
いつもご覧くださりありがとうございます。
また初めてお越しの方初めまして。
今日は終戦記念日です。
ただ実際は8月15日以降も戦闘は続いていました。
例えばソ連が日ソ不可侵条約を一方的に破棄して日本に宣戦布告をしたのが1945年8月9日、千島列島に攻撃を開始したのが終戦後の8月18日、日本軍が北部方面軍司令部の命令により交戦を中止したのが8月23日、その後もソ連軍は侵略を続け、最終的に北方領土を全て占領したのは9月5日です。
このことをご存じの方は今となっては少ないかもしれません。
ソ連やロシアに常識やまともな話し合いが通じないのは、現在のウクライナを見ても明白です。
ここから本題となりますが、今回は鹿児島県にある知覧特攻平和会館を訪れた際の画像です。
知覧といっても聞き覚えのない方もいらっしゃるかもしれませんが、大東亜戦争(連合国側の呼称は太平洋戦争)末期に、神風特別攻撃隊(本来の読み方は「かみかぜとくべつこうげきたい」ではなく、「しんぷうとくべつこうげきたい」)の基地があった所です。
私の父方の田舎は知覧の近くにあり、鹿児島に行った際は際は必ずこちらの知覧特攻平和会館に立ち寄ります。
ただお茶と武家屋敷が有名なくらいで、鹿児島を訪れても知覧に行こうとはなかなかならないかもしれません。
そういう訳で今日の日にご紹介しようと思ったのですが、私が訪れていた時は館内の撮影が禁止で、屋外にある一式戦闘機「隼」III型甲のレプリカと、航空自衛隊の練習機富士T-3の画像となります。
館内には陸軍四式戦闘機「疾風」や海軍零式艦上戦闘機52丙型、特攻隊員の遺書や遺影・遺品などが展示されています。
以前私が訪れていた時は、三式戦闘機二型「飛燕」も展示されていましたが、現在こちらの機体はレストアの上、岐阜県のかがみはら航空宇宙博物館で展示されています。
かがみはら航空宇宙博物館も訪れており、その際こちらでは撮影可だったので「飛燕」を撮影しています。
一式戦や三式戦、四式戦など他の機体は日本語読みですが、零式艦上戦闘機(零戦)だけはレイセンではなくゼロセンと日本語読みでないほうが浸透しているように思います。
前置きが長くなりましたが、画像のスタートです。
もし宜しければご覧ください。
なおコンデジで撮影の為、画像が悪いことご容赦ください。
いかがだったでしょうか。
館内の撮影ができなかったのは非常に残念でした。(現在は一部撮影可のようです)
展示されている遺書や遺品を目にした時、涙なくしては見ることができませんでした。
若くして特攻で亡くなられた搭乗員に黙とうを捧げました。
知覧まで足を運ぶ方は少ないと思いますが、日本人だけではなく外国人にも訪れてほしい所です。
せっかくなので、いくつかの話を続けて綴ります。
戦争末期、B29の空襲に対して日本軍は手も足も出なかったということが、まことしやかに言われています。
しかしそれは事実ではなく、実際には米軍はB29を485機(米軍公式資料414機)と搭乗員3000名以上を失っています。(諸説あり)
また損傷機は2707機ともいわれています。
決して何もできなかった訳ではありません。
戦争にも様々なルールがあります。(敵国の軍服を着て変装してはならないなど)
そもそも無差別爆撃である空襲は、ジュネーブ条約違反であり犯罪行為です。
なぜ日本が大東亜戦争(連合国側の呼称は太平洋戦争)を行ったのか。
直接のきっかけは米国が石油などのエネルギー資源の供給をストップさせ、話し合いに応じずこのままでは日本が滅んでしまうという当時の首脳陣の危機感から、開戦に踏み切ったのが大きな原因だといわれています。
しかし一部の人間は米国相手に勝てるはずがないと、反対したものの大勢に押し切られてしまいました。
