラー顔負けというか、そのものでした」
「それは楽しみだね。じゃ、明日」
「はい、ぼくらは午前中にお邪魔するつもりです」
「わかった。こちらもそうするつもりだ」
 快い、本田君との交信。もう一度、新着のHot-Versionを観るとしようか。

 12月24日午前10時20分。東名高速海老名SAで珈琲ブレークを済ませ、同行の仁川一悟君のメルセデスE350で新しく開通したばかりの圏央道JCTと相模川を渡ったあたりで、東名から小田原・厚木道路に入った。

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 今回も、11月1日の福島・二本松のエビスサーキット東コースへ向かったときと同様に、仁川君に運転は任せてもっぱら、助手席からの景色を楽しんでいる。環八から東名に入った頃は、重苦しい雲に覆われていた師走の空が、いつの間にか明るく拡がっているではないか。しまった。これなら300ミリのレンズを持ってくるんだった。それでも、ともかくNIKON5200で富士の姿を捉えることにした。

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 右側の視界が大きく開ける。関東平野もここが西端で、箱根連山がどっしりとした黒い姿で出迎えてくれた。そして、それを際立たせるように、真っ白な雪のガウンを纏った富士山が、背後から箱根の山々を押し出している……。

 この描写は3年前にはじめて「箱根のガンさん邸、至福の餅つき忘年会」に駆けつけた時の書き出しであるが、ゆったりと、全く同じ景色を見入っているうちに、アッと気づいた。あの時「箱根連山」と思い込んでいた黒い山並みは、じつは「大山・丹沢山地」の間違いではないか、と。

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 平塚の本線料金所を抜け、大磯ICを過ぎてアップダウンのある山間部を抜けると再び右側が開け、ここで本物の「箱根連山」が登場したのだ。この発見が、なぜこんなに気に入るのかな。
 小田原厚木道路から箱根駅伝でおなじみの国道1号線にはいったのはいいが、湯本の町に入る手前で大渋滞。前を塞がれたまま、5分経ってもピクリともしない。しびれをきらした仁川君が、「大回りになりますが、その先でなら箱根新道に入れますから、そっちから行きましょうか?」と提案する。
 
 登り一辺倒の箱根新道を走るのは、全くの久しぶり。E350が気持ちよさげにワインディング・ランを楽しんでいる。

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 ひょい、と思い出した。あれ!? 料金所が途中にあったはずだが、なかなかやってこない。首を捻っていたら、この7月から無料になったと、仁川君が教えてくれる。寄せ木細工の工房、甘酒茶屋を過ぎたあたりで、高い杉木立と大きなカーブ。と、『箱根旧街道』の案内板。なるほど、「天下の険」を誇った箱根の面影がここにも残っているのか。



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「ちょっと、停めてくれる?」
 いそいそと、カメラを手にして、E350から降りる。こんな調子じゃ、小湧谷のガンさん邸に、いつ着けることやら。時計はすでに11 時を過ぎてしまっていた。

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Posted at 2017/12/27 01:57:44 | コメント(3) | トラックバック(0) | ベストモータリング | 日記
2017年11月10日 イイね!

いざ、安達太良山麓のエビス東コースへ!!

いざ、安達太良山麓のエビス東コースへ!!〜『ベスモ復活』の狼煙、上がる!! PART②



 福島・二本松駅前の居酒屋風食堂『こんどこそ』に、すっかりできあがった大井、仁礼、北畠の3君たちを放置して、さっさと2軒隣のホテルに引き上げたら、カレンダーがめくられて、すぐに11月1日になってしまった。

 ああ。とうとう10月は一度もBLOGのアップができなかった。
 そのお詫びというのもおかしいかもしれないが、クラウドファンディングという新鮮な方式で立ち上げた『復活の狼煙』に、それぞれが熱い想いで協賛し、自分の懐具合から背伸びしてでも支援してくれた『車を愛するベスモ遺伝子たち』に向けて、せめてもの発信基地としての役割を活性化させることから始めよう。そう心に決めて、iPhoneの目覚ましを「7:00」に設定した。



