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2024年11月10日 イイね!

海上自衛隊 舞鶴地方総監部記念日行事とフランス海軍フリゲート艦「プレリアル」入港

海上自衛隊 舞鶴地方総監部記念日行事とフランス海軍フリゲート艦「プレリアル」入港皆さん、こんにちは。
今日の京都府南部は晴天が続いています。
過ごしよいですね~。👍






11月は自衛隊記念日行事が各地で続いておりまして、今回は舞鶴です。
昨日、舞鶴地方総監部から記念日行事の招待を受け、祝賀会に出席しました。
会が始るまで少し時間がありましたので、北吸桟橋沿いを同行者と歩きましてどの艦が在泊しているのか確認です。
総監部の舷門には記念日を祝す国旗🎌が翻っています。


自衛隊舞鶴地区の総監部周辺と護衛艦桟橋の案内図です。

今回はたまたまですが、フランス海軍フリゲート艦の「プレリアル」が24年ぶりに舞鶴に入港しました。北朝鮮の瀬取りの監視が今回任務で、乗員の休養、補給と慰霊のための入港です。

北吸係留所の一番いいところに係留しています。
まぁ、こういうのは世界海軍の常識で、我が自衛隊も海外に帰港するときは、相手国の艦隊旗艦でもいいところをあけてくれるんですね。

艦尾のフランス軍艦旗です。あんまり見えないですね~。






世界各国海軍の儀礼として、訪問した国の国旗をマストに掲揚します。
「プレリアル」のマストには、見にくいですが、ちゃんと日本国旗が掲揚されています。(二旒掲揚されているものの右側)
その上には、長旗が見えます。これは先任艦を示す、細長い10cm×200cmほどの旗です。


下の我が国の自衛艦よりも船体の色が少し白っぽいような気がしますね。


長期の航海と朝鮮半島周辺での瀬取り監視任務により、船体のグレー色が少し、赤茶けています。錆が至る所に浮いて長旅が偲ばれ、乗員のご苦労が想像できます。


北吸係留所の西端スタートの護衛艦「せんだい」は満艦飾で、自衛隊記念日行事を祝しています。


手前の有刺鉄線(ゆうしてっせん)が邪魔ですが、「せんだい」の外側に艦橋周辺が特徴的な「あがの」が串で係留。こちらも満艦飾ですが、この艦型の満艦飾は初めて見ましたが、マストがないため艦橋トップの露天艦橋に結んでいますので、満艦飾がかなり低い感じがします。


「せんだい」の前に「プレリアル」が単艦で係留。その前に「ふゆづき」満艦飾、その外に「みょうこう」が串。「みょうこう」の前に「あたご」。


「ふゆづき」満艦飾。外に「みょうこう」が串。


「ふゆづき」の前に補給艦「ましゅう」、外側に「あたご」が串。これで係留岸壁の東端。東端に回りこんで多用途支援艦「ひうち」と支援船。


「ひゅうが」のみ描泊。

今回の東港には第3護衛隊全艦。第4護衛隊は「せとぎり」「あさぎり」の他は全艦在泊でした。
あとの懇親会で「せとぎり」給養員に聞くとドックに入っているとのこと。

では、祝賀会に移動です。






受付で参加費3000円を支払、入場です。


舞鶴には第4術科学校がありまして、経理、食事などの主計業務を教育している関係上、このような祝賀会に出る食事は全国の基地で一番美味しいとの評判です。






鏡開きで祝宴のスタートです。
右から2人目が主催者の舞鶴地方総監の伊藤海将、一番右に舞鶴所在の久田第8管区海上保安部長。


宴もたけなわ。


米軍人もおられます。丹後半島に米軍のレーダーサイトがあるためですね。

受付け横に、隊員の帽子置場があります。

ずらーっと幹部用の制帽が並んでいます。よく見ると陸自の帽子や米陸軍の帽子もあります。海上保安官の制帽は海自とよく似ていますが、お分かりですか?


