
古い車に乗っている人は、夏に車に乗らないようにしている人は少なくないかと思います。純粋にエアコンが付いてない場合もあるでしょうが、
暑さ的に車が耐えられないことを懸念しての場合も多いかと思います。
確かに、設計が経験頼りだったり、車の個性に大らかだったりした昔ならば、
最初から熱的に厳しい車もあると思います。
弄ってあれば冷却系が
容量不足になることもあるでしょう。また、純粋に古いがゆえに冷却系が弱っている場合もあるでしょうし、あるいは壊れていて簡単には直せない場合もあるかも知れません。
そのような昔の車の経験・風習から来ているのかもしれませんが、そんなに古くはない欧州車においても、
「日本の夏は特別に暑くて、欧州設計の車は設計考慮できていないから乗らない方がいい」とする向きもしばしば目にします。が、個人的には、そんなことはないと思います。
私はメーカで製品を開発することを仕事にしています。自動車関連ではないですけどね。私が携わる製品は屋内で利用されるもので、環境温度設計としては0℃~45℃対応とすることが多いです。屋内なのに上の45℃はやり過ぎに思われるかもしれませんが、例えば東南アジアの夏の工場等では普通にあり得る温度です。これを達成するのは案外大変です。製品はもちろんそれを構成する部品からできていますが、使用する部品レベルでの動作可能温度上限が60℃程度であることは少なくありません。それを製品筐体内に収めれば、製品が自ら発する熱による内部昇温によって、45℃環境だとマージンなしのぎりぎりになることがあります。厳しい部品だけ特別に筐体に熱を積極的に逃がす設計をするとか、間欠動作させて昇温を抑えるとか、いろいろなことをします‥‥っと脇道に逸れ過ぎました。そういった細かいことはどうでもいいのですが、いずれにせよ、製品はその使用環境温度が5℃上がれば製品内部の温度も5℃上がるというシンプルな関係にあります。では、車はどうでしょうか? 温度設計域は全然違いますが、基本的には同じ関係にあると思います。
ICE車のエンジンの爆発時最高温度は2000℃を越え、エキマニ温度で600℃程度になることは普通です。燃焼をすべて動力に変えることは不可能なため、適正に冷やさなければ自らの発する熱で壊れてしまいます。車の歴史は長く、昔から使用できるエンジン部材、冷却材、潤滑材、冷却効率(温度差がある方が冷却しやすい)等から、冷却水温度で90℃前後を最適値とする設計が行われてきました。それは何十年も変わっていませんね。

ひと昔前には、冷却熱がもったいないということから、セラミックを使った断熱エンジンなんてものも真面目に研究されていたと思いますが、技術的に実現が難しいうえに高温で運用すると効率が落ちるのですっかり廃れました。適正に冷やすことは材料の問題だけではなく効率上でも必須だということです。ここで、水温90℃前後といいつつ、冷却水は加圧により通常は120℃くらいまでは沸騰せず正常に冷却水が流れるように(キャビテーションが起こらないように)なっていると思います。
この圧を調整するラジエータキャプがいかれるとキャビテーションの原因になったりしますね。クーラントを噴いたりもしますが、多くの場合は冷却容量そのものに問題があるのではなく、弁不良だと思います。
120℃というのは高すぎですが、
水温適正温度域にはそれなりに幅があって、100℃程度でも特に問題はないと思います。市販車のエンジンなんて、そもそも、そんなに厳密に水温管理しなければならないものではないでしょう。
そして、冷却水の温度管理のやり方としては、サーモスタットによるバルブによる流量制御と冷却ファンのON/OFF制御(パッシブ制御含む、数段階含む)が普通でしょう。ON/OFF制御の場合、必ず
ヒステリシスが設定してあります。ヒステリシスがないとONとOFFとの切り替えを無尽蔵に無限に繰り返すこととなってしまい、切り替え機構が壊れます。
https://www.heat-tech.biz/products-nh/nh-gj/nph-gj-ocn/nph-gj-ocn-cp/386.html/amp/
ヒステリシスがあると一時的に水温が高くなることが起きますが、冷却能力が十分にあればその後にちゃんと冷えるので問題ありません。ですが、水温の上下動をすごく心配する人がいて、イマドキの車(必ずしも最近ではない)は、
