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2010年07月04日

邪馬台国はどこなのか?

邪馬台国はどこなのか?

ここ数日いろんなサイトを覗いて、いろんな説を読んでみた。
実にさまざまな意見がある。

で、私が思うに、「古事記」「日本書記」の神武東征の神話は、多分事実に基づいて作成されたと思います。やれ、応神天皇の東征がモデルだとかはおかしいと思う。
応神天皇がモデルの東征なら、何故、出発地点が日向なのか。神話の里が何故日向なのかの説明がつかない。隼人を配下に従える神話もいらない。
筑紫の香椎宮が出発点なら、高千穂や高天原やらあわきが原のみそぎの神話などいらない。
そして、どうして神話どおりの地名が日向に多く残っているのかの説明もできない。
とても不自然でこじつけが沢山出てくる。考古学は推理だからしょうがないけれども。

大和地方に、始めから大和政権があったという学者は、最古の古墳が1世紀からある、巨大集落が見つかった、三角縁神獣鏡が大量に出る?から始めからここが王朝の初めの地、という考古学的な証拠をもって、そう主張する。
一面はあたっている。しかし、神武天皇は兄の五瀬と現地の豪族と激しい激戦をして、ようやっと倒して、平定して奈良の橿原に宮を開いたと神話は伝える。
そこに、神武が来る前から大規模な集落も、有力な豪族もいた。
そう、いたから平定の戦争をしている。
そこで発見される遺跡や古墳、出土品は、神武が来る前の国の人々のものと考えるのが普通なのではないのか?

こんな推論があった。
女王卑弥呼は、ひむかの音訳。ひみこ=ひめか=ひむか=日向の王という意味
中国の史書に出てくる周辺国の大王の表記は、例えば、匈奴の王、冒頓単于という表記になる。
つまり、邪馬台国の卑弥呼の王(女王)・・・・・やまとの国ひむかの王(女王)

それもありかな?でもむりやりのような。

狗那国は邪馬台国に従わない敵対国。だから熊襲に推定する?邪馬台国は隋に援軍を求めてるし。
やまと=山のひと=やまひと
であるなら、山に住んでいたとは考えないのか。九州の山岳地帯で王朝を開けるとしたら、高千穂か人吉盆地か都城盆地かそれとも小林盆地、あるいは阿蘇のカルデラ。
人吉が球磨地方なので、熊襲の地、狗那国だからここはダメ。一番有力なのは、高千穂町。天孫降臨の神話が色濃く残る地だからね。
高千穂に落ち延びた一族が五ヶ瀬川を下り、日向の宮崎平野に進出し、隼人を配下に入れ、しばらく国力を高め、東国平定に赴く。経路も明確で、日向の美々津を出帆して大分の宇佐を経由して吉備に寄り、近畿へ責め行く。
スサノオの神話は、単身出雲へ赴き、ひむかの王子として迎えられ、ヤマタノオロチ=八つの部族を平定するか調略して剣を得る話。つまり武器の産地である出雲地方を丸め込み、戦争の準備としての武器の調達に成功した話。だから、神武軍が吉備の国に3年も滞在したのは、武器の充実、調達の為に足止めを食ったことになる。
この遠征で興味深いのが、筑紫(北九州)をスルーしていることだ。
北九州は、征服の対象になっていない。

邪馬台国は、やっぱり現在の大和地方だったのかもしれない。
邪馬台国は、やまだい国、つまり山大国の倭人の国。つまり、大倭=大和
そして、魏志倭人伝に出てくる狗那国こそ、九那国(くなこく)=九州。
その狗那国の大王が熊襲(球磨)と隼人(日向)を平定するべく九州山地を越えて戦い、平定後、東の強国である邪馬台国(大和)を平らげるために日向を立ち、瀬戸内海を渡り、遂に戦争で勝ち、大和以西の西日本を手中に収めた。が、平定後も熊襲(球磨)と隼人(大隅・薩摩)は独立を保っていたので、再度攻撃し降伏させた。

