【第三話・オーテックの物つくりノウハウをフルに投入して、かつてない驚きを提供する】
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SV開発部課長中山 伸司
商品実験開発部が設定した目標イメージに対して設計部隊として具体的な達成手段の検討にはいりました。
まず、操縦性/安定性、乗心地NVH領域において、開発テーマとなったのは、
・乗心地とロール剛性の両立
・しなやかに動くサスペンション
・ロードノイズ等の軽減
・コーナリング限界性能と応答性の向上
・コントロール性の高いブレーキ
の5点でした。 これらについて順次説明をさせていただきます。
サスペンションのチューニングとしては、スプリング、ショックアブソーバーの容量アップ、内筒径アップ、スタビライザー径のアップ、アライメントのネガティブキャンバー化するなど、綿密なチューニングを行っていますが、もっとも思い切った判断として、ワイドトレッド化をあげさせていただきます。
ロール剛性をアップさせるには、スプリングの定数を高める(固いスプリングを使う)のが一般的ですが、当然乗り心地が硬い印象となります。
今回の車では、どうせやるなら思いきったことをやってみよう、ということで、バネ系をあまり固めることなく、トレッド拡大によるロール剛性アップに着手することにしました。 それも90mmの拡幅です。 K13マーチのトレッドを90mm広げると、Z34フェアレディZと同じくらいになります。
モーターショウでの展示車や、一品製作のデモカーですら90mmものワイドトレッド化をすることはめったにないと思います。 なぜなら、ボディへの入力もさることながら、セルフアライニング特性や旋回制動時の安定性、路面のわだちの影響などが顕著になるなどの問題が噴出するからです。
しかし、今回の車は、そのトレッド拡大を前提にボディの作り込みや、タイヤチョイス、サスペンションチューニング、さらにはVDCの再チューニングまで行うため、思い切った判断をいたしました。
当然、マーチでありながらもいわゆる3ナンバーボディとなります。これをつつむふくよかなオーバーフェンダーは、たくましさの中にもほほえましい雰囲気をもち、オーナーはもちろん、この車を見たすべての人を笑顔にすると思います。
このトレッドを受け止めるためボディの基本骨格には、剛性アップのための補剛パーツを5点(FR&RRサスペンションネンバーステー、トンネルステー×2、テールクロスバー)を採用していますが、それにとどまらず、リヤフロア(スペアタイヤパン)を丸ごと4WD用に置換する、という策を採用しています。
通常のリヤフロアは複雑な凹凸形状をしていますが、後輪の駆動モーターを搭載するためにフラットな形状とされている4WD用は、非常にシンプルな形状となっており、これに置き換えることでリヤまわりの捩じり剛性を飛躍的に向上させることに成功しています。 ただし、スペアタイヤはレスとなり、パンク修理キットを車載する前提です。
先に述べた、オーバーフェンダー化や、これらのフロア改造を含む車体補強に関しては、これまでにオーテックが数多く手掛けてきた、ライフケアビークルや放送中継車などの製造ノウハウ、そして「現代の名工」を有するオーテックジャパン生産部門 “匠の技”が惜しみなく投入されます。
リヤフロアの変更は、この車にとってもう一つの大きなメリットを生んでいます。それは、フラット形状になったことにより生まれた床下に、大容量のサイレンサーをレイアウトできるということです。
エンジンについてはこの後、別の担当者からご説明させていただきますが、今回のエンジンチューンを施すために実現すべき 『排気抵抗の低減』と『騒音規制のクリア』に、この大容量サイレンサーの採用が非常に大きく貢献しています。
なお、エキゾーストシステムを構成するパイプ径は、直径54mmという量産車では2リッターから2.5リッタークラスに使用するような大径のもとし、抜群の排気効率を実現しています。さらに、テールエンドはセンター2本出し仕様として特徴的なリヤスタイルにしました。
このエキゾーストシステムには、フジツボ技研工業様の技術協力をいただいております。
次にタイヤですが、タイヤによって操安性のキャラクタは非常に大きく左右されます。今回の車においては、普段使いで楽しめることや長距離ツーリングでの快適性というコンセプトを鑑み、いくつものタイヤ銘柄をテストして検討した結果、ミシュランミシュラン Pilot Sport 3が、我々の狙いにベストバランスであると判断し、これを指定タイヤにいたしました。
このタイヤを履くためのホイールには、ダイナミックで立体的なデザインの専用ホイールを採用しました。きわめて少量の生産数でありながら、高精度でオリジナリティのあるデザインを実現し、そしてなによりも軽量で高剛性を実現したい、という私たちのニーズに合致したのは「鍛造フル切削工法」でした。
これは、鍛造のアルミの塊を、数時間かけて3次元切削マシンで削り出す工法であり、一部のスーパーカーやレーシングカーなどに採用されるものです。
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リム部分には、AUTECHロゴと、30周年記念の刻印を記しました。
このホイールの製造にはエンケイ様の技術協力をいただいております。
製造を担当して下ったエンジニアの方は、スーパーGT参戦車のホイール加工も手掛けるプロフェッショナルで、「いつもGTばかり削っているから、(A30のホイールは)小さくてドキドキする(笑)」とのコメントをいただきました。
続いてはブレーキシステムです。一般的に、デイリーユースを優先するコンパクトカーにおいては、幅広いお客様層にとって、軽い踏力で効きがよい、扱いやすいブレーキが求められます。しかし、今回の商品においては、多くの運転経験をもつエキスパートドライバーの要求にこたえるために、剛性感とコントロール性にこだわりました。
技術的なアイテムとしては、FRブレーキローターをφ260に大径化(標準車はφ238)、あわせて通常はドラムタイプであるリヤブレーキをディスク化しています。 このようにして、耐フェード性とコントロール性のチューニングしろを確保したうえで、マスターシリンダー径のアップと、ブースター倍率チューニングにより、先にのべた剛性感とコントロール性のチューニングをはかりました。
トレッドの大幅拡大、ボディ剛性、タイヤ、サスペンション、エンジン、ブレーキなどの変更に伴い、これを前提にVDCの再チューニングを施し、あらゆる路面で楽しさと安心感、懐の深い操縦安定性の実現を目指しています。
<次回最終回は、SV開発部の皆川から、パワートレーン系の達成手段についてお話します。>