 本田君から、このプロジェクト開始の報告を受けたのは7月17日の夜だった。

「黒澤さんのスペシャルDVDは『クラウドファンディング』を立ち上げて制作することとなりました。この提案を講談社から頂いた最初の印象は、天下の講談社が『黒澤さん作品』をクラウドファンディングとは情けない」と思っていたのですが、考え方を改め『黒澤ファンの力を借りてみんなで作る』のであれば、素晴らしいプロジェクトになると思い、発起人として立ち上げることにしました。先日、黒澤さんにも説明してご快諾をいただいております」



 8月8日18時。『蔦屋書店グループ・GREENファンディング』がスタート。そして即座に「支援者」から寄せられる好意の情勢がつぶさにカウントされる。そのレポートに一喜一憂する毎日が始まった。
 目標金額は200万円。それをクリアするのに2日とかからなかった。そしてプロジェクト終了の10月10日23時59分には、470人の支援者がカウントされ、支援総額は¥11,615,000、達成率は580%に達していた。前代未聞の成果だろう。関係者の歓声が耳元で熱く弾け、それがしばらくの間、こだまし続けた。その分、本田君をはじめ、スタッフの責任は重くなった。

 本田君もその辺はよく心得ている。即座に感謝のメッセージを発信していた。
●目標をブッチギリでGOAL!! ご支援ありがとうございました!!
−−−—皆さま、こんにちは。発起人の本田でございます。この度は黒澤さんの総集編ビデオ制作のクラウドファンディングにご参加いただきまして、誠にありがとうございます。皆様からの温かいご支援、そして熱いメッセージには只々感謝でいっぱいです。ご支援とメッセージについては黒澤さんにもお知らせしております。ドイツでの最後の夕食時に黒澤さんから「応援してくれた皆さんを裏切らないよう、俺は目一杯頑張るよ。本当にいいモノを作ろうな!」との言葉をいただきました。作品の仕上がりをご期待ください! そして、ベストモータリング、ホットバージョンを通して皆さまと創り上げてきた「クルマを楽しむ世界観」を絶やさないよう、私も微力ながら邁進していく所存です。
 LLサイズのボディにかかわらず、この発起人のフットワークは軽い。すでにこの支援パワーを生かして、ニュルブルクリンクに飛び、ロケを実施することに漕ぎつけていたのである。

−−−—黒澤氏のドライバー人生の大半を過ごした場所であり、誰よりも思い入れのあるニュルブルクリンク。今回の作品の「深み」をつける意味でも、ここで黒澤氏に語っていただきたいと思っておりました。皆さまのご支援のおかげで実現させることができます。おそらく、黒澤氏にとっても最後のニュル訪問となるかと思います。そこで、どんな言葉と走りをカメラに収めることができるか?
ご期待ください!





 そして引き続いて、10月5日、「活動報告」をこんな嬉しいレポートで、更新している。
−−−—無事にニュルブルクリンクより戻ってまいりました。レーシングチームオーナーとしてご多忙な黒澤さんのスケジュールの合間を縫って得られた日程は現地で1日のみ。ただでさえ天候不順なこの時期のニュルなのですが、その日のニュルは黒澤さんとの再会を喜ぶかのように終日晴天に恵まれました。
その走りは「これが77歳なのか?」と思わせるほどのキレ。そして、人生をかけて挑んできたニュルブルクリンクへの最後の感謝の言葉。本当に素晴らしい撮影をすることができました。作品の出来上がりをご期待ください!
  ☆      ☆      ☆      ☆      ☆
 サーキット・ロケの朝は途轍もなく早い。本田君からは「ま、9時に東北サファリパークのゲートがオープンされますから、それに合わせて着いてください」と、簡単に言われていたが、スタッフは少なくともロケの現地には6時半に集合(ということは少なくとも5時起きか)、マシンのチェック、サーキット撮影に関わる諸々の設営、さらにゲストのための接待準備などで、とっくに始動しているはず。早々とホテルを引き上げ、もぬけの殻だろう。
 7時30 分に1Fのレストランへ。すでに着席していた「仁川一悟」君と合流、まずモーニングコーヒーをいただく。さて、ここはバイキングシステムらしい。和食類は敬遠して、自分で料理をとってきたところで、彼のお皿を見ると、レタスのサラダに卵の目玉焼き、それにトースト2枚。全く同じじゃないか。その辺の「空気」が年齢の差を抜きにして、一緒にいても疲れないことに繋がるのかもしれない。





