暑い夏の日、蝉時雨の縁側。
夏休みはもうすぐ終ってしまうけど、かぁちゃんが切ってくれたスイカは
いつもと変わらず美味しかった。
「もう夏休みも終わっちゃうな。なぁたけしぃ、お前さ宿題もう終った?」
「んー?あとは毎日の天気書くだけ」
「ゲーッ!なんだよそれ。俺ぜんっぜん終らなくてさ、手伝ってくれよ」
「いいけどさ、僕のも手伝ってくれる?」
「たけしはもう終ってるだろ」
「だから宿題じゃなくて。」
そこからたけしがポツリポツリと話し始めた話は、小学校最後の夏休みを迎えた俺には
とても刺激的で、好奇心のど真ん中を打ち抜かれたような、そんな魅力的な話だった。
「お前、ひいの事好きなんか!!」
「ばか声が大きいって!誰かに聞かれてたらどうするっ。それに好きとかそんなんじゃ」
そう言って目を大きくしたたけしの顔は少し赤くなっていた。
ひいは、俺達と同じクラスの女の子で本当の名前はあおいちゃん。
ひいというあだ名は、まだ同じクラスになったばかりの頃に学校でミミズを捕まえて
遊んでいた男子を見て「ひい!!」という大きな悲鳴を上げたことに由来する。
「ひいはさ、どんくさくて不細工なめがねもかけてるし、しょっちゅう風邪ひくし他の女子より
パッとしないけど…なんかさ、守ってやりたい、僕がひぃを守らなくちゃって思うんだ」
「たけしさ、それ、ぜえぇったいひいの事好きなんだって。」
「・・・・。やっぱりそうなのかなぁ」
たけしはそう言って、体育座りの足の間に顔をうずめた。
「よし、俺がひいにたけしの気持ち伝えたげる」
「駄目だよ。そんな事したら絶対嫌われる…」
「ひいとチューしたいだろ?」
「えっ、いやそんなそれ馬鹿何言ってるのっ。」
「顔に書いてある」
「そんな事、ないよ」
最後のほうは声が小さくて聞き取れない。
どうやら俺の勝ちだった。
「よし決まり、お互いに困りごとの手伝いっこしよう」
暑い夏の日、蝉時雨の縁側。
夏休みはもうすぐ終ってしまうけど、わくわくするような毎日がまた始まろうとしている。
「たけし、ほら行くぞ!」
「ちょっと待ってってば」
俺達の夏はまだまだ終りそうにもない。
「・・・・・と、いうわけなんだ」
俺とたけしと、ひいの3人。
あれから2日間にわたって作戦会議を重ねた俺とたけしは、いつもの公園にひいを呼び出していた。
まず、俺から事情を説明し、たけしが自分の気持ちをなるべく素直に伝える。そんな作戦だ。
ちなみに、2日間の作戦会議の大半が俺の宿題に費やされたのはココだけの話。
「たけしくん、あたしの事好きなの?」
「え、あ、好きって言うか…ほら、ひいってよく風邪引くしどんくさくて皆に馬鹿にされるし、
メガネはダサいし…だからその、僕がそばで-」
そこまで言ってたけしはハッとした。ひいのクリっとした大きな目には、今にも泣き出さんばかりに
涙が溜まっている。
「あ、いやそういう意味で言ったわけじゃ」
「たけしくんのバカっ」
そういうとひいは走ってどこかへ行ってしまった。
・・・・。作戦変更を余儀なくされた瞬間だった。
「どうしよう。ひい怒らせちゃったよ」
「たけし、緊張しすぎ。」
「だって・・・・・。」
「もう、だめかもな」
「え…っ」
「いや冗談冗談。。またチャンスはあるって!!!(汗」
「・・・・・・・・・・・うぅ。」
まもなくして学校が始まった。
新学期、最初の登校日。俺とたけしがいつまで待ってもひいは教室へ入ってこなかった。
その後、朝の会で先生から説明があったのだけれど、ひいは2学期初日から風邪をひいた
らしいのだ。
クラスの皆は口々に「新学期になっても相変わらずひいはひいだな」というような事を喋っている。
「どうしよう。。ひい来ないよ」
「そんなに弱気になるなよたけし。 きっと大丈夫だって!」
ただの風邪なら、1日寝ていれば治るし、明日にはまたきっと元気な顔して学校で会えるさ。
どんな時でも前向きなこの性格。我ながらいい性格だと思う。
たけしにも少しは見習って欲しいところだった。
・・・と、俺はそんな風に楽観的に考えていたのだけれど。
学校が始まって、3日たち4日たち。それでもひいは学校へは来なかった。
そしてとうとう5日目。 先生から唐突に話があった。
「えー、あおいさんは少しの間病院へ入院することになりました。
風邪が悪化して軽い肺炎になってしまったとのことで━
検査のための入院ですが、退院まで一週間くらいかかるそうです」
俺はとっさに隣に座っているたけしを見た。
大きく目を見開いたたけしの顔は、心なしか青ざめて見える。
「━と、いう事であおいさんが早くよくなって学校へ戻ってこれるように
みんなで千羽鶴を折ってあおいさんへ届けたいと思います。
みんなで折った千羽鶴を届けてくれる人は」
「先生!!俺とたけしが行きますっ」
「…っ!」
「うん、そうか。それじゃぁ2人にお願いしますね」
次の日。俺とたけしはみんなで祈りを込めて折った千羽鶴を届けに、ひいの入院している
