
日産リーフの最新CMは、小型のジェット機との発進加速勝負になっています(旧チェコスロバキア製の初級ジェット練習機・軽攻撃機だそうです)。
出典元:https://www.nissan.co.jp/NEWS/CM/
こんなにも環境負荷低減が叫ばれるようになり、SDGsという言葉を聞かない日がないくらいに社会の持続可能性を重視する世の中になっているにも関わらず、リーフという電気自動車(BEV)の訴求ポイントは、「発進加速」だということです。
これはある意味、日産が電気自動車の"現状"に対して誠実というか、嘘をつきたくないからそうしているのでしょう。
発進加速が優れていることはそれはそれで素晴らしい特長なのでもちろん否定するものではありませんが、もしも環境負荷低減に貢献できるのならばそれを謳わない手はないはずです。でも実際には、現状のBEVではそんなことはとても言えないのが事実だから訴求できない。
一方で、だいぶ前の「何シテル?」でも書きましたが、電気自動車(BEV)を選択したユーザになぜ電気自動車を選んだのかを聞くと、「排ガスなく環境に優しいから」が1位で「カーボンニュートラルに配慮しているから」が3位だそうです。
https://corp.kinto-jp.com/news/press_20221125/
でも、現実はそうではないんですよね。
確かに、BEVは走っているときに排気ガスを出さないというのは間違いありません。しかしながら、製造時(より細かくはリチウムイオン電池に使うリチウムの精製)に莫大なCO2を排出しているため、距離を乗らないとCO2削減にはなりません。廃車までに乗られる距離が長くなればガソリン車に追いついていきますが、電気を作るのにもCO2を出しているということもあって、日本の車の平均寿命の7万キロ程度では逆転しません。
随分前のブログでも書きました。今売られている現状のBEVを選ぶということは、カーボンニュートラルに逆行するということです。(なお、CO2を減らすことが正義なのかという議論は別なのでここではしません。)
また、CO2だけが環境負荷となるわけではありません。リチウムの精製にはいくつかの方法があるようですが、主に中国で行われているリチウム鉱石から精製する方法の生産量が多く、その精製時に大量に硫酸ナトリウムが発生します。この硫酸ナトリウムには用途がなく、おそらくはそのまま捨てていて環境に負荷をかけていると考えられます(もし違ったら教えてください)。さらには、ゴミでしかない残渣も大量に発生し(リチウム鉱石のリチウム含有量は6%程度)、それはきっとどこかに積まれたままになっているのが現状だと思われます。
ここで、前述の通り、リチウム精製物の生産は中国が強いのですが、リチウム鉱石から精製する方法の原料であるリチウム鉱石は、オーストラリアで採掘されていたりします。リチウム精製前の原料の生産量はこういう感じです。
それに対して、リチウムイオン電池の重要原材料のシェアを示すとこうなります。

このうちの2番目のリチウムのところを見てください。
※チリのリチウム原料・生産は、鉱石から作るのではなく塩湖のかん水から作るという別の方法です。
この2つの図を見るとわかるように、本来ならば鉱石の採掘拠点の近く(オーストラリア)で精製すればよいのにそうはなっていません。これは、中国が精製時の廃棄物処理技術に優れているからではなく、コストの問題だそうです。環境規制が厳しい先進国で精製するのだと環境対応のためにコスト高になってしまうため、環境規制の緩い中国で生産しているのだそうです。
中国のリチウム生産の国際競争力の高さの源泉が環境規制が緩いことにある、という点に関して、それはそれで放っておいていいのか?という話はありますが、それは置いておいても、もしも環境をきちんと配慮した方法でリチウム精製を行うと、BEVはさらに高くなってしまうということです。それでなくても今のBEVは高いのですが、現状の価格ですらも環境に負荷をかけて実現しているということです。
さらに、リチウムは電池の状態からリチウムにリサイクルすることができません。正確にはコストを度外視すればできるかもしれませんが、とんでもないコスト高になってしまって、誰も買わないものにしかなりません。今は、リチウムイオン電池からは、コバルトやニッケルといった希少金属が回収されているだけで、リチウムはスラグにしかなりません。現状では、リチウムを使い捨てする社会であるということです。
最近になって、EUが、性急なBEVへの移行の政策の旗を降ろしたことは記憶に新しいところです(例えば
https://www.businessinsider.jp/post-266777)。が、少し前までは、中国もBEV100%を掲げていました。でも早々と50%に目標を下方修正しています。理由は一つではないと思いますが、リチウムの供給もその原因の一つです。自国に供給する分の確保が難しく、国内のリチウムの供給安定化のために各国への輸出規制を行ったくらいです。
なお、中国の自動車生産台数は2600万台くらいあり、他国を大きく引き離した世界一です。

