私が通っていた中学校では朝のホームルーム前に読書の時間があって、本来は自分で家から持ってきた文庫本などを読まないといけないのだが、私は横着していたため3年間ずっと教科書や資料集を読み漁る時間となっていた。
国語数学理科社会、英語を除く主要教科の教科書と資料集は全て読破したが、中でも国語の資料集はお気に入りで、さらにその中でも俳句の項目が大好物だった。
俳句はみなさんもご存知の通り、花鳥諷詠に則って五七五のなかに季語を入れ、その時々の自然現象や思いを詠むものが一般的だが、無季自由律俳句といって季語が無く且つ五七五にとらわれない形式もある。いずれの形にせよ、その短い文節の中に凄まじい量の思いや情報が詰め込まれており、私のような凡人が本日のブログに長々と書いた文章がたった十数文字で表現されてしまうのだから俳句はすごい。
ということで今回は、会社の同期から今年は帰省しないのでどこか写真撮影に行きたいとのリクエストをもらったので、資料集にも掲載される種田山頭火の有名な句「分け入っても分け入っても青い山」をコンセプトに盛夏の奥只見へRS3を走らせた。奥只見は大学2年生の時分に初めて訪れて以来、その秘境感を味わうためにしばらくは初夏や紅葉の時期に毎年訪れていたが、ここ3年ほどは遠ざかっていたので久しぶりだ。
奥只見は文字通り福島県只見町のさらに奥、新潟県魚沼市から福島県桧枝岐村にかけての山間部で、国道352号線 通称”樹海ライン”が東西を貫いている。樹海ラインの名の通り、その大部分が広葉樹の森に抱かれたルートだ。また、国道352号線というのは酷道マニアにとってはおそらく最もよく知られた道の一つで、魚沼市の大湯温泉を過ぎたあたりから桧枝岐村の七入オートキャンプ場あたりまでの約70㎞が1~1.5車線幅しかない酷道区間に当たる。尤も、酷道といっても当該区間の全線が状態の良い舗装路となっており、個人的には酷道としては入門コース的な位置づけであると考えている(むしろそうでないとRS3では行けない)。
今回のルートはこちら
さて、私が奥只見に行くときはいつも新潟県側から登っていくことにしている。特にこだわりはないのだが、初めてこの道を通って奥只見を訪れた時にこのルートだったので、以来なんとなくずっと踏襲している。
普段奥只見に出向くときは魚沼スカイラインで星空や夜景撮影も組み合わせているのだが、今回は前日夜に一泊二日の新潟・福島旅行から戻ったばかりで仮眠時間を確保しなければならなかったので、国道352号線に直行することにした。午前2時過ぎに起床して出発、7時過ぎには新潟県側の麓の関越道小出ICで高速を降りた。先述の通り酷道区間がこれから約70㎞続くので、買い物や給油などはこの小出の街中で済ませておくのが無難だ。ちなみに私は途中の残雪や沢で飲み物を冷やして飲むためにコンビニで買い物していくことが多い。そして今回もまたローソンにお世話になり、店長のおじさんとポイントカード多すぎで面倒ですよね、という他愛無くも意外とクリティカルな問題であろう世間話をしつつ支払いを済ませて酷道へのアタックを開始する。
奥只見湖までのピーク、枝折峠までは1車線幅の曲がりくねった道が続く。峠まではこの酷道区間中最も道幅が狭い区間で、対向のための退避スペースが少ないので注意が必要だ。また、この区間は朝方は日陰になり、写真の撮れ高は稼げないので対向車と後ろからのバイクに注意しつつどんどん登ってしまう。
こんな感じで暗くて撮りにくい区間です。
しばらくすると枝折峠に到着するが、実は峠からの展望はあまりよくない。しかし、峠を過ぎるとすぐに奥只見湖側の展望が開けるようになり、眼前に荒沢岳がその雄大な姿を現す。晴れた空と荒沢岳に、夏草と木々が織りなす万緑がとても美しい。なお、枝折峠には登山者用の駐車場とトイレが設置されているが、いつも登山者の車でいっぱいなので、実際に停められるのはこの先に少し下ったところにある広めの退避場所であることが多い。むしろこの場所の方が展望としては優れているので好都合だ。
荒沢岳とRS3。PENTAXは青と緑が本当にきれいに写ります。
枝折峠を過ぎた後は銀山平へ向かってぐねぐね下ってゆく。この下りの途中から右手に見えてくる中ノ岳の展望は圧巻で、手前の樹海とその中に佇む荒沢ヒュッテと共に織りなす景色はとても日本とは思えない。とくに残雪のある7月までは空の青と木々の緑とのコントラストが美しく写真映えする。
