
981ボクスターを運転していて、ふと思ったのは、明日クラッチ踏めなくなったらどうするんだろう、という事でした。
人間なんて1秒先さえ予想出来ないわけで、急にこと切れて死ぬ可能性もあります。
車に関して言えば、五体満足であっても視力体力などの問題もありますし、環境や経済状況も大きく左右するので、そもそも今乗っている車をずっと乗っているとか、そんな事は無理です。
一時的なものなのです。
一時的なものに全く魅力を感じなくなっているかと言われると、それはそうでもなくて、やはり自分自身に内在する俗物的要素がもたらすものは消えずにあります。ただ、だんだんとそういうモノ・・・・例えば最新のIT機器とか、家電とか、なんかこうガジェット的要素が強いものに関しては感心が薄れつつあります。
車もそうですね。ガジェット要素が強ければ強いほど、どんなに凄い最新型であってもあまり欲しいと思えません。
それと共に、これまで一番の趣味と言える車に変わるものを少しづつ考えていきたいとも思うのです。
さっきの話に戻ると、車好きの考えって、こういう発想から生まれる最も多い筋書きは「人間何時どうなるか解らないから好きなクルマには今乗ろう」みたいなやつです。
それも一理あります、というか、そう思ってそうしています。かなり無理して。
ただ、最近思うのは「じゃぁその後は?」という事です。
外的要因で止める可能性もあれば、内在的要因から車への興味が薄れていくこともあるでしょう。いきなり100が0にならないにしても、だんだんと薄れていくに際して、それを補完する何かが今の自分にあるのか?というと、まぁないと言えば無いし、あると言えばあるというか・・・。
一つ言えるのは、完璧に車が運転できなくなる、というケースと、運転は一応出来る、というケースでは結構違いが出ますよね。完全引退だと、移動手段が一つ消えるので、旅行や食べ歩きみたいな趣味に支障が出ます。今ある過度な関心が消えるだけで、まだ運転が安全に履行できる場合は、今ある旅行や食べ歩きの趣味がより増長する可能性もあります。
とはいえ、今ほど運転もしたくない、という気持ちにはなる気がするので、そうなると、例えば今は時間があると掃除したりコーティングを自分でもしてみたり、というものがなくなるので、そこくらいは補完するものが欲しいです。
ここ最近思うのは植物です。
なんせ、難しい。車以上に思った通りにならないし、まぁ焦っても急かしても変わらないし、何だかいいです。そして、時間がかかる。
奇麗な芝生を作ろうと思うと、これが時間かかるんですね。あんな単純なモノなのに、、、でもフッカフカで奇麗で、水を撒くとキラキラ光るような、まるでマスターズのフェアウェイみたいなの作ろうと思うと、これはとんでもなく大変。
車のブログでいうのも変ですが、車が趣味の比重なんて、軽い方が人生面白くなるのかな、と最近つと思います。
Posted at 2023/09/27 21:47:08 | |
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