しかし、北九州を神話の出発地点にしていないことが興味深い。明らかに、説話には日向の隼人平定があり、出雲へのスサノオの出張があるのに、筑紫の平定の話がない。あるのは磐井の乱での平定のみ。それは、ずっと後代の話し。ただ、天孫降臨から神武の出撃までに3代で170万年という法外な年月が経っている事も興味深い。王統の神秘性、神の子としての威厳としての法外な年月だと思われる。
ただ、はっきりしている事は、「古事記」も「日本書記」もともに神話の出発点が高千穂からと言うこと。
九州の山岳地帯を神話の始めに選んでいる事。これは、民族の記憶として、日向から来た事を言い伝えられてきた事にほかならない。応神天皇を始祖とするなら、筑紫を出発点にすればいい話。
あえて、皇統を変えて表す意味がないので。
トロイの遺跡ではないが、意外と神話は真実を表現しているものだ。
何故なら、それら記紀を編纂する立場なら、現政権の政治的意向を入れるのは勿論だが、意図的な創作を精巧にでっち上げるほど想像力があったとは思えないからだ。創作の為に、日向の地を訪れ、いちいち地名を調べて神話に登場させるだろうか?ありえない。
考えなければならないのは、天孫降臨の地が高千穂であるなら、その以前はどこから来たのか、なぜ筑紫を征服しなかったのか?なぜ、東征したのかを推理しなければならない。

別な考え方もある。
九州とは、古代中国では全世界もしくは中国全土の別名と言う。古代から筑紫を九州と呼んでいたなら、それは倭人世界では倭人の国の全土を意味する。そうすると逆に現在の大和地方が狗那国にはならないか?クナ国は蝦夷の国。筑紫の強大な王権が、東、南九州の制圧を図り、達成後に、九州という島の中心部である高千穂をから神話をスタートさせる事には、九州の統一を成し遂げたシンボル的な意味合いがあると思われる。
たぶん、
九州の日向を平らげた事で、九州統一が完了したので、本州の平定へ向け出発したのが神武東征ではなかったのか?だから、筑紫はスルーし、事前に協力をつけていた出雲と吉備もスルーして、大和地方を攻撃し、みごと撃破してここに統一王国を樹立したのが大和王朝のはじまりで、以降は東国の平定の為、征夷軍を組織して版図の拡大をしていくのだが、あまりに未開の地なので、戦記もない。それどころか、朝鮮半島の情勢に深く関わっていたから、そちらへ軍を起こす事がメインだった、と考えられるのです。

九州王朝説は、極端すぎて支持できないのですが、筑紫の王権が何代もかけて九州を統一し、それから近畿へ出撃した、と考えるのは自然だと思います。

で、邪馬台国は何処なのか?

九州の山門郡や大和町なのか、それとも大和の国が邪馬台国なのか。

私の勝手な結論。
魏志倭人伝の邪馬台国は奈良。その女王は卑弥呼=ひミコ=陽命(ひ・みこと)・・・ひめこでは芸がないので。
しかし、歴代の大和王朝は邪馬台国を滅ぼした九州出身の神武を始祖とする王朝で、筑紫が本拠地であり、日向大隅を平定したあと、東征した征服王朝。つまり、卑弥呼に敵対する最強の狗那国(しかし熊襲ではない)。
なぜなら、邪馬台国は中国に援軍を求めるほどピンチであったからです。そして、援軍は来ずに滅びました。
邪馬台(やまだい)の名は、大和(やまと)として地名が残り、対外的には日本と号するようになるのです。しかし、征服王朝もやまとを名乗っていたと思います。それは、私の推理では、筑紫の国の山門(やまと)郡が出身地で、そこから九州征服と本州征服を成し得たのですから、自分らの出身の名を変えて、征服した現地の名を語るはづがないからです。
つまり、やまだいorやまたい国とヤマトは別物。倭人=わじんは日本人の総称。しかし、ヤマトは統一後の国号。大和も同じく国号。しかし、大和という名は一地方の意味もあるので、日本と国号を変えたのだと思います。中国の史書から大和の国名はなく、倭国が日本国に変わる前の国の呼び名でしたから。
そして、狗那国は狗=九、那=州として地名に残るのです。
ただ、どちらも九州も大和も同じ文化圏で、同じ言語を話す民族だったと考えます。理由は、神武東征を征夷討伐とは記紀では表現していないからです。イテキであればそう表現します。ガリア戦記のように。だから同じ民族での天下統一の物語だったのでしょう。

なにしろ大昔の事なので、記録もあまりないし、遺跡があっても木簡とか出て証拠がつかめれば、邪馬台国の場所もわかるでしょうに。
まあ、ミステリーだから面白いのですがね。
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Posted at 2010/07/04 03:46:32

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