 仁川君と知り合ったのは、ちょうど4年前(2013年10月)に東京・練馬の「サンライフ」で催した「第2回ベスモ同窓会」であった。会が終わって「懐かしのベスモ鑑賞」用に持ち込んだAPPLEの 40型モニターを持ち帰るのに難儀していた。折からの雨を恨めしく玄関口で見上げていた。そこへ会の終了時にモニター運搬役を買って出てくれた青年のシャンパンゴールドのCLSがスッとアプローチしてくれる。それが仁川君との出会いであった
 わが家までの短い時間の会話。その日の感想を訊いたところで、
「キミも平成生まれのベスモ育ちかい?」
「いえ、昭和のシッポ世代ですが、ベスモ育ちです。池袋にあったアムラックスの地下1階で、TOYOTAのモータースポーツ関係のアンテナショップがあって、そこでベスモが無料で見られたんです。市販車で本気のバトルをやっている。すっかり夢中になりました」
「おお、アムラックス(註:1990年9月オープン、2013年いっぱいで閉館)か。そうだった。その開設の推進役だった当時の広報室長の要請もあって、毎月、新しいベスモをアムラックスに置かせてもらったのだが……不思議な縁だね」
 その「同窓会」の頃は独身だった仁川君も、先ごろ一児の父に。ベスモが創刊した時、彼は1歳だった。

 本田君からの「密書」に同封されていたVIP用のゲストパスを渡す。ケースには名刺大のカードが入っている。前もって、わたしが毛筆筆ペンで彼の本名を書きこんだものだった。
 その本田君の「密書」によれば、この日のロケには、今回のプロジェクトの大口支援者で「サーキット撮影見学」とガンさんの「助手席体験」を購入した方々をお招きしているのでよろしく、とあった。そうか、その篤い志の人たちにも逢えるのだ。叶うなら、その方々のゲストパスの宛名は、わたしにひとり、ひとり、書かせてもらいたい。せめてもの感謝の気持ちをお伝えしたいのだ。

 さあ、エビスへ急ごう。早々と朝食を済ませ、ホテルを辞した。仁川君のピックアップしたVOLVO V90 T8が待っていた。プラグインハイブリッド。仁川君はセンターコンソールに設定されているノブを回して、走行モードを「Hybrid」にする。エンジンは2ℓ直4スーパーチャーギャー付き直噴ターボ。総重量2,375kgの巨体が、軽々と滑り出した。

 二本松駅前からエビスサーキットまでは10kmちょっと。丘陵を生かした馬蹄型城郭・二本松城の脇を抜けてR354に出た。ここからはまっすぐに安達太良山稜を目指して、適当に身をくねらせている登りのルートを駆け上がっていけばいい。その目指すべき安達太良山稜はうっすらと雪化粧しているではないか。





 確か、黒澤さんに大井、仁礼両君が絡んで「珍道中」を演じた『ドラテク全国行脚・ご老公シリーズ』の導入に、この冠雪した安達太良山を使ったシーンがあった。あれはどの号だったか……。

 見通しがよくなった。仁川君に「ドライブ・モード」を「Power」に入れたら?と勧めてみた。途端に白い「貴婦人」が、いきなりひと吼えして、北欧の「バイキング」に変身する。その瞬間、なぜか遠い昔、「日本一速い男」とよばれたレーシングドライバーの隣に縛り付けられて、未舗装で岩がゴロゴロしていたエビスの東サーキットを走った記憶が、いきなり蘇ってきた。そこからは、次回に譲るのを許されよ。





Posted at 2017/11/10 02:21:19 | コメント(3) | トラックバック(0) | ベストモータリング | 日記
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何シテル?   02/25 09:59
1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
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