海自舞鶴地区には4人の将官(総監、4術校長、3護群司令、幕僚長)がおられます。写真の四つの帽子が将官用、鍔のリーフが多いタイプです。
何れの帽子も金モールが輝いていますでしょう?
礼装用の一装の帽子ですね~。高級幹部は帽子を2個以上持つと言われます。


こちらの海自幹部制帽は左が3佐まで、右が2佐、1佐のもの。

先任伍長(曹)の帽子置場。

前章と顎紐に幹部用との違いがあります。

海上自衛隊の支援を目的とする、我々支援団体としては、まず人材の発掘支援が急がれます。艦船の人員充足率がかなり不足している状態が続いています。
それには給料の面や待遇の事も改善が急務と思われます。
参加者の皆さんとそういった会話が多々あり、現役の幹部からは切実なる状況を承りました。

国民の一人として、応援します。精強!即応!自衛隊!
😊👍
Posted at 2024/11/10 16:15:04 | コメント(1) | トラックバック(0) | 海軍(陸軍)・海自関係 | 日記
2024年11月04日 イイね!

呉 高田帽子店訪問 帝国海軍・海自御用達

呉 高田帽子店訪問 帝国海軍・海自御用達皆さん、おはようございます。
今朝の京都府南部地域は、7℃くらい(0500)と今冬一番の冷え込みとなりました。寒いですね~。昨シーズンは暖冬で雪が少なかったですが、今年は期待出来そうです。

さて、先週の広島県呉方面研修の続きです。
今回は帝国海軍時代から今の海上自衛隊にも御用達のお店「高田帽子店」さんをご紹介します。
住所:広島県呉市中通1丁目4-10 電話:0823-21-5026 
創業大正3年。帝国海軍時代から今年で110年に亘り制帽を作り続けておられます。現在は三代目の高田勝晴さん。

呉駅から徒歩10分ほどです。

山本五十六さんの制帽も製作したとのことです。

この写真は海軍大将の襟章なので昭和15年11月15日以降の写真。
山本さんがGF(聯合艦隊)長官で呉の長門に着任したのは、昭和14年8月なのでひょっとするとこの写真の制帽は高田帽子店さんで製作されたものかもしれません。

自衛隊の制帽製造会社としては、日本で唯一個人商店として帽子製造・販売を許可されているお店になります。
自衛隊の官給品の制帽は、サイズがあまりなく造りも今ひとつのため、それに満足しない方は自分に合った物を特注します。

ひとりひとりの頭の形に合わせて、製造してくれるためかぶり心地が良く、各部の作り込みも丁寧な仕上げで、隊員の中では人気があります。

海上自衛隊幹部の制帽には3種類あり、鍔の仕上げが何もつかない黒いままが三尉~三佐、リーフ(葉っぱの飾り)が付くのが、二佐~一佐、リーフが多くなるのが将補、将となります。

この制帽は将官のリーフが多いもの。
幹部に高田さんの帽子のことを聞きますと、若い幹部の中では高田さんで調製することは一種憧れ見たいですね。やはり見たらすぐわかるそうです。
ある幹部は「これ高田さんで作ってもらったんです」って自慢げに語ってくれたことを思い出します。


お店構えです。前面がショーウィンドウになっています。


左は帝国海軍の儀礼長剣(複製品非売品)など海軍の複製品に混じって、海自の品々を展示。




肩章の比較。左が帝国海軍の中佐、中が海自の三佐(少佐)、右が海自の一尉。




中央の白紐状のものは、海自の副官飾緒(しょくちょ)で地方総監の副官や自衛艦隊司令官の副官など高官の副官が佩用(はいよう)します。


高田さんと奥様との楽しい談笑。帝国海軍や海自のことなど話題でいっぱいです。

お店の中には色んな展示物が。





緒形拳さんも来店。




高田帽子店製、帝国海軍実物の軍帽。この軍帽は高田さんの叔父さんのものだそうです。海軍士官だったんですね。


鬢皮の裏にはちゃんと高田帽子店と当時の刻印。



いかがでしょう、全国で唯一今でも帝国海軍の製法のまま、軍帽を作り続けておられるお店です。
呉に行かれた折に立寄られたら、海軍の空気に触れられること間違いなしです。
😊👍
Posted at 2024/11/09 07:26:10 | コメント(2) | トラックバック(0) | 海軍(陸軍)・海自関係 | 日記
2024年11月04日 イイね!

