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ヤリ=マティ・バラバラのブログ一覧

2024年05月31日 イイね!

残念だけど、仕方ないか・・・

『SOLBERG WITHDRAWS FROM RALLY ITALY』

オリバー ソルベルグは、ラリー開始のわずか数時間前にラリー・イタリア・サルディニアを棄権した

シュコダのドライバーは、投薬を必要とするアレルギー反応を起こし、更なる助言を受けて、ソルベルグとコドライバーのエリオット・エドモンソンは、アルゲーロを拠点とするイベントに出場しないという決定が下された

DirtFish は木曜日のレッキ中にソルベルグと話をした時、22歳のソルベルグはイタリアのグラベルを楽しみにしており「レースはレースとして、いつものようにベストを尽くすつもりだけど、勝利を目指すかはわからない」と、語っていた

サルデーニャはソルベルグがWRC2ポイント獲得のために指名したラリーの一つではなかったため、棄権が彼のチャンピオンシップへの望みに影響を与えることはない

声明全文:
「オリバー・ソルベルグとエリオット・エドモンソンは、ラリー・イタリア・サルディニアに出場しないと決定した

オリバーはアレルギー反応と思われる症状に悩まされ、薬を服用しており、アドバイスに従って、シュコダ・ファビア RS Rally2で出場予定だった世界ラリー選手権 第6戦を棄権すると言う決定が下されました

幸いな事にオリバーとエリオットは、今週のWRC2ポイントには登録されていません」

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自分はアレルギーを持っていないので、現代病の花粉症にも縁が無く幸いなのですが、花粉症の嫁さんに話を聞くと、薬を服用すると眠気が出るとか・・・

もしかするとオリバーも、そんな状況の為にドライブに支障が出るとして棄権したんじゃないんですかねぇ
Posted at 2024/05/31 18:41:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2024年05月31日 イイね!

20年も経っていたのか・・・

『LOOKING BACK ON 20 YEARS OF SARDINIA IN THE WRC』

20年という長い年月が経過しましたが、2004年にWRCが伝統的なイタリアのサンレモを捨ててサルディニア島に移ったとき、どうなるかは分かりませんでした

地中海でのイベント初開催から20年、ラリー・イタリア・サルディニアはWRC(世界ラリー選手権)の一つのイベントとして認知されています

どうしてここに至ったのでしょうか?多くの人にとってラリー・イタリアと言えばラリー・サンレモです

しかし、1990年代半ばにタイムスリップすると、WRCは問題を抱えていた

当時はデビッド・リチャーズがWRCプロモーター代表を務めていたが、彼は選手権にターマック・ラリーが多すぎると考えており、イタリアのラウンドをフランス国境に近い北西部に留めておくことは不可能だった


ソルベルグはセバスチャン・ローブとのタイトル争いの最中、2004年に第1回ラリー・イタリア・サルディニアで優勝しました

リチャーズにとって、見ごたえのなさが大きな問題でしたが、ルートがモンテカルロで使用されているルートとあまりにも似ているという議論もあり、観客数の減少にも拍車が掛かっていた

解決策は(地元の観光当局の投資の影響もあって)ラリーをサルディニア島に移すことで、基本的に、長い間 ERC(ヨーロッパ ラリー選手権)のスケジュールの一部であったコスタ・スメラルダ・ラリーは、WRCの一つのイベントとなるように見直しされ、名称も変更されました

サルディニアは、2010年は IRC(インターコンチネンタル・ラリー・チャレンジ)の一戦tとして開催されたが、それ以外はWRCの継続的なイベントにイベントの一つとなり、2020年と2021年にはCOVID-19パンデミックにもかかわらず、一度ではなく二度の調整を余儀なくされながらも開催された数少ないラリーの1つでした

ペター・ソルベルグは、2004年に初開催されたイベントで、シトロエンのセバスチャン・ローブとカルロ・サインツを破って優勝しましたが、ローブはその後、205年と2006年に連覇でリベンジを果たし、サルディニアで合計4勝を挙げ、9度の世界チャンピオンは、セバスチャン・オジェと共に最多優勝回数で並んでいます


2005年、シトロエン・クサラ WRC によりローブはリベンジを果たしました

近年でも話題はたくさんあり、2018年のイベントでは、最終ステージを残してセバスチャン・オジェがティエリー・ヌービルに僅か0.8秒差ながら首位に立っていたが、コドライバーのジュリアン・イングラシアがSS18のストップラインでタイムカードを置き忘れた事で、2位入賞のポイントが剥奪される処だった

レグ1SS9の8.6km地点で、ジャンプの着地でラジエターにダメージを受けてデイリタイアとなったオイット・タナックは、イングラシアの置き忘れたカードを返す事を選んだ

