少し前に読み返してみたのですが、なかなか含蓄のある内容で興味深く、36年後にプジョー208のオーナーになった今でも肯ける点が多々あったので、思い切って全文文字起こししてみました。
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ズバリ、「フランス車に乗ってもダイジョーブかあ?!」―と、あなたは訊きたいに違いない。それほどフランス車の機械的定評は芳しくない。ならば、ズバリと答えましょう。
その道のプロが直言するフランスのくるまのハードとハート。
たんに機械の話にとどまらない文化的読物にもなったのは、フランス車ならではのエスプリのなせるワザである。
私たち日本人はナニユエにフランス車に魅かれ、ナニユエにフランス車を遠ざけようとするのか。
この疑問を氷解すべく、プジョー205、ルノー5といった、代表的フランス車をライバルとする国産車、日産パルサーの主管、千野甫氏のインタビューをもとに、ここでは<私たちにとってのフランス車問題>について若干の考察をしてみようと思う。
●得体の知れない面白さがある
―日本のメーカーって、だいたいドイツ車をライバル視していて、フランス車は無視していますよね。
千野 考えてみたら、フランス車についてはそう強くは意識してなかったなあと(笑)。
―千野さんご自身はフランス車はお好きですか。
千野 好きな方かなあと思ってますが、ただ愛好家じゃないですね。フランス車の好きな人っていうのは、数は多くないけれど、メチャクチャ好きですね。
―そうですね。
千野 そのへんの理由は、"わがままなんだけど魅力のある女性”みたいなのかなあ。なんとも得体の知ればい面白さや味わいがあるなあと思ってましてね。まあブガッティ・ロワイヤルとか、古過ぎますけれども、シトロエン2CVみたいなとんでもないクルマをつくっちゃう。それから、プジョー205のような非常に機敏な猫みたいなのがあるかと思うと、ルノー5みたいなシャレた道具みたいなクルマもあるし、結局どれをとっても独創的なイメージがフランス車というと出てきますね。
―本当にそうですねえ。
千野 ですから、フランス車そのものが好きだというよりも、思いついたところをそのまま実現してしまうような風土、そこがいちばん興味を持っているんです。
―独創的というのは、たとえばどんな点ですか。
千野 今出ているクルマというよりも、ハイドロニューマチックみたいなサスペンションとか、われわれではちょっと理解しがたいスタイリング、全体を含めて、つまりフランス車の過去から現在までの一連の中で、非常に独創的な雰囲気があるなあと、感じておりますんですがねえ……。

●ハイドロニューマチックは馬鹿みたい
―ハイドロニューマチックなんかは、やってみたいという対象にはならないんですか。
千野 いやあ、われわれはすぐに生産性とか値段の問題とかで、あんなことしなくたって、通常のメカニズムの中でかなりの性能ができると。そういう機械合理的な思考方法を取りますので、ああいう馬鹿みたいなものをつけてしまう精神構造は分かりにくいですね。
―あれ、やっぱり馬鹿みたいなものですかね。
千野 あんまり詳しく問い詰められても困るんですがね……。
―でも、僕もBXとAXを較べると、通常のサスのAXの方がいいんじゃないかと思うんですけれども。
千野 ええ。乗っていて分かるような素晴らしさはほとんどないんですよね。
― ……。
千野 それから、フランス車の長所の話でしたっけ……。非常に感心するのはプジョー205のような非常にしなやかで機敏性に富んだサスペンションのやり方を、楽天的に苦もなくやっているような気がするんですね。パリの混んだ中をすり抜けるように走るのに適していて、しかも小柄だから駐車するにも便利にできていますよね。そういう意味では、非常に実用的なところがありますねえ。やっぱりフランス車の交通事情だとか風土気候から滲み出てきたようなようなクルマなのかなあと。
●多少の欠点も容認してしまう
千野 ところがひとつ欠点がありましてね。たとえばアウトバーンなんかで走らせると、決してドイツ車のような非常に安心して、あ、頼もしいという感じはないですね。日本(のエンジニア)だと、高速と街中での扱いやすさ、両方とも追いかけるようなところがありますけれど、かなり割り切った考え方をするのかなあと。それもドイツ風に理詰めでやっていくというよりも、かなり感覚的にサッサッとやっちゃって、多少の欠点が残っていても容認してしてしまう。多少オーバーに言っていますけれど、そういう風に見ているんですね。