その"おこぼれ"でリチウムを確保しようとしていたことにも元来無理があると思います。
また、中国に過剰に依存していいのかという地政学的なリスクも当然あるわけです。
とはいえ、化石燃料に頼るモビリティが維持できなくなることは間違いないので、いずれはBEVに向かうしかないでしょう。しかし、現状は明らかに技術が不足しています。
全個体電池がキラーだと言われていますが、実現されればエネルギー密度の問題(走行距離問題)や急速充電の限界(充電時間問題)等はかなり改善されるでしょう。しかしながら、リチウムを使う点に関してはなんら変わりません。リチウム精製にも技術革新が必要でしょう。そもそもそれは実現できるのかという問題である可能性もありますが‥‥。
現状の技術の不足を鑑みるに、民間を巻き込んだ大々的な研究開発投資を活発に行わなければいけないことは明らかで、世界中の各所で政府がそちらに向かわせようとするのも理解できます。将来性があるというだけでは不十分で、今売れないものへは大投資がなされないのです。卵が先か鶏が先か問題ですが、その事実は覆しようがないでしょう。売れるように後押しするために補助金も出すし、規制するぞと脅して無理に向かわせようとするわけです。
そんな中でのリーフのCM。
日産は、環境に触れると嘘をつくことになるため一切触れないようにせざるを得ないのだと思います。Leafでは加速性能、AURAでは上質と自動運転を訴求しています。一方で、ユーザが環境に優しいと誤解している事実を正そうともしていないとも言えます。これは日産だけの問題ではないですが、そこに私は「不作為の罪」を感じます。できるのにやらないというのは、不問にされるわけではありません。
しかし、その「都合のいい誤解」を声高に否定すると、BEVが売れなくなってしまいます。したがって、政府もあえて積極的には正そうとしないのでしょう。そのやり口は理解できますが、誠実でないと思いますね。誠実でないことは個人的に嫌いです。将来に向けた投資が必要だったり、現状問題が大変に多いといったことも全部含めて、事実を正しく捉えて正しく伝えればいいのにと思います。
ところで、加速性能や上質さ、自動運転のデキを理由に、LeafやAURAを選ぶのであれば、その選択を完全に支持します。プジョーのe-208やベンツのEQAがかっこいいから欲しいというのもいいと思います。車はただの道具ではないので、機能・性能やデザインで気に入ることはとても重要なことだと思います。
そういうのではなく「環境にやさしいと思って買った」というであれば、それはちょっと不幸だなぁと感じるということです。
もしも「今はだめだが将来技術への先行投資として買った」という崇高な思いで買われたのでしたら、尊敬します。
小休止。
ちょうど、トヨタが2026年に「まったく新しいBEV」を出すと宣言したようですね。

合わせて、PHEVを「プラクティカルなバッテリーEVと再定義」して力を入れるそうです。
まだまだ根本的に技術が足りていないと思いますが、逆に言えば、今後BEVにどんな変革が起きていくのか、楽しみでもあります。
ブログ一覧 | 日記
Posted at
2023/04/08 13:18:16