銀山平まで下りるとこのルート唯一の平たん且つ2車線の道となる。銀山平は北又川の流れが作り出したと思われるわずかな平地で、ここからシルバーラインに合流できる分岐があるので、ダム駐車場での休憩もかねて寄り道する。駐車場にはダムの記念館や土産物屋があるので興味のある方は時間をとっていただければと思う。今回はダム自体は特に目的ではないので、休憩もそこそこにすぐ出発することにした。
ちなみにシルバーラインは麓から奥只見ダムまでを結び、これまで登ってきた国道352号線をバイパスする役割も持つ県道で、全線の8割以上がトンネルという狂気の道だ。ナトリウムランプが照らす素掘りのトンネルは最初は興奮するが、あまりにも長すぎるのでやはり途中から合流する程度がちょうどよいと思う。1車線幅の登り狭隘路を楽しめる変人に限るが。
銀山平を過ぎると湖畔の1.5車線区間に入る。相変わらず1車線幅の部分も多いが、退避スペースが多く取られているのでそこまで運転には難儀しない。しかしここまで写真を撮りながら来ると時刻は9時を回っていることが多く、交通量が増えてくる時間なので引き続き細心の注意をもって運転を続けねばならない。
湖を映した1枚。北欧のフィヨルドのような風景が続きます。
なお、この辺りまで進んでくると奥只見名物”洗い越し”が見られるようになる。通常、川や沢に道を通す際は橋をかけてその上に通すが、洗い越しは逆転の発想で道の上に沢を通す形になっている。洗い越しは奥只見特有の道路構造ではないが、その数の多さは群を抜いており名物といって良い。ちなみに奥只見は逆を突くのが好きで、なんとスキー場が豪雪のため冬季閉鎖になる。それほどの秘境ということだろう。
洗い越しの一つ。雨の後だと水量が激増します。車高の低いクルマは勢いよく侵入すると顎をするので注意。
しばらく湖畔を進むと少しずつ登っていくようになり、高台から湖を見下ろすようになる。湖の展望が効くのはこのあたりが最後なので、遠景を撮りたい場合はここで撮っておくことをお勧めする。鷹ノ巣の遊覧船乗り場跡を過ぎるといよいよ湖畔は終わりで、ここからは広葉樹林帯の中を進む林間コースとなっている。尾瀬から流れてくる川に沿って森の中を走る。途中平地が広がる場所があって、そば畑や納屋など久しぶりに人の生活の匂いがする。
今回飲み物を冷やして休憩した遊覧船乗り場跡での1枚(この沢はあまり冷たくなかったな…)。
新潟県と福島県の県境である金泉橋を過ぎると一瞬開けた後、さらにギアを上げた上りが始まる。このあたりでは、針葉樹の大木交じりにブナやミズナラが広がる美しい広葉樹林が我々を包んでくれる。紅葉の時期は赤や黄色の光に満ちた素晴らしい景観となり、国道352号線のハイライトとなる。
しばらくすると標高1500mを超えて国道352号線の最高標高地点となるが、展望が開けるわけでもないし特にこれと言ってスポットなどもなく、そのまま御池駐車場への入り口の前あたりから下りがはじまる。下りきって桧枝岐川を渡れば酷道区間は終了だ。
普段はこれまでの道のりで十分奥只見を味わっているためこの辺りはあっけなく通り過ぎるだけなのだが、今回の酷道区間の締めくくりは美しい滝となった。だいぶ下ったところにあるモーカケの滝駐車場の手前にその滝はある。実は恥ずかしながらこれまで何度も通っていながらその存在に気づいておらず、見るのは今回が初めてだ(たまたま水を汲んでいる人がいたので気付けた)。その名を「橅坂の清水」といい、名前の通りブナなどの広葉樹の森の中を流れてくる美しい滝だ。広葉樹の保水力のおかげで大雨でも濁流にはならないらしく、周辺が美しく苔むしていて滝を中心に鮮緑の情景が広がる。夏の盛りだというのにその清水は冷たさを有しており、水の流れと共に運ばれてくる涼風が心地よく肌に触れ、一口飲めば雑味のない美味しさがのどを潤す。実は冒頭の種田山頭火は偶然にもこんな句を残している「こんなにうまい水があふれている」(このブログを書いている途中に知りました。ほんとに偶然ですね)。
ひと時の涼をとった後は酷道区間の終了した352号線をそのまましばらく進み、舘岩のそば処 曲家で遅めの昼食をとる。奥会津の蕎麦も中々美味しい。食後は少し道を戻って窓明けの湯に入浴、仮眠させてもらってから帰路についた。
曲家は川沿いの席がお勧めです。ボリュームもあって美味しいお蕎麦屋さんです。
盛夏の国道352号線は、やはり分け入っても分け入っても青い山に包まれ、空の青と共に首都圏での暮らしで疲弊した視神経を癒してくれた。この句が詠まれたとき、人々の多くはまだ徒歩で旅をしていた。今日の私たちはクルマを使ってこの奥只見を写真撮影込みでも7時間そこらで駆け抜けてしまう。それでも自然を美しいと思う価値観はいつの世でも不変であり、それを詠んだ俳句の魅力もまた不変であり続けると感じたドライブであった。
了