異常にならない限り温度が変わっていないかのように表示している車が実は多いとか。要は、メーター表示上はピタッと一定温度の見えるだけで、正確に表示できる水温計を後付けすると、実際には状況により水温がガラガラ変わっていることがわかったりするようです。
さらには、温度が具体的にわからないように数値目盛りが振られていないことも多いですね。嘘を付きたくないんでしょう。
さて、夏になれば、春から外気温が上がった分だけ(5~10℃)、製品全系の温度は水増しされることとなるため、この水温制御のヒステリシス領域に入る機会も増えることとなると思います。少し古い車の場合、水温の味付けをせず表示しているために、水温計の値も上がります。ヒステリシス領域に入ったとしても、その後のファン冷却で冷えるようであれば問題ないですが、
最近の水温計が動かない車に触れていると、異常な変動に感じてしまいます。
水温が気になるという多くのケースは、実はこれが原因なのではないかと思っています。
もしも温度が上がって
ファンが回っても冷えないようであれば要修理ですけどね。何かの事情で修理が難しい場合にも確かに乗らない方がいいでしょう。コアが目詰まりして冷えなくなっているなんてこともありえます。
ファンが回らない場合ももちろん修理でしょうけどね。
エンジンの温度管理というと、冷却水の他にもオイルがありますね。ハイパフォーマンスなエンジンの場合には、オイルクーラーがついている場合もあるでしょう。しかし、オイルが冷やし切れないことを懸念して、夏場に乗らないという判断をするケースはほどんどない気がします。
なお、一般的なオイルは120℃くらいまでが平常利用範囲で、140℃を越えると途端に劣化するらしいです。普通のエンジンの場合、適正な量入っていれば、冷却水温度さえ管理しておけば油温に問題がおきることはほぼないと思います。
昔、89年式E30のアルピナに乗っていたある夏(おそらく95年)のことです。真夏の渋滞時にエアコンを入れると油温が120℃を越えることがありまして、油温を見ながらエアコンのON/OFFをしていたことがあります。エアコンONで連動するはずのファンが連動動作していなかったのが原因で、その後に修理して夏の渋滞も平気になりました。
次に別観点ですが、そもそも、「日本の夏は特別に暑くて、、、」というのは、正しいのでしょうか?
日本の夏は、
湿度が高いので
人間には大変にきつくてとにかく堪えます。例えばカリフォルニアのさわやかな暑さとは全然違いますね。人は、気化熱を使って体温制御をしているので、湿度が体感に与える影響は極めて甚大です。一方で、機械の場合はどうでしょうか? 気化冷却をするような特殊装置でない限り、冷却できる程度は
空気の温度(装置との温度差)のみに依存します。湿度はほぼほぼ無関係。純粋に気温の高低のみで、冷やしやすさが決まるということです。ということで、日本の夏の気温が世界に比べて高いのか否かがポイントということになります。
例えば、私の乗っている355を作ったフェラーリ本国のイタリアだとどうでしょう?
ここ(https://ja.weatherspark.com/)で調べると、首都
ローマの夏の平均最高気温は8/5が最高で
31℃です。
東京はというと、8/9で同じく
31℃です。
夏の平均最低気温は大きく異なりますが、平均最高気温は偶然にも一緒ですね。平均ではなく過去最高を持ち出すと、
ローマでは40℃を超えたことが複数回あるのに対して、
東京は39.5℃です。すなわち、実は東京よりもローマの方が最高気温は高いくらいなのです。
人にとっての快適さだとおそらくローマの方がずっと過ごしやすいでしょうけどね。さらには、シチリア島などでは
40℃後半になることも珍しくはなく、48℃を超えたこともあるようです。日本の過去最高気温は41.1℃ですから、イタリアの夏の方がむしろ気温としては高いのです。ドメスティックな熱設計をしたとしても、
イタリア向けの製品の方が高温に耐えるように作らなければならないのです。
本国イタリアですらそうなのですが、さらに、フェラーリの
主要市場であるアメリカやアラブではどうでしょう?
