「べるぐそんく~~~~~ん、お風呂行こ~~~~~」
今日も一緒にお風呂に行こうと誘いにやって来た。
幼少の頃、うちはとても貧乏だった。
私が生まれた時住んでいた家は、6畳一間風呂なし共同トイレ、そこに両親と居候と私とで住んでいた。
その後さすがに狭いという事で、2K風呂なしの長屋に引っ越した。
でも弟が2人生まれたので、狭いのには変わりなかった。
しかし物心ついてこの生活環境でも、それが嫌だとか辛いとかいう感情は湧かなかった。
なぜなら周りがみんなそんな環境で暮らしていたから。
そして冒頭に戻ることになるのですが、周りの家も風呂なしが多く、銭湯に行こうと同じようにお風呂のない家に住んでいる幼なじみが、毎日お風呂に誘いに来るのが日課でした。
幼なじみの名前はカズミちゃん。
そう、女の子です。
彼女は私と一緒に銭湯に行きたいと、いつも遠回りをして来てくれていた。
小学生の低学年の頃は、なんの疑いもなく当たり前のように一緒に銭湯に行った。
少し成長して私が女風呂に入るのが恥ずかしくなったら、男風呂に彼女はついてきた。
周囲が仲睦まじいと見守るほど、仲良く風呂に入っていたようでした。
彼女は成長が早く、いつしか私より背が高くなっていた。
また性格もませていた。
それでも私と一緒にいるのが楽しいようで、私が彼女の家に遊びに行くこともあったが、多くは彼女がうちに遊びに来ていた。
べったりしていることも多かったようで、母親も半ば呆れながら見ていたようです。
そして彼女はいつもこう言っていた。
「大きくなったらべるぐそん君と結婚する。」
「べるぐそんくんのお嫁さんになる。」
小学生の高学年になると、さすがに一緒に銭湯に行くのが小っ恥ずかしくなってきた。
先ほど言ったように彼女は成長が早かった。
だから高学年になると、かなり胸も膨らんできていた。
私もそろそろ別に入ろうと彼女に言ったし、周囲の大人達も彼女に言い聞かせたが、彼女は頑として首を縦に振らず、彼女のなかでは銭湯で周囲に見られることより、私とお風呂に入ることのほうが大切なようだった。
しかしさすがに胸の膨らみだけではなく、他の部分も大人へと成長してきたことで、周囲の大人が全力で彼女を止め、一緒に銭湯に入るのは終止符をうつことになった。
一緒にお風呂に入ることはなくなっても、相変わらず彼女はお風呂に行こうと誘いに来た。
そして別々にお風呂に入り、待ち合わせて一緒に帰った。
これくらいの頃になると、異性と遊んだり一緒にいることが、恥ずかしかったり嫌になったりしてくる。
思春期の始まりなんでしょうが、彼女に対してはそういう感情は生まれなかった。
空気のような存在で、いつも隣にいるのが当たり前で、いなくなることなんて考えられないし、考えたこともなかった。
普段は家で遊ぶことが多かったが、いつも一緒にいるので、当然同級生にも見られる。
小学生の高学年ともなると、そのことを友達がからかったりする。
「こいつ、昨日カズミと遊んどったんやで。」
「男のくせに、女と遊んどったんか。」
「お前、女と遊んで恥ずかしないんか。」
口々にそういってからかわれる。
そんな友達達を見て、私も子供なのにこいつら子供っぽいなぁ、女と一緒にいてなにが悪いねん、そう頭の中で思っていた。
そして思わず、「お前ら一緒におれる女もおらんのか!」と口走っていた。
まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったのだろう、みんな目を丸くして口を開けてポカンとしていた。
子供ながら大人になったら彼女と結婚するんだろうと、漠然とそんな風に思っていた。
彼女はいつも明るくニコニコしていて、向日葵のような、太陽のような子だった。
だから結婚することに、異論はなかったしずっとこの子と一緒にいるんだろうなと思っていた。
ただ少々気が強く、頑固で口も達者なので、結婚したらかかあ天下で尻に敷かれるんだろうなと、子供ながらに感じていた。
そういえば小学生の頃、3対1で殴り合いケンカをしていたことがあった。