有名な連合艦隊司令長官山本五十六は、開戦から1年や1年半は暴れてみせるが、それ以上長引くと日本に勝ち目はないと明言しています。
また大義名分として、大東亜共栄圏の構築というものがあります。
詳しく説明すると長くなってしまうのでかいつまんでいうと、日本政府がアジア諸国と協力して提起したもので、欧米帝国主義国の植民地支配下にあったアジア諸国を解放して、日本を盟主とした共存共栄のアジア経済圏をつくろうというものです。
ようはアジア諸国が一致団結して欧米勢力をアジアから追い出し、共存共栄を図るという政策です。
こういうととても素晴らしい政策ですが、実際にはそんな綺麗ごとだけではなく、日本へのエネルギー供給を安定化させたいという思惑も見え隠れします。
ただ戦後この戦争がきっかけでアジア諸国が欧米の植民地から独立したのは事実ですし、戦後日本に帰らず現地に残った残留日本兵が、植民地からの独立への戦闘に参加して、独立を助けたという事実は欧米にとって都合が悪く、戦後教育で日本は悪だと教える為にも足かせになるので、教育現場でも教えられることはなく、ご存じない日本人も多いと思います。
最後にもう一つだけ。
皆さんはパラオという国をご存じでしょうか。
日本が統治していた国で、今でも世界有数の親日国です。
どれくらい親日かというと、国旗は日の丸を真似たといわれており、日本語が公用語になっています。
丸は日の丸の太陽に対して、月を表しています。
また旗の中心から少しずれているのは、尊敬する日本に対して同じにするのは恐れ多いので、中心からずらしたといわれています。
日本軍は残忍で極悪非道だったと見聞きした方も多いと思います。
ここに一つの動画があります。
日本がパラオを統治していたころを再現したものです。
実際に日本が、そして日本軍が現地の人にどんなことをしたのかが動画になっています。
細かい部分の脚色はあると思いますが、概ね史実に基づいて作られています。
30分少々あるのでご覧くださいとは言えませんが、ご興味があったり本当の史実が知りたい方は、触りの部分だけでもご覧になってみてはいかがでしょうか。
もし日本が米国や某大陸国、某半島の国がいうように、残忍で極悪非道な国であったならば、パラオが日本国旗を真似、日本語を公用語にするでしょうか。
東南アジア諸国や半島国と同じように日本に併合された台湾が、親日なのはなぜでしょうか。
また中南米の国が戦争時日本を応援していたのはなぜでしょうか。
何があっても日本は戦争を回避するべきでしたし、日本が全て正しかった訳ではありません。
日本の行ったことを賛美する訳でも正当化する訳でもありません。
過ちは悔い改めなければなりません。
しかし日本が全て悪で、欧米が全て善だったのか、考えてみる必要はあると思います。
小学生の時の書道の先生、定年間際だったと思うのですが、こんな話を授業中にされました。
まだ子供だった戦争当時、遊んでいたら米軍の戦闘機が2機、超低空で飛来してきてその先生に向って、いきなり機銃掃射をしてきたそうです。
パイロットが見えるくらいの超低空だったので、相手もこちらが子供だとわかったはずだと。
それでも執拗に機銃を浴びせ続け、走って逃げながらもう駄目だと思った時、目の前に溝が見えたので命からがらそこに飛び込んで助かったと。
そういう国です。
人間は学習することなく、今も世界各地で戦争や紛争が繰り返されています。
日本の近隣には、不穏な動きをする国がいくつもあります。
自国は核やICBMや戦略爆撃機を多数持ちながら、日本を新型軍国主義だの核を落としてやれなどという、厚顔無恥な国があります。
日本がこの先も平和であり続ける為に、難しい舵取りが迫られています。
この国が、そして世界が、平和であることを願ってやみません。
最後までご覧くださりありがとうございました。
またご覧頂けたら幸いです。