【豊田会長の交通安全提言】
2024年7月18日、長野県茅野市にある蓼科山聖光寺(しょうこうじ)で『交通安全』を祈願する夏季大法要が行われた。
そのなかで、トヨタ自動車会長である豊田章男氏が語った「今の日本は頑張ろうという気になれない」という言葉は大きな反響を呼んだ。
豊田会長は大法要のなかで、
「交通事故防止のためには、自動車会社だけ、クルマ側だけではできることには限界がある。
交通安全を推し進め、事故死者ゼロを本気で進めるのであれば、道路インフラ側や歩行者側、自転車や(電動キックボード等の)新モビリティ側など、社会全体が一体になって進める必要がある」
と語った。
「ビジョンゼロ」の哲学が改めて紹介されたわけだが、「ビジョンゼロ」の意義や本質については、残念ながら日本国内ではあまり広がっていないのが現状だ。
世界の常識が“日本の常識”にならないという不思議な現象が安全哲学においても繰り返されている。
【人間中心の交通政策】
「ビジョンゼロ」を一言でいえば、人間は交通事故を起こしてしまうということを前提に、たとえ起こったとしても「重傷化させないための道づくり」により、人間中心の交通政策に転換していく政策だ。
これまでの日本の交通安全対策といえば、
・ ドライバーの運転行動を改善させ
・多くは運転手の責任として扱い
・事故が生じた場所を事後的に対策する
のが一般的だ。
一方で「ビジョンゼロ」は、人のミスや限界を前提とした道路設計の改善を基本とし、市街地や人と交錯する交差点部では、クルマの走行速度を抑制し、速度を落とすよう道路構造を工夫する。
重傷事故が生じるリスクの高いところに積極的に安全対策を先行投資し、やみくもに事故を防ぐ対策から、「死亡と重傷事故を防ぐ対策」
に、道路管理者や交通管理者のマインドも合わせてシフトさせていく考え方だ。
【30km/h規制の成果と広がり】
「ビジョンゼロ」は今や世界中で注目され、その成果が続々と報告されている。
そのひとつが街中全域を「最高速度30km/h」とし、スローなまちづくりを推進していく政策だ。
フィンランドの首都ヘルシンキで全域30km/h規制を採用し、2021年には年間の歩行者が関連する死亡事故が0件になったのは大きな話題となった。
大都市で“年間死亡事故ゼロ”を実現することは無理であるという“固定観念”を大きく変えたと言ってよい。
その後、2021年1月には、ベルギーの首都ブリュッセル、同年8月にはパリ、さらにはロンドンやウェールズでも導入が広がっている(もちろん、幹線道路等の都市の重要路線は除外している)。
今やフランスでは「200都市以上」で導入済みの大注目の交通政策だ。
日本でも生活道路などを中心に、中央線のない道路をこれまでの最高速度60km/hから30km/hとする方針が既に政府から示され、施行は2026年9月とすることが先日閣議決定された。
大いに期待したいものの、先に紹介した「ビジョンゼロ」の哲学、その広がりと比べれば、日本の安全対策はようやく「2合目」辺りまでたどり着いたという印象だ。
【最先端は「最高速度20km/h」】
なぜなら世界では、まちなか30km/h制限よりもさらに一歩先、「最高速度20km/h」のスローなまちづくりが始まっているからだ。
2021年5月にスペインでは、国内全土を対象に最高速度30km/hを導入、それだけではなく、中央線がない区間は20km/h規制を導入した。
フランスでは、都市の中心市街地のなかに「出会いの空間(zone de rencontre)」を指定し、規制速度を最高速度20km/hとした新たな政策が各地で始まっている。
出会いの空間として指定された道路は、速度制限の対策だけではない点が特徴だ。
車道も含めた道路空間に対して、歩行者は車道も歩くことができるように運用し、自転車の走行も可とするものだ。
すなわち、車道においては、クルマよりも“歩行者が優先される”ことを意味し、導入された都市では、
「歩行者> 自転車>公共交通> マイカー」
など、明確な優先順位で道路が運用される。
よくいわれる「譲り合い」の精神論ではなく、明確な街の優先順位、そのメリハリを市民や道路利用者に示すことで、「人が主役」「人が中心」のまちづくりとその哲学を行政が推進している。
出会いの空間は、スローなまちづくりという新しい価値観を創造していくものでもあり、その原動力、きっかけ作りとして期待されている新しい手法だ。
残念ながら日本では、交通事故による不幸な出来事が連日生じており、抜本的な解決策がまだ見いだせていない状況だ。
生活道路の「ゾーン30」対策で終わることなく、
・通学路
・スクールゾーン
・歴史的保存地区
など日本でも導入が推奨されるエリアは多く存在する。
「ビジョンゼロ」の哲学が広く日本全土に浸透し、譲り合い精神だけではない、新しい移動の価値、人を最優先したスローなまちづくりの実践を大いに期待したい。
(2024.8.19 Merkmal より)
ここからは私見だが、確かに街中では、人が中心の交通政策「ビジョンゼロ」を推し進めるのは、事故削減に有効だと証明されており、日本でも今後益々導入すべきだと思う。
ただ、導入すべきではない幹線道路、完全導入すべき街中の生活道路、その中間の微妙な道路については線引きが難しいケースが存在し、日本ではその難しいケースがかなり多く存在しうるのだ。
欧州では、人の住む都市部や集落がまとまっており、その間のトランスポートをクルマが担っている。
だから、線引きが容易く導入がし易い。
なので、豊田会長が提言する「ビジョンゼロ」の考え方自体は大賛成だが、日本でこれを導入するには、かなりの難航が予想される。
Posted at 2024/08/19 14:10:00 | |
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