自転車のスチールフレームの素材には通常の炭素鋼(おそらくS45C相当材)とクロモリ(クロームモリブデン鋼、おそらくSCM435相当)がよく使われます。
で、炭素鋼のフレームは安物としてバカにする人が多いのですが、金属材料や熱処理を勉強してきた私から言わせればそんなことはなく逆で、ほんとにクロモリを必要とし、さらにクロモリの特性を活かして使用できているケースはほとんどないと言えます。
そもそもなぜクロモリを使うのか?という原点から考えてみましょう。おそらく多くの一般の人は「クロモリ=強い材料」という漠然とした認識だと思います。ですがこれは大きな間違いです。クロモリ材であろうが、炭素鋼であろうが「熱処理せずにそのまま使う上では強度も剛性もまったく変わらない」のです。
私は仕事でレーシングカーのパーツも作りますが、一例として過去にGTマシンのアップライト(ハブベアリングハウジングとナックルアームAssy)を作ったときのことを書きます。これは素材はすべてクロモリSCM435で、ハブベアリング部分の旋盤とワイヤーカットで削り出したパーツとサスペンションアーム取り付け部のパイプ構成パーツを溶接して一体化します。
そして溶接後に完成したアップライトAssyを熱処理炉に入れて全体を硬さHRc35程度になるように焼き入れ(この程度の硬さの場合は「調質処理」とも呼びます)し、全体を均一な硬さになるようにするのです。
その理由ですが、溶接しっぱなしでは、溶接部付近は溶接時の過熱と冷却で硬くなるかあるいは逆に軟化してしまい、パーツ全体の硬さが不均一となって弱い部分に応力が集中し、最終的には破壊してしまう危険性があります。また、全体の剛性バランスも素材の硬さにバラツキがあると均等に分散できません。なので、溶接後の熱処理は絶対に必要なのです。
ただし、熱処理後は必ず歪みが出ますので、それを矯正したり精度の必要な部分は最後に機械加工で仕上げるので、非常に手間のかかる(=コストのかかる)工程になります。ですが、ここまでやってはじめてクロモリを使った意味があるのです。
しかし自転車のクロモリフレームってきちんとここまでやってるのでしょうか?ただクロモリ材を使って溶接してそれでおしまいではないでしょうか?それではハッキリ言ってクロモリを使う意味などまったくありません。
さらに言うと仮に熱処理をきちんとしたとしても自転車のフレーム程度の肉厚のものにクロモリを使う意味はありません。
なぜかと言うと、そもそもの話なのですが、クロモリというのはその名の通りクロームやモリブデンといった合金成分が含有されていますが、なぜこうした合金成分が入っているのか意味がわかる人がいますか?こういった合金成分はすべて「焼き入れ性の向上のため」に入っているのです。
焼き入れというのは炭素分が0.25%以上含まれたスチール材を800度以上の温度から急冷することでマルテンサイト組織にして硬くすることなのですが、ここで鍵になるのは急冷するスピードなのです。肉厚が厚くなればなるほど表面はすぐに冷えますが、内部はすぐには冷えません。そうすると炭素分が析出してしまい十分な硬さにならないのです。つまり外皮は硬くなっても内部は柔らかいままということになります。これはこれで部品によっては使いようがあるのですが、ねじれ応力を受ける部品では疲労破壊の原因になるので、外皮から内部までできるだけ均一な硬さにする必要があるのです。
そこで重要な役目を果たすのが合金成分、クロームやモリブデンです。こういった合金成分を適切な量含有させると、多少冷却スピードが落ちても内部の硬さを保つことができるのです。クロームやモリブデンはそういった目的のために入っています。
つまりこれはその部品がある程度の肉厚(具体的には20mm四方くらい)のある場合に有効なことなのです。逆に言うと肉厚が薄いパーツの場合は特殊な合金成分など入っていなくても外皮から内部まで均一に焼きが入るのです。
ここまで書けばわかるように、自転車のフレームのように2mmとか3mm程度の厚みしかないようなパーツにクロモリ材を使ってもハッキリ言って意味などありません。
しかも前述したように溶接後に熱処理炉に入れて調質処理をおこなってこそ意味があることなので、ただ溶接してそのまま完成という手順ならなおさらクロモリのいいとこはまったく活かせていないのです。まさに無駄です。
つまり、スチール材の自転車のフレームの素材は炭素鋼もしくはハイテン鋼で充分なのです。クロモリなど使う必要性はまったくありません。
ではなぜクロモリ材を使うかというとそれはズバリ「商品性向上のため」にすぎません。クロモリを使っていると聞くと「なんだかよくわからないけど強そうな材料でできているんだ」というイメージを客に与えることができますから、たとえば廉価な自転車や他社の炭素鋼フレームの自転車より高級品なんだと宣伝できるわけです。
ちなみにS45Cの「45」というのは炭素含有量が0.45%であることを示し、SCM435の「4」は4種を、「35」は炭素含有量が0.35%であることを表します。
Posted at 2018/11/30 17:14:24 | |
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