2016年12月22日
右にウィンカーを出しながら左へ曲がる
今日見た軽バンはそんな風にして左折していきました。
前を走る白い軽バンの右ウィンカーが点滅し始め、いつ右に曲がるのだろうか、と300mくらい走った後の出来事でした。
非常にゆっくり曲がるので、運転席もよく見えたのですが、見るからに解るほどのご老人でした。
ここ最近、高齢ドライバーの事故がクロースアップされますが、明らかな恣意的指向が感じられます。プリウスのタクシーが事故をしたのは別問題ですね。
今日は高齢者のドライバーについて考えるわけですが、非常に難しい問題です。ある日NHKを見ていたら、認知症の夫が認知症で体が不自由な妻を病院まで運転していくというシーンを目にしました。なるほど、認知症になったからと言って免許を取り上げるシステムにはなっていないんだな、とその時初めて知りました。
公共交通機関も壊滅的な地方では、そうならざるを得ないわけです。そして、増えているのです。東京とその周辺都市圏に75%も生産能力と会社が集まっている日本において、地方の全面的な衰退は著しいものがあります。
そんな中で高齢者は運転をし続けているわけですが、実際問題公共インフラが壊滅的である上に自家用車が半端なく便利な道具である事が、さらに追い打ちを掛けるように地方の高齢者の免許返納率を上げさせません。便利なんです、車は。
あるタレントが「18歳まで運転出来ないなら逆に何歳までしか運転が出来ないというルールがあってもおかしなくない」という発言をネット上でして、炎上したそうですが、確かにそれも一理あるのです。
というのも、やはり若年層も無謀や無茶という理由で事故は多めですから、何も高齢者だけが全体の事故の理由にはなっていません。ただただ、高齢者になると事故を起こす人の割合が増えて、それをふるいにかけるようなシステムが合理的な方法で構築されていないだけなのです。若年層に対してもそうです(欧州の一部国では若い人は馬力規制がありますから、実際問題高齢者だけの問題ではない)。
自分はこのブログで何回も日本の道路行政の批判ばかりしていますが、現実として事故が起きても歩行者に影響が少ない道路を作る行政が全面的な土台にあると思いますし、若年層と高齢者の事故件数の減衰は免許制度や教習所の使い方・行政指導の不足にあるのは間違いありません。
ただ、それが全部欠けているので、段々と高齢者の事故が増えているのです。歩行者が反射材を着ようが、新しい車に予防安全装置が付こうが、それは最後の最後に行うべきことであって、土台部分が欠落したままだからこうなってしまうんです。
何故しないのか?それは行うべき人間たちにとってメリットがなく、さらにいえば面倒で地味で面白い事業ではないからです。
例えば、田舎の道の路側帯を広げたり、路肩のブロックをカサマシして歩道へ車が障害無しに突っ込まないようにするだとか、そういう仕事ってのは目立たないし利権的にも美味しくないし、直接的な利益享受があまりないから受益構造が今の日本のシステムにおいては成り立たない。
行政にしたって、交通安全協会を改良して実効性ある免許制度にしたり、高齢者への返納要求を高めつつ、返納者にはメリットを増やすなどの対策は財源もないうえに面倒で内部的には誰も喜ばない。
だって、高齢者で車がつかえないと困る人にタクシー無料チケットとか2000枚とか上げたら結構困らないでしょ?JR私鉄フリーパスとか。なんでやらないかって言ったら、そんなところに財源振りたくないし、新たな癒着先や出先機関の変更をしなきゃならない。
要するに、既得権益層が喜ばないことはやらないのです。
既得権益層は有明に新設するような話にしか乗ってこないのです。横浜市長の次のポストは国務大臣級かまたは良い国の特命全権大使級のものが用意されているのです。これが大人の世界、日本の構造。
じゃあなんで報道されるようになったのか?報道することにより報道する側にも何かしらのメリットがあるのでしょう。
ボクの場合はクルマが純然に好きですし、自ら運転することに喜びを感じますし、高齢者には一定以上のリスペクトをかんじますからいたずらに困らせたくない。
そう考えた時に勝手に考えた案はというと・・・
1、道路行政は基本構造から変えましょう。
20kmhから140kmhまでの規制速度は厳密に守らせる。20kmh道路は市街地等の歩行者多用地域。完全に歩道を整備した上で、路側帯と歩道の間にはかならずガードレールを設置する。なお、歩道に関しては「どのような方法をとっても危険」である道路の場合は歩道撤去の上で歩行を禁止する。
対面通行の高速道路は全面撤廃。かならず中央分離帯を設ける。軽自動車の高速走行を禁止する。140kmhの走行を安全に行うため、必ず高速域からのフルブレーキを教習で行うようにする。など。
2、免許制度を変えましょう。
まず、教習所の教習を実効性あるものにする。昭和時代の実情に即した教習内容を全面的に刷新する。急ブレーキ、急ハンドル等のクリティカルな操作を多く盛り込む。そのうえで、出来ない人間と異常運転者には免許交付をしない(犯罪者や精神異常者でも免許が取れてしまう現状を見れば必然化と思います)。
また、18歳から22歳まではパワーウェイトレシオ7ないし8までの車両を乗れることとする。それ以上の車両に乗る際は22歳以上で事故歴のない人間の同乗を必要とする。
高齢者に関しては動体視力が著しく落ちる65歳時に緊急回避訓練等を行い二年更新とする。落第した場合は、公共交通機関のフリーパス(除く新幹線等)とタクシーの格安利用を認める(自分からの返納も可)。公共インフラ事情が極端に悪い地域の場合は、行政が必ず彼らの生存権を守るべく行動を起こす。
という感じです。細かく指摘する部分はもっとありますが、基本線はこんな感じだと思います。
でも、これってホント、共産的だし資本主義的な現在の日本からすると実現出来なさそうですよね。ようするに、部分的に超協賛的で部分的には超資本主義的な部分がチグハグに織り交ざっているので、どうにもこうにも進まないんだと思います。
まぁ、まさかここまでこの国が発展するとも想像がつかなかったというのが実情なんでしょうけどね。
自動ブレーキとかを国土交通省が褒める前に、お前ら土台部分を考えろよって話だとボクは思うんですけどね。それよりも彼らはもう壊れそうな首都高の改修だとか、他の事に頭がいっぱいです。高齢者対策も根幹部分に達する前の中層部分以上でしか対応は出来ないと思います。
というわけで、我々がやるべきことはただ一つ。死にそうな場所は歩かない。何されても大丈夫な車に乗る。これだけです。やれない場合はどうしたらいいんだか、ボクにもさっぱり答えが無いのが現状です。
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Posted at
2016/12/22 17:56:01
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