地域猫の鳴き声で目覚めた日曜、
新聞を。
これ、ほんとに困るんよなぁ。
一部の駅では券売機さえ減らされてるし。
今のJR西はニーズより合理化最優先なのでどうにもならないけど┐('~`;)┌
ぷらっと出て、今日から伯備線総社以北へ定期列車での乗り入れを開始した227系500番台、通称:ウララをパシャ!
ディーゼルカーが当たり前だった当時を知る者としてはこんな電車が走るとは隔世の感があります。
(※上から1981年頃の特急「やくも」、急行「伯耆」、DD51-783単機。DD51-783は後に秋田へ移り、秋田新幹線の除雪車DD18-3に改造されました。全て備中広瀬~備中高梁間で撮影。)
沿線で待機する撮り鉄さんの姿や伯備線旧線跡を見つつ
着地。
昨日はトミカの日だったので
回収。
プチっと移動して
スロープを上がり
着地。
今日は湘南色が来てるんだな。
新見市にある新見列車区です。
今日からのウララ新見乗り入れで新見列車区もウララ担当区所となりました。
(自分の記憶では)新見機関区→新見運転区→備中鉄道部と時代の移り変わりと共に名を変え、今は所属する車両もなく、乗務員さんの事務所になってます。
新見運転区時代までは定期、臨時共に特急「やくも」も担当してましたが今は一部の伯備線普通列車、芸備、姫新線と臨時列車の一部のみ。
(※画像は大阪行き臨時特急「やくも」の運転士さん用時刻表)
が、国鉄時代の新見機関区と言えば布原信号所を通過するデゴイチ三重連で名を馳せたD51が所属する一大車両基地で
大きな扇形車庫もありました。
既に鬼籍に入った叔父が若い時に新見機関区で機関助士をしており、三重連にも乗務してた話を聞いたことがありますが、撮り鉄が集まった布原は良くも悪くも凄かったそうです。
今の伯備線もそうなので“時代は繰り返す”かな。
扇形車庫も自分が小学校低学年の頃にはまだ残っており、SL時代の名残を見せてくれてました。
その新見列車区でのイベントに参戦です。
開場10分前には既に30人ほど並んでましたが、コテコテの撮り鉄さんの姿はほとんどなく家族連ればかりで和やかな雰囲気。
撮り鉄さんのグループが居たりすると大きめな声で専門用語が飛び交い、空気感の違う一角が出来たりするし(・・;)
時間が来て開場。
新見のキャラクターにいみんとお隣の高梁市のキャラクター、ほうこくんがお出迎え。
備中松山城の城主、さんじゅーろーの立て看も。
地元ケーブルテレビも来てました。
一見、湘南色と連結してるように見えなくもない!?
受付を済ませ
JRから参加証やノベルティーとなるトートバッグ等を頂き、参加証の番号から自分は24番目と判明。
新見市と高梁市からはパンフレットやカレンダー、ステッカーが。
今朝新見へと下ったウララが展示されてます。
どうせなら湘南色が隣なら…と思うのは撮り鉄くらいでしょうね。
オデコの「普通」表示の脇には岡山支社からのキャラクター、くまなくが。
これから車内へと向かいますが、車両を留置するだけの新見列車区、足場となるホームも洗浄台もないので避難用?の階段から上がります。
まずは運転台へ。
今時の車両なのでアナログ的な物はほとんどありません。
テプラには赤穂線と福塩線には入れない旨の表示が。
車内には転換式のシートが並びます。
広々した車内は空いてれば快適に過ごせそうですが、座席の数が減ったなぁ~とは思いました…。
そして帰路へ。
遅い昼飯食って“夕方の貨物とのコラボを撮りに出るまで
(※使い回し画像でイメージ。左の電車が今日からウララに変わりました。)
ダラダラするか”とこたつへ。
のはずが…爆睡( ̄q ̄)zzz
目が覚めたらとっくにその時間を過ぎてました( ̄▽ ̄;)
晩飯まで録画番組を消化し
晩飯後はDASHを。
そして今日一日が終了。
~おしまい~
Posted at 2024/01/21 22:18:48 | |
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日常