
Scene 1
M君とT子が回転モノのアトラクションに向かうのを見送った僕は、隣に居たYに向き直り両肩を軽く叩いたあと、真っ直ぐに眼を見て
「さて、Y君はまだなのかな?」
と尋ねました。
突然の斬り込みに、彼女はちょっと困惑した表情を見せ
『・・・う・ん・・ん・・・』
と、YesともNoとも分からない反応を示しましたが、僕はそれ以上追及せずにその日は4人で遊園地と景色の良い海・山のドライブを楽しんで帰ったのでした。
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30歳目前だった僕が本社に帰ってから、しばらく経った頃です。同じ課のT子(当時22歳)は僕に色々と「ちょっかい」を出して来てました。それは決して真剣な、あるいは淫靡なものではなく女子中高生がやるような、ジャレた戯れのようなもの。
しかし、時折は度が過ぎて部長から
『いい加減にしなさい!』
と叱られたりする事もあったのです。
T子は明るくてグラマーで可愛いコ・・・僕は彼女に対して恋愛感情はありませんでしたが、T子の言う冗談や戯言は面白くて、僕も笑いのツボが同じと言うか ウマが合ったのでしょう 基本的にはノー・リアクションですが、それなりに楽しんでいた事は確かです。
そんな訳で社内では
『仲イイね、ベイカーさんとT子』
と見られていた筈です。
ただ実際仕事の邪魔にもなったりしていたので「ちょっかい」を出されたある時、周囲には誰も居なかったので 僕は後ずさりする彼女を部屋の反対側へ追い詰め 両手を壁について逃げられなくした事がありました。
「本気か?おまえ。ええ?ヤルぞ、こらっ!」と小声で脅したのです。
彼女、想定外の僕の反応にかなり驚いた様子で(やばい!)と思ったのでしょう、何とも表現し切れない表情を見せて固まってました。
T子の同僚Yは23歳。どちらかと言えば背は低い方で、なおかつ美形で「のんき眼鏡」を掛けていたので仇名は アラレちゃん(笑
とっても朗らかで笑顔を振り撒く 仕事の出来るコ。
仕事の合間に
『○○部長に、△△をやっとけ。って言われたよ~』
とか
『□□課長に★★の処理を頼まれちゃった・・・ハァ』
なんて言って来るのです。
彼女の大きな魅力はその笑顔。それなのに仕事をしたくない無能な上司が多過ぎて終いにはタメ息をつきながら
『もうアタシ、笑顔作るの疲れちゃいましたよ』
な~んて・・・僕はそんな正直な言葉に本音が見えて、愛おしく感じていたのです。
僕は「デキる女は辛いよな~^^」なんて相槌を打ったりしてたのですが、そんなある日、『彼氏と上手くいってない』みたいな事を言い出しました。
チャンス?付け込む?汚い?
いいえ、僕はそうは思いません。少なくとも僕にはYに傾いていく真剣な気持ちがありましたから・・・第一遊び目的で同じ会社の社員に不真面目な事出来ますか?
何日か過ぎ、僕は意を決してYをドライブに誘いました。
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Scene 2
その頃、実はT子は僕の後輩M君に交際を申し込まれていました。
Yはその事でT子から相談を受けていたのですが、Yはさすがに僕との2人きりのデートを警戒してか「T子とM君へのバックアップ」と言う大義名分を作り、Yが僕にも相談した事にして表向き「後見人」としての立場を要求して来たのでした。
「いいんじゃない?お似合いだし、応援するよ。」
T子とM君は、まさにそのドライブの道中で僕とYのバックアップを受けて交際が始まったのです。ドライバーは僕、クルマは俗に言う鬼クラ・・・S110系、黒塗りセダンのポンコツでした。
さてバックアップとは何ぞや?
T子とM君の希望は交際を公表したくない事。
なので、T子の僕に対するイチャイチャは絶好のカムフラージュになる訳です。
遊園地に到着・・・T子とM君は回転モノのアトラクションに。
そこで、僕はYに
(T子とM君は交際が始まったけど、Y君の彼氏に対する気持ちの整理はまだ?)
と言う意味で・・・
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次の週の日曜日だったか、Yは家に遊びに来ました。
午後の数時間、テレビを観たり 会社やT子とM君の話題など取り留めの無い話をして過したんですが、夕方も6時を廻った頃
「そろそろ帰る?」
とYに言ったんですが
『うん』
と答えるものの立ち上がる気配が無い。
少し間をおいて僕が再度帰宅を促すと
『・・・あと5分だけ居る』
(!!!!!!!!!!なにぃ!!!!!)
僕は思わず彼女の唇を奪いました。
Yは自分から仕向けたくせに、顔を真っ赤にして下を向いています^^
「帰る?」
彼女、今度は5分経たずして帰ったのでした(笑
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もう会社に行くのが楽しくてなりません・・・毎日Yと会うんだもん。
僕らも公表を良しとしない点で意見が一致、T子とM君にも知られずに最後まで通すことが出来ました。
僕とT子のイチャイチャは続けられたが故、後にT子とM君が結婚した時の周囲の衝撃は計り知れないものがあった筈です・・・
(T子がM君と!?まさか!)