(90年代以降のフェラーリは、アラブを向いて仕事をしています。
https://www.ferrari.com/ja-JP/magazine/articles/ferrari-middle-east-uae-emirates)
世界最高気温は、実はアメリカの
カリフォルニア州のファーニスクリークで記録されていたりします(過去の56.7℃の記録は怪しいようですが55℃オーバーは確実)。アラブ地域のカタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦あたりの国は、
軒並み50℃オーバーです。過去最高気温という特別な状況を紐解かなくても、40℃代後半が普通の夏の昼間の気温でしょう。今の暑くなってしまった日本の夏よりも、軽く10℃は高いのです。
このように、ワールドワイドで見たときに、日本の夏が特別に暑く車に厳しいということはないと思います。日本の夏の体感的な不快度は高いですけどね。
さてさらに、別の資料から検証してみましょう。環境温度を基準にして熱設計を行うというのは、大昔から行われていることだと思います。そこそこ昔の38年前の1985年のカーエレクトロニクスの熱設計の資料をみつけましたので、それを見てみましょう。そこには、設計考慮として対応すべき温度域として、世界とアメリカと日本の比較が載っています。
このように日本が特別に高いわけではありません。今の日本の最高気温は、この当時よりも1℃程度は上がっている気はしますが、それでも
アメリカのExtremeレンジを考えれば全然低いのです。また、日本のメーカだけが環境温度を気にしているなどということもあり得ないでしょう。市場をみて製品を開発することは、万国共通です。欧州車でアメリカを考慮せずに車を開発しているところはないでしょう。ダメなものを世に出すと、その後に地獄を見るのは作った側の自分達です。
ということで、ワールドワイド化が進んだ90年代以降、特に2000年代以降の車において、「日本の夏は特別に暑くて、欧州設計の車は設計考慮できていないから乗らない方がいい」ということはないと思います。
ちょっと別な話、穴だらけのフードをもつトンネルバックのミドシップフェラーリの場合、エンジンルームから陽炎(温度ムラ由来のシュリーレン現象)が見えます。そういう車はあまりないので、見るとそれなりにインパクトがありますね。暑いのがヤバい気にもなります。ですがそれは、
フードの下に排気系が通っているからだと思います。そもそもトンネルバックからの陽炎は真冬にも見られることなので、夏の暑さの影響で起きているものでもありません。排気系が真夏のアスファルトより熱いことは確実なので、陽炎が起こること自体にも不思議はありません。また、排気系の表面温度は、環境温度が上昇した分は高くなっていると思いますが、数百度のうちの数度変化なので影響は軽微であると思います。
さて、私の355は95年製です。今となっては古い車側に足を踏み込んではいるとも言えますが、私の乗り方であれば、エンジンの冷却系は夏の暑いときでも全然大丈夫です。まず、355の水温計は実温度に連動してしっかり動きます。もっと変動域は広いですが、昨日のドライブの帰りの下界の暑い時間帯で写真に撮れたものでこういう感じです。

実際には、82℃くらい〜100℃程度は変動します。
この82℃くらいというのは、低負荷で高速や田舎道を流しているときの温度で、外気温が30℃以上あってもそこに張り付きます(真冬も同じ下限値に張り付きます)。張り付くのは、サーモスタットで動く流路中のバルブによる流量制御でそれよりは下がらないためでしょう。すなわち、
風さえ通れば、30℃の空気でも十分に冷えるということです。車の流れが悪いと、水温は100℃くらいまで上がってきますが、その後にファンが回ればちゃんと冷えます。風さえ通れば下がることは元々わかっているわけですが、
しっかり上がるまではファン制御が入らないということです(これがヒステリシス)。冷却能力が足りていないから水温が上がるわけではありません。逆に言えば、どんなに大容量のラジエーターを付けていても、空気が流れなければ冷えませんので、この制御をしていれば同じです。
イマドキの水温が一見変わらない車でも、上述した通り、本当はこういう温度変動をしていると思います。
夏に乗れない別の事情はエアコンですね。私の355は、車内が異様に熱くなっていなければ、
真夏でも十分に冷えます。ただし、屋外にしばらく駐めていて内装がヒーターパネル化している状態になると、なかなかパリッとは冷えません。空気をかき混ぜる最大風量が足りないためだと思います。そういう理由で、真夏の炎天下の日に355を出すのはちょっと嫌ですね(とはいえ、昨日は炎天下で出しちゃいましたけど)。陽射しが内装にも悪そうですしね。日本の夏に車が耐えられない疑いがあるからという理由で355に乗らないようなことはありません。さらには陽射しがそこまでない朝夕ならば、全然問題ないと思いますしね。なので、夏眠を考えたことはありません。
どちらと言うと、夏に関しては、
走行時の気温よりも保管時の
多湿の方が気になるかも知れません。
《後日追記》
イマドキの車の水温計は、以下のような特性の表示になっていると思われます。イマドキと言っても、Wikipediaによると80年代後半あたりから徐々にこういう感じのものが増えてきたそうです。

水温の上昇に過剰に敏感になり、オーバーヒートじゃないかと心配してくる人が多いことから、適正温度域の間は表示に表れないようにしているようです。実際の水温が、90℃でビタッと一定になっているわけではありません。
それに対して、355の水温計は、以下のような特性になっていると思われます。

90℃中心にその前後の温度変化がむしろ強調されて表示されています。