―フランス車って、ボディ剛性が低いですよね。低いなりに、低いよさがあると思うんですが……。
千野 強いていえば、若干は軽くできているんじゃないでしょうか。フランス車のエンジンて、よく回ることは感心しますが、出力なんかは高くない。それで機敏な走りを考えると、若干の軽さは必要になるんじゃなkですかね。ボディ剛性の低さは、そういうところと刺し違えているんじゃないですかね。ただ、ボディ剛性が低いからいいっていうのは、なんか、分からないですね。
―じゃあフランス車の抱える問題は何だと思われますか。
千野 不揃いのところだと思います。品質の不揃い。やっぱり品質とか信頼性という言い方をすると、フランス車ってちょっと不安があると思いますね。ガタなんかも割合早く来るように思います。ただ、僕自身が乗りつぶした経験を持っていませんから、多少は先入観的な言い方かもしれません。
●フランス車は真似しにくい
―品質が悪い理由は何でしょうか。
千野 一般工業レベルに対する遅れがあるんでしょうね。もう一つは独創性といいますか、いいところは非常にいいんだけれど、そうでないところはそれほど考えていない。すべてにわたってバランスよく平均的に、という思考方法をしない、フランスの特性みたいな気がしますね。
―それじゃあ、日本車がフランス車から学ぶ点があるとすればどこでしょうか。
千野 フランス車というのはなかなか真似しにくいんですね。理解しがたいところがあって、ドイツ車の方が分かりやすい。ドイツ車はどこを取っても理詰めで分かる。馴染みという点ではドイツ車の方ですね。だけど、ドイツ車は実用的でフランス車は感覚的かというと、どうもそうじゃなくて、フランス車というのはよくよく見てみると実用的だというところがありますので、多少不可解な、というか……。
―具体的には?
千野 え-、フランス車の中でも代表的なのはシトロエンだと思うんですが、2CVみたいな途轍も無い、しかし実用的な理解しがたいメカニズムを持っておると。それとCXあたりの、あんなスタイリングを我々としてはちょっとつくらんなと。それから内装なんかのデザインとか感触も、非常に洒落ていていい。ストライプをひとつ入れるにしても、非常に研ぎ澄まされた感覚が入っていますので、われわれがフランス向けのクルマにそういうアクセントストライプを入れるとなると、非常に難しいんです。むしろ入れないで普通の通りに……。というのは、フランス人の感覚と日本人の感覚とはちょっと違うのかなという気はしています。
―なるほど。
千野 ですから、真似するつもりありませんけど、強いて真似するとしたら、ドイツの方が真似しやすい感じはありますね。
●生活態度そのものが遊んでいる
―例えばハイドロなんですが、あれを日本の生産技術でつくったら、良いものができると思うんですけれど、お考えになったことはないんでしょうか。
千野 ま、やれば出来るのかもしれませんが、相当遊びのつもりでやらないと、ちょっとやる気がしませんね。
―フランス人は遊びのつもりで自動車をつくっているのでしょうか(笑)。
千野 ええ、まあラテン系の人は、さり気なくそうしてしまう。だから、料理を食べるにしたって、その前にワインを飲んで何をしてとか、楽しみながらしますよね。ああいうところが道具を作るところにもあるんじゃないかな。
―ああ。なるほど。
千野 気のせいかもしれないけれど、ドイツだと本当に早く目的地に着きたいという顔で走っていますよね。フランス人は楽しみながら走っている感じがしますよね。まわり眺めたりブツブツ文句を言ったり。生活態度そのものがクルマを通しても遊んじゃっている。それは長い文化とか歴史とか、ラテン系の気安さとか、そんなところからきている気がしているんですけれどね。そのへんを我々も学ばなければいけないのかもしれませんね。
―現在、日本の市場ではドイツ車が主流になっていますが、その理由は何だと思いますか。
千野 僕はひとつはねえ、輸出に対する取組とか努力はやっぱりドイツの方がしてると思うんですよ。
―なるほど。
千野 中華思想みたいなもので、フランス人のためにフランス人がつくっていて、色々調べて向こうに合わせてやろうなんて毛頭考えていないフシがある(笑)。
●日本車の方が実力としては上