(ベイカーさんは振られたんだ!)と。
『ベイカー係長~』
書類や伝票を持ってYがやって来ます。
あるいは僕がYの居る部屋のドアを開ける・・・Yが振り向く。
二人にしか分からない一瞬のアイ・コンタクト!!
それ以上の反応は御法度、素知らぬフリで仕事を続けますが このドキドキ感はたまりません。
業務上、出掛ける事が頻繁にありました。同僚と、あるいは人手が足りない場合は女子社員と社有車で出掛けるのです。それは上司が段取りを組むのですが、Yと僕が指名された時の帰り道では必ずと言って良い程 橋や高速道路や線路の下、山道や茂みの陰などにクルマを停めたものです^^
Yと密会(笑)を重ねるうちに、彼女の少女時代の不幸な過去を知らされ衝撃を受けました。
(もしそんな頃に お前と出逢っていたら、助けてやれたかも知れないのに!)
Yが会社で見せる朗らかで可愛い笑顔。その裏に隠れた傷はあまりに痛々しくて・・・。
しかし、僕は その事を知って、よりいっそうYの事を愛おしく感じる様になりました。
彼氏・・・いや、Yが彼氏だと思い込んでいるだけで、僕に言わせればその男はYをただの「都合のいい女」にしてるだけ。
それもYの過去がそうさせているのではないか?とも思えたのですが・・・わかりません。
ドライブや映画やボウリング・・・普通の恋人達が普通にしているデートも彼女には新鮮だったようで、異常に はしゃぐYを見て、とにかく僕は正常な相手として、Yを幸せにし、その男にも勝ったと思っていたんです。
後には町興し・村興しの一環として良くある『ミス○○』に応募して選ばれた彼女です、会社にとっても看板娘と言っても過言ではない程。
僕と付き合い出してから眼鏡を辞めコンタクトにしましたが、その素敵な笑顔に顧客など周囲の多くのオトコどもからチヤホヤされ、ある人からは花束なんかをもらったり(これは二人の間で"花束事件"としてギャグになってました・笑)、交際をせまられたりと、モテモテでした。
ある初老の顧客には手の甲にキスをされた、と言ってその晩は
『あのジジィ気ぃ狂ってる!!』
とプンプン怒ってたり^^
Yが最初に遊びに来たあの日・・・Yが帰ったあと
『イイ娘じゃないか。自分のだけでなく、家人の靴もキチンと揃えてあったし。』
と、亡き父に褒められました。ま、当たり前の事なんでしょうけど・・・僕としても親から交際相手を褒められるのは鼻が高いってモンです。
つまり、親の最初の心証は悪くなかったって事。その後親にも会わせましたがやはり、
『うん、キチンとあいさつも出来るし・・・』
と好評だったのです。
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別れた後は地獄でした・・・毎日Yと会うんだもん(笑
おまけに僕が別の営業所に転勤になる時、何とYまで一緒に転勤(そ、そんなぁ~
彼女は僕より先に結婚しました(相手は昔の彼氏ではありませんが)。
これぞ『地獄の黙示録』(笑
今となっては甘くて苦くて熱い想い出です。
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当時僕は市内に Yは20km位離れた郡部に住んでいまして、休日は彼女が僕の家に来るか、あるいはどこかへ出掛けるにしても、やはり僕の家に来てクルマを置いて行ったのです。
平日、仕事が終わった後のプチ・デートでは大型店舗の駐車場で待ち合わせたりしたものでした。
僕はそれまで、複数の処からお見合いの話を持ち掛けられたり、実際に交際を申し込まれたりしたんですが、実は都会にいた頃に付き合っていた彼女と手紙の遣り取りが続いていて、気持ちが残っていたが故に、どれも真剣に付き合う気持ちには成れなかったのでした。
でもYは僕が結婚を考えた初めての相手、Yも明らかに結婚を考えていたと思います。
ところが僕がその頃に郊外の土地(現在の我が家が建っている所)を買ったんですが、その時分からYの態度に変化が現れたような気がするのです。
バカげた話ですが
「郡部の人にはそこから出たい、街に嫁に行きたい願望」
があるんだよ、と ずっと後に他人から聞かされた事があります。
Yは僕が彼女の実家よりも遠くて、更に何も無いド田舎に家を建て、そこに嫁に行く自分が許せなかったのではないか?
表向きの僕に告げた理由は「元カレがやっぱり好きだから」でしたが、それはウソ。
彼女が『結婚します』と会社で公表するまで それほど月日が経ってなかったのです。
嫁ぎ先は市内でも中心部に近いところ、確証はありませんがおそらく見合いでしょう・・・彼女なら大抵の男はOKするはずですし。
理想・相性・収入→打算
自分の一生を委ねる結婚相手の事ですから、それも分かるんですがねぇ・・・。
それでも彼女の乙女心と、暗い過去を僕に告白した時の気持ちは本物だったと信じたい・・・これも惚れた弱みですか。
加筆修正済