タナックのお陰で、その後のオジェとヌービルの戦いはスリリングなものとなり、ヒョンデのドライバーはオジェのフォード・フィエスタ WRCを追い抜き、僅か6.96kmで1.5秒差をつけ、0.7秒差でラリーを制した

サルディニア島で最も多くの観客が集う観戦ポイントは「ミッキー・ジャンプ」で、ルートを設定し、路面の傾斜に手を加えたミケーレ・カルタにちなんで名付けられた


2018年、ティエリー・ヌービルがセバスチャン・オジェを破って最終ステージで素晴らしい勝利を収めたことを忘れる人はほとんどいないでしょう

急勾配と急降下が特徴のこのジャンプは、モンテレルノのステージにさらなるドラマを加えるために作られ、2006年にクリス・アトキンソンがフロントノーズから着地をしたなど、長年にわたって多くのドライバーの名を有名にした

Chris Atkinson Jump - Rally Sardinia 2006


2024年のイベントが、2023年よりも大幅に短いルートで行われる事に当初は疑問があったかもしれませんが、サルディニアがイタリアのWRCラウンドと呼ぶにふさわしい資格を持っている事に間違いはありません

20年は確かに長い時間で、今ではターマックに戻る可能性は低いようですが、イタリアラウンドと言えば、今ではサルディニアです

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今では違和感を感じなくなったラリー・イタリア・サルディニアですが、今から40数年前にラリーと言う競技に興味を持ち始めた頃はラリー・サンレモだったので、最初の頃はねぇ(^^;

ただ、当時はターマックイベントが多くて、ラリー・イタリア・サルディニアに変更となった際にグラベルイベントになったのですが、今では逆転現象でグラベルイベントが約2/3と多いのですよねぇ

出来るものなら、ラリー・サンレモを復活させろとは言わないので、何処かターマックイベントに変更して貰いたいですねぇ
Posted at 2024/05/31 06:45:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2024年05月30日 イイね!

名声をつかみ取れ

『RALLY DYNASTIES IN SARDINIA』

ソルベルグ家は最もよく知られたラリーの名家かもしれないが、サルディニアと結びついた父と息子がもう一組ある

今週末、オリバー・ソルベルグは父ペターの足跡をたどってラリー・イタリア・サルディニアに参戦するが、このイベントは2004年にWRC(世界ラリー選手権)のイベントとして初めて開催された時、オリバーの父が優勝した

ソルベルグ家は言うまでもなく偉大なラリーの名家のひとつだが、サルディニアで20年前に初開催された時に繋がりを持つドライバーはオリバーだけではない

ペター・ソルベルグが2004年に優勝したとき、シュコダ・ファビア WRCを駆るアルミン・シュヴァルツもそこにいたのだが、ファビオ・シュワルツがJWRC(ジュニア世界ラリー選手権)第3戦に挑むので、シュヴァルツもソルベルグと同じように、今週、地中海の島で自分の子供たちが競うのを見守ることになる

ファビオにとって今年は、ラリー・スウェーデンとクロアチア・ラリーでクラッシュするなど順調なスタートでは無かったため、19歳の彼は今週末に挽回を狙うだろう

シュワルツ・ジュニアはまだキャリアの初期段階にあるが、父のアルミンは20年前にサルディニアでファビアをドライブした時、ワークスドライバーとしての任期の終わりを迎えようとしていた

このチェコのメーカーは、長い間WRCの下位カテゴリーで活躍してきましたが、1999年にオクタビアでトップカテゴリーに加わり、2003年にもっとコンパクトなファビアで挑戦を続けた



ファビア WRCは後に、2005年のラリー・オーストラリアでコリン・マクレーのドライブにより表彰台にあと一歩のところまで行ったが、その夢はサービス中にクラッチの問題を修理できなかったために打ち砕かれたのだが、マシンに適応するドライバーの手に掛かればファビアには潜在能力があることを示しました

ファビア WRCの最上位は、2004年にトニ・ガルデマイスターがラリー・ジャーマニーで1度、2005年にマクレーがウェールズ・ラリーGBで1度記録した、合計2回の7位のみと、残念ながらその潜在能力は発揮されず、シュコダのワークスチームはその年の終わりに解散しました

今週のジラルド&カンパニーのアーカイブからの写真には、2004年にサルディニア島に初めて訪れたときのシュワルツが全速力で走っている様子が写っている

ガルデマイスターはレグ1のSS1でサスペンショントラブルでリタイアとなり、シュワルツはレグ2のSS9で同様のトラブルでリタイアと、チームにとっては非常に厳しい週末となった

シュコダにとってトップカテゴリーは厳しいものだったが、トップカテゴリー挑戦以前に下位カテゴリーで名を馳せていたのと同じように、ファビアS2000は2010年から2012年の間にIRC(インターコンチネンタルラリーチャレンジ)で3度のタイトルを獲得し、R5およびRally2のドライバーは過去9回のWRC2クラス選手権のうち8回で優勝して、再び名を馳せることに

