
その②は小牧長久手の合戦に登場する犬山城と小牧山と名古屋、岡崎城めぐりです。
その①のようにに犬山城下町を散策した後は、犬山城の天守に向かいました。
小牧-長久手の合戦では秀吉軍側の城として秀吉がこの犬山城に入城しましたが、実際に秀吉が本陣を構えたのはもう少し南の小牧城に近い楽田城でした。
この犬山城に秀吉目線(笑)で入城してみました。
犬山城は、コンパクトでありながらも現存する最古の天守閣を持ち、国宝5城の一つである事はご存知の通りかと。
そう、松江城、姫路城、彦根城、犬山城、松本城の5城ですね。
また成瀬家の個人所有の城として2004年まで保存されてきたことでも有名です。
これまで城撤退時の焼き討ちや、空襲などの戦災を免れてきた事は奇跡に近いかもしれません。 (地震による損壊はありましたけど)
ここは織田信長の叔父、織田信康が1537年に建てたとの事ですから500年前の城が当時の趣を残したまま目の前にあるのは感慨深く、当時の人たちはどんな思いで城とともに暮らしていたのだろう?なんて考えるのも歴史巡りの楽しさです。
城の南西側の大手道を左手に空堀を見ながら登って行き、門跡などをを抜けると天守閣が目の前にドーン!
石垣は野面積み
入り口は狭く、ほぼ垂直の階段、と言うよりハシゴ?を上って城内に入っていきます。
女性は決してスカートを履いて犬山城に入ってはいけませんよ!(笑)
石垣の裏側もリアルに見えてテンション上がりますね
中は4層構造です。
当時の柱や梁などもそのままで、歴史を感じます。
天守からの360度の眺めは見事と言う他はありません。
城の南側からは10キロ先に家康が本陣を構えた小牧山城が見えます。
その奥の高層ビルは名古屋駅周辺ですね。
秀吉もここで小牧山を見ながらどう攻めるかを考えたのでしょうか?
西から北側
木曽川により、こちらからの城攻め難しいでしょう、しかもすぐ下は切り立った岩盤ですし。
遠くには信長の居城であった岐阜城も見え、戦国の世を感じます。
北から東側
こちらも眼下の木曽川と岩盤の堀で守りはバッチリそう。
木曽川沿いの硬い隆起岩盤の上に築城された犬山城は、自然の地形を見事に利用した鉄壁の守りを誇る城だった事がよく分かります。
攻めるなら城下町側の南側方向しかないので、城下町全体を要塞に見立てた町作りになっている事は町中散策でも見てとれました。
城を下り、木曽川側からも犬山城周辺をみてみると、硬い隆起岩盤の上に城が建っている様子が見て取れます。
岩盤をくり抜いたトンネルが見えますね。
気がつけばもう夕暮れ
夕日に映える犬山城を見ながらこの城を後にしました。
翌日は小牧山城を目指して南下しますが、途中には秀吉が本陣を構えた楽田城の城址が犬山市の南部、小牧山の手前2キロぐらいのところにあります。
現在は小学校となっていて石碑のみでしたが、戦前までは二重堀の跡が少し残っていたとか。(画像なし)
しかし、この周辺には奇祭で有名な神社が二つありますので立ち寄りました。
先ずは、楽田城のすぐ手前に安産子宝で有名な大縣神社と言う少なくとも360年以上の歴史をもつ女性の神様の神社あります。
境内には写真のように女性に因み、女性のシンボルをイメージしたもの(アワビ状)がいくつも奉られています。
絵馬のデザインもなかなかです😅
さらに2キロ程南に走り小牧市に入ると、今度は少なくとも700年以上の歴史をもつ男性神様の田縣神社があります
御社殿の中には
ん?