勿論1人の私は不利で、負けそうだったが負けるのが悔しくて必死で応戦していた。
そこをたまたま通りがかった彼女が発見し、鬼の形相で飛んできた。
成長が早く、背丈の大きい彼女はあっという間に男3人をこてんぱんにやっつけて、みんな泣きながら逃げていった。
カズミちゃん強え!と思ったと同時に、この子には逆らってはいけないと本能的に思った。
彼女の家は2階建ての長屋だった。
たぶん、3DKくらいではなかったのかと思う。
そこに祖母と両親、姉と彼女の5人で住んでいた。
うちも人のことを言えた義理ではないが、狭い家で嫁姑同居の5人暮らしは、今から考えると大変だったのではと思う。
ある日、彼女から引っ越すことを聞いた。
祖母が今の家に残り、家族4人で引っ越すとのこと。
とはいえ引っ越し先も遠くないとのことだった。
彼女から住所や電話番号を聞いたような気もするが、引っ越し先も近くで、彼女は頻繁に祖母の家に来るとのことで、その時は私にも会いに来ると言っていて、そしてその通り彼女はよく会いに来てくれた。
だから少し会う頻度は減ったものの、あまり今までと変わらなかった。
そしていつの間にか彼女の引っ越し先の住所も電話番号も、すっかり忘れてしまっていた。
それが後々、致命的となるのだが・・・
暫く彼女が現れない日が続いた。
原因はわからないが、今から考えると嫁姑問題で、祖母の家には行くなと言われたのかもしれない。
そして今度は私が引っ越しをすることになった。
かなり遠方になるので、そうそう会えることはなくなってしまう。
引っ越しするまでに彼女に住所と電話番号を伝えておきたい、やきもきする日々が続いた。
彼女の引っ越し先は近くだと言っていたが、学校の校区は変わっていた。
だから学校で会うこともできない。
祈るような日々を過ごした。
引っ越し当日まで、彼女に会えることはなかった。
実は最後の望みとして、何度か彼女の祖母の所へ行き、住所と電話番号を教えてほしいとお願いしていた。
しかし口止めされているのか関わりたくないのか、本当のところはわからないが、最後まで教えてもらえることはなかった。
結局そのまま私は引っ越した。
彼女のことを忘れたことはなかったが、新しい場所に新しい学校、目まぐるしい毎日を過ごしているうちに、新しいところでも沢山の友達ができ、いつしか彼女のことは記憶の隅に追いやられていた。
それでも完全に忘れることはなかったが。
数年後、居ても立っても居られなくなり、絶対に彼女に会うと心に決めて、以前住んでいた街へ向かった。
今度こそ彼女の祖母から居場所を聞き出す、どうしても無理なら近所の家を1軒1軒回ってでも誰か知っている人を見つけ出す、そう意気込んでいた。
そして数年ぶりに以前住んでいた街に降り立った。
まっすぐに彼女の祖母の家に向かった。
そしてそこに着いた時、呆然と立ち尽くしてしまった。
彼女の祖母の家も、周囲の家もみんななくなっていた。
延々とただ空き地が続いていた。
私の住んでいた所は都会の下町といった感じのところだった。
家は密集し、狭い道が縦横無尽に走っていて、せせこましいところだった。
広い道路はひとつもなかった。
だから大きな道を通すということで、彼女の祖母の家も周囲の家も、かなり広範囲に立ち退きになってしまっていた。
みんないなくなっていた。
これで全てが終わってしまった。
そう感じた。
人生で、もしあの時と後から悔やんでも、どうすることもできない。
それでももしあの時、私がいつでも会えるとタカをくくらず、ちゃんと彼女の新しい住所や電話番号を覚えていたら、きちんと書き記していたら、今でも彼女は私の隣でニコニコしていたかもしれない。
彼女も私も大きく人生が変わっていたかもしれない。
でも成長していくなかでケンカをしたり、お互いに別の彼氏彼女を見つけて、やっぱり別々の人生を送っていたかもしれない。
あの時に戻ることができたなら、そして彼女と繋がっていることができたなら、どんな人生を歩むことになったのか。
今更ながら興味が湧いてきます。
最後までご覧くださり、ありがとうございました。