シュコダのワークスチームが2005年末で解散されたのと同時に、シュワルツのフルタイムのキャリアも終了した

しかし、ペター・ソルベルグと同じく、彼も今や息子が自分の足跡をたどり、新たなラリーでの名家を築くのを見守ることになる

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14歳でラトビアの選手権でラリーのキャリアを開始したファビオは、17歳でドイツ国内選手権とエストニア国内ジュニア選手権にも挑戦し、Rally2マシンでの経験も積んでいるんですよねぇ

2022年には、ドイツの23歳以下のイベントで、Rally2マシン(フォード・フィエスタ Rally2)で優勝を飾るも、2023年は13戦出場して僅か5戦のみ完走と、安定性に欠いた成績だが、唯一の救いは、それまでは上位を走行していると言う事



安定した成績を修め続けられるようになれば、いずれはワークスから声が掛かるこもしれませんが、もう少し時間が掛かりそうですよね
Posted at 2024/05/30 18:27:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2024年05月29日 イイね!

タイトル獲得に向けて

タイトル獲得に向けて『Hyundai Looking To Extend Positive Momentum』

ヒョンデ・シェル・モビス WRT は、ボーダフォン・ラリー・ド・ポルトガルで今季初のダブル表彰台を獲得した後、2024年FIA WRC(世界ラリー選手権)第6戦ラリー・イタリア・サルディニア(5月31日~6月2日)でも好調を維持することを目指している

第5戦と同様に、第6戦ラリー・イタリア・サルディニアは、広い道と狭い道が頻繁に切り替わる高速グラベルステージで構成され、絵のように美しい地中海を背景にした環境は、ラリーの性質を反映するものではありません

深いわだちと高い気温によりドライバーとマシンの両方が試され、荒れた路面はタイヤへの攻撃性が高く、その為タイヤ選択が非常に重要となり、グリップだけで無く、対摩耗性と信頼性も重要となります



ヒョンデ・シェル・モビス WRT のマニュファクチャラー登録はポルトガルから変わらず、ティエリー・ヌービル/マルティン・ウィダグ、オイット・タナック/マルティン・ヤルヴェオヤ、ダニ・ソルド/カンディド・カレラの3台

3台のペアはその経験を活かして、ヒョンデ i20 N Rally1 ハイブリッドから強力なペースを引き出しながら、同時に大きなアクシデントを回避して、フル参戦しているヌービル/ウィダグとタナック/ヤルヴェオヤが表彰台に立ち、ソルド/カレラは僅差で5位でフィニッシュした

ヒョンデ・シェル・モビス WRT がWRCで過去10年で優れた成績を収めてきたラリー・イタリア・サルディニアでも、それ以上ではないにしても同様の結果が目標となるだろう

2014年以来、チームはイタリアの島で6回の勝利、14回の表彰台、88回のステージウインを記録しており、ラリー期間中にこれらすべての数字をさらに増やしたいと考えている

2024 年のイベントでは、まったく新しいフォーマットが試行され、競技走行は金曜朝8時01分から開始されるシェイクダウンで始まり、日曜の15時30分から行われる表彰式で終了する48時間で行われる

フォーマットが短縮されている為に距離も短くなり、16あるステージの合計距離はわずか266.12kmで、この短いルートは、3組のクルーがヒョンデ i20 N Rally1 ハイブリッドのパフォーマンスを限界まで引き出さなければならない事を意味している

ヒョンデ・シェル・モビス WRT チーム代表のシリル・アビテブールは「ポルトガルはチームにとって新たな前向きな一歩となることが証明された。 ダブル表彰台からマニュファクチャラーズチャンピオンシップの首位奪還、さらにはオットがクルマとの一体感を高めたことまで、このイベントから得るものはたくさんありました。 私たちはグラベルでプッシュできるクルーが 3 名いることを知ってサルデーニャ島へ向かいましたので、良い結果を期待しています。 また、チームにとって歴史的に最も成功したラリーの一つでもあるので、表彰台フィニッシュを期待しています」と語った

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ここ3年間、マニュファクチャラータイトルから縁の無いヒョンデだが、ポルトガルで逆転して、僅か4ポイント差ながら首位に

ドライバーズタイトルに関しても、ヒョンデのマシンを駆ったドライバーが獲得した事は無いのだが、今季は今のところ、ドライバーズタイトルに関してはヌービルが24ポイント差をつけてランキング首位に立っている

まだシーズンの半ばなのだが、勢いのある今のうちに差を付けたい処でしょうね

応援しているのはトヨタなのですが、今季は何故か、ヌービルにドライバーズタイトルを取って貰いたいんですよね(^^;
Posted at 2024/05/29 20:03:19 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2024年05月28日 イイね!

