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sh21のブログ一覧

2026年09月12日 イイね!

ロニー・ピーターソン。この人居なかったら、ここまで強い意志で乗ってたかどうか。


9月11日



当時は、雑誌のレース記事に名前が載ってるだけでワクワクして、写真に写ってた時は大喜び。
亡くなった時の特集記事は、複雑な嬉しさがあった。どういう表現が正しいのかは分からんけど。

プラモやミニカーは元より、ステッカーやTシャツの類は何もなかった。
亡くなった時は2年生の時でその翌年かな、アランヘンリー著作の“スーパースウェード”という本が出て、英語もわからんのに、その輸入元があった千駄ケ谷まで買いに行った。
ここ二十年ほどは、ミニカーなど、出過ぎるくらい出て、全ては買えないのだけど、悩むのも贅沢な事。。生きてみるもんだと思う。



予報とはズレ、小雨が振り続く朝。それでも今日は出ようと出た。
“生”がある限り、得たものは必ず、手放さないとならない時が来る。



多分、得たものの最高はこれだろう。まぁ、いい人生でないかい(^^)


幾多のトラブルに、スタートに間に合わせるのが精一杯で、ポーラーベアも自身のネームすらキャリア最後の車LOTUS78に描かれてないのが、少し悲しく思う。
Posted at 2026/09/12 16:34:56 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年09月11日 イイね!

自然には逆らわない。逆らえない。

北海道の得意先の方の、自分が旭川で雪害にあった時に掛けられた言葉を最近やけに思い起こします。(簡単だけど含みある言葉だった)



「…大丈夫ですか?」

千葉・・北陸・・青森・・名古屋、岐阜。

線状降水帯で過去の安全マージンを覆す程の豪富で、ニュースの画面からも溢れ出してきそうで。

幸いという言葉が適切かどうかはわかりませんが、関係各先の方達は取り合えず大丈夫だった様で少し安心しました。

そんな中、水曜日は関西で、昨日今日と、岐阜名古屋。月曜日の豪雨の跡は、目に見える範囲では無く、いつもの”いば曻”さんもお店も大丈夫で、当日の従業員の方々の帰宅が大変だった様で、今日の打合せ先の商社の方達は、何人かが、会社に泊ったようです。



因みに事件の多い相模原に線状降水帯となると、水没ですね。。。乗れる内に乗っときましょう。



しかし、最近、ビールが美味しくなく、昨日の鰻も美味しいと感じなかった。二泊の出張も憂鬱で、体力気力減退?困ったもんです。



ガォ~・・・とは吠えないか。最近お気に入りの青い目をした白き狼。自らは弱い力ですが、もう少し頑張りましょう。ガォ―!
Posted at 2026/09/11 07:49:58 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年09月04日 イイね!

たいれるとK茂くん

K茂くん。青森は野H地出身のK茂くん。同じクラス。
2年か3年の夏休み明けだったか、見せたいものがあるから、『(下宿先に)来て。』と、言われ行ったら、TAMIYA1/12ビッグスケールのタイレルP34完成品がテーブル代わりのこたつの上に鎮座してた。
(F1に興味ないのに)よく作ったな…程度に感心すると、『バカ、そこじゃなく、此処を見ろ!』と。で、見てやった。センターカウルのネームがPETERSONになってた。『良いだろ、でもあげないよ』。いや要らないけど。



当時、青森新幹線は勿論、東北新幹線も無い時代で、青森から持ってくるのが大変だったろう。色々と修復したみたいだけど、見せたいだけで持って来たこいつは、良いヤツだなと思った。

1977年春に上京、クタクタのAUTOSPORTの3/15南米F1特集号をバッグに突っ込んで、勉強関係は辞書すらなく、他には着替えが少々。東京駅まで迎えに来てくれた兄と義姉には、あまりのお気楽さに呆れられた。
この年の夏休み迄は、この兄夫婦が暮らしてた東大和のアパートに同居し、夏休み明けに熊谷に引っ越した。そりゃそうだ、最初の子供が生まれたばかりで、20代の若夫婦のアパートは二部屋で、そのひと部屋を使ってたのだから、邪魔だったろうね。
初秋の初レースで初F1は、ここから始発で、富士スピードウェイ迄電車で行った。