―それでは、フランス車と較べて日本車はどこが優れていると思いますか。
千野 やっぱりすべて……、というかベーシックなところでは品質の高いレベルでの均質性。これがありますね。それから隅々まで行き届いた細かいところとか、バランスのよさとか、製品としてのベーシックなところが大変よくなっている。ですから実力としては、もう(日本車の方が)優れているなと。それからコンピューターなんかも巧みに使い出してきて、どんどん先に進み始めている。そういうレベルから言っても日本車は総合的に上回っていると思いますけれどね。
―スタイリングはどうですか。
千野 最近の日産車は、デザインレベルもほとんど肩を並べる、あるいはそれを抜きんでるように急速によくなってきています。自分たちでやりながら、凄いなと思いますね。
― ……。
千野 そうすると日本車がフランス車に比べて劣っている点は何かといいますと、なんて言ったらいいんだろうなあ……、こう、得体の知れない独創性みたいなところですかね。さっきから同じになっちゃいますけれど(笑)。だから、日本車の欠点を言えば、それぞれのマーケットをよく見過ぎるという点はあるかもしれませんね。唯我独尊的な点がないわけです。欧州やアメリカに出したりする時に、お客さんがどういう使われ方をしていて、どういう人たちが変われるのか、という事をよく検討して、やってきますよね。ということは強烈なアイデンティティというか独創性みたいなもの、俺たちはこういうものを提供するんだという押し付けるところがないんですね。
●フランス車は機械じゃなくて文化
―では、現在のフランス車は日本的な生産方式を採用しはじめているようですが、それについてはどう思われますか。
千野 そうしないとフランス車が立ち遅れてきますから、当然の選択なんだろうと思います。けれど、日本の生産技術を入れてくるという事は、非常に効率の高い生産技術を採り入れてくるということですから、そうすると非常に独創的な、やりたいことをぱっとやってしまうことができなくなると思うんですよ。ある意味じゃあ、非常にドイツ的な思考方法になってくる。それはとりもなおさずフランス車が持っていた本来の、得体の知れないような面白さ、フランスの文化から自然に発生してきた味わいのようなものがなくなっていくんじゃないかな。
―最初に「考えてみたらフランス車は考えていないかった」とおっしゃいましたが、それは本当に無意識だったんですか。
千野 僕なんかパルサークラスの担当ですから、当然プジョー205とかルノー5と競合する場面もありますけれど、片手間にパッと見るだけであって、やはり主流で睨んでいるのはドイツ車の行き方であったと。
―それはやっぱり、どうしてなんですか。
千野 どうしてなんでしょうねえ。
―ハードとしてはフランス車の方が劣っているからなんですか。
千野 というよりも、フランス車って面白いことは色々やるんだけれど、それ以上でない、というのかなあ。そんな意識があったのかもしれませんね。確かに部分部分でみると才能を感じるところが散見される。それは参考になるんだけど、それをまともにやって上回ってやろうとかね、そういう意識はないんですねえ。つもりフランス車は機械として見ないで、文化として見ていたのかもしれませんね。だから参考になっても、対象としては見ないというんでしょうかね。
―なるほど。
千野 ですから、日本の文化、あるいは日本の気候風土に根ざしたクルマがもし出てくると、フランス車って非常に面白い対象になってくるなあと思いますけれどね。
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フランス車はニッポン自動車界のトリックスターである。
イタズラに電気系統の接触不良を起こしてワイパーが動かなくなり、炎天下の渋滞でエンストして、さらに渋滞を酷くするという秩序破りに耽っているようでありながら、他方ではヨッコラショと腰を上げるサスペンションとか、ボビンメーターとか、得体の知れない面白さであるとか、規制の日本車の秩序にはないモノの創造を刺激する。
フランス人にとっては<ただの道具>だけれど、私たち日本人にとっては、既存の文化的コードから逸脱した存在であるが故に、一方ではヘンな、しかしコードにはとらわれている人には得ることのない知的な興奮をもたらしてくれるのだ。
だからこそ、フランス車に乗ってもダイジョーブだあ!