見事な男性のシンボルが大小奉られています、デカっ!😆
その独特の祭り形態から外国人の観光客もたくさん訪れる田縣祭りと言う奇祭も有名です。
手前の小さな5本のシンボルは、豊年祭で左の特大シンボルの神輿と共に5人の巫女さんが両手で持って練り歩きます。
詳しくはYouTubeで検索して下さいね
奥にはこをな石も😅
上記の神輿の上にあるシンボルは、祭りに合わせて毎年檜の一本丸太を削って作るのだそうです、凄いですねぇ
毎年、微妙に反○や大○さが違うんですかね?(笑)
あっ、何言っているんですかね?私は!
神事にバチ当たりな事を言ってしまい、すみません。😅
こうした男女のシンボルを崇める神社は全国にも多数ありますが、歴史ある犬山や小牧にあると言うのもいいですね。
さて、この神社から2キロ程走れば家康が本陣を構えた小牧山です。
山頂には織田信長が建てた小牧山城がありますが、家康はこの城周りを大がかりに整備して守りを固めました。
この小牧山城は家康目線で見て周りました(笑)
小牧山の道路向かいは小牧市役所で、クルマはここも停められて良いですね。
小牧山から見る小牧市役所
これが有名な二重土塁と堀で徳川四天王の1人、榊原康政が僅か5日で守りの整備したとか。
山頂までは近道ルートにしましたが、結構きつかったー
石垣発掘整備が終わって間もない石垣越しに小牧城。
複数の石垣で固められた小牧城
犬山城同様に隆起岩盤の上に築城していますが、ここは更に複数層にわたる石垣で囲っています。
この日は残念ながら城も資料館も休館日でしたので、小牧山城から周囲を眺めたり資料を見たりする事ができませんでしたが、尾張の小高い隆起岩盤にそれぞれが陣を取り、秀吉と家康が睨め合った様子を想像したら、城巡り初心者の私でもワクワクしました。
こうして小牧山城を後にする頃は既にお昼過ぎ。
この後、陽のあるうちに2つの城を頑張って訪れました。
次なるは名古屋城
小牧・長久手の合戦の時には当然まだ存在していない名古屋城ですが、ここまで来て金の鯱鉾を見ないで帰るわけにもいきませんからね。
【行ってきたがや、どえらゃぁ城によー!】
【観光客がぎょーさんおるもんだで、ゆっくり見れーせんかったもんで、困ってまうでかんがや】
ってな感じでした。(名古屋弁にて)
2018年から耐震性の問題で天守閣には入れませんでしたが、その壮大なスケールと復元された豪華絢爛な本丸御殿でお腹いっぱいになりました。
櫓の石落としも凄い
復元された豪華絢爛な本丸御殿
この後は急いで家康生誕の城、岡崎城に向かいました。
この家康の本拠地となる岡崎城は、小牧・長久手の合戦において秀吉の三河中入り奇襲作戦によって危うく攻められるところでしたが、更に上手の家康によってそれは阻止されます。
この計画失敗がきっかけで秀吉は尾張のこの戦いから一旦撤退する事となるわけですから、家康ファンの私としては岡崎城は外せない城です。
守備上で重要な清海堀
堆積物で底がかなり埋まっていますが、当時は深い堀だったようです。
城下町には東海道が通り栄えました。( 模型で正面に一本に通る道 )
私が大好きな八丁味噌はここから
東京に戻る前に軽く腹ごしらえ
ウナギが食べたくなったので、岡崎の人気店へ
ひつまぶしではなく、うな丼の小
味は濃いながらも、パリパリで香ばしい表面と中はふっくら身で
うまかったー!
おみやげは
左から
① 「餡麩三喜羅」 (さんきら)江南市、大口屋の絶品、生麩の和菓子
こんなに上手い生麩菓子は他にはないです!
東京でも日本橋三越で月曜日しか買えない逸品です
② 名古屋土産定番、 海老煎餅 ゆかり 金鯱版(笑)
③ 岡崎の八丁味噌
私はマルヤよりこっちが好みです。
いつものようにまた長いブログになってしまいましたが、
2日間の愛知県城巡りはこれにておしまい。
今回回れなかった数々の城も時間を作って巡ってみようと思います。