熊谷に住んだ1年半程は、ここまでの定期券は継続して、最初の数ヶ月は洗濯物とかを週末に持って帰ってたが、その内、バイトと遊びで、ひと月に1回位となり、兄夫婦、両親の期待通り?のダメ人間振りが開花した。
先のK茂くんは、その途中駅の高崎線桶川駅に程近い下宿先に居て、時折行ってた。。途中下車が正しいのか!?…しかし、いつから遊ぶようになってたんだっけな。

この学校は、教養課程2年間が熊谷校舎で、専門課程の2年間は大崎(五反田)校舎となるのだが、東京に行く為には必修単位を取らないといけない。
でもこのK茂くんは、その前に板橋のアパートに引っ越して、スタンドでバイトし始めた。で、直ぐにギャランGTOを買って、時折、皆で深夜ドライブした。ある週末、その場の流れで長野へ帰省の女子を送って行くこととなり、計5人(男4人)で行った。因みにK茂くん以外の4人は同じサークル仲間で、ここでも人の良いK茂くんは女子との距離感が掴めぬまま、途中でスピード違反で捕まって迄、長野まで行った。
その女子の家に着いたら、夕食時で、そのまま歓待され?ご馳走になり、風呂も頂き、で、そのまま泊まった。
翌朝、おバカ4人組は、丁寧に朝食までご馳走になり、軽井沢経由で戻って来た。お土産は、軽井沢警察署で買った“ゆっくり走ろう軽井沢”のステッカー。

そのGTOも、それから暫くして廃車。バイトも終わり、愛車に給油しようとしたら、やけに座面が低いと‥で、よくよく見たら、シート下が腐って、落ちてたと‥笑った。
で、このK茂くんは、懲りずに、再びGTOを愛車とし、お決まりの湘南コースヘと深夜ドライブ。。しても、懲りずに買う方も買う方だが、それに乗る方も乗る方だと、周囲から笑われた。



こんな事をこの本のお陰で思い出した。
そうだ、後ろめたいことがひとつ。
K茂くんは地元で就職し、卒業式前には研修が始まるので、卒業証書を送ってくれと頼まれた。が、その卒業証書は、卒業式終了後の祝の酒場をハシゴしてる間に、自分のと一緒に失くした。まぁ、失くしてなくても、住所聞いてなかったので送れなかったけど。
そういえば、このK茂くん、1年の夏休みに帰省したら、高校の時に付き合ってた彼女に赤ちゃんが居たそうで、しきりにオレじゃないと言ってたけど、違うというのも何だかマヌケで‥動揺の仕方も何故か可笑しくて、ずっと突っ込んでは笑ってた。まぁ、ヒデェ〜友達ではある。でも、良い奴だったな。元気で居てくれれば良い。自分の家族と一緒に。(^_-)
Posted at 2026/09/04 16:38:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年08月21日 イイね!

風神・角田裕毅

19歳、翌年のF1デビューが決まる。
F4の2年目にチャンピオン、その2年目のハンガリーでのF3テストで、当時のレッドブルドライバー全てを凌駕するラップタイムを記録し、翌年にF3参戦。下位チームにも関わらず、イタリアで1勝を挙げる。
翌年は、レッドブル側の”翌年F3でチャンピオンを取ってからF2”の提案を押し切り、翌々年F1撤退のホンダの意向で、F2に昇格、優勝も果たしたが、最終戦で、プレッシャーがかかる中、スーパーライセンスを獲得し、翌年F1にフル参戦。
参謀として、ミハエル・シューマッハと黄金時代を築いた当時のFIAの役員であったロス・ブラウンが1戦目を見て「ここ数年でも最高のルーキー」と評価を受けるも、F1を舐めてた様で、2戦目のクラッシュでリズムを崩して、フル参戦5年で、シートを無くした。最終年はトップチームに昇格するも、結果を出せず、誰のせいでもなくこれは本人の実力。見切られても仕方ないと思う。



今週末のオランダGPで、レッドブルのハジャーのケガの代役で、姉妹チームであるレーシングブルズでスポット参戦。
今年から新レギュレーション車にはシュミレーターでしか乗って無い。
結果を出せなかったら、F1での未来は限りなくゼロに近くなる。評価でも、10代が主流になりつつある今の年齢からも難しい。
周囲の喧騒を他所に、己の未来を掛ける26歳。
スケールは違うけど、ライコネンやマックスの様に。とんとん拍子でF1迄駆け上がってきた初の日本人ドライバー、やっぱり期待したい。



ピーターソンが居た舞台に、とても速い日本人ドライバーが居るのである。

-

ここんとこ結構疲れて、元気を貰いたい。。。まぁ、世界を舞台に未来を掛けて戦ってる若者には失礼だけど(~_~;)
Posted at 2026/08/21 23:07:06 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2026年08月11日 イイね!