海上自衛隊 第一術科学校自衛隊記念日行事 広島県江田島市

海上自衛隊 第一術科学校自衛隊記念日行事 広島県江田島市皆さん、おはようございます。
今朝の京都府南部地域は11℃くらいと今秋一番の冷え込みです。
雨が降る度に、気温は確実に下がって来ますね。

さて、昨日まで広島県呉方面に行ってきましたので、順次報告します。
まずは、今回の目的である海上自衛隊第一術科学校で開催された自衛隊記念日行事の参加です。

第一術科学校(以下江田島)の建物と敷地は、帝国海軍兵学校をそのまま海上警備隊を経て海上自衛隊が引継ぎ、現在に至ります。
全国四つある術科学校の一つで、主に砲術、水雷を教える学校で幹部、曹士が学びます。
合わせて海上自衛隊幹部候補生学校も敷地内に同居します。
こちらは、防衛大学校、一般大学校出身者が海上自衛隊幹部になるためにみっちり1年間学習する学校で、曹からの部内からもこの学校に入り、幹部へと進みます。
住所:〒737-2195 広島県江田島市江田島町国有無番地
電話:0823-42-1211 最寄り駅:呉市駅より瀬戸内海汽船小用港、バスタクシー

今回で3回目の同校観覧ですが、いつも変わらず赤レンガの生徒館が綺麗です。
21年ぶりということで、各所を見せていただきました。

まずは、ご存じない方のため構内案内です。
戦前まで、ダートマス(英)アナポリス(米)と並び、世界三大兵学校の一つと言われた名誉ある海軍兵学校の建物群や施設がそのまま現存します。
今回は雨の影響で、観閲式と音楽演奏、花火が江田島市と共催で催行されました。
いつもは、記名し数人の小グループの案内人付でしか、各所を観覧できませんが、この日は違います。一般公開ですので、めいめい行きたいところを観覧できます。
立入禁止場所は別ですが・・・。




ここ江田島では海軍の伝統で海からの出入口が正式な出入口、舷門です。
名称も表桟橋。江田内の海がキラキラと輝いて一昨日の大雨がウソの様に晴れ渡り、気持ちがよかったです~。😊

カッターのダビッド前を歩むと、大きな砲塔が聳えます。
戦艦陸奥の4番主砲です。









呉大和ミュージアムの前にある主砲や、横須賀ベルニー公園のあのどでかい主砲がここに当時と同じく砲塔に納り、海を圧しています。でかいですよ~👍
※正確を期すため追記します。
江田島旧兵学校にある陸奥の砲塔と主砲は昭和9から昭和11に掛けて実施された大改装時に撤去された、旧砲塔です。
大和ミュージアムにある戦艦陸奥砲身は上記改装時に新たに設置された、4番砲塔の左砲身です。
陸奥は昭和18年に呉沖で爆沈しますが、戦後引上げられた砲身が上記大和ミュージアムの左砲身と横須賀ベルニー公園の説明書きにある4番砲塔とありますので、右砲身と思います。

他にも帝国海軍時代の高角砲や四連装魚雷発射管などが展示。









上の砲填(ほうてん)兵器は教材で、生徒を教育するためにあります。
兵器類の横に昭和10年完成の第1砲術講堂の建物があります。
多くの講習をした建物も今年度で解体されます。


学生館。


生徒館。


学生館と生徒館の後に聳え立つのは古鷹山。今も兵学校当時と同じく教育の一環で登山競技があり、宮島の弥山(みせん)にも登山します。
幹部に古鷹山の事を聞くと、皆顔をしかめながらも、懐かしそうに思い出を語ってくれます。




