
198X年春。
俺は故郷を離れ学校を卒業し、大都市圏にある会社に就職 晴れて社会人1年生となった。
30近くの拠点が点在する中の一支店(N支店)に配属されたが、地方出身者はほぼ全員 社員寮に入って新生活が始まるのだ。その社員寮ももちろん複数存在したが、俺の入ったK寮はH支店とN支店の両社員が生活していた。
既に入社式は10日ほど前に済んでいる。そしてこの日K寮への引越しも終わり
『いよいよ明日から初仕事』
と言う3月末日の夕方・・・。
無論その日 寮の管理人とは接触していたが、肝心の先輩達とはまだ未遭遇・・・初めての仕事、会社、先輩、寮生活・・・(これからどんな事が待ち受けているのだろう?)
西陽の射す寮内の談話室で、ただひとり不安に駆られながら見知らぬ誰かの帰りを待つ俺・・・・・。
その時、ドアが開いて一人の男が入って来た・・・痩せて浅黒い顔、ちょっとチンピラ風。
俺は立ち上がり挨拶をして名乗った。
「福井県出身の1B11です、よろしくお願いします!」
彼は頭を下げる俺にこう言った・・・
「お前、どっちだ?」
これはもちろん前述の通り、H支店とN支店のどちらに配属か?と俺に訊いている訳だ。
「ハイ、N支店に配属です。」
と答える俺に、彼は僅かの沈黙の後
「そうか、H支店だと良かったのにな。俺はH支店のS川だ、まぁせいぜい頑張れや。」
ニッコリ笑うと同時に、そう言い残して彼(=S川先輩)は出て行った。
あの日の記憶はたったこれだけ。同期入社で同じK寮に入った者とも、他の先輩方とも自己紹介などがあった筈だが全く覚えていない。唯々S川先輩とのこの最初の会話だけが鮮明に脳裏に焼きついている。
それも当然かも知れない・・・不安と緊張の中、一人待っていた俺に最初に声を掛けてくれたS川先輩・・・。
あの短い会話でどれだけ心が救われた事か!
いま考えると、あんな夕方の早い時間、まだ誰も帰って来てなかったのに 、S川先輩って何やってたんだろ?と、疑問も残る。
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その後、ようやく仕事や先輩方との寮生活にも少し慣れて来た頃・・・多分5月頃ではなかったか、
S川先輩が会社を辞める事を知った。
彼が故郷の九州へ帰る夜、寮の皆で見送る事になった。
S川先輩の愛車は渋過ぎるエンジ色の鮫ブル、つまりブルーバードUの2000GTハードトップ(GTかGTXか定かでは無いし、改造の有無も不明のままだ)だった。
俺達残った寮生は数台のクルマに分乗して都市高速の環状線を彼と一緒に一周した後、ジャンクションで別れる手はずになっていた。
俺はH支店のN先輩の白いケンメリ4ドアの助手席に・・・その他諸々の中にはU先輩の330-4ドアHT、E先輩の230-2ドアHT、S先輩の230-4ドアHT等が居たのを覚えている。
さて隊列は別れのランプウェイへ来てしまった・・・
(さよなら、S先輩!お元気で!)=クラクションの雨嵐!!!
俺は泣いてしまった、N先輩も運転しながら泣いていた。
あの初出勤の前日以後、この別れの日までS川先輩と接触した記憶はなぜか無い。
そしてS川先輩が「H支店だと良かったのにな。」と言った言葉の意味も、俺が後輩を持つようになってから何となく理解し またそれが決して正論ではなかったとも思っている。
とにかく彼は皆に愛されていた事は確かだ。
あの夜、緩やかに降りるランプウェイから見えた 直進するS川先輩の鮫ブルを俺は決して忘れない。
Posted at 2012/01/18 08:30:15 | |
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