『Kubica’s road to Le Mans ran through the WRC』
先週末のル・マン24時間レースでロバート・クビサが勝利したことは、ラリーを通して再構築された彼のキャリアにとって大きな節目となった
ポーランド出身のクビサは、FIA WEC(世界耐久選手権)のメインイベントでAF コルセ・フェラーリ83号車を駆り、ラ・サールテで優勝した初のポーランド人ドライバーとなり、既に類まれな経歴に新たな一章を加えた
クビサは2006年から2010年までF1に参戦し、グランプリ優勝を飾った後、怪我で一時的にシングルシーターのキャリアに終止符を打ち、2019年にフルシーズン復帰を果たした
クビサの耐久レースでの成功への道のりは、典型的なものではなかった。 2011年のロンド・ディ・アンドラ・ラリーでのクラッシュで腕に重傷を負った後、彼のシングルシーターのキャリアは中断され、ラリーが次のステップとなりました
2012年は様々なカテゴリーに参戦した後、翌年にはWRC2にフル参戦し、シトロエンDS3 RRCを駆り、ギリシャ、イタリア、ドイツ、フランス、スペインでクラス優勝を果たし、WRC2のタイトルを獲得しました
クビサはWRCで14回のステージウインを飾った
この成功により、彼は2014年にトップカテゴリーに昇格し、その後3シーズンで、彼はトップクラスのWRCマシンで26回出場しました
最初はRK M-スポーツで、後に自身のチームからフォード・フィエスタ RS WRCで参戦し、2013年のADAC ラリー・ドイチュラントでは5位という好成績を収め、複数の路面でステージ優勝を果たしましたが、圧倒的な速さを見せることもあったが、週末を通してレースをまとめるのは難しかった
「事故の後、多くのことに適応する必要がありました。ラリーは私に新しいものを与えてくれました。常に反応し、常に調整していくのです」と、クビサは当時語っている
彼はチームメイトのイェ・イーフェイ、フィル・ハンソンと日曜日にル・マンの勝利を祝いました
トップレベルでの成績はまちまちだったが、ラリーはクビサがハイレベルなレースに復帰する上で非常に重要だった
ラリーはスタミナ、プレッシャー下での判断力、そして予測不可能なコンディションでのマシンコントロールを鍛え上げ、耐久レースに重点を移した際にも、これらの能力は活かされた
クビサは2021年にFIA WEC(世界耐久選手権)に参戦し、2023年にはLMP2タイトルを獲得し、今シーズンはフェラーリのハイパーカー・カスタマープログラムにステップアップした
ル・マンでは、彼とチームメイトのフィル・ハンソンとイェ・イーフェイはポルシェ 963 6号車を抑え、フェラーリの2年連続総合優勝(今回はカスタマーチームのAFコルセが勝利)を確定させた
彼はこれでWRCとF1の両方でポイントを獲得した数少ないドライバーの仲間入りを果たし、ル・マンでの完全優勝という記録を樹立した唯一のドライバーとなった
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2011年、F1開幕前に、趣味のラリー(イタリア国内選手権のロンド・ディ・アンドラ・ラリー)にシュコダ・ファビア S2000で出場中、高速の右コーナーでマシンを正面からガードレールが突き破ると言う大クラッシュを喫し、F1のキャリアを中断
2012年にはリハビリを兼ねて?ラリーに出場し、その後は記事にある様な活躍を
7年後にはF1に復帰したものの、2021年には第一線を退いてWECのLMP2へ参戦し、今季セミワークスながらトップカテゴリーLMHのフェラーリ・499Pのステアリングを握る事になり、開幕戦のカタール1812kmレースでは2位表彰台に
よく、世界三大レース(インディ500、ル・マン24時間レース、F1モナコGP)制覇を目標とするレーサー(ドライバー)はいますが、FIAが統括する世界選手権のWRC、WEC、F1に参戦して成績を収めたドライバーは少ないでしょうね
それにしても奇遇なのは、WRC2タイトル獲得、LMP2タイトル獲得、現F2に準ずる様なフォーミュラ・ルノー3.5タイトル獲得と、トップカテゴリーの直下のシリーズではタイトルを獲得してるんですよねぇ(^^;
Posted at 2025/06/18 21:04:45 | |
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