広い練兵場には芝生が敷き詰められ、周囲には樹齢150年以上の黒松。
温暖な気候で国防という崇高な使命に、生徒の志を錬成する場所にはもってこいの環境と思います。

赤レンガの生徒館近影です。







明治26年完成、131年が経過する生徒館。レンガは英国から銀紙にひとつひとつ包んで船で大事に運搬したそうです。

内部に入ります。

黒光りする廊下には、明治時代の軍艦、初代「金剛」甲板のチーク材が使用されています。江田島では今でも床のことを甲板(かんぱん)といいます。


映画でよく出て来る廊下ですね。手前右は帽子掛けですが、戦前の兵学校では帽子と共に短剣を掛けます。


こんな感じです。この写真は前回2003年の時の写真で腰の短剣を外し、掛けてみました。赤レンガ生徒館隣の学生館での一コマです。


全てに錨マークがあしらわれています。


各所にこのような大鏡が配置されています。服装の乱れや挙手の敬礼動作の修正などに使用されます。

さぁいよいよ観閲式の開始です。

各学生隊が練兵場に整列。学生隊の前には大隊本部。脇に呉音楽隊。


各学校長も観閲台に。大隊本部儀杖隊から儀仗を受けます。

観閲行進。





一千名弱の一般観覧者も歓声が上がるほどの、美しい隊列と凜々しい目つき。
志した青年の眼の鋭さ・・・。感動 👍



最後は「海軍速歩行進」。

行進曲軍艦の演奏の後、それまで微動だにしなかった(不動の姿勢)目の前の儀仗兵が控え銃(つつ)の姿勢から剣を外し、歩調を整えて観閲官に対し、捧げ銃(つつ)の敬礼、観閲官の答礼で式は終了。

⚓いかがでしたか?
国防の使命に満ちた青年(男子、女子)が、ここ江田島で心技体を磨いています。
精強、即応! 自衛隊。
今、この時も我が国を守ります。
😊👍
Posted at 2024/11/04 09:30:52 | コメント(5) | トラックバック(0) | 海軍(陸軍)・海自関係 | 日記
2024年10月27日 イイね!

令和6年度 第36回舞鶴海軍墓地戦没者合同慰霊祭

皆さん、おはようございます。
今朝の京都府南部地域は気温17℃で雲はありますが、晴れています。
過ごしやすい気温ですね~。

昨日は慰霊祭に参加するため、2ヶ月ぶりに舞鶴へ行ってきました。
去年はこの慰霊祭に参加するため、向かっていた途中のパーキングエリア駐車場で、前車のベンツが突然微速で後進してき、我が方の右舷に追突され、小破の損害を受け、慰霊祭に参加が出来なかったことが思い出されます。1年経つのは早い!

昨年の事故の状況。


交通機動隊 名神京都南分駐所隊員にお世話を掛けました。

今年も同じサービスエリア駐車場で小休止しましたが、同乗者も含め前後左右の見張りを厳となし、前進最微速での入港で安全に上陸できました。(全て海軍用語)

舞鶴海軍墓地に1025(ヒトマルフタゴー)無事入港。

祭壇には多くのお供え。

この慰霊祭には海上自衛隊協力団体として、毎年参加させていただいています。
先の大東亜戦争と建軍以来の戦いに於いて国の御楯となり、戦塵に散り戦禍に斃れた舞鶴鎮守府管下4万余柱の御霊に慰霊追悼し、御遺族、鴨田舞鶴市長、管下地方公共団体関係者、地元自治会、国会議員以下議員、有志団体、海上自衛隊員など大勢の参加者が平和への思いを新たにしました。

海上自衛隊参加者は伊藤舞鶴地方総監、幕僚長、4術校長、各所轄長、ひゅうが艦長以下各護衛艦艦長、各護衛艦先任伍長、舞鶴音楽隊、儀杖隊など。

舞鶴音楽隊もスタンバイOK。


白い帽子覆いは自衛官。伊藤総監も着席。

定刻1100、慰霊祭開式です。
〇開式
〇国旗、軍艦旗掲揚 
 ・ラッパ君が代
〇黙祷
 ・国の鎮め演奏
〇祭主彩文 舞鶴海軍墓地護持会 会長
〇追悼の辞 舞鶴市長、海上自衛隊舞鶴地方総監
〇追悼のことば 全国ソロモン会 関西支部
〇追悼電報披露
〇弔銃発射 
 ・命を捨てて
〇献花 参加者全員が祭壇に献花 「故郷」演奏
〇奉納演奏 海上自衛隊舞鶴音楽隊
 ・艦船勤務 ・鎮魂 ・同期の桜 ・巡検 ・海ゆかば ・行進曲軍艦
〇国旗、軍艦旗降納
 ・ラッパ君が代 
〇閉式