狼少年ケン、3匹の子豚の悪者狼、一匹狼、サーキットの狼、蒼き狼、送り狼‥‥



正義の味方なのか、その逆なのか、切っ掛けは覚えていないけど、幼少の頃から狼が好きで、今年のF1日本GPのメルセデスチームが、スポンサーのアディダスの一ブランドのY-3(ヨージ・ヤマモトとアディダスのコラボブランド)の狼がマシン、ドライバーを装ったのをみて、その好きという想いが一気に蘇った。



今の会社に入ってから公私共にお世話になったN社長は、行く度に近隣の名所や良い風景の場所に連れてってくれ、狼の眷属信仰の三峯神社にも連れて行ってくれた。当時は、毎月1日に白の気の御守が手に入れられるということで、Sクンが手に入れた事も聞いてはいたが、狼信仰とは知らなかった。
その日は1日では無かったけど、鳥居の両脇に陣取る狼(こま犬ではない)に親しみを感じた。
このN社長には、色々と教わった。仕事の事は勿論だけど、車の事もそうで、縫製工場を営む父親がそのまま元気で居たら、ずっとプリンス(→日産)の技術畑で好きな車を相手にしてたかったと聞いたことがある。
会った最初から、「一段落ついたら‥最後は‥LOTUS買いますから」と言ってた。その時に狼が好きだとも話したんだと思う。
その最初から、10年以上経った頃かな。。『Sさん、一段落はいつつくの?乗りたいと思った時に買った方が良いよ、で、直ぐに手放さなきゃいけなくなってもいいじゃない。』と言われた。
どこかで終の車だと思ってたので、その時は聞き流したが、その言葉が年々ジワジワと染み込んできて、手にした。
言われる通りで、今、手にしてもあの時ほど楽しめなかったろう。身体が付いていかない。



三年程前か、その三峯神社に相方の御朱印集めのお供で行った帰りに、N社長の工場があった場所に行ってみた。エリーゼでは何度か行ったそこは更地になっていて、自分の中の何かが崩れていった。
その1年前ほど前に体調を崩されて入院し、程なく廃業をした。ずっと言ってた。これ以上は無理だと決めたら、直ぐ工場畳んで、借金返して、此処は更地になると。そういえば、好きなバイクも潔く降り売却した。最後のレヴォーグは工場を手伝ってた娘さんが譲り受けると言ってた。
最初から最後まで、教わる事が多くて。。でも、このダメ人間は相変わらずセコいままで情けない。
そういえば、二年越し?の旭山動物園へスカGクンが連れてってくれた時、狼(日本狼?)が居ることは知ってたので、真っ先にその頂上?に近い場所に行き、初対面の狼に感動した。写真も撮ったが、何度もスマホ(携帯)を交換していくうちに、無くなった。そうだ、クリアファイルかな、記念に買ったのは残ってると思う。

しかし、車にしても狼にしても、好きになるものに意味はないな。



N社長、もう少し、楽しみますよ。狼の勇ましさとまでいかないけど。


―――――――――――――――――――

昨日今日と片付け物もあり、会社近くに前泊。



今日も頑張りましょう🫡
Posted at 2026/08/11 06:17:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「@代打オレ さん、一度、幅広い世代、車に興味あるなしでアンケート取ったら面白いでしょうね。フェラーリは、この反響は想定内だと思うので、今後の未来のヴィジョン知りたいですね。しかし、流石はフェラーリ、株価はに影響与えるなんて。」
何シテル?   06/05 07:02
高校1年の頃よりロータスF1とヨーロッパに憧れ やっと手にする事が出来ました(といっても7年ローンで所有者はローン会社ですが)。 目標:生きてりゃいいさ...
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