病院へ向かった。
「なぁたけし、ちゃんと病室の番号覚えてるか?」
「メモしてきたから大丈夫。でもあわせる顔が無いよ・・・。」
「バーカ、せっかくお見舞いっていうちょうど良い理由が転がってるのに。
今あわせる顔がなければ一生あわせる顔なんて無いぞ」
「それはそうだけど・・・。」
トントン
「ひい、入るぞ~」
「さとしくんに、たけしくん?」
「おばさん、こんにちわ!」
病室の引き戸を開けて中へはいると、中はひいとひいのかぁちゃん二人だけだった。
「二人ともお見舞いに来てくれたの?ありがとう。いまジュースでも買ってくるからゆっくりしていって」
そういうとひいのかぁちゃんは病室からでていった。
「ひい、体は大丈夫なのか?」
「ありがとう、心配かけてごめんね。体はあまり良くないの。お母さんや先生は
軽い肺炎だっておっしゃるけど・・・また今日も薬が増えたし、ちっとも良くなってる感じがしない。
ひょっとしたらあたし、もう二度と学校に...いけないのかも」
そういうとひいは泣き出してしまった。
泣きじゃくるひいにたけしが声をかける。
「そんな弱気になってちゃダメだよっ。みんな学校でひいのことを待ってるのに。
早く元気になってまた遊ぼうよ。もしも、誰かにからかわれたりしたら僕が…
僕が守ってあげるから…。 それとこれ、みんなで折った千羽鶴だよ」
「ウッ…ヒック。たけ…し君」
「あの…この間はごめんね。本当に言いたかったことが上手くいえなくて。
僕があの時言いたかったこと、手紙にかいたんだ。もし良かったら読んでくれるかな」
「…うん」
ひいはそう言うと涙でくしゃくしゃになった顔で精一杯の笑顔を見せてくれた。
それから、本当はもっとひいと喋っていたかったんだけれど、
ひいは体が辛そうだったし、おばさんからジュースを受けとると2人とも病院を後にした。
「たけしさぁ、いつの間に手紙なんて書いた?」
「だって、ひぃの前だとまた緊張しそうで…手紙だったら前もって書いておけるでしょ」
「なるほどな~。でもひい辛そうだったな」
「心配だよ。本当に大丈夫なのかな」
「バカ!たけしが信じてやらないでどうするんだよ。ひいは今も病院で頑張ってるんだぞ!」
「そうだね・・・。僕が信じてあげないとね。ひいはきっと大丈夫!」
「おぅ!きっと大丈夫だ」
ここでも前向きな性格が役に立った。
根拠の無い自信が落ち込むたけしの気持ちを前向きに変えたのだった。
それからしばらくたったある日━。
蝉時雨の季節は過ぎ去り、もう秋と呼んでも構わない季節だ。
この日クラスは全員でバスに乗り秋の遠足へ向かうことになっていた。
隣の市にある山で、ハイキングをするらしい。
「それでは出発しま~す!」
バスガイドさんが宣言する。
俺のとなりは、いつものようにたけし。
(こういうのを腐れ縁と言うのだろう。くじ引きで決めたバスの席は見事にたけしの隣だった)
たけしは一人浮かない顔で一点を見つめていた。
その先には・・・・誰も乗っていない空席が1つ。
そこは、本来ならばひいが座っているはずの席。
「バス、出発したな」
「そうだね。」
「たけし、元気出せよ」
「だってすごく凄く楽しみにしてた遠足なのに・・・ひいは居ない」
「いや、だから」
俺はそう言いかけながらも、たけしにかける言葉が見つからないでいた。
いつもは前向きな俺も、たけしがこの日をどれだけ楽しみにしていたか、知っていたから。
ひいが座るはずだったその席は、空席の、まま。
今のたけしの頭の中はひいの事でいっぱいなのだろう。
今にも泣き出しそうなくらいうつむいたたけしに、俺は結局かける言葉が見つからず、
そのまま視線を窓の外に移した。
━次の瞬間、俺は視線の端に“あるモノ”をとらえた。
なんだかものすごい慌てぶりでこちらに向かってくる。俺はとっさに声をあげた━
「先生!ストップ!!ひいが走ってきますっ」
一同ざわつきバスが停まる。
バスの扉が開いた。
「ごめん…なさい....寝坊…しました…ハァハァ」
肩で息をしながら話すひい。一同はどこまでどんくさいんだと大爆笑だった。
もちろんただ一人、担任の先生はカンカンに怒っていたけれど。
ひいは俺とたけしがお見舞いに行ったちょうど一週間後に病院を退院し、
みるみる元気になっていった。
もちろん遠足へも参加する予定だったのだが、出発時間を20分過ぎても現れないため、
先生達が”ひいは置いていく”事に決めたのだった。
みんなから次々と野次を受けながらたった1つの空席に座るひい。
一通り落ち着くとたけしの方を振り返り手を合わせゴメンネのポーズで舌をペロッと出した。
それを見たたけしは…安堵の表情を浮かべ、ただ顔を赤くするばかりだった。
…。そこで俺は、ようやくたけしにかけるべき言葉を見つけた。
「なぁ、たけし。もうひいとはチューしたのか?」
たけしは、顔を真っ赤にして言葉にならない言葉で俺に向かって何か言っているようだった。
FIN