
「今のラジコンの主流はハイエンド(純競技用)ツーリングカーで、ウチの主力もこれ。だから発破さんも、ハイエンドツーリングカーを覚えてください。」
ラジコンと言えば20数年前、欲しくても指をくわえて見ていることしかできなかった子供のときの、ホーネットだのワイルドウィリスだのと言ったものしか知らない僕が、何の因果かRCショップに勤めだして最初に受けた訓示でした。
ラジコンを社割で買えるとは言え、ハイエンドツーリングカーのお値段はシャシのみで3万円程度。
これに走らせる装置などを加えると、なんだかんだで5万円くらいになってしまうんですが、よもや給料を貰う前からそんな物を買わされるハメになるとは思いませんでした。
折角お金を出すんだから、せめて自分の納得できる物を買おう、と決めたまでは良かったんですけど、ラジコンで知っているのは昔のモデルの名前だけ、と言ったありさまの僕には、並べてみればどれも同じに見えてしまうハイエンドツーリングカーを選ぶのは、難題以外の何物でもありませんでした。
ショップの同僚や当時チームヨコモの所属していたEくんからあれこれ手ほどきを受け、「これからのトレンドはシャフトドライブ車ですよ~」とTBエボリューション3(タミヤ)やバラクーダR2(アレックス)などを勧めてもらった覚えがあります。
とは言え僕もヘソ曲がりで、見聞だけでクルマを選ぶことに抵抗がありましたから、この時点で販売されていたハイエンドツーリングカーの写真を一通り並べて、同僚やE君から教わったことを参考にしつつ、これまでバイクだのクルマだのをイジってきた経験を活かして、お気に入りのシャシを見つけ出しました。
それが当時発売されたばかりの、カワダ・SV-10シグマだったんです。
シグマは当時衰退しつつあった、ゴムベルトで動力を伝達するベルトドライブ車です。
ベルトドライブ車の場合モーターで発生した動力は、通常2本のゴムベルトで前後のデファレンシャルに動力を伝達するんですけど、シグマは少し変わっていて、1本の長いゴムベルトで前後のデファレンシャルに動力を伝えていました。
これのメリットは2ベルト車やシャフトドライブ車と比べてデファレンシャルユニットの幅を薄くできることで、競技規定で全幅が制限されているツーリングカー(190mmだったかな)においては、限られた車幅の中で最大限、サスアーム長を稼ぐことができたんです。
結果、足回りのセッティングをどうとでもイジくれることが、シグマの最大の特徴でした。
他に動力伝達装置に割かれてしまうシャシ上のデッドスペースが他のモデルに比べて狭く、そのためモーターやバッテリーなどの重量物をシャシ中央ギリギリまで寄せることができました。
徹底的なマスの集中化と自由度の広いサスセッティング、これがシグマの武器であり、僕はこの点に非常に惹かれたんです。
もちろんシグマにも欠点はありました。
これはシャフトドライブ車も同じなんですが、モーターからの出力は1本のベルト(シャフトドライブ車ならプロペラシャフト)で前後のデファレンシャルを同時に駆動させてしまっている、リジッド4WDなんです。
このままだと旋回中、全てのタイヤの回転差を吸収する機構がありませんから、スピンをしでかすか、タイトターンブレーキング現象を引き起こしてしまいます。
この対策としてフロントデファレンシャルにクラッチ(ワンウェイベアリング)を設け、旋回中は2輪駆動にするしか方法が無く、駆動方法においては選択肢がありませんでした。
またシグマは構造上防塵性能に乏しく、良く整備されたインドアサーキット以外では、砂などを噛みこんで走行に支障が出てしまいがちで、加えてユーザーを大切にするあまり、極力旧型との互換部品を設定しようとするカワダのポリシーも、シグマの足かせになっていました。
シグマはサスアームを長くできる設計になっていたにもかかわらず、先代ツーリングカーである「アルシオン2」にも使えるよう、短いサスアームを与えてられてしまったんです。