閉式後の様子。
儀杖隊はまだ「やすめ」の姿勢で微動だにしていません。
儀杖隊の先頭右、制服上に白い剣帯を締め口を真一文字に締めた儀杖隊指揮官。
儀杖隊最後尾二人はウェーブ(女性自衛官)。儀杖隊のウェーブ初めて見ました。


水兵のじょんべら(セーラー服)は世界の海軍共通。
折り目があるのは、礼装用(同じ制服でもとっておきの服)の証し。
水兵帽のペンネントは今も帝国海軍とまったく同じ錨マーク。

今年の慰霊祭では、元軍人の方の参加はありませんでした。
ご存命の方でも、もう参加が叶う状態ではないのでしょうね。

御英霊の方々が、今の日本を身をもって守ったのだと感謝に堪えません。
日本軍は海軍も陸軍も精強無比だったのです。
戦前は悪だとの戦後教育はアメリカが日本人のこの精強無比を削ごうと牙を抜いた結果です。
日本の精強さを一番よく知っているのは敵となって戦ったアメリカ軍人です。

現在の米海軍と海上自衛隊が、非常にいい関係なのは、先の大戦での日本軍の戦い方に「敵ながらあっぱれ」との気持ちを持っている事が底辺にあります。

戦後、マッカーサーが「大東亜戦争は日本の侵略戦争ではなく自衛の戦争だった」と吐露し、正当であったと認めています。

これを戦後の方々は忘れています。というか知らないのではないでしょうか。

静寂な森の墓地にこだまする、舞鶴音楽隊の奉納演奏を聴きながら、瞑目すると木漏れ日の中に、御英霊が演奏を聴かれているような感じがします。

一般の方も参列できます。国を憂う各氏は参加されてください。
心が洗われます。闘志が沸いてきます。

舞鶴海軍墓地 住所:舞鶴市字余部上
舞鶴市所管、舞鶴水交会と舞鶴海軍墓地護持会が維持管理、海自が協力。



Posted at 2024/10/27 06:56:13 | コメント(0) | トラックバック(0) | 海軍(陸軍)・海自関係 | 日記
2024年10月19日 イイね!

西田敏行さん 忠臣蔵 垣見五郎兵衛役の名演

西田敏行さん 忠臣蔵 垣見五郎兵衛役の名演皆さん、おはようございます。
今朝の京都府南部地域は、しっとりとした高めの気温(0520時 22℃)です。

さて、名優西田敏行さんがお亡くなりになりました。
関西では朝日放送「探偵ナイトスクープ」の局長でおなじみでした。
私の小学生~中学~高校~と見てきたTVドラマで、駆け出しの頃の西田敏行さんからずーっと役者としての成長を、見させてもらい名俳優、喜劇役者と不動の地位を確保されました。

私が一押しの名演をご紹介します。
1985年12月30日、31日に日本テレビ系列二夜連続で放映された、年末時代劇スペシャル忠臣蔵の「日野家用人 垣見五郎兵衛」役を演じたシーンです。
この放送を生で見たときは、20歳で時代劇も好きでこれまでも見ていましたが、忠臣蔵に興味をもったのはこのTVドラマが初でした。

元赤穂藩城代家老 大石内蔵助役の里見浩太朗が主君の仇を討つため、「日野家用人、垣見五郎兵衛」の一行と称し、武具(鎧兜、刀、槍など)を運搬するため隊列を組んで江戸へ下る時に、本物の垣見五郎兵衛役の西田敏行と出くわすシーンです。

このシーンで武士道精神、武士の情けを教えられた気持ちになったのを覚えています。日本人が尊ぶ心の美がこのシーンに凝縮されているようにも思います。
当時の私もこの忠臣蔵で泣きましたが、今見ても泣けてきます。

改めまして、西田敏行さんのご冥福をお祈り致します。


Posted at 2024/10/19 06:06:38 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画 | 日記

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小さい頃から乗り物が好きでした。社宅の敷地内で父親に運転を教わり小学生の頃から高校生までいろんな車に乗りました。 運転免許所持前(私有地内) 車歴 昭和43...
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