一瞬の輝きを放ったマシン

『WHEN LATE WRC REGULATION CHANGE ALLOWED AN UNDERDOG TO SHINE』

新しいテクニカルレギュレーションの準備にはどのくらいの時間がかかりますか? 3年?それとも2年?、それとも1年?

現在、WRC(世界ラリー選手権)に参戦しているチームは、2025年以降にトップに立つ可能性を最大限に活用すべく、FIAやWRCプロモーターと白熱した議論を続けている

しかし、新たなテクニカルレギュレーションに対応する時間が無かったとしたら、どうなるでしょう?

1987年に、まさに同様の事が起きていました

前年のシーズン終了時点でGr.B規定が廃止となり、Gr.AがWRCに於けるトップカテゴリーとして位置づけられる事になり、デルタ HF 4WDと言う車両を持つランチアは、優位に立っている事に気付いた

約20年後に、セバスチャン・ローブを要したシトロエンがワークス参戦して来るまで、比類のない支配力を発揮し続けた

レギュレーションに対して迷走するマシンが存在する中、応急処置の期間が設けられる事になったが、それぞれに長所と短所を備えたルノー11ターボと言うマシンが登場



デルタ、BMW M3、フォード・シエラ RS コスワースのような偉大なマシンと、1.4リッターのターボエンジンを搭載する前輪駆動のフランス製ハッチバックを同列に扱う事は馬鹿げているように思えますが、フランスのメーカーがミッドシップエンジンの5ターボの後継車を見付け出そうとしていた時、輝きを放っていた

ジラルド&カンパニーのアーカイブからのこのショットは、1987年のラリー・ポルトガルで2位に入った、ジャン・"ジャンノ"・ラニョッティがドライブした前輪駆動車を撮影したもので、2位と言うのは、優勝ほどの価値は無いと思われるかも知れませんが、非常に印象的な結果でした

21. Rallye de Portugal - Vinho do Porto 1987 Final results
1. #3 Alén Markku - Kivimäki Ilkka Lancia Delta HF 4WD 7:09:39
2. #4 Ragnotti Jean - Thimonier Pierre Renault 11 Turbo 7:12:32 +2:53
3. #5 Eriksson Kenneth - Diekmann Peter Volkswagen Golf II GTi 16V 7:14:37 +4:58
4. #1 Kankkunen Juha - Piironen Juha Lancia Delta HF 4WD 7:20:46 +11:07
5. #7 Chatriot François - Périn Michel Renault 11 Turbo 7:25:14 +15:35
6. #17 Fischer Georg - Zeltner Thomas Audi Coupé Quattro 7:29:07 +19:28
7. #18 Stohl Rudolf - Rohringer Ernst Audi Coupé Quattro 7:38:18 +28:39
8. #6 Biasion Miki - Siviero Tiziano Lancia Delta HF 4WD 7:44:05 +34:26
9. #14 Santos Joaquim - Oliveira Miguel Ford Sierra RS Cosworth 7:52:59 +43:20
10. #12 Recalde Jorge - Del Buono Jorge Fiat Uno Turbo 7:55:09 +45:30

Rallye du Portugal 1987 - Autovidéo n°15


ルノーのワークスドライバーとして長く活躍してきたラニョッティは、ワークス・ランチアを駆るユハ・カンクネンやミキ・ビアシオンらを抑えて7回のステージウィンを飾りましたが、マルク・アレンだけが彼を上回り、3分近く差をつけてラリーを制した

ラリー・ポルトガルの結果がまぐれでなった証明に、ラニョッティは同年10月にイタリアで開催されたラリー・サンレモでも3位入賞を果たしている

その後10年の間に他のメーカーも行動を起こし、特別なホモロゲーションを受けた4WDマシンが次々と登場した為、ルノーは下位に沈む事なった

ルノー 11 ターボは、つかの間の輝きを放ったマシンだったと言えるでしょう

2025年に同様の事が起こる可能性は低いのですが、ルノー 11 ターボと言うマシンの存在は、魅力的な競争を実現するために完璧なレギュレーションは必要ないことを示しました

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記事にもある様に、突拍子もないマシンが登場する事は有り得ないと思いますが、早急にテクニカルレギュレーションの妥協点を見付けて欲しいですよね
Posted at 2024/05/28 20:07:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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「えぇー!ι(◎д◎υ)ノ@ケネス翁@元ギャランAMG」
何シテル?   06/06 18:57
フォルクスワーゲンポロに乗ってるので、HNを変更(笑) モータースポーツは全般的に好きなのですが、特にWRC(世界ラリー選手権)は昔から好きです 鈴...
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