カワダのトップドライバーだった滝沢さんがアレックスに移籍され、シグマの走らせ方やセッティング方法がユーザー個々の手探りに委ねられたこともあって、設計が特殊ゆえに従来のノウハウやセッティングが利かないシグマは、発売からほどなくして不人気車となっていきます。
また僕自身もラジコンど素人でしたからシグマを上手く走らせられる訳がなく、上手くセッティングができる訳もなく、走らせられる場所が極端に限定的だったことが重なって、僕のシグマは10回と走らせることなくお蔵入りとなり、その後解体してしまいました。
解体をしてしまったのはシグマに嫌気がさした訳でもなくて、いささか排他的な遊び方であるハイエンドツーリンガーがラジコンの主力だと言うことに疑問を抱いたからです。
自動車模型が意のままに動く、僕があこがれた昔のラジコンの愉快さに、僕は出会うことができませんでした。
あったのは針に糸を通すような思いで走らせる、およそ自動車模型には程遠い、サイケでのっぺらぼうなボディを身にまとった4ツタイヤの機械だったんです。
ラジコンは愉快なものだと広く知ってもらいたい。初心者が入りにくい、この排他的な環境をなんとかしたい。
そう思った僕はツーリングカーを諦め、誰にも解りやすくとっつき易いモンスタートラックを、ラジコン人口を増やすための裾野のカテゴリーにできないかと模索しはじめました。
モンスタートラックは当時、サベージ(HPI)のみが良く売れていただけでしたが、これを一時的なブームで終わらせないためにも、強力なライバルを用意することで、このカテゴリーを定着・存続させてやろうと考えたんです。
そこでシグマを解体し、サスやらデフやら耐久性についてやらを研究して、まずはそれらをマッドフォース(京商)に反映させていきました。
その後なかなか発売をしてもらえないマッドフォースの社内外オプションパーツについても、他車・他カテゴリーからの部品を上手く組み合わせる事で、サベージの走りに引けをとらないマッドフォースが造れると言うことを調べ上げ、それらのノウハウを店頭やインターネットを通じてどんどん公開していきました。
今はもうマッドフォースをイジっていませんが、その後たくさんのマッドフォースユーザーが増えてくれ、皆さんで更なる研鑚を重ねていっていただいたおかげで、マッドフォースは旧式となった今でも、第一線級のモンスタートラックであり続けてくれています。
今、僕の手元で稼動状態にあるトラックは、初心者や子供でも安全に楽しめるようにと後に作った、極低速仕様のツインフォース(540モーター×2、1アンプ駆動)だけになっていますが、これらのトラックを生みだすことができたのも、僕の元にシグマがあったからこそと思っています。
シグマは現在、シグマ2に進化しています。
シグマ2はシグマの設計を引き継ぎ、欠点になっていたサスアーム長や防塵性能を改善して、シグマが本来持っているはずであった性能を十分に引き出せるようになっていました。
先に述べたカワダのポリシーに則り、シグマ2の部品もシグマへの互換性が与えられていますから、手元に残っている解体されたシグマは、シグマ2の部品を使って楽しいドリフトカーでも作ろうか、と思っていたところに、先日お邪魔したラジ天さんでシグマの高いオプション部品を殆どつぎ込み、また僕では到底マネができないほどキッチリ組み付けられた極上の中古のシグマを、たったの8500円で発見してしまったんです。
(初期型シグマから換算すると、定価ベースで7~8万円はすると思います)
ちなみに素組みの中古シグマは8000円、一部シグマ2の部品を組み込んだ、これまた殆ど素組みの中古シグマが1万2千円のプライスタグがついていましたから、えらく破格の買い物ができんじゃないかと思ってます。
シャシ以外に走らせるための装置類は揃っていますから、走らせようと思えばいつでも走らせるまでにできるんですけど、しばらくはシグマ2のことや防塵性能のさらなる強化案を考えつつ、駐車場のような環境でもグリグリ遊べるシグマを作ることができないか、あれこれ研究してみようと思ってます。
・・・ところでラジ天さん。
アルシオン2をシグマと書いて売